伝説の医師ハッサン・バイエフ来日直前メッセージ

MSF「2007年、10の最も報じられなかった人道的危機」を発表

【国境なき医師団】
国境なき医師団(MSF)は毎年、メディアの関心の外側で、出口の見えない危機にとらわれ続ける人びとの窮状を訴えることを目的として、年間を通じて世界で最も注目を浴びず、報道されることの少なかった人道的危機ワースト10のリスト「10の最も報じられなかった人道的危機」を発表している。
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AFPBB News


 ただひたすら、戦争で傷ついた人を助け、ロシア軍とチェチェン過激派から追われてアメリカに亡命した外科医ハッサン・バイーエフ。チェチェン戦争で最大の戦闘が行われた2000年2月初旬、設備のない中で、三日間で70近い切断手術を実施した尋常ではない強靭な精神力。彼の精神性と人格の高さ高潔さを知ったときの魂を揺さぶられるような感覚は、まだ私のなかに残っている。そのバイーエフ氏が1月31日、再び来日する。

◇日本の皆さんへ ハッサン・バイーエフからのメッセージ

日本のみなさまへのご挨拶

 一年あまりで わたくしは再び日本を訪問することになりました。一昨年秋の日本訪問は、わたくしにとって生涯の夢が実現したものでした。

 わたくしは、祖国チェチェンを襲った凄まじい悲劇と、その現状を伝えようと様々な国々を旅行してきましたが、日本は、とりわけ印象深い国であり、旅行中に出会った様々な方々のご親切は、生涯忘れることがありません。

 訪問を組織して下さった呼ぶ会のみなさま、そして様々な地方で講演会を組織して下さったみなさま、そしてわたくしの想いを聞いて、あるいはわたくしの本をお読み下さって、チェチェンの人びとが抱える心の痛みを共有して下さったみなさまに、深く感謝しておりす。

 多くの方々が、チェチェンの子どもたちのために支援金を寄せてくださいました。ほんとうにありがとうございます。今回、わたくしは再び日本に向い、二ヶ月滞在して、先進的な形成外科医療を学ぶ機会を得ました。

 わたくしは、受け入れて下さった埼玉医科大学総合医療センターと、この機会を根気強く実現してくださった方々に、深く感謝いたします。わたくしはいま、10 年近いブランクをなんとか克服して、本格的な形成外科医として手術台の前に復帰することに全精力を傾けております。日本での経験は、そのための有益な助けになるものと確信しています。

 わたくしは、昨日までチェチェンで、荒廃した医療現場を少しでも改善しようと、努力を続ける同僚たちと2週間を過ごしました。確かにチェチェンの首都では破壊された建物が取り除かれ、新しい建物が建設されています。

 しかしながら、わたくしの専門分野である医療や、人びとの健康という面に目を向けると、復興というには、ほど遠い現状が広がっています。とりわけ次世代をになうべき子どもたちの医療は、おそろしいほどの立ち後れを見せているのです。わたくしは、少しでも多くの日本のみなさまに、その現状を報告して、より一層のご支援を訴えたいと願っております。

 モスクワにて 2008 年1 月28 日
医師ハッサン・バイエフ

「ハッサン・バイエフ」呼ぶ会ホームページ
ここに講演タイムテーブルなどの情報が載っています。
http://tokyocinema.net/baiev.htm

『誓い~チェチェン戦争を生きたひとりの医師の物語』(ハッサン・バイエフ著、天野隆司訳、アスペクト社)

「チェチェン 屈せざる人びと」 (世界の戦場から)岩波書店

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登録日:2008年 01月 29日 17:48:55

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プロフィール
林 克明
(男)
チェチェン総合情報
平成暗黒日記
これは髪の事件です!オーラヘアー
■ジャーナリスト、「通販あれこれ」スタッフ
■16回チェチェン入り。露店のおばちゃんから指名手配のゲリラ司令官、大統領まで知人 多数。チェチェンを入り口に、ロシア・世界・日本・政治・文化から人間の未来まで縦横無 尽に語る。
■著書「チェチェンで何が起こっているのか」(大富亮氏と共著)など
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