2006年 11月
小泉神話の集合的無意識第3弾
ユングによると、集合的無意識が意識化されることはない。それはせいぜい民族の神話やおとぎ話の中に表現されているという(だから小泉神話なのね)。
しかし、投票やアンケートなど大部分の人がただ直感で○をつけているだけの行為には集合的無意識が現われるかも知れない。もちろん理由を言葉として意識して投票する人もいるのだろうが、ほとんどは「えいやっ」の世界だ。
「えいやっ」で自民党を勝たせた無意識とはどのような意識だろうか。
本論の後半で解明を試みるが、まずは選挙の実態第3弾である。
2005年9月12日
「私は選挙にしろ中心市街地にしろ、人々個人個人が現場でどのように考えどう行動したか、を丹念に集めて並べた上で俯瞰して見ないと、本当のところはわからない、と思っています。だから自分自身の見聞きしたことを事例として大切にしています。ある種の参与観察ですね。
さて、選挙の第3弾は例の刺客選挙区です。郵政民営化に反対した現職Ki候補は無所属で立候補し、刺客Ka候補を送られました。地元ではKi候補はS自動車の全面支援を受けており安泰だといわれていました。
事実、S社のワンマン会長は激を飛ばし、いつもの企業ぐるみ選挙が行われました。企業ぐるみ選挙とは、社員の選対への出向、下請け企業・取引先企業の後援会活動参加、それらの人々による投票依頼の活動(DM配布や電話など)などです。S社は締め付けが厳しく、どの会社で名簿を何人集めたとか、何件電話したとかポスティングで何件回った、というのがチェックされます。
ところがご承知のようにKi候補は落選してしまいました。売上1兆5千億、従業員13、670人の地元企業が応援したのに、です。
ところで、S会長はとなりの選挙区では民主党の現職を応援し、ここでも企業ぐるみ選挙が行われました。しかしここも落選してしまいました。もはやこの地域で企業が誰かを当選させる、ということは難しくなっている、というのが実感です。選挙事務所では、あの会社がバックについている、とかあの団体はこんどはあっちについたらしい、というような会話が盛んに交わされていますが、そんなことが当落にほとんど関係しない時代になりつつある、ということです。
S会長はこの選挙区で民主党候補を応援し、となりの選挙区で前自民党候補を応援し、いったい政権交代したいのかしたくないのか、どこの政策に賛成なのかさっぱりわかりません。選挙が地元有力者の「道楽」であった時代に生きているようです。これにこりて「道楽」は卒業するのではないかと言われています。
今回の選挙の評価はいろいろあると思いますが、少なくとも、選挙に関係する組織の思惑を凌駕する票が動いた(特に自民党候補者に)ということは評価できるのではないでしょうか。(自民候補にとっては「ほめごろし」のようなものですね。)」
このように組織を凌駕する票を動かす集合的無意識はどのように形成されたのだろうか。恐らくは、長年いじめられてきた(と思っている)源泉徴収される給与所得者の納税者意識がそのひとつだろう。既得権者はうまく立ち回った。弱者は声高に権利を主張した。しかし物言わぬ納税者の心のうちには集団的無意識が形成された、というのが筆者の仮説だ。
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登録日:2006年 11月 29日 14:25:56
小泉神話の集合的無意識(第二弾)
そろそろ昨年の選挙を思い出していただいただろうか。
このシリーズで言いたいのは、小泉神話を生み出した集合的無意識は意外と強いのではないかと言うことだ。ユングが考えたほどではないかもしれないが、いかに健忘症の日本人とはいえ、なにしろ集合的無意識はそうそう消えるものではない。
そのことを逆の面から照らしているのが、筆者の昨年の選挙での見聞、つまり地すべり的に勝利した自民党の末端組織がいかに機能しなかったか、ということだ。
それではMLからの転載第二弾である。
2005年9月8日
「今日は別の選挙区の某候補の選挙事務所から生中継です。ここは都市中心部の選挙区です。中選挙区から小選挙区に変わって4回目の選挙ですが、さすがに地元の選挙基盤や組織が大きく変わってきたのが感じられます。
