Rock ain’t about getting “A”

<ロック・アム・リング>メタリカが出演 - ドイツ

【ニュルブルク/ドイツ 5日 AFP】5月にF1第5戦・ヨーロッパGPが開催されたニュルブルクリンク・サーキット(Nuerburgring)で、今月2日から4日まで開催されるドイツの音楽フェスティバル「ロック・アム・リング(Rock am Ring)」で4日、米国のへヴィーメタル・バンド、メタリカ(Metallica)が出演した。写真はパフォーマンスを披露するメタリカのソングライターでフロントマンのジェームズ・へットフィールド(James Hetfield)。(c)AFP/MICHAEL GOTTSCHALK

AFPBB News


I was born to be bad

ハード、ハードコア、パンク、メビメタ、スタンダードなど、それぞれのジャンルから直接リンクする、いわゆる代名詞的な存在には“問題児”が多い。
しかし、彼らには不思議とカリスマ性がある。
めちゃくちゃかっこいい。
Sex・Drug・Rock&Roll……排他的な生き方を地で貫く彼らは、別に社会に対して挑戦しているわけではない。
「不道徳だ」と彼らを意識し、非難しているのは退屈な社会の方であり、彼らにとってそんな欺瞞は考慮するに値しない。
なぜ、彼らが破天荒な生き方をするのか、少なくとも“社会への挑戦”ではないことは確かである。

Take me for what I am

ロック史上の“型破り”を語る時、欠かせないのは元『Sex Pistols』のベーシスト、シド・ビシャス。
ベーシストといっても、ステージ上の彼はいつも酒とヘロインで酩酊しており、まともに演奏はしていない。
「オレは顔もいいし、かっこいい。女の子が騒ぐのはわかってる」と自称していたシドだが、彼が本当に手に入れたかったものは何だったのだろうか。
キャーキャー騒ぐ女の子でも仲間でも、もちろん音楽でもなければパンクのカリスマになることでもない。
ピストルズ加入した頃に出会ったジャンキーのナンシーとクスリだけがシドの生きがいのようになっていく。
シドのドラッグ問題は後にジョニー(Vo)の脱退やピストルズ解散の原因となる。
シドはロンドンの『ホテル・チェルシー』で刺殺されたナンシーの殺害容疑で逮捕されるが、ヴァージンレコードの計らいにより保釈される。
保釈後のインタビューでシドはこう答えている。


“生きていて楽しいかって?勘弁してくれよ。“ 

その数カ月後の1979年2月2日、ドラッグの過剰摂取で生涯を閉じている。
享年21歳の若きアナーキストだ。


「It’s better to burn now than to fade away」

この有名な言葉を残しわずか27歳でこの世を去った激しい男、そう、伝説のロックバンド『Nirvana』のカート・コバーンである。
日本語では「無駄に生きるな、熱く死ね!」などと訳されることが多く、“イケイケの派手なロッカー”というイメージが強いのだが、実は、カートは内向的で常に内なる葛藤を秘めた繊細な男だったといわれている。
天才的な音楽センスを持つゆえに理想とするメンバーになかなか出会えずにいたこと、また、インディーズ時代のメンバー・チェンジ、メジャー後は商業的な成功と相反する自己信念とのせめぎ合いなど、いつも苦しむことにとりつかれていたカートは、双極性障害と診断されている。
1987年に結成するが、92年頃からバンドはカートのドラッグ問題を抱えはじめ、活動は一時的に麻痺してしまう。
そして、双極性障害が悪化し自殺の恐れがあるとされていたカートは94年頃から入院を余儀なくされる。
同年4月1日に病院を脱走したカートは、5日にシアトルの自宅で、ライフルで頭を撃ち抜いている。
遺書の中に「it’s better to burn now than to fade away」という言葉を残して……。



That’s who I was meant to be

“問題児”は健在のロッカーでもたくさんいる。
たとえば、あまりのわがままぶりにウデがあってもなかなかメンバーと長続きしない“フライングV”で有名なマイケル・シェンカー、作品が予定通り発売されないため“ヌーノ・タイム”という名詞になってしまうほど、ファン&プロモーター泣かせの『エクストリーム』、ヌーノ・ベッテンコート、メンバー全員が麻薬中毒のためレコーディングの資金が底を尽き、まともなプロデューサーを雇えなかったこともあるという『メガデス』(っていうか、レコーディングの資金をヤクに……ウケる!)などなど、彼らのアウトローぶりを挙げたらキリがない。
しかし、彼らにはいつの時代にも熱いファンがおり、そしてその姿は今も昔もたいして変わっていない。
もちろん音楽性の好みもあるが、むしろ、彼らの個性的な生き方が独自のサウンドを作り上げ、さまざまな問題を抱えていてもやはりgoing my wayで突っ走るところにファンは惚れるのだと、ハード・ロック・ファンの1人として私は思う。
ステージで酔っ払っていたって、レコーディングの資金をドラッグに使ってしまい、音質の悪い作品だって、彼らの奏でる曲は我々ファンを限りなく強く刺激するのだ。
出来ばえの良し悪しは関係ない。

自分にとってくだらないということは全部シャット・アウトし、ヌードなハートで信念をどこまでも貫くことがロックな生き方だ。
だからロックは熱い。
熱いものはいい!

年齢が最近1つ増えた私は、”ロックに生きる”ということを新年の抱負としよう。


Don’t give a damn.
Rock ain’t about getting “A”.
Just take what it is meant to be.
Or leave it…….

コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2006年 06月 06日 11:23:30

コメント

ロックンロールというとなぜか
「内田裕也」を思い出してしまいます。
いつでもどこでも
「よろしく!」といってるあの人(笑)

藤原さんがロックな生き方をしたら
いったいどんな感じになるのでしょうか~★

くぼ@赤ウサギ @ 2006年 06月 12日 17:20:20

ただでさえ、見かけのでかさと繊細さのかけらもない話し方で”エラソーだ”だの”生意気だ”だの言われているのに、”ロック”に生きちゃったら、もうヤバイっすよね。
でも、そんなことを言うのは藤原という人間をよく知らん人たちが勝手に言っていることなので、それこそ”欺瞞は相手にしない”=”自分のheavenを追求しロックに生きる”ですわぁ♪

にしても、「シェケナ~ベイベー」ですか、先輩(爆笑)
先輩のリクエストなんで、藤原のロック史に内田くんもいれましょうーか!

藤原Hikki @ 2006年 06月 12日 18:39:01

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藤原ヒカル
藤原ヒカル
(女)
カンガルーの国、オーストラリアでジャーナリズムを学び、その後は現地で新聞記者に・・・・・・。業界へのデビューを果たすが、目指すところは”イラク”ではなく、”ミュージックシーン”だったりする。10歳の時にテレビで聖飢魔IIのライブを見て、デーモン閣下に一目惚れ。後にKISSなどの大御所を知って(普通は、逆!)、「話してみたい♪」とミーハー的な理由で英語を猛勉強。HR/HM歴20数年。現在は日本在住。企業や国家の政策などのコアな記事から外国人クリエーター、芸術家たちにインタビューして記事を書くのがお仕事。
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