「アイム・ノット・ゼア」

映画『I’m Not There』ニューヨークでプレミア上映会開催

【11月14日 AFP】映画『I’m Not There』のプレミア上映会が13日、シネマ・ソサエティ(Cinema Society)とホーガン(Hogan)の主催により、ニューヨークのチェルシー・ウェスト・シネマ(Chelsea West Cinema)で開催され、監督・出演者らが出席した。(c)AFP/Getty Images

AFPBB News


アイム・ノット・ゼア/I’m Not There

トッド・ヘインズ監督による6人俳優を起用してボブ・ディランの姿を描く(あるいは描こうとしない)映画。ボブ・ディランへの興味はアルバム聞きかじった程度。幻想的な物語からはじまり、このままの調子かと思っているとジュリアン・ムーアにジョーン・バエズと思われる歌手を演じさせるモキュメンタリー風味な場面があったりと一言では説明しづらいので、俳優を中心に語る。

まずはダメ組。ベン・ウィショー、彼が担当しているのは詩人なので、これは演技が悪いと言うよりは言葉の壁を感じさせる。クリスチャン・ベイル、一応二役を当られているが、キリスト教に改宗する70年代から80年代の方は音楽的に地味な時期なので扱いが悪い。クリスチャン・ベイルが髪の毛をもじゃもじゃにするとウィル・フェレルに似ることを発見したのが収穫。リチャード・ギア、このパートが一番難解なのは仕方ない。バイク事故で隠遁中のディランのようであり、俳優の年齢から考えて現在のディランのようである一方で、ディランが係わった映画にインスパイアされたと思われる部分ありとハードルが高くなっている。それでも見世物小屋の描写などは素晴らしい。

そして良かった組。カール・フランクリン、黒人少年による放浪の旅。この一本で独立した話として成立する。歌も悪くない。また途中でよる裕福な家に「エデンより彼方に」で学んだものが表れているのも印象に残る。ケイト・ブランシェット、物まねという人もいるようだが、限られた時間で押さえなくてはいけないエピソードが多いのでそういう印象も仕方ないのかもしれない。しかしケイト自身に責任は無い。ここに登場するミシェル・ウィリアムズのイモ臭いイーディと比べたらどれだけましなことか。そういえばイーディの映画を下の階でやっているのも皮肉だ。皮肉といえばヒース・レジャー、終わりを迎えつつある結婚生活を演じているが、疲れた様子はよく出ている。これがミシェル・ウィリアムズとの関係を反映していたりすると考えると辛い。その破局のあとに、亡くなってしまっただけにそう思う。

サウンドは「追憶のハイウェイ61」あたりが一番しっくり来る。年に2,3本は変な映画を見るのが映画ファンの醍醐味と思っているが、これはそこまでは行かない。

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登録日:2008年 05月 28日 23:50:54

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