ひとつは、お金がないこともあって利益誘導的要素が薄れてきたために、支持団体が選挙をやる理由が変わってきたことです。(というか理由があまりないのでいやいややっている。)
二つ目は、下請けの社長や土建屋のおっちゃんも代替わりして若返ったために(50代が多い)、選挙事務所でも意外と政策が話題になります。というのも変な話ですが、今までは政策などどうでもいい人たちがやっていたので。(小泉支持もわりと多い)。
伝統的な保守の地盤もかなり変りつつあるな、というのが実感です。ただ、選挙というお祭り好きの地域の体質はあまり変わっていないようです。
盛り下がっている理由のひとつに、小選挙区で党組織選挙になっている、ということがあります。実は前回の大物大臣経験候補と今回の候補は中選挙区時代は同じ党でしのぎを削っていました。小選挙区で大物が川の向こう岸に行き、支持者が取り残されました。
例えば個人後援会の○○婦人会は△△党婦人部となり、かつてのライバルを応援することになったのです。結果として、おばちゃんたちもどうも力が入りません。
候補者個人への思い入れが薄いので、△△党員としての「お仕事」感覚でやっているようです。」
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登録日:2006年 11月 28日 21:01:08
小泉神話の集合的無意識(第一弾)
自民党の復党問題は決着がついたようだ。
そこであらためて、昨年の郵政民営化選挙とは何だったのかを振りかえってみたい。
というのも、復党問題を始めとする小泉政治の微妙な修正(後戻り)は、自民党が想像している以上にダメージを与えると思うからだ。
昨年の郵政選挙で自民党に投票したのは、「アンチ既得権・閉塞感の打破」という小泉神話についての国民の「集合的無意識」だ。この「集合的無意識」は今も根強く存在する。一方で既得権組は確実に地盤沈下している。この状態で既得権復活の「匂い」を「集合的無意識」がどう受け止めるか。それを昨年の選挙を振り返ることから考えたい。
まず、昨年の選挙に関して行政経営フォーラムのMLに載せた文章を(多少アレンジして)改めてこのブログに再録する。長いので3回に分けて掲載する。まずはその第一弾である。これを読んで昨年の選挙を思い出していただきたい。
2005年9月4日
「今日は某大臣経験大物候補の選挙事務所に詰めるので行ってきました。プレハブの選挙事務所の2階に各支援団体の小部屋があり、半日そこに詰めます。
小部屋にはノートが置いてあり、団体のメンバーが記帳に訪れます。私の仕事は来た人にお茶を勧め、暇な人と雑談するほかに特にありません。実は結構これを気に入っています。油まみれの作業服で来る下請けの親父さんとよもやま話をするのは結構楽しいものです。
さて、私はここ20年ほどこんな感じで身近に衆議院議員選挙を見ていますが、選挙の現場でこれほど盛り上がらないのは初めてです。中選挙区の時代には、部屋から投票依頼の電話をかけたり、誰が何回顔を出したとか出さないとか殺気立った雰囲気がありました。前回の選挙ではそのようなことははなくなり、のんびりした雰囲気になりました。今回の選挙では、私が詰めている間に記帳に訪れる人はほとんどなく、来ても雑談するでもなく記帳を済ませてそそくさと立ち去るばかりです。隣の農業団体の部屋も人こそ何人かいるものの活気はなく、事務所全体が静かで緊張感が感じられません。
この候補は郵政の議決では賛成していますが、地元ではほとんどふれません。田舎で特定郵便局もたくさんあるので、わざわざそんなことを言う必要はないと思っているのでしょう。
この選挙区の対立候補は松下政経塾出身の民主党新人です。この地区は大企業の工場が多いのですが、この候補は組合とはほとんど接点がなく、組合の応援は目立ちません。そもそも組合の組織力・影響力は低下しており、選挙への対応もおざなりです。地元出身で少数の個人的支援者に支えられた候補の存在感はあまりなく、とても政権交代という勢いではありません。
お互いの支持者にとって郵政民営化も政権交代もどうでもいいしらけた選挙、という実態はここだけでなく周辺の選挙区に共通しています。マスコミの報道で受ける印象とはかなりちがっています。選挙事務所にいても、なんでいま選挙やってるんだろう、という愚痴が聞こえてきます。
