2010年 07月

「インセプション」。 「借りぐらしのアリエッティ」より骨格がしっかりとしている


インセプション / Inception

僕は「ダークナイト」をそれほど高く評価していないので、予告編を見たときには嫌な予感がした。ビルがせり出してくる「マトリックス」的な映像を見て"これは悪酔いするくらいの映像になるのか"と思ったのだが実際に見るとそうはならなかった。「ダークナイト」を見れば分かることだが、クリストファー・ノーランは奇抜な映像表現はうまくない。でもその分過激な映像にはならないという利点がある。

映画全体としても他人の夢に入り込むという複雑になりそうな題材をそうはしていない。「エルム街の悪夢」のように現実だと思っていたものが夢だった、またはその逆という展開にはならず。自分の夢だと思っていたら他人の夢だったというのもあるがそれよりも夢から覚めたと思ったらまだ夢の中だったという重層構造を使っている。重層的といっても各層間時差の問題を別にすれば複雑ではない。つまり縦糸は使うが横糸は使っていないので道筋としては分かりやすい。ただし前半から夢の奥にはさらに深い領域があると分かってしまうので、終盤にそれを持ち出してもスリルがなくなっているのはなんとも残念。

これを見て思い出したのは「ハングオーバー」、コメディ版「メメント」と聞いていたが時間軸ずらしや余計な回想を使わない点に好感が持てたのだが、「メメント」監督作品の手触りもそれに近い。前にタランティーノ映画に対してたまには直球を投げてみろと言ったが、クリストファー・ノーランは今回直球を投げてきた。

はじめに言ったように映像面では派手なようでいて相変わらずピントはずれている。極力CGを廃したらしいが、それがなにか効果を生んでいるわけでもない。ジョゼフ・ゴードン=レヴィットががんばる無重力廊下からの一連の流れは時間をかけているわりには淡白なので間延びしている。さらに雪山の攻防、ここが長いのは問題なのだが、なによりオープニングを見ればクライマックスでないことが分かってしまうので、盛り上がるポイントではあるが見ているほうは"ここはさっさと飛ばしてくれ"と思ってしまう。

それに対しては役者陣への演技の付け方はこなれている。登場人物が多いだけに深みがない部分もあるがポイントは押さえている。レオナルド・ディカプリオは「シャッター・アイランド」に続き妻の幻影に悩む男を演じる。ここではディカプリオにギャーギャー言わせないのが良い。登場場面でエディット・ピアフが流れて笑わせてくれるマリオン・コティヤールは薄幸女とともに彼女が得意とするイタい女役なので問題ない。企業の背景が語られないなど渡辺謙がこの役である必然性は感じられないが、出番が少なかった「バットマン・ビギンズ」の償いとしては十分だ。ジョゼフ・ゴードン=レヴィットは出演時間こそ多いがキャラクターの色付けが弱く、印象度は低い。エレン・ペイジも同様なのだが、彼女が女子大生を演じても違和感があるのがどこかおかしい。キリアン・マーフィーの使い方は勿体ないと思うのだが、マイケル・ケインの出番の少ないベテランの使い方が不自然だった「ダークナイト」よりずっと良い。

好き嫌いを問われたら困るタイプの映画だが、色々語りたくなるという意味においては良い映画だ。ただ、他人の夢をいじくる前に真面目に働けよお前らと言いたくなる。

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登録日:2010年 07月 28日 01:23:04

「借りぐらしのアリエッティ」。 「ぼくのエリ」と同じように無難に見えるが脚本がいい加減過ぎる

スタジオ・ジブリの新作は新人監督米林宏昌による非宮崎駿作品。アニメーションに何を求めるかは人それぞれだと思うが、個人的には実写では表現しにくい非現実感やいきいきとした動きや画の美しさなどだ。この作品では勢いは楽しめないが、丁寧に描かれた背景画や小人たちの世界などはなかなか楽しめる。その一方でキャラクター設定や台詞などは物足りない点も多い。

オープニングで病弱な少年翔が小人のアリエッティを見つける場面から大雑把で初めから?が頭の中で浮かぶ。さらにお手伝いさんの行動は意味不明で困る。同じ脚本だとしてもこれが宮崎駿だったらお手伝いさんの行動原理が気にならないほどに勢いのある演出をしただろう。新人監督なのにそういった若さが感じられないのは辛い。

