皆さんなぜ東京に行くの?

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(即戦力の話しは後ほど)
今日は途中までサンデープロジェクトを見ていたが、天気がいいので出かけることにした。
11時に出発して車で40分ほど走るとハイキングコース入り口。そこから30分ほど登るとこの景色。このあたりの植生である照葉樹林帯の木漏れ日の中をあるけば、自然と一体になった気持ちがする。
東京にいれば、何日も前から計画していなければこうはいかないだろう。

筆者は東京生まれの東京育ちだ。三代前から山の手に住む生粋の東京っ子で、プロフィールにある大学も中学からのエスカレーターだ。

それが地方都市に住んで24年になる。転勤族として最初の勤務地が金沢市に4年。次に今の町にきて、途中6年間の東京勤務はあったが、通算20年住んでいる。地方都市の生活は快適だ。筆者の妻も東京生まれの東京育ちだが、筆者の定年退職後東京に戻るつもりはないようだ。この地域には、東京生まれの人が親を呼び寄せ、退職後も住んでいるという人が多い。東京出身の転勤族は意外と東京には固執しない。転勤した町の中から終の棲家を選ぶ。住めば都とはこのことだ。

筆者に理解できないのは、なぜ地方都市に住んでいる人は東京に行くのか、ということだ。

多くの地方では、よほどの中山間地か離島でない限り、40年前ならいざ知らず、車社会でIT社会の21世紀に自宅から通勤1時間を見れば仕事がないということはない。住環境も生活環境も東京よりはるかに快適だというのに。
東京に行って筆者の実家がある23区の山の手に住めればいいが、実際に住むのは佐原か荒川沖か鴻巣か飯能か伊勢原だろう。国道16号線の外側だ。そこから通勤で人生の貴重な時間を無駄にする。

筆者が住んでいるのは新幹線も止まるJRの駅から直線で2kmの閑静な住宅街のマンションだ。77平米3LDKのこのマンションの価格は、購入当時首都圏で同じ価格で同じ広さを求めようと思うと小田原まで行かないとなかった。

大学にしてもそうだ。東京の大学を出ましたというので聞いてみたら東松山だという。そんなところに行くくらいなら、なぜ自宅から通える大学に行かないのだろうか。親元を離れて自由な暮らしがしたい、というのは甘い考えだ。筆者もそうだが、東京出身の学生は親元から通い、常に親との葛藤を経験している。東京で勝手なことをしておいて田舎に帰って癒されるというのは甘え以外の何物でもない。逆に親離れができないではないか。

筆者の住む地域には、大企業ながら本社を東京に移さない会社が多い。ここから世界と直接繋がっているので、移す必然性がまったくないのだ。官に保護される規制業種や、官需中心の企業は霞ヶ関に近い必要があるかも知れないが、世界のコンシューマーを相手にしている企業が東京にいる必然性はまったくない。

よく話題になるのだが、マーケティングと称して東京の流行を追っても何にもならない。クリエイティブな情報発信拠点は世界の他の都市にあり、東京は月のようにその光を反射して輝いているにすぎない。ロサンゼルス(映画を除いて)と同じでしょせんは強大な消費都市にすぎず、創造都市ではない。筆者の勤めるようなグローバルにビジネスを展開している企業は、東京のマーケットリサーチをしていたら世界から遅れてしまう。だから例えばインダストリアルデザインの拠点は東京ではなくロンドンに置いている。

ドイツでは、著名なデザイン事務所は各地に分散している。筆者はある著名なインダストリアルデザイン事務所(最寄の都会から200km離れた田舎の森の中にある)で、こんな田舎にいると情報が入ってこないで不便ではないか、と訊ねたことがある。答えは「自分たちはオリジナリティのあるものを生み出しているのだから、なぜ他の情報がいるのか」というものだった。

起業する場合も地方都市はコストが安い。行政の様々な優遇策がある。顧客ががいないと言うかもしれないが、顧客はネットを介して日本中にいる。世界とも繋がることができる。最初から世界中の客を相手にする気構えがないと起業はおぼつかない。それができれば東京にいる必然性は何もない。

東京生まれで東京育ち、田園調布に実家があり、地方都市に住む筆者としてはあえて聞きたい。「皆さんなぜ東京に行くの?」と。特にこれを読んでいる若い人に答えてもらいたい。東京は幻想にすぎないのではありませんか?