私はこのしらけ選挙の原因は二つあると思っています。
ひとつは小選挙区制で両方とも比例と重複立候補であり、大臣経験大物は万が一のことがあっても比例復活は確実だからです。選挙だから事務所では昔通りのマニュアル的作業が行われていますが、まったく形式的で形骸化しており、熱がこもっていません。
一方対立候補のほうは完全な比例だのみで、民主党に風が吹けばあわよくば、とい
う感じです。
もうひとつは、それぞれの党あるいは候補者が掲げる政策と、それぞれの選挙運動をやっている人たちがまったく関係ないからだと思います。農協のおっさんや下請けの親父さんにとって郵政民営化などどうでもいいし、民主党候補の高校時代の同級生は政権交代など考えてやっているわけではありません。政策が鮮明になればなるほど、支援者には関係なくなる、という構図です。
とはいえ、私はこのような選挙の現場を見て、政治は確実に変わってきているのを感じます。どちらの候補でも、従来の支援団体は確実に退場をはじめています。早晩、農協や労組、企業などは候補者の当落にほとんど影響を及ぼさなくなるでしょう。
しかし、その代わりのアクターがまだ登場していない。熱烈な支持者をその周りに集めるような旗印としての、対抗軸が鮮明な政策、それを掲げる候補者とその政策を自らのものとして実現しようという支援者がまだ今回の選挙では見られない、ということです。
昔はこの軸はイデオロギーであり「階級」でした。いまはそれぞれの政策パッケージがすべて180度異なる、ということはありえない。小選挙区における2大政党の候補者の政策は「微差」になるでしょう。選挙はエネルギーがかかります。この「微差」をめぐって情熱を傾ける支援者グループが現れるか、それを組織できるか、がこれからの選挙の課題だと思います。
しかし、日本の選挙がまだそこまでいかないのは、「微差」のどちらが誰にとってより望ましいかが鮮明になっていないからだと思います。お互いの政策を間違っているというだけでなく、自分たちの政策が誰にとっていいのかを鮮明にしなければなりません。
さて、私は選挙事務所に詰めるわけですが、私が誰に投票するかはまったく別の問題です。念のため。来週また別の選挙区へ行きます。ご興味があればそちらで考えたこともまたレポートします。」
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登録日:2006年 11月 28日 10:53:30
究極のメニュー

今日(25日)は取手アートプロジェクトに行ってきた。その話しは後で書くとして、帰りに池之端藪で食べた究極のメニューがこれ。天抜きと熱燗。
天抜きとは、温かい天ぷらそばの蕎麦が入っていないもの。蕎麦屋の裏メニューだが池之端藪ではちゃんとメニューに載っている。もっともここの天麩羅は小海老の掻き揚げで、それが普通のそばつゆとはちがう熱いだし汁に浮いていて、ゆずと三つ葉,かまぼこがあしらわれている。からっと揚がった掻き揚げを汁にくずしてつまみながら熱燗ちをびちびと飲むのは、至福のひと時である。
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登録日:2006年 11月 26日 00:04:40
国際ピアノコンクール

筆者の住む町では、今、国際ピアノコンクールが開催されている。
今日明日が第三次予選、写真はそのステージだが、コンサートグランドピアノが4台並んでいる。左からベーゼンドルファー、ヤマハ、カワイ、スタインウエィ。
ピアノコンクールはピアニストだけでなく、ピアノメーカーが覇を競う熾烈な戦いの場だ。
出場者はこの4台のピアノの中から自分が弾くピアノを選ぶ。メーカーにとっては、いかに多くの参加者に選んでもらえるか、そして優勝者、上位入賞者が自社のピアノを使っているかどうかが勝負だ。そのために最高の状態のピアノを用意する。
中国製、韓国製のピアノの品質も上がっているが、国際コンクールで覇を競うには遠く及ばない。
しかしピアニストの方は東アジア出身者の実力は急速に上がっている。第三次予選に進んだ出場者の国別内訳は、中国1、韓国2、日本1、アメリカ1、ウクライナ2、ロシア3、ポーランド1、イタリア1、計12人。日本を含め3分の1が東アジア勢だ。