小人の生活描写は概ね良い。床下から台所、翔の部屋へと上がっているところは単純に楽しめた。床下に虫がいるところは「バッタ君 町に行く」を思い出すが、当然スタッフに見せているのだろう。虫たちとの絡みはもう少しあっても良かった。庭や草むらの風景の良さは目立ったが、それは逆に動きがあまり良くないということなのかもしれない。声の出演に関しては、翔がミスキャスト。その他は演じている俳優の顔が見えるレベルで、下手な人もいる。

手書き感覚を生かした非3Dアニメーションとしては一見悪くないように感じる。しかし宮崎駿の後継者としては新人の初々しさや逆に新人離れした要素も感じられない。また脚本も雑で、「トイ・ストーリー3」や「ヒックとドラゴン」のように脚本がよく考えられたアニメーションを見ているとどうしても物足りない。また細田守の「サマーウォーズ」や原恵一「カラフル」のように個性を確立した監督の作品と比べると現時点でかなり差がついている。ジブリが生き残る道は外部の力を積極的に取り入れるしかないようだ。宮崎駿は「ススめる!ぴあ」誌のインタビューで過去にそれをやって失敗したと語っていたが、ピクサーの「トイ・ストーリー3」やドリームワークスの「ヒックとドラゴン」でそれをやっていることを考えれば残された道はそれしかないように思う。

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登録日:2010年 07月 21日 00:13:24

「ぼくのエリ 200歳の少女」。 「ハングオーバー!~」ほど濃くないがそれも味

ぼくのエリ 200歳の少女 / Lat den ratte komma in / Let the Right One In

雪に始まり、雪に終わるなんとも静かな映画だ。脚本は原作小説家が担当しているがエリとオスカーの物語以外は大幅にカットしている。エリの同居人ホーカンの変態性もかなり削られ、全体的もおどろおどろしさも控え目だ。ということでヴァンパイア映画にしては直接的な残酷描写は多くない。最近のヴァンパイアものというと「30デイズ・ナイト」やギレルモ・デル・トロ(この映画を推薦している)の小説「ストレイン」のようにゾンビ的な展開になるのだが、ここではもっとロマンチックなオスカーという少年とヴァンパイアのエリとの交流として描いている。ロマンチックといっても少年はいじめられているというのが現代的でいい(舞台は原作と同じく80年代のもよう)。

この二人の対比が一番の見所となっている。宣伝ポスター等でおなじみの絵柄では黒髪のエリが後ろにぼんやりと写っていて、手前に金髪のオスカーが写っている。このバランスが絶妙だ。でも僕のように逆だと思ってしまった人も少なくないだろう。いじめられっ子のオスカーがエリと出会うことによって新しい力を得る。これによってオスカーはエリに守られ、彼自身には危険が及ばなくなるが、エリの世界に引きずり込まれることは、オスカーはふつうの生活ができなくなることを意味する。

普通ならヴァンパイアでいることの孤独を描くのだが、この映画(小説)はヴァンパイアのパートナーになる人間の孤独に重点が置かれている。ラストを見ながら彼の運命に思いをはせたくなる。エリの素性に関しては原作にあった説明描写がかなり削られより神秘的なものになっているが、日本版では修正が入っているためその辺が分かりづらくなっているのはなんとも残念だ。気になったのはプールの場面で例のやりとりがなく、力ずくで入ること。ここの場面の前後は原作と同じようにもう少しエピソードを重ねた方が良かったと思う。また原作にあった英米の音楽の要素も取り除かれその分ローカル色が出ているのはよかったと思う。

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登録日:2010年 07月 14日 00:10:06

「ハングオーバー!~」。 「トイ・ストーリー3」よりは作りこまれていないが面白い話


ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い / The Hangover

悪友たちと出かけたバチェラー・パーティに出かけたラスベガス、そこで酒とドラッグによる二日酔いで記憶が飛んでしまい部屋はめちゃくちゃ。虎はいるし、歯は欠けている。そして肝心の花婿は行方不明で、残された3人は物証を頼りに推理し、花婿を捜索する。というストーリー。この脚本が緻密とは言わないが、うまいと思うのは時間軸を入れ替えたり、巻き戻しの映像を入れたりしないこと(一箇所それをやっている場面があるのは残念、最後のあれが生きてこない)。

