2007年 01月 03日
お正月の読書
正月は酒を飲んでTVを見てすっかり寝正月だ。書かねばならない原稿も進んでいない。
寝転びながら読んでいるのが、19世紀初頭のフランスの政治思想家トクビルの名著「アメリカのデモクラシー」(松本礼二訳岩波文庫2005.11)である。
「中央権力というものは、どんなに開明的で賢明に思われようとも、それだけで大きな国の人民の生活のあらゆる細部まで配慮しうるものではない。そのような努力は人間の力を超えているから不可能なのである。中央権力が、国民生活の細部に至るほど複雑多岐な機構を独力で運営しようとしても、きわめて不完全な結果に甘んじるか、無益な努力のうちに疲れ果ててしまうかどちらかである。」(トクビル、前掲書144p)
これはまさしく現代日本の官僚制に言えることだろう。トクビルはアメリカ社会において、個人の自由(利害も)を追求することを通して成り立っている地方自治の延長線上に成立した強固な国家の姿を見ているのである。
それは浅薄な日本経団連の言う愛国心云々とは異なるものである。
(集権制は)「それ自体では退廃でも繁栄でもない現状のままに社会を保持すること、行政官がよき秩序とか公共の静謐と呼び習わしている一種の行政の半睡状態を社会体の中で保つこと、このようなことに集権制は成功する。一言でいえば、それが長じているのは何かを妨げることであって、何かをなすことではない。」(トクビル、前掲書144p)
1835年に書かれたトクビルのこの著書は、現代日本の官僚制を考える上で大きな示唆を与えてくれる。現代の官僚はトクビルのこの指摘にどのように答えるだろうか。
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登録日:2007年 01月 03日 23:04:20
- プロフィール
- Ryuichi Himori
- (男)
- ryuichi.himori@gmail.com
- 団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
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