「私には、自分の思いを人に伝える勇気がある」タイーサ・イサーエヴァ(下)
【グロズヌイ/ロシア 9日 AFP】チェチェン共和国の首都グロズヌイ(Grozny)の空港が8日、8年ぶりに再開した。同空港は1999年の第2次チェチェン紛争で破壊されて以来、閉鎖状態となっていた。
再開初日には、アエロフロート・ドン航空(Aeroflot-Don Airline)のロシア-グロズヌイ便が第1便として着陸した。
写真は同日、空港再開を祝うラムザン・カディロフ(Ramzan Kadyrov)大統領(右)ら。(c)AFP/RUSLAN ALKHANOV
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占領下における抵抗運動には、多くの女性が参加している (撮影 林克明)
先日、無事に成田空港を後にしたタイーサ・イサーエヴァは、政治権力から独立した情報センターの運営をめざしている。戦火のチェチェンから隣国のグルジアへ、そしてチェチェンにもどり、イングーシ共和国で事務所を開いた。しかし、常に危険とすれすれの毎日だ。
■覆面武装集団の訪問
2005年1月12日、チェチェン共和国の西隣イングーシ共和国ナズラン市。同日昼頃、覆面に防弾チョッキ、自動小銃を持ったロシア連邦保安局(FSB)の武装集団が、住宅街の一角を封鎖し始めた。
目的は、チェチェン内の情報を国外に伝える情報センター「SNO」事務所の家宅捜索だ。同センター代表のタイーサ・イサーエヴァは、事務所の高額家賃が支払えず、数日前にアパートの一室を事務所代わりに引っ越してきたばかりだった。
午後二時ごろ、新事務所の扉を激しくたたき、彼らは乱入してきた。タイーサともうひとりの女性は、手を挙げさせられ壁際に立たされた。覆面の男が、タイーサの後頭部に銃を突きつけた。
手当たりしだいに書類を押収し、全てのコンピュータを押収して帰っていった。
■四日前に四人殺害
「無事で何もなかったわ」とタイーサはひとこと言った。チェチェンでは、ロシア軍や治安警察に裁判なしで処刑された例も多く、連行されて行方不明になることが日常茶飯事と化してしまっている。
だから銃を頭に突きつけられるような家宅捜索も「何もなかった」に等しいのかもしれない。
しかしそれも偶然の結果だった。四日前の一月八日、私が滞在していた同じ町のホテルの近くに対露レジスタンス四名が隠れていた。ロシア治安部隊は、同じようにその地区一帯を封鎖し、戦車も動員。三時間の攻撃で住宅ごと壊滅させ四人全員を殺したばかりだった。
結局、タイーサは連行されることもなかったが、武装治安部隊に踏み込まれたときは、過去に逮捕された経験を思い出していたにちがいない。
■軍による拘束
九九年から二〇〇〇年にかけての冬、当時国営通信社『チェチェンプレス』のディレクターだったタイーサはロシア軍に逮捕され、最大のハンカラ基地に拘留された。
「看守が兵隊に『何で女がいるのに何もしないんだ。朝までお前たちの自由にしていいぞ』と私に聞こえるように話していました。一睡もできずに朝を迎えました」
寒さと空腹と恐怖と睡眠不足で朦朧としていると将校がやってきてコンデンスミルクをかけたイチゴを差し出した。
「通信社はどこにあって、誰が働いているんだ?」
将校はニコニコ笑ってこう聞いてきたという。幸い、タイーサの逮捕は人権団体などがただちに発表し、ヨーロッパでもすぐに大きく報道されたため、比較的早期に釈放はされた。
タイーサは言う。「暴力を使わなくても人間を破滅させられるのです。同僚たちも逮捕されたり、みな地獄をくぐってきました。いまのチェチェンで最大の問題は、住民が逮捕されて行方不明になることなのです」
■私には自分の思いを人に伝える勇気がある
何かを話せば、夜になるとその人のところに覆面部隊がやってくる。
殆どの人が何が起きても硬く口を閉ざすなかで、ロシアの占領に対する抵抗運動を続ける人たちもいる。
〇五年一月、首都グローズヌイのある場所で秘密裏に会合が行なわれた(写真)。占領に抵抗しようという女性が二七名集まる予定だったが、検問をくぐりぬけてたどり着けたのは十五人だけだった。
タイーサの情報により、私はこの会議の場に参加することができた。
参加者の顔ぶれは五〇代が中心。この日は、チェチェンの現状をどうすれば世界に訴えていけるのかが話し合われた。
議長に選出された女性(六二歳)は「ロシアはチェチェンの魂を屈服させることはできない。それをペンの力で訴えていこう」と締めくくった。
だからこそタイーサは、政治権力から独立したSNO(情報センター)の意義は大きいという。彼女は印象的なことを語った。
「私には、自分の思いをひとに伝える勇気がある」
言論の自由などないに軍事占領下では、輝く言葉である。言論の自由がジリジリと後退していく日本に住む者として、私には他人事とは思えないのである。
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登録日:2007年 03月 19日 16:57:48
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