めちゃくちゃになった部屋を通り過ぎる女性が見える。ここは事前にどの女優が主演しているかを知っていれば顔は見せなくても彼女だと分かる。観客が三人より優位な立場に立てるのはここくらいで。後は彼らと同じ体験をするしかないのがこの映画最大のポイントだ。記憶喪失モノというと構成を複雑にしがちで、それらはいかに観客をミスリードするかを重視した小ざかしいものも多い。しかしこの映画の方法論ではそうなりようがない。数々の謎をばら撒きながら、映画の尺にあわせて回収すべきものだけど回収すればいいというのがシンプルながらいいアイディアだ(肝心の花婿の行方についてはやや反則気味)。

キャストでは花婿ダグを演じるジャスティン・バーサが相変わらずいい意味で存在感がなく、映画の半分以上いなくても気にならない(笑)。花嫁はプラスティックな表情という次元を超えて"ボトックス何回やりましたか?"と聞きたくなるお姿だ。歯抜け歯医者ステュを演じるエド・ヘルムズは正統コメディ演技。彼は婚約者からバカにされている小心者だがこの映画で成長が見せてくれるという意味では彼が一番。いうまでもなくこちらの婚約者の扱いも悪い、男がばか騒ぎする映画なので女は文句を言うだけのうざい存在にしかならない。またはそれとはまったく逆、男にとって女神のような存在なのがヘザー・グレアム演じるジェイド。しかも心が美しいストリッパーって、どれだけ都合がいいことか!まあ許してやろう。グループのリーダー的存在フィルを演じるのはブラッドリー・クーパー、軽く見えるのではなく本当に軽い人間なのだろうと思わせる個性はここでも健在。花嫁の弟アランを演じるのはザック・ガリフィナーキス、いるだけで笑えるような存在だけにいじりたくなるがそれをあまりやらない。その代わりに謎の東洋人ケン・チョンが一瞬にして場を持ってゆく、これは笑える

マイク・タイソンが殴るシーンも良かった。これはもう犯罪レベル(笑)。ラスベガスでやったのはカードカウンティング、前に別の映画で見たが犯罪ではないがやったら店から睨まれると他の映画で見た。

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登録日:2010年 07月 07日 00:41:11

「トイ・ストーリー3」。 「パリ20区、僕たちのクラス」とは違う意味でよく作りこまれt脚本


トイ・ストーリー3 / Toy Story 3

まずは恒例の短編「デイ&ナイト」から。短編というとショート・コントか動きを重視したものというのがふつうだが、今回はアイディアの勝利。スマーフみたいな格好をした擬人化された昼と夜が登場。最初は彼らの動きと彼らの中に写る出来事がシンクロしている点が面白い。次第に昼と夜の違いを出してくる。昼が騒がしかったら夜は静か、昼が子供なら夜は恋人たちという具合だ。大体は昼のほうが良さそうなのだが夜も花火などで対抗する。最後には仲良くなるのだが、某都市の昼と夜それぞれの華々しさを使ったあたりはお見事だ。

続編には必然性のある続編とそうではない続編があって、この「トイ・ストーリー3」は後者になる。一時期ディズニーがビデオ用のよく分からない続編を乱発していた時期があった。「トイ・ストーリー」もピクサー抜きの続編が出るという噂があったというだけでなく、バズ・ライトイヤーのスピンオフが作られている。結局ピクサーがディズニーに残ることでこうして、まともなパート3が作られたことはうれしいことだ。

