2006年 10月 12日

飲み屋で構造主義について考えた(飲み屋の社会調査その2)

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先日、BRADIPOのカウンターで長時間お相手したYさん。いわゆるおかまだ。
45歳、大学では名門ラグビー部のラガーマン。いまはある大手メーカーの社員だ。
会社が終わると自宅に帰り、着替えてばっちりメイクして出撃。夜の街を徘徊して飲み歩く。今日のいでたちは紺のフクゾーのベストに白のパンツというシンプルな服装ながら、下はパンスト、靴はヒールのあるパンプス、かつらをかぶりオレンジのルージュ。いかつい体つきに妙に似合ってしまうから不思議だ。

彼は高校3年のお嬢さんと暮らしている。お嬢さんが中1の時に離婚し、ここまで一人で育ててきた。おかまはそのころから始まったという。今ではお嬢さんも理解しているそうだが、
娘の受験を心配する父親でもある。
芸能やスポーツねたに詳しく、カウンターで一人はしゃいで盛り上げる。でもときおり見せるさびしそうな表情。なりきることによってストレスから逃げているのかも知れないが、おかまになることによってのみ自分の心を支えられる自分なりの仕組みがあるのだろう。

文化人類学者レビストロースは、熱帯の未開人社会にも精緻な構造が存在することを明らかにし、「悲しき熱帯」という名著を著した。文明社会も未開人の社会も相対的なものでしかない。その意味ではおかまの世界も相対的だ。それなりの構造がある。
ワインを3杯もおごってもらったからではないが、「悲しきおかま」になんとなく共感してしまう。

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登録日:2006年 10月 12日 17:17:14

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プロフィール
Ryuichi Himori
(男)
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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