2006年 09月 12日

指定管理者ってどうよ!?その2

指定管理者の問題は、このブログの読者のほんの一部の方しか興味が無いかもしれないが、しばしお付き合いを。

2.民間企業が指定管理者になると、芸術性の高い公演ができなくなる?

クラシック協会会員から、「民間企業が指定管理者になったら、芸術性は高いけれども集客が見込めない弦楽四重奏などはやらなくなって、ポップスや演歌ばかりやるようになるのではないか」という質問が出た。前のエントリーで書いたように、そうなるかどうかは行政側が指定管理者に対してどのような方針を示すかで決まる。行政側は基本的には芸術・文化を目的とする施設と考えているところが多いので、ポップスや演歌ばかり、ということにはならないだろう。

しかし、問題は、行政側の示す地方の文化施設の目的・役割りはほとんどが、地域の文化振興、地域の活性化、地元のアマチュアや地元在住実演家の活動支援、文化創造活動への市民の参加などであって、芸術の振興とは書かれていないところにある。
この目的を受けた指定管理者は、その実現のために、市民・アマチュア参加型企画や、地元演奏家活用企画を考える。プロを呼んでも、市民との共演やアウトリーチ活動が主眼になる。そうなると、芸術性の高い海外の弦楽四重奏などは出番がなくなる。

もとより、芸術は新たな美の概念を創造する活動であるから、若いアーティストにもチャンスはある。しかし、実演の芸術性という観点から見ると、世界の至宝といわれる演奏家と、地元のセミプロの間には、歴然とした、隔絶した力量の差があるのも事実だ。

今までは、そこをわかっている文化財団が、芸術性の高い公演を「恣意的」に自主事業で取り上げてきた。しかし、もし指定管理者に与えられたミッションに、市民への芸術の提供や芸術そのものの振興が入っていないとしたら、地方の公立文化施設からはそのような公演はなくなってしまう可能性が高い。もはや、公立文化施設の自主事業のお金はあてにできないと思うべきだろう。

指定管理者制度のもとでは、行政側、プレゼンター(クラシック音楽事業者)、演奏家側が、芸術性の高い公演を実施するための新たなスキームを考え出さねばならないのではないだろうか。文化政策として、市民・納税者も納得する形で、それができるだろうか?

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登録日:2006年 09月 12日 23:04:17

指定管理者ってどうよ!?その1

昨日は日本クラシック音楽事業協会主催の「指定管理者制度の現状と今後の動向について」と題するセミナーにパネラーとして出席した。

そこで生じた疑問が2点。

1.民間企業が指定管理者になると、民間企業の事業(公演など)に税金が投入されることになるのか?

以前CP-NETで埼玉大学の後藤和子先生とも議論になったが、民間企業が文化施設の指定管理者になると、民家企業の事業(公演など)に税金が投入され、利益をあげることになる。これはいかがなものか、という議論が私にはどうもわからない。
ゼネコンは公共建築を請け負って税金から利益を得る。清掃業者は公共の建物の清掃を受注して利益を得る。指定管理者は公の施設の管理運営を委託されて利益を得る。どこがちがうのか。

恐らく、指定管理者の権限が大きいために出た発想だろう。つまり、文化財団が管理していた時は、財団が自治体の文化政策の一翼を担っていたために、財団は自主的・自律的に事業を決定し、実施していたが、民間企業が指定管理者となって自主的・自律的に事業を決め、実施したらそれは民間企業の利益のためにやることにならないのか?ということだ。

しかし、それはちがうのではないだろうか。指定管理者制度は基本的にはエージェンシー理論にもとづいていると思われる。つまり政策の立案と執行は分離され,契約とモニタリングで執行を担保しているのだ。指定管理者は文化施設で行う事業の目的、内容・枠組み、回数などを決められ、忠実にそれを実現することが求められる。自主的・自律的に決めることはできないのだ。指定管理者は自治体の文化政策の忠実な実行者であることが求められる。自主事業は指定管理者の自主事業ではない。行政が公立文化施設に託して政策目的を実現するための事業なのだ。そこに民間企業の利益目的が入り込む余地は無い。もちろん、実施にあたっての委託料は指定管理者としてもらうが、それだけである。

いままでは、文化政策の大部分が文化施設の建設と管理運営のことだった。だからこのような議論が出てくるのだろう。しかし指定管理者制度で施設の管理運営が切り離されると、いよいよ本当の文化政策は何か、ということが問われる。政策をきちんと決めて、その実現手段のひとつとして文化施設があり、指定管理者に指示する。
このことは文化財団が指定管理者になっても同じだ。いままでは一体だった行政当局と財団は「水くさい」関係になる。ただでさえ、出向者が行政本体へ戻っていくのだから、ますますその傾向は強まる。
これが指定管理者制度の本質ではないだろうか。

疑問はあとひとつ、2.民間企業が指定管理者になると、芸術性の高い公演ができなくなる?というものだが、長いので次回に回すことにする。

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登録日:2006年 09月 12日 18:17:50

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Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
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