”いのちを救う事”の是非
昔から、「経済的貧困や社会的理由で子供を育てられない」故の”子供を捨てる”事例はある。
この度、熊本で”赤ちゃんポスト”が設置される。
政府関係者は、”子捨て”を助長するとして遺憾の意を表明している。
一方、設置する慈恵病院理事長:蓮田太ニ医師は「助けられる命があるなら、やるべきです。」という。
近頃、親の生み捨て・子供への乱暴など社会的変化が見られる。
何も考えない、考えようともしない人たちが多くなり、セレブへの羨望・金へのあくなき欲望が膨らんでいる。
「赤ちゃんポスト」が、生みっぱなし・無謀な性行為を助長するかもしれない。
歯止めとなっていた妊娠が、「ポストに入れりゃあいいじゃん!」的発想で、歯止め足りえなくなるかもしれない。
それでも生まれてくるいのちに罪は無い。
救えるいのちがあるのなら、救える環境があるのなら、救おうとする人たちは社会にいるのである。
要は、”いのち”へのひとの信念・生き方・宗教観の問題である。
社会的なことを考えると問題があるかもしれないが、何もしないより何かをする事の方がよほど有意義だ。
・・・・・・・・白澤は静かに見ている・・・・・・
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登録日:2007年 05月 03日 08:48:17
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