2007年 07月 08日
ジャパニーズビジネスマン

写真は20数年前、30代後半の筆者。
場所はイタリアはアドリア海に面した町アンコーナから鉄道でミラノへ行く途中である。
当時はリゲインのCMソング「24時間タタカエマスカ」よろしくジャパニーズビジネスマンがバタバタと世界中を走り回っていた。こんな列車に日本人はいないだろう、と思ってもちゃんとご同輩のビジネスマンが乗っていた。
筆者より前の世代は、1ドル=360円の為替レートにも助けられて、世界中に販路を開拓した。その世代の飛び込み営業の武勇伝、ど根性物語はよく聞かされた。
この写真の時代、未曾有の円高のもと、筆者の世代は初めて海外投資や海外生産、あるいは輸出でなく輸入に取り組まねばならなくなった。そしてそれは成功したとは言い難かった。販路を開拓するような単純な仕事ではなく、何もかも初めての経験だった。先輩に聞こうにも、先輩にも私たちのやっていることはよくわからなかった。私たちは持ちつけない金を持ってうろうろしていたのだ。
その後日本でバブルがはじけ、南米やアジアでは通貨危機があり、日本企業の多くは海外投資から撤退して国内に立て篭もった。私たち団塊の世代が走り回った成果はほとんど出なかった、あるいは水泡に帰したのだ。残ったのは一部のメーカーの海外工場だけだったと言っても過言ではないだろう。アメリカの象徴ロックフェラーセンターを日本企業が所有していた時代もあったというのにだ。
その後グローバル化が進み、日本が再び世界に出て行くことになったが、その主役は団塊の世代ではない。既に大幅に世代交代している。
私たちのドタバタが、後の世代にとって何がしかの役にたったとは思いたいのだが、一抹の挫折感を心に抱き、忸怩たる思いで現役を去ろうとしている団塊の世代のビジネスマンは少なくないのではないだろうか。
カテゴリー[ 団塊世代 ], コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2007年 07月 08日 14:33:03
- プロフィール
- Ryuichi Himori
- (男)
- 団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
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