チェチェン精神の起源「ウェズデンゲル」刊行によせて

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 2009年も、まもなく終わる。チェチェン情勢は相変わらず出口がない。これまで共著や単著で本を出していたが、今年は初めてコーディネイトをやってみた。チェチェン人作家にロシア語のオリジナル原稿を依頼し、それを日本人翻訳者に渡し、両者の合意のもとに本を作ったことである。それが「チェチェン民族学序説」(高文研、ムサー=アフマードフ著、今西昌幸訳)だ。この本に書いた序文「ウェズデンゲル~荒海を乗り越えるための海図」を記録としてとどめておこうと思う。

本書によせて                         林 克明

ウェズデンゲル――荒波を乗り越えるための海図


 長いこと探していたものを、ようやく見つけた――。
チェチェン民族の道徳であり、哲学であり、行動規範でもある「ウェズデンゲル」の存在を知った時の私の素直な気持ちだった。あるいは、迷い込んだ深い森で、出口を示す地図を得たような気がした。

 チェチェンというの名が日本にも知られるようになったのは、一九九四年一二月にチェチェン戦争が始まってからだろう。ロシア連邦内に百万人程度しかいない少数民族のチェチェン人。共和国の広さは、日本の岩手県と同じくらいだ。その歴史は、大国ロシアによる侵略に抵抗する戦いと苦難の歴史であり、それは二十一世紀の現在も続いている。

 私は一六回チェチェンを訪ねたが、豆粒のような小さなチェチェンが、なぜ巨大なロシアに抵抗できるのか、なぜ今まで滅びなかったのだろうか、と自問を繰り返してきた。その答えのひとつが、「ウェズデンゲル」である。

 民族の精神を支える根幹であるにも関らず、独自の文字がないために口述で伝えるのが基本だった。であり、ある部分を詳しく説明したものや、チェチェン語の教科書としての出版はあっても、一般の読者向けに全体像を示す本はなかった。

 そこで、世界に先駆けて日本で出版するために、作家のムサー・アフマードフ氏に執筆を依頼したのである。したがって、そのオリジナル原文をもとにして日本語に訳された本書が、チェチェン精神の源=ウェズデンゲルを著した世界最初の一般書となる。

◇ロシア兵の母たちを助けるチェチェン人 
 一九九四年一二月、ロシアからの独立を宣言していたチェチェン共和国にロシア軍が侵攻した。約四ヶ月後の一九九五年三月、ロシア兵の母親たちとチェチェン女性が、モスクワからチェチェンの首都グローズヌイまで平和行進した。最初から最後まで彼女らと行進を共にしたことが、私のチェチェンとの関わりの一歩だった。

 そのころチェチェンでは、ロシア軍による大規模な虐殺が起き、周りは瓦礫の山、交通機関も電話も水道も全面的にストップ。人々は逃げまどい、不明の家族や親戚・友人を探して大混乱の状態であった。ロシア軍は住民を拉致し、強制収容所に送り込んでもいた。

 そのチェチェンにロシア兵の母親たちは押し寄せ、行方不明の息子を探していたのである。ロシア当局は兵士の家族になんの情報も与えていなかったからだ。アンナとターニャという二人のロシア兵士の母に尋ねると、「ロシア軍機関や政府関係機関に話をしても全く相手にしてもらえず、チェチェン人だけが助けてくれた」と言っていた。

 チェチェンの人々は、大挙して訪れるロシア兵の母たちに食糧や宿を提供し、車を提供し協力を惜しまず、精神的にも支えていた。いま目の前で自分たちの町や村を破壊し、家族や友人を殺し拷問しているロシア兵の母親たちを助けていたのである。

 その姿を見て、私は魂を揺さぶられた。チェチェンには、人類にとって大切な何かがあるに違いない、と確信した。振り返って考えてみれば、その「何か」を探すために何度もチェチェンを訪ねたのかもしれない。初訪問から十年を迎えようとしていた二〇〇四年十一月、あるチェチェン人家庭のダイニングキッチンで、ようやく「何か」を見つけたのである。

◇民主主義と共存する伝統思想~ウェズデンゲルとの出会い
 チェチェンとの国境から数キロほどはなれた隣のイングーシ自治共和国の家に滞在し、封鎖されているチェチェンに入れないかと事前調査取材をしていたときのことである。

 その家のダイニングキッチンで、四〇歳くらいのチェチェン人男性M氏と話し合っていた。〇四年十一月といえば、イラクへの自衛隊派遣や市場原理主義の導入に象徴されるように、日本の戦後民主体制は危機に瀕していた。またイラクはもとよりチェチェン問題も出口が見えない。そのような閉塞感に陥りながら話していたのを覚えている。

 私のロシア語能力では、とても細かな意思疎通はできず、二人の話はだんだんと筆談に変わっていき、そのうちに三角形や丸や四角や線を描くようになっていた。だが、“同じ言語”で語り合える仲だけに、互いの言わんとすることは理解できたと確信する。

