2007年 06月 29日

ホールを設計する建築家にお願いしたいこと

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磯崎新氏設計のグランシップ大ホールのステージ上には写真のように「コーン」と呼ばれる巨大なものが覆いかぶさっている。上下にわかれたコーンのうち、下側はモーターで動き、角度を変えられるようになっている。上に跳ね上がった状態にもできるし、写真のように下に垂れ下がった状態にもできる。磯崎氏のアイディアに基づいて三菱重工が造った巨大な可動装置である。

この装置は音響反射板ではない。むしろパンチングメタルで表面を覆われて吸音効果がある。筆者はこの「コーン」の用途を磯崎氏の事務所の所員に訊ねた。その答えは「演出のためのものです。「コーン」にさまざまに照明をあてて、効果を演出することができます。」

この答えを聞いて筆者はキレたのである。

「コーン」に照明を当てて演出効果を出すのが良い出し物もあれば、それを必要としない出し物もある。必要としない出し物でも、白い巨大な「コーン」は存在感を示す。場内を暗転しても白い姿が浮かび上がる。そのようなときは邪魔者以外の何者でもない。

実演芸術では、毎回それにふさわしい舞台美術を考える。何もないステージの上に、その都度「異空間」を作り出し、観客を夢の世界に誘い、実演の世界に取り込むのだ。それなのに、どんな場合でも「コーン」が存在を主張したらぶち壊しだ。所員は「だからどんな演目でも「コーン」を効果的に使えばいいじゃないですか」と言う。実演芸術をなめているとしか思えない。いかに他とは違うものを創るか努力しているのに、舞台装置がホールに備え付けで毎回同じというのはありえないではないか。

建築家は自分も芸術家だと思っているので、実演芸術が好きだ。だからホールの設計で何とか関与しようとする。しかし実演芸術にとって良いホールのデザインとは、デザインの存在を消すデザインである。シンプルで何もない空間に、実演芸術家は自分の世界を作り上げる。だからどうかそれを邪魔せず、何もないシンプルな空間を用意してほしいのだ。

ホールが暗転したら完全に建築の存在感は消えてほしい。たとえ客電が点いても、建築の存在感は最小限にして、観客の想像力や余韻を邪魔しないでほしい。だからとんがったデザインは必要ない。シンプルで、バランスがとれていればよい。それが多くの実演芸術家の考えている演じやすいホールだ。実演家は建築からインスピレーションを与えられるだろう、という建築家がもしいれば、それは傲慢だ。

小田原市の仮称城下町ホールの山本理顕氏の設計は、湾曲の壁面をはじめとしてホールの内部で建築が存在を主張しすぎている。実演家にとってはとてもやりにくいホールになるだろう。

前々回の記事に書いた19世紀ドイツの偉大な建築家、シンケルはそこのところをよくわかっていた。彼は建築家であるとともに優れた舞台美術家であり、オペラなどで数々の優れた舞台美術を残した。恒久的な建築と、一期一会で消えていく舞台美術の違いがはっきりわかっている、真の芸術家だったと言えるだろう。

現代日本の建築家も、その違いをわかってほしいと切に願うのである。

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登録日:2007年 06月 29日 20:58:57

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Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
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