また続編にはそのシリーズ用ではない脚本がアレンジされたり、逆にシリーズ用に用意されたものが別の企画として再利用されたりすることもある。この「TS3」もある意味ではそうした側面を持っている。つまり最初と最後はおもちゃと持ち主の関係を描くき(今回アンディは大学生になるためにしばらく使っていないおもちゃたちと本格的にお別れしなくてはならない)という「TS」のテーマを持ってきて、本編というべき中間部では別のアクション映画として成立させるのだ。もちろんそのパートは全体から浮いていないし、最初と最後がテーマをきちんと描くことによって中間部が遊びすぎても(そこまで行っていないが)かまわないのだ。ピクサーは脚本がいいと言われるが、今回のように「リトル・ミス・サンシャイン」のマイケル・アーントという外部の力を導入しても土台がしっかりしているからゆるぎないのだ。

今回の話は大学進学を控えたアンディはおもちゃたちを持ってゆくもの、寄付するもの、屋根裏にしまうものに仕分けなければならない。結局手違いでウッディ以外は幼稚園に寄付され、ウッディはおもちゃたちを家に連れ戻すため幼稚園に乗り込む。ウッディはそういうが、アンディの家に戻ってもどうせ屋根裏で、それよりは遊んでくれる子供たちがいるのでここで言いというおもちゃたち。こどもに遊んでもらってこそのおもちゃというシリーズのテーマをうまく持ち出している。単独行動をとったウッディはアンディの知り合いの女の子ボニーのところ(トロロがここにいる!)に行き、あの幼稚園がクマのぬいぐるみロッツォが牛耳る悪の帝国であることを知る。ここは当然のように大人向けであり、新キャラクターであるバービーのお友達のケンがギャンブル依存症になっているところなどはかなりきつめの描写だ。この幼稚園が監獄のようにしているからそこからの脱獄劇が盛り上がるわけだ(その前のウッディが最初に幼稚園から出てゆくのが一番のスペクタクルかもしれない)。ここで語られるのは仲間を見捨てないという、これまたこのシリーズのテーマだ。

今回ややダークになっているのは悪役を人間ではなくおもちゃの中に設定したことにある。これに関しては賛否両論があるだろう。それでもさすがにピクサーと思わせるのはロッツォがどうしてこうなったのをしっかり描いていて説得力がある。彼は最後までいやな奴で、かわいそうな最後を迎えるが、救いがないわけでもない。

中間部のラストで上にあげたテーマを織り込み、全体のラストでは最初に戻ってアンディとの別れとおもちゃにとっての幸せとは何かという問題にきっちりと結論をつける。ウッディの選択も仲間のことを考えているからこそだ。

新キャラクターではバービーでなくケン、彼の七変化がいい。人間ではボニーちゃん、ピクサーにしてはデザインがよくないと感じるが「1」「2」との整合性を考えるとこれでもいい。

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登録日:2010年 07月 05日 01:09:29

「パリ20区、僕たちのクラス」。 「エルム街の悪夢」より作りこまれた世界観


パリ20区、僕たちのクラス / Entre les murs / The Class

2008年のカンヌでパルム・ドールを受賞したフランス映画、パリ市内の公立中学校のクラスを追うというドキュメンタリー・タッチの映画、パッと見ると生徒にアドリブさせているように思うが、じつは1年かけて作り上げたものだそうだ。それでも十分生々しいが、この映画に対してリアリティという言葉を使うのは危険だ。それでもドキュメンタリー風に感じるのは投げっ放しになっているエピソードが多いから、終盤のためにある生徒に関することは関しては結論を出さないといけないが、それ以外は教師のプライベートなども含めて回収されないものが多い。

邦題にあるパリ20区は旧植民地をはじめとする移民が多く、映画には仕事を求めてフランスにやってきた中国人もいる。さすがにフランスだけあって中学生も生意気であまり共感できるような人間が出てこない。特にエスメラルダとクンバの女子極悪コンビは終始教師に突っ込みを入れるなど一番酷い。そんな中で中国人の生徒だけは例外だ。それは彼がアジア人だからというのではなく、フランス語があまりよくできないので自己主張をあまりしないからだ。逆に言えば個人主義というだけでまとめるのが大変なのに、これだけアイデンティティがばらばら人間をまとめるのは至難の技に違いない。ここで思い出すのはサッカーのフランス代表だ。映画の中にはジダンの名前も出てくるし、アフリカ系の生徒の会話にはサッカーのアフリカ杯(アフリカ・ネーションズ・カップ)の話題が出てくる。地元開催で優勝したジタンをはじめとした移民の子孫が大きな戦力となった。よ続く2002年と2010年は予選リーグで敗退したが、それを責めるよりは2006年のチームをよく立て直したものだと感心する。98年のチームを見て他民族国家(チーム)万歳というのは簡単だが、彼らを常にまとめられる方法論など誰も持っていないのだ。

