2007年 12月 05日
ラルフとフィジケラ
【12月5日 AFP】F1ヘレステスト1日目。BMWザウバー(BMW Sauber)は、スペイン人ドライバーのハビエル・ビジャ(Javier Villa)が初のテスト走行に臨んだ。(c)AFP
95年ドイツF3チャンピオン、96年フォーミュラ・ニッポン初代チャンピオン、加えて「皇帝ミハエルの弟」という肩書きを引っさげて、ジョーダン(現フォース・インディア)から97年F1デビューを果たしたラルフ・シューマッハー。彼が契約に際してジョーダン側に当初チームメイトとして要望したのは、既にピークを過ぎたベテラン、マーティン・ブランドルでした。兄ミハエルがそうしたように初年度からチーム内の主導権を握ろうと画策したのでしょう。思えば兄ミハエルはデビュー当時、ネルソン・ピケやリカルド・パトレーゼといったベテランを引退に追い込み「ベテラン潰し(キラー)」と呼ばれたものです。
しかしエディ・ジョーダンが選んだのは、前年ミナルディからデビューした当時23歳のジャンカルロ・フィジケラでした。ラルフにとってはまさに寝耳に水。しかも既に関係者から将来有望と評されていたフィジケラは、自らの地位を脅かす存在でもありました。面白くないラルフは開幕前からフィジケラに対して敵対心を露にして行きます。
そして迎えた第3戦アルゼンチンGP。プジョーとのジョイントが3年目を迎え、トップ4を脅かす速さを見せていたジョーダン197の二人は、レース中盤には3-4体制を築きます。しかし24周目、前を行くフィジケラに対し敵対心剥き出しのラルフは無謀とも思えるオーバーテイクを敢行。結果両者は接触しフィジケラはその場でリタイア。一方のラルフはそのまま走りきり3位フィニッシュ。デビュー3戦目にして嬉しい初表彰台に上ります。
当然、弾き出されたフィジケラは怒り心頭。これ以降両者は口もきかない険悪な関係となり、シーズン終了までお互いを罵り合うことになります。そして翌年、フィジケラは当時マネージャーを務めていたフラビオ・ブリアトーレに引き抜かれ、ベネトンに移籍。代わってジョーダンにはデイモン・ヒルが加入して、以後二人は別々の道を歩むことになりました。
その後、ヒル中心となったチームに納得いかないラルフはウィリアムズに移籍するものの、ここでも"暴れん坊"ファン・パブロ・モントーヤと衝突。05年にはトヨタに移るも思った程の成績を挙げることはできませんでした。一方フィジケラは落ち目のベネトン〜落ち目のジョーダンと不運な移籍を繰り返し、05年ようやくルノーで勝てるクルマを手に入れたと思ったら、フェルナンド・アロンソに完敗。そして07年末、二人はとうとうワークスチームのシートを失いました(フィジケラは暫定)。
ジョーダンでの罵り合いから10年。ベテランとなった二人は何の因果か、スペイン・ヘレスにおいて、かつて共に戦い、いがみ合ったチームのテストに揃って参加しています。
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登録日:2007年 12月 05日 18:20:06
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- cavasan
- 石川県金沢市在住の31歳。F1歴は90年鈴鹿から。
好きなドライバーはジル・ヴィルヌーヴ、ミカ・ハッキネン、佐藤琢磨。
好きなチームはロータス、ジョーダン、スーパーアグリ。
好きなクルマはフェラーリ640、ジョーダン191。
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