2009年 07月 30日

「エル・カンタンテ」。 「ウォレスとグルミット ベーカリー街の悪夢」よりつまらない

<第31回トロント国際映画祭>ジェニファー・ロペス夫妻主演映画「El Cantante」の上映会開催 - カナダ

【トロント/カナダ 15日 AFP】第31回トロント国際映画祭(31st Toronto International Film Festival)で12日、ジェニファー・ロペス(Jennifer Lopez)とマーク・アンソニー(Marc Anthony)夫妻が夫婦役を演じる映画「El Cantante」の上映会がエルギン・シアター(Elgin Theatre)で開催され、出演キャストや監督らが登場した。
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(c)AFP/Getty Images Evan Agostini

AFPBB News


エル・カンタンテ / El Cantante

サルサやラテンを熱心に聞いているわけではないが(以前書いたこととがあるかもしれない)、ウィリー・コローンが送り出したシンガー、エクトル・ラボーとルベン・ブラデスのうち日本人が取っ付きやすいのはルベンだと思う。生まれたときからラテン音楽が好きという人は別にして、ふつうはロックやソウルやジャズ経由でラテンに入るわけで、サウンド志向が強いルベンのほうが入りやすい。そうした人にはそのシャープな音作りが身近に感じる。それは彼がパナマというサルサ界から外様であることも関係するだろう。サルサ成立にはプエルトリコ人やキューバ人だけでなく様々な人種が係わったわけだが、それとは少し違う話だ。それに対してエクトル・ラボーはもっとオーソドックスな持ち味が特徴で、歌の包容力といったものではルベンより上だろうし、その歌にはまってしまえば抜け出せなくなるのラボーの方かもしれない。

この映画「エル・カンタンテ」でエクトル・ラボーを演じるのは現代のサルサ歌手のマーク・アンソニー、映画では「マイ・ボディーガード」を見たことがある。ヨゴレ役をやるにはやや線が細いという印象がある。それだけにどちらかといえばふくよかな顔のラボーを演じるにしては顔がガイコツ顔というか痩せていているように感じた。その印象は映画のスチールを見たときも変わらなかったのだが、映画で歌っているときはそれを感じさせなかったのはさすがに歌手ということか。それにクスリをやっているときの表情はリアルに感じられると言う副産物がある。

近年で歌手を描いた映画といえばレイ・チャールズの「Ray」がある。あれを見たときはやや物足りなかった。彼は幼児期のトラウマや女好きのせいもあって堕ちるが、映画の最後では復活する。その"彼はひどいこともしましたが、いい人でした"というまとめ方が不満だったのだ。しかしその後のジョニー・キャッシュ(とジューン・カーター)の「ウォーク・ザ・ライン」やこの「エル・カンタンテ」を見るとあれはあれでよくできた映画だと思うようになった。「Ray」ではレイ・チャールズの音楽的個性が確立されるところがきちんと描かれているのからだ(レコード会社のお偉いさんがこうやってやるんだとピアノを弾く場面が素晴らしい)。これに対して「ウォーク・ザ・ライン」はジューンとの会話で"自然とああいうビートになるんだ"というのが出てくるだけ、本作でも"マンボにルンバ(以下略)をミックスしたものがサルサなんだ"と力説するのだが、その現場を見せてくれない。これを入れれば説得力が増すだけでなく、サルサのミクスチャーぶりを示す面白い場面になるに違いないのに残念だ。スペイン語を話せる人とそうで無い人の話は面白かった。

この映画が作られると聞いたころにサルサ・ガイドブックを手に入れていた(ちなみにこの本はブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブが出る少し前に発売されている)。冒頭のコラムはマーク・アンソニーの新作が悲劇的な死に方をしたメキシコ系音楽の女王セリーナに捧げられていることに触れられている。カリブとメキシコというルーツを超えたラテン系としてのシンパシーがあったのだ(それはロバート・ロドリゲスが「プラネット・テラー」の主役にフレディ・ロドリゲスを起用するのに似ているかもしれない)。その後セリーナの伝記映画「セレナ」が作られた。これに主演したのがアンソニーの現在のパートナー、ジェニファー・ロペスであり、彼女の女優としての出世作にあった。つまりあのコラムは見事につながったのだ(ちなみにディズニー・チャンネルの人気者セリーナ・ゴメスちゃんの名前ももちろん歌手のセリーナからとられている)。

さてこの映画が一番つまらないのは私生活は落ちる一方で「Ray」のように"実はあの人はいい人でした"という展開にも最後までならないところだ。これでは観客が感情移入ができるわけがなく、"好きにやってくれ"と思ってしまう。まあそこにラテン音楽の不の美学を見言い出す人もいるのだろう(そういえばファニア・レコードが日本で再発開始されたと思ったらしばらくして出していた会社が無くなった)。

劇中にウィリー・コローンとエクトル・ラボーに対して"どちらがマッカートニーで、どちらがレノンですか"というのがあった。実際にそういったやり取りがあったのかどうかは知らないが、あれはエクトルの妻プチをオノ・ヨーコのイメージに重ねていると思う。そう考えると損な役割をジェニファー・ロペスはよく引き受けたと思うし、そう思わせるということはある程度は成功している。ただプチの回想を使ってラボーを語るという構成はうまく機能していない。映画全体としては私生活面から描いたのが失敗している。歌手の側面から偉大さを描いて、でも私生活はだめな人というならまだ見られたはずだ。しかしジェニファー・ロペスが妻を演じる時点でそれはできないという問題をはらんでいる。

劇中で歌われる曲はもちろんスペイン語だが英語字幕が出る、これの出方がなかなかポップで面白い。歌にはいる前にその曲に関する状況が説明されるのだが、これも悪くない。カラオケの字幕とは違うのだ。中でも「Aguanile」が良かった。あれはキューバのサンテリアと似たようなものだと思う。演奏シーンではプエルトリコでの路上ライブが一番良かった、屋外ということもあって開放感もあり、この映画全体のトーンとは違うのだが、こういった場面も無いと盛り上がれない。ということで映画としてはややしんどく。ルベン・ブラデスの人生の方が映画向きかもしれない。監督をするのはロバート・ロドリゲスか?あるいは彼の息子の世代かもしれない。

この映画はジェニファー・ロペスが設立した製作会社ニューヨリカンの第一回作品である(第二弾は日本公開済みの「ボーダータウン」)。ニューヨリカンはもちろんニューヨーク生まれのプエルトリコ人を差す。この言葉で思い出すのはハウス・ユニットのMaster At WorkによるNuyorican Soulである。マーク・アンソニーこそ参加していないが彼とは同期というべき女性歌手インディアをはじめとして新旧の世代が参加している話題盤であった。そしてMaster At Workのルイ・ヴェガはエクトル・ラボーの甥っ子である。

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登録日:2009年 07月 30日 20:44:35

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