2007年 04月 22日

誰が市民か?

今から6年ほど前、筆者はある市が新たに建設する文化ホールの基本計画の策定のコンサルをやったことがある。市長はいわゆる改革派で、市民の意見を計画に反映させるために、市民委員会を発足させた。

市民委員になったのは市内で活動している文化団体(合唱連盟や吹奏楽連盟、市民オーケストラなど)の代表、市民劇団など演劇団体の代表、バレエやダンスの先生、市内在住の文化人(ピアニストや演劇プロデユーサー、引退した元大学教授など)のような人たちである。

ところがこの人たちはてんで勝手に自分たちの利害を主張する。つまり自分たちが舞台に立つときに使いやすいようにがんばるのだ。実はその主張は相互に相容れない。合唱団は自分たちの声が響くように残響時間は2.5秒以上にしろ、という。ところがそれでは演劇のセリフは反響しすぎて聞こえない。演劇関係者は音響はデッド(残響0)にしろ、という。

演劇関係者は背景幕を収納できるように舞台の上にフライングタワーが必要だという。ピアニストは舞台の上が抜けているなどとんでもない、舞台を音響反射板ですっぽり覆うべきだという。
バレエやダンスの先生方は舞台の上はダンスマットを敷き詰めないとダンサーは足を痛めるといい、演劇関係者は板張りにして釘を打てるようにしろという。

委員会では委員たちはこのような主張をお互い同士ぶつけているわけではない。お互い同士は味方のような顔をして、すべて出席している行政の担当者にぶつけているのである。見かねて筆者が、市民のために地域社会にとってもっとも必要なホールのコンセプトは何かから議論しないと、などと言おうものなら総すかんである。

すべての要望に70%くらい応えることは技術的には可能だ。しかしそのために文化ホールの構造と設備は割高になる。行政の担当者はそれで要望に応えられるのなら予算を増やそうと思うかもしれない。市民の意見を聞いて造るのだから。

ちょっと待ってほしい。市民とは誰か。多数派の市民とは一般の納税者であり、百歩譲ってもこの文化ホールに観客としてくる市民である。間違っても文化団体関係者や文化人は多数派ではない。納税者市民にとって必要な文化ホールとは何か、そのような市民が観客として来るときに使いやすい文化ホールは何か、という議論が必要なのである。

市民委員会といいつつ、市民ではない人たちを委員に選んでいるのだ。市民の意見を反映させたいのなら、普通の市民を委員に選べばよい。文化団体関係者や文化人でなければ文化ホールのことはわからない、と思うかも知れない。しかしそのために筆者のような専門家がいるのだ。

まったく知識のない市民が委員になれば、筆者は音楽に適したホールか、演劇に適したホールか、ポピュラー音楽に適したホールか、講演会や展示会・社交ダンスに適したホールか、それともコストは高いけれども、またすべての要素を100%満たすことはできないけれど、あるていど多目的に使用できるホールか、その選択肢を提示することができる。市民はこの地域にもっとも必要だと思われるものを選べばよい。そして市民委員会として選んだ理由に責任を持ち、アカウンタビリティを発揮すればよい。

(このケースでは残念ながらそうはならなかった。)

政治家や行政の担当者が日常接している市民は市民ではない。それは利害関係者だったり、補助金や助成金をもらおうとか何かをしてもらおうと思っている人たちだ。あるいは「弱者の権利」を主張している人たちだ。そのような意見を市民の意見だと思うと、大多数の市民の意見とすれ違うことになる。

自治体では、ニューパブリックマネージメント(NPM)、いわゆる企業経営的手法の導入が盛んだ。市民の大多数は企業に勤めたり自営業を経営して民間の経済活動に携わっているので、NPMにはまったく違和感はなく、むしろ当たり前だと思っている。反対の声を上げるのは、導入によって利権を減らされる可能性のある、税金で潤っている人たちだ。もちろん本当に税金で救済しなければならないことはある。それには大多数の市民を納得させる徹底したアカウンタビリティが必要だ。

政治家も行政も、自分たちに見えている人たちではなく、大多数の市民が何を望んでいるのか、どのような価値観を持っているのかに注意を払わねばならない。そうでなければ、手痛いしっぺ返しを食らうことになるだろう。

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登録日:2007年 04月 22日 23:35:47

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プロフィール
Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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