カテゴリー[ 趣味 ], コメント[10], トラックバック[1]
登録日:2006年 10月 15日 17:55:06

コメント

 東京で生まれ育った人間が、地方からの移住者にとやかく言う資格はない。ましてや、いまそこに住んでいない者はなおさら…。禁煙に成功した者が喫煙者をいましめるようなものだ。
 東京は江戸時代からの一大消費地で、土地の者よりよそ者がその数を圧したことによって、独特の経済・文化を形成してきたと理解している。人はみな、自由にその住むところや仕事を選べばよい。自然環境の善し悪しや物価の安さばかりが、必ずしも人が生きる場所を選ぶ基準ではない。地方の若者がまず東京を目指すのは、一種の通過儀礼であって、成功するとか、世界に打って出るとかは、余人の知るところではない。私は沖縄県に10年以上暮らしたことがあるが、島から外に出たがらない若者のほうが、むしろ問題だ。

なび @ 2006年 10月 15日 22:21:07

なびさん、コメントありがとうございます。お言葉ながら、26年前に禁煙し、その後は自分もヘビースモーカーだったので喫煙者にとやかく言う資格はないと思ってだまっていましたが、ここへ来て喫煙者の傍若無人についに声を上げるようになりました。
で、喫煙者の傍若無人になぞらえて私がいいたいのは、ひとつは、いま地方の衰退が問題になっているときに、なぜ故郷に残ってなんとかしようと思わないのか、というのがひとつ。
二つ目に、なぜ地方への過剰な公共投資を地方出身者(の官僚や政治家)が容認し、推進するのか、ということです。今現在自分が住んでいる都会のインフラが不足しているというのに。罪滅ぼしならやめた方がいいのでは?金ではすまないので。
確かに、外へ出たがらない若者は問題です。現状に安住し、都会のおこぼれで覇気もなく生きている。でも外へ出て行く人間は、危機jに瀕する故郷を支える気概はないのか。私の場合は故郷東京を支えなくてもだいじょうぶだろうと思うが、どうでしょうか。

himori @ 2006年 10月 15日 22:51:15

ま、はっきり言えば、自分の故郷の価値もわからない田舎者に、あほではないか、と言っているのです。自然環境や住環境だけでなく様々な価値や可能性があるのではないですか。それが見えませんかね、ということを言いたいのです。

himori @ 2006年 10月 15日 23:08:30

まあ価値観の多様性があるからいいのだから、ほっとけばそれなりのかたちになるだろうし、何にも無くなればそこから生まれるものもあるだろうし、手を加えないと言うか、自然にまかせたらどうかね?駄目かねこの考え?

BDPマスター @ 2006年 10月 16日 00:30:48

地方都市か東京圏かという議論に戻させていただきます。
確かに、地方都市のほうが便利であるという議論は、私も同感です。
私は、中高生の時代、北陸のある地方都市の中心市街地に住んでおりました。おかげで、役所の手続きをはじめ、衣服、書籍などの買い物は、自転車で約10分もあれば、すべて片付けることができました。もっとも、学生時代に役所にいったのは、なにかの賞の授賞式にいったことぐらいだと思います。もちろん、近郊に住んでいる方々も、中心市街地にいけば、ほとんどの用事を済ませることができたでしょう。現在、地方都市は、「コンパクト・シティ」をめざしています。まさに、こうしたことが地方都市では実感できます。ちょっと言い過ぎですが、都市機能の「ワン・ストップ」です。
大学生になり、東京圏に生活したときの感想は、東京とは「不便」なところだというものでした。買い物をはじめとした用事をするにも、さまざまな交通手段を用い、いくつかの場所に移動しなければならない不自由な思いは、私にとって、はじめての経験でした。都市規模が拡大すれば、その機能の都市内における分散は当然のことです。たとえば、買い物についていえば、古本なら神保町、電気なら秋葉原といった具合です。しかし、逆に専門性も高まるのは事実です。地方都市であれば、書籍を買い求めるときは、書店を数軒回って、なければあきらめるというものでした。しかし、東京ならば、多くの書籍は出版社を直に訪ね、購入することもできます。活動範囲が広がり、面倒だと思っていた移動も、次第に、楽しくなってきました。
いま、私はこの東京での生活を捨てることができないような気がします。これも、「慣れ」ではないかと思います。人間の環境の適応能力のなせるわざかもしれません。
桧森さんのように、地方都市のよさを説かれていることは真実だと思います。また、東京賛歌を歌い上げている私のような人間もまた真なりだと感じます。人の価値観は、上述のお二人の議論にありましたように、多様であるので、真偽をつけることは不可能でしょう。
ただ、重要なのは、多様な意見があることが必要だということです。どちらかといえば、東京などの都会生活のすばらしさを説く風潮は一時ほどではないにしろ、いまだに根強いのも事実です。それゆえ、この度の桧森さんの「地方生活のススメ」は、東京賛美が必ずしも正しくないという警鐘としては、必要なものではないでしょうか。
今後も、東京だけではない、地方都市の魅力やすばらしさをお伝えいただきたいと思います。
感想まで。