そしてこの教室をまとめる教師役フランソワ・ベゴドーは原案となる「教室へ」を書いた本物の元教師。生徒たちと同じ視線で語り、授業に取り組む。その一方で行き過ぎて生徒を挑発して失言したりして人間味がある。

フランスの学校制度で面白いのは教師たちの成績会議に生徒代表がオブザーバーとして参加できる点、ここに参加しているのは例のコンビ。持ち込んだ菓子を食べておしゃべりをするという予想通りの最悪の態度。でも生徒たちの評価をチェックして報告している。彼女たちもクラス全体のことを考えているようだ。いや本当はクラスを支配したいだけなのかもしれない。

ドキュメンタリー調といってもどこかで物語を締めないといけないわけで、ここではアフリカ系の少年のトラブルがそれに当たる。彼の母親が学校に呼ばれるが彼女はフランス語が喋れない。こうした移民問題を語りながらフランスの公立中学校に退学制度があることを教えてくれる。問題がある生徒はこの制度を使って転校させられる。なんともシビアだ。

最後でエスメラルダはプラトンの「国家」を読むなどいいところを見せる。その一方でこの1年で何も学べなかったという生徒もいて教育の難しさを感じさせる。ラストは中庭でのサッカー、いつも気難しい顔をしていた校長がこの中にいて意外性がある。終わり方は唐突だが、この切り上げ方はこの映画にふさわしいものだと思う。

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登録日:2010年 07月 03日 01:05:02

「エルム街の悪夢」。 「闇の列車、光の旅」ほど出来はよくないがこのジャンルの映画としてはまあまあ


エルム街の悪夢 / A Nightmare on Elm Street

ジャッキー・アール・ヘイリーが新フレディ・クルーガーを襲名した「エルム街の悪夢」リブート。シリーズものだが個人的にはあまり詳しくない。監督はミュージック・ビデオ出身のサミュエル・ベイヤー。Nirvana - "Smells Like Teen Spirit"やGreen Day - "Boulevard of Broken Dreams"の監督。ビデオのリストを見るとやや監督の資質と合っていないような気もする。結果としては驚きや新鮮さはないものの悪くない。

ジャッキー・アール・ヘイリーはロールシャッハ(「ウォッチメン」)につづく一種の被りもので、どうなのよと思う人も多いだろう。回想シーンで素顔もある。しかもそれは「リトル・チルドレン」の役を踏襲していている。つまりキャラクターはどちらにしてもヘイリーの近作を踏まえたものになっている。声のしゃがれ具合といいこの手の役が似合うのも事実だ。

ヒロインのナンシーを演じるのは当ブログ的には「Dare」のルーニー・マーラ、姉は「アイアンマン2」にチラッと出ていたのケイト・マーラ。超美人と言うわけではないので、好みは別れそう。やや地味に感じる人が多いかもしれない。浴室でバックショットがあるがそれ以上はなし。湯船で股を広げて入る。普段は僕もそうするが、映画としてはどうなのか?いや股の間から何かが!!という演出をやりたいだけだが。

ナンシーの相棒となるのは定石通りオタク系と中盤までは思ったが水泳部?これもプールのシーンを撮りたいだけか、この辺の設定はもっと自然にしてほしい。眠らないように注意欠陥症子供用のクスリを使うというのはどこかで見た。これを大人が使うとハイになって眠らなくてもすむらしい。

不満はお約束通りに最初の犠牲者になる金髪少女のビッチ度が低いこと、殺されてすっきりするほど嫌なやつでないと!演じるのはケイティ・キャシディ、現在はレイトン・ミースターやセレーナ・ゴメスと映画「モンテカルロ」を撮影中「ゴシップガール」に出ると言う噂もある。全体的には残酷シーンはさほどきつくなくふつうの人も平気だと思う。

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登録日:2010年 07月 01日 00:55:20

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