全世界268人の応募者から書類選考と予選で73人が選ばれ、1次予選に出場するために我が町へ来た。その中から25人が二次予選に進んだ。さらにその中から上記のように12人で3次予選が争われ、6人が本選に進む。最後に栄冠をつかむのは誰か。11月12日に始まり、26日に終わる長丁場の過酷な戦いである。
3次予選に進んだ唯一の日本人は北村朋幹君、若干15歳の中学3年生だ。国際コンクールでここまで来ると、ただ親や先生に言われたからやっていたのでは到底通用しない。人に聴かせて喜んでもらいたい、という自らの強い意志が必要だ。3次予選の課題も、1時間のリサイタルを自分で構成せよ、というものだから。天才少年とは技術だけではなく、腹の据わったプロ根性の持ち主である、ということも才能の内だ。私たちはもしかしたら未来の巨匠の誕生に立ち会っているのかもしれない。
中学生のキャリア教育、職業観の醸成がここのところの課題なのだが、一方では自ら行く道を定めて世界で競っている中学生もいる。他の中学生にも、勇気を持って挑戦してもらいたいと思う。
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登録日:2006年 11月 21日 22:10:59
いまどきの中学生
以前にも書いたと思うが、経済産業省委託事業「地域自律・民間活用型キャリア教育プロジェクト」の我が県のプロジェクトにコンソーシアムの一員として参加している。
企業の地域社会貢献の一環としての筆者のお仕事だ。
写真のように直接モデル校となった中学に出向いて授業支援を行なうこともある。
中学生と接していて感じることは、いまどきの中学生は自分で考えるのが苦手、ということだ。筆者は中学生に自分で考えるためのヒントを出したり、考える道筋を説明したりしているのだが、生徒は筆者が何か答えを言ってくれるのではないか、と真剣に聞いている。そして結局答えを言わないのだということがわかると、な~んだと不満そうな顔をする。
先生によっては、授業を進め成果を整えるために、例えば、というように答えを言ってしまい生徒がそれをそのまま写すのをよしとする、ということもある。何も考えない烏合の衆のような生徒達を前に結果を出さなければならない(成果物を発表しなければならない)、ということから気持ちはわかるが、これではいつまでたっても考える力がつかない。
ゆとり教育は自分でものを考える力をつけさせるはずだったが、結局学力低下を招き否定されてしまった。にもかかわらず、世の中には正解がある問題ばかりではなく、自分が答えを追い求め、創りださねばならない問題の方がむしろ多いのだ、ということをどのように教えればいいのだろうか。
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登録日:2006年 11月 20日 10:42:16
団塊イリュージョン
かねてから団塊市場など幻想だと主張していたが、ようやく日経ビジネス2006.10.30号に「団塊イリュージョン~巨大市場の幻想を砕く格差拡大」という記事が出た。
意識調査で46%が下流。「下流社会」の著者三浦展によれば団塊世代を8つのクラスターに分け、その最大のボリュームは「団塊ニート」。特徴は「年収も貯蓄も少なく、消費への意欲も低い。仕事、趣味、ボランティアにも消極的。朝から図書館で新聞を読んでいるタイプ。」だと言う。
それでも懲りずに、「3F市場に希望の光」などという記事でフォローしている。3FとはFuture、Family、Funだといい、それにまつわるビジネス(カレッジリンク型シニア住宅、シニアサロン、ツリーハウス、カード式墓地など)を紹介している。一部のリッチ層を対象にしたものではないというが、まあ見込み薄だろう。
ひとつだけ記事の中で気になったのが、「お笑い福祉士」という資格。
挑戦してみようか・・・
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登録日:2006年 11月 18日 13:48:45
神は細部に宿る

今日の仕事はコンサートの制作だ。最近何が本職かわからなくなっているが、これが筆者の本業である。