yoshi @ 2006年 10月 16日 03:18:05

BDPマスターさん、yoshiさん、コメントありがとうございました。昨晩は酔っ払っていたのでつい毒づいてしまいました。お二人のおっしゃっている多様な価値観、なびさんのおっしゃる通過儀礼もわかります。また、居住、移動の自由もおっしゃる通りです。
しかし、日本は長年大都会が人口を吸引し、一方で「国土の均衡ある発展」の名のもとに公共投資を地方に配分し、地方に公共事業しか基幹産業がない状態を作り出して来ました。新幹線や高速道路が通っても、ストロー効果で人口流出が加速しただけでした。
その結果財政破綻を招き、最近は地方の自立が叫ばれ、地方交付税の人口配分などがアジェンダになっています。
しかし財政破綻や土建国家などすべての原因は、故郷を捨てて東京に行く、という一人一人の選択の集積にあるのではないでしょうか。
東京一極集中というのは、極めて発展途上国的なマインドに基づいています。マニラやナイロビならしかたがない。19世紀のロンドンも。オポチュニティのある都会に行って一旗あげる、あるいはこじきやごみ集めでも現金収入を得ないと田舎では食えない。
でも21世紀の日本では違います。故郷でも食えるし一旗上げられます。むしろ可能性は高いかもしれない。少なくとも、交通、通信の発達した今日、東京に住む必然性はない。確かに六本木ヒルズはないが、そんなもの必要ですか?
一人一人が発展途上国的マインドから抜け出さないと、地方の自立は実現しないし、これからの日本の発展もない、ということが言いたいのです。
そうでないとしたら、都市がひとつの巨大なドームの閉鎖空間になり、その回りに田園が広がる、というSFもありますが、それこそ多様性がなくなってしまいますよね。

himori @ 2006年 10月 16日 08:55:29

 閉ざされたコミュニティーの閉塞感は、そこに住んだ者しかわからない。人間関係のわずらわしさからのがれるために、大都会に逃げ込む者もいる。街に出ても、自分に声をかけてくれる者は誰もいない。そこで、みな必至に携帯の画面を確認する。朝の通勤電車の車内、座席にうもれ大口を開けて爆睡しているもの、携帯の相手と金切り声で通話をしているもの……東京のいち風景といってしまえばそれまでだが、彼等はちょっと前までは、故郷でのんびりと暮らしていたのかもしれない。
 夕張市など地方の財政破綻は、政治の問題であり、このような事態をまねく政治・政治家を選んだのは、私たちにほかならない。社会学者の宮台真司が、団塊の世代は現象をつくったが、制度はつくって(変えて)いないと指摘しているのは、一理ある。

なび @ 2006年 10月 16日 22:41:21

>なびさん
どうも同世代のせいかいちいちご意見に賛同してしまいます。団塊世代批判(というか自己批判)については、一度エントリーで書こうと思っていたところです。この件について宮台説はそうだと思います。冷静に観察すると、私たちはリーダーでなくフォロアーだったのです。だから以前書いたように企業社会にも過剰適応したあげくリストラされてしまった。閉塞感についていえば、ふるさとにいてそれを打ち破らずに都会に逃げてきたのも我々の世代からです。ということで結局自分に返って来てしまいました。
いい加減フォロアーはやめて自分たちオリジナルで新しいものを作ろうよ、と同世代には呼びかけて行きたいと思っています。

himori @ 2006年 10月 16日 22:59:36

最近、「嫌われ松子の一生」という映画を観た。団塊女性の激烈な人生が我が身につまされて、同時上映の「ダビンチコード」が絵空事さ、と感じてしまった。ご覧になっているようでしたら、ご感想お聞かせ下さい。ブログの読者のみなさまも、ぜひ。これも、都会と周縁を結ぶ〈ロードムービー〉なのでしょう。

なび @ 2006年 10月 17日 22:20:42

「嫌われ松子の一生」は気になっていますが、まだ見ていません。原作も読んでいませんが、ちょうど団塊世代だしリアリティがありそうなストーリーですね。今度見てみます。

himori @ 2006年 10月 18日 10:36:32

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プロフィール
Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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