 私とM氏とのやり取りは、簡略化すると以下のようであった。


林  日本を今よりよくするには、民主主義や人権思想など近代思想だけでは限界がある。古神道・仏教・儒教・文化・慣習・生活様式まで含めて、近代化する以前から脈々と続くものも重要だ。ヨーロッパや北米なら、それほど悩む必要はない。自由・平等・民主・平和・人権を訴えればいい。しかし非ヨーロッパ圏では、その地域に根差した古いものと近代思想の両方のバランスをとることが決定打になるような気がする。

M  まったくその通りだ。トルコ建国の父ケマル・パシャ(一八八一~一九三八)を思い出した。イスラム教のオスマン帝国を共和制にして正教分離し、近代国家にした(一九三四年に女性参政権も実現している)が、古いものも維持している。悪い面もあったが・・。

  日本には、主権在民・基本的人権の尊重・非戦を柱にした優れた憲法がある。だから憲法の理念を中心に国を導こうという考えは正しい。しかし、それだけじゃ無理があると俺は感じている。長い間受け継がれてきた独自のものがないと、軍国主義やファシズムに対抗できないのではないかとさえ、実は思っているんだ。

M  でも、日本には武士道があるじゃないか。それを土台にしたらどうか?

  確かにそれは重要な要素だと思う。が、伝統を重んじれば、それを悪用する右翼や権力者が出てくるはずだ。現にそうされてきた事実がある。

M  それはイスラム世界(チェチェン)も同じだ。ロシアの侵略やキリスト教先進国による支配に反発する人たちの中に、過激なイスラム主義を主張する勢力も現れているからね。伝統とか言って近代主義に反発してそのまま行けばファシズム化する恐れがある。お前の心配はよくわかる。
 そうならないため、具体的に何が伝統なのか、何を守って何を否定するのか。何を廃止して新しく変えるのか、はっきりした言葉の定義も含めて徹底的に明文化すればいいんだ。

  それはそうだ。定義して、都合のいい解釈をできないようにすればいい。でも、難しいよね。

M  すべて書かれてるわけじゃないが、チェチェンには伝統的な道徳を昔語りで伝えているものがある。男のコーデックス(掟・行動規範)を示したもので、ウェズデンゲルというのがあるんだ。

  ウェズ・・・・?
M  そう。ウェズデンゲル。それを土台にして我々は行動するんだが、言ってみればチェチェン式武士道だ。

 二〇〇四年十一月九日。初めてウェズデンゲルの存在を知った瞬間だった。右の会話がなければ、本書刊行はありえなかった。その後M氏は、原作者のムサー・アフマードフ氏との仲介の労をとってくれたのである。

 その当時は、外国人がチェチェンに入って自由に動ける状態ではなかったのに、M氏との会話の後から、まるで開かずの扉が次々と開くように事が進み、チェチェン領内に入り、次から次へと会いたい人に会えた。いま考えても不思議である。

 そして翌〇五年一月に、首都グローズヌイにある雑誌『バイナフ』編集部でムサー・アフマードフ氏に出会ったのである。

◇恋人のために死のうとした男&一振の短剣 
 ウェズデンゲルは、チェチェンにイスラム教が普及する前から存在していた。
 高潔・忍耐・寛容・勇敢・慈悲・仲裁・自由などの概念を具体的なエピソードで口述するもので、コーランや聖書のような聖典があるわけではない。

 有名な二つの言い伝えを紹介しよう。以前からチェチェン滞在中に私が聞かされていた話である。しかし、二つともウェズデンゲルを表すエピソードだとは知らなかった。

 昔、ある青年が結婚を申し込もうとしていたが、隣国グルジアの有力者が「紛争に巻き込まれたので加勢してほしい」と青年に連絡をよこした。必ず生還すると心に誓い、彼は恋人を残してグルジアへ赴いた。

 しかし紛争は長引き、だいぶ年月が経ってからチェチェンへ生還する。ところがその翌日は、かつて結婚を約束した女性が他の男と結婚する披露宴だった。青年は戦死したと伝えられた彼女は、他の男性からの求婚に応じたのだ。

 当時、チェチェン人男性は一年に一度召集がかかり、軍事演習をしていたが、集合場所に最後に到着したものを処刑する風習があった。その召集日が披露宴の翌日だったのである。「これでは彼女の夫は集合時刻に間に合わない」と思った青年は、披露宴でにぎわう村を後にし、ひとり集合場所に向かい物陰に隠れていた。

 翌日、続々と集まる男たちに続いて、最後に彼女の夫が門をくぐった。それを見届けた青年は門をくぐった。長老たちは、青年の真意をくみとり、最後に到着したものを処刑する決まりは廃止された。

 これは高潔さを示すエピソードとして語り継がれる。現実がどうかではなく、かくありたい、かくあるべし、という規範を示した古代伝説が21世紀の今も広く語りつがれることに意義がある。