今日の出演者は多田誠司カルテット。今が旬のサックス奏者多田誠司を中心に、ピアノ石井彰、ベース上村信、そしてドラムは今最も注目されている若干32歳の江藤良人。いずれも日本のジャズを担う俊英だ。
筆者の今日の役割はステージマネージャー兼舞台監督。アーティストを駅に迎えに行き、弁当や飲み物に気を配り、楽譜のコピーに走り、舞台の出のキューを出す。カゲアナを入れるタイミングや客電(客席の照明)のオンオフも大切だ。最後のアンコールや花束の贈呈もキュー出しを間違えるとしらけてしまう。
写真はサウンドチェック。手前は緊張して見守るPAオペレーターと調律師。アーティストは演奏しながらモニターの音量やバランス、ベースアンプの位置などの要望を出し、調整していく。ひとつひとつはなぜそんなことまでこだわるのか、というような細かい作業だが、それを積み重ねることで音楽が出来上がっていく。まさに「神は細部に宿る」(建築家ミース・ファンデルローエの言葉)のである。芸術とはそういうものだ。
実はこの会場は弊社の本社工場の中にある。今日の320人のお客様は弊社の下請け企業、協力会や物流協力会の皆さんだ。このコンサートは弊社の事業を理解していただき、一体感を保つために毎年開催している。その意味でもとても大事なコンサートなのだが、演奏者のすばらしいパフォーマンスのおかげで皆さん満足されたようだ。
まずは一安心である。我ながら Good Job!
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登録日:2006年 11月 18日 01:15:06
防災訓練中の世界精神

弊社のある地域は大地震の発生が予想されているため、弊社では防災訓練が頻繁に行われる。写真は本日行われた防災訓練にヘルメット姿で参加したイギリス人社員。こんなところにも世界精神が・・・・
但し、訓練を二ヶ国語でやるほど弊社が進化しているわけではないので、避難指示の手順などをいちいち彼女に通訳してやらねばならないのだが。
それにしても、この地域には3万人以上の外国人が住んでいる。災害のとき外国人にどのように情報を伝えるかなど、検討はされているが、地域のグローバル化も課題山積だ。
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登録日:2006年 11月 14日 22:59:43
ラーメン屋の世界精神

1806年、哲学者ヘーゲルはイエナの町を行進するナポレオンを見て「馬上の世界精神を今日見た」と書簡に書いている。
筆者が「世界精神」を見るのは会社の近くのラーメン屋だ。なんの変哲もない店で、昼時には近所のおばちゃんや道路工事をしている人たちがくる。
この店はなぜか弊社の英語圏社員のお気に入りだ。
今日も筆者がチャーハンと餃子のセットを食べている隣のテーブルには、弊社の社員であるアメリカ人3人、日本人1人のグループが座り、ラーメンや焼きそばを器用に箸を使いながら食べている。英語で話している内容は新しく開発するプログラムの打ちあわせのようだ。
地方都市の小汚いラーメン屋で、アメリカ人と日本人がラーメンをすすりながら仕事の打ち合わせをしている姿に「世界精神」を見るのは私だけだろうか。
企業のグローバル化の進展というのは、超高層ビルのオフィスではなく、このような日常的な光景の変化に現われるのだ。
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登録日:2006年 11月 14日 13:18:43
- プロフィール
- Ryuichi Himori
- (男)
- 団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教員に転職しました。その他行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事、県生涯学習審議会委員、県NPOパートナーシップ会議委員などを務めています。行政への企業経営手法の導入や、文化政策、地域政策、NPO論などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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