A級戦犯合祀

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A級戦犯も国のために戦った方々なのだから、一緒に祀るのは当然だ、思っている方は、もう一度「私は貝になりたい」という映画を見ていただきたい。
平凡な床屋が軍隊に召集され、上官の命令で木に縛りつけられた捕虜のアメリカ兵を銃剣で刺す。復員して再び床屋をやっているところを突然逮捕され、戦犯として訴追され、死刑になる。絞首台の階段を上りながら、「私は貝になりたい」と独白する故フランキー堺の名演技は忘れられない。

1958年にテレビドラマとして放映され、小学校3年だった私はリアルタイムで見たことを今でも覚えている。(当時は意味はわからなかったが、悲しくて泣いたのは覚えている。)

この話しは、極東軍事裁判がインチキだ、という見方もできるが、上官の命令で殺人者の汚名を負ったBC級戦犯は、上官の上官である戦争指導者と一緒に祀られていることを、どう思っているだろうか。

日本は1951年4月28日、極東軍事裁判の結果を受け入れることも含めてサンフランシスコ平和条約を締結し、独立した。
日本の繁栄はここから始まった。
もし、今になって極東軍事裁判の結果を受け入れない、というのなら、戦後の日本の繁栄もまやかしだ、ということなのか。
そうでないと言うのなら、いまからでも日本人自身の手で戦争責任を裁くべきだ。

カテゴリー[ 戦争と平和 ], コメント[1], トラックバック[0]
登録日:2006年 08月 16日 02:39:53

コメント

合祀、分祀の議論は靖国神社の言い分に付き合いすぎだと思っています。昭和天皇に見放された靖国神社は朝日新聞の指摘どおり早晩破産するでしょう。
戦争責任は内外の戦争犠牲者に補償も含めて明らかに示すべき。
新たな国立追悼施設などそれからで遅くないと思います。

カフカ @ 2006年 08月 23日 21:30:11

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Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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