 もうひとつのエピソードは、一振りのキンジャール(短剣)の話だ。

 あるとき、若者がケンカになり決闘でケリをつけることになった。ところが短剣を持っていたのはひとりだけだった。短剣を所持していた若者が相手を切りつけると「今度はお前の番だ」と傷ついた相手に短剣をわたした。受け取った若者は相手を切った。これを繰り返して生き残ったのは短剣の所有者だった。

 チェチェンには血の復讐という風習があり、命や尊厳を奪った者に対し親族が復讐するのである。殺す場合もあるし、過失のある者が罪を認めて謝罪すれば、金銭や物品で償うことも含まれる。

 この場合、決闘して殺された若者の親族は、武器を持っていた相手が正義を守って公正に戦ったことを認め、彼の罪を許したという。

 これも何度か聞いたことがあり、チェチェンらしい話である。

◇平等社会と自由の関係
 ウェズデンゲルで最も重視されるのは自由(マルショー)だ。「個人の自由」と私たちが口にする意味も含まれるが、「自由」とは、自分の意志で自分に課した道徳に即して自分を保つことである。

 チェチェン社会は、王侯貴族などの階級が成立したことはなく、平等である。ロシア化されるまでは、金銭や権力よりも精神性が重んじられ、有力者が豊かになったとしても衣服や食べ物は質素で、一定以上の財産を得たら他者に分け与えた。それをしなければ村から追放され社会的に抹殺されたのである。

 自由(私欲追及の自由)を厳しく制限することによって自由と平等を確保し、各村は自治を行っていた。大きな問題が起きる場合は、選出された人物で構成する全国会議が議論し決定する。全国会議と集落の連絡と調整をはかる役職も存在していた。これが、ロシア帝国に併合される前のチェチェンの姿であった。

 義務についても言及され、人間が引き受ける義務とは、自分自身→家族→氏族→村→民族→国に対してであり、これは祖国愛にも通じる。あくまでも自分自身が出発点で最後に国があり、矢印が逆になることはない。国の概念は、国家=統治機構ではなく、大きな共同体という感覚だ。

◇拝金主義と暴力主義の対局にあるもの
 国家主義(ナショナリズム)や市場原理主義と対局にあるのがウェズデンゲルの精神だとも言えるだろう。経営破綻を引き起こした米国のビックスリー(三大自動車メーカー)の巨額の収入を得ている最高経営責任者が、「税金で助けてほしい」と自家用ジェット機でワシントンに駆けつけたのと対象的な行動規範がウェズデンゲルである。

 十年以上に及ぶ紛争で、物理的破壊とともに精神も崩壊し、伝統文化も崩れかかっているチェチェン。いま、著者のアフマードフ氏らチェチェンの識者たちは、政治経済の崩壊と精神的な危機から脱し、紛争を非暴力的に解決するためにウェズデンゲルのような伝統を復活させ、そこに活路を見出そうと考えている。

 もちろん、昔風の生活に戻れということではなく、忘れ去られた伝統を今の生活に取り入れることである。両者は似ているようで、全く違う。

 チェチェンで出会った人々を思い出しつつ本書を読み終えた今、私は書棚から三冊の本を取り出してみた。それは『葉隠』(山本朝常講術・田代陣基筆録・一七一六年)、『武士道』(新渡戸稲造著・一九〇〇年)、『男の作法』(池波正太郎著・一九八一年)である。

 本書を含めた四冊は、内容・時代・民族も違うのに、人を支える杖、荒波を乗り越えて航海するための海図として、共通の役割があるように思える。これらの本のページをめくり、「この部分は○、これは×、いや△かもしれない」と印をつけてみた。なぜなら、決して過去に戻るのではなく、現在と未来に活かすのだ、と心に刻むためだ。

 おそらく、地球上のさまざまな民族・国・地域でウェズデンゲルのような役割をもつ独自の伝統文化や習慣・規範があるに違いない。名も知られぬ小さな民族や共同体であっても、それは同じだろう。

 市場原理主義や“テロとの闘い”という名の侵略戦争を拒否し、グローバリズム(アメリカ化)と決別し、ローカルな道徳・習慣・行動規範・哲学などを二十一世紀の世に活かしつつ、新しい社会を創る。その大切さを本書は問いかけているように思える。

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興味のある方ぜひお買い求めください。あるいは図書館にリクエストするという方法もあります。
「チェチェン民族学序説」(高文研、ムサー=アフマードフ著、今西昌幸訳)




 

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登録日:2009年 12月 22日 10:33:10

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プロフィール
林 克明
(男)
チェチェン総合情報
平成暗黒日記
草の実アカデミー
■ジャーナリスト
■16回チェチェン入り。露店のおばちゃんから指名手配のゲリラ司令官、大統領まで知人 多数。チェチェンを入り口に、ロシア・世界・日本・政治・文化から人間の未来まで縦横無 尽に語る。
■著書「チェチェンで何が起こっているのか」(大富亮氏と共著)[プーチン政権の闇」「写真集チェチェン 屈せざる人びと」「世襲議員ゴールデン・リスト」など
■最新刊「トヨタの闇」(ちくま文庫・渡邉正裕氏との共著)
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