2007年 12月

だいじょぶか~

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昨年の今頃の記事にも書いたが、名古屋駅前には雨後のたけのこのように高層ビルが生えてくる。

もうすぐ完成するこの変わったビル。ねじれたような形をしている。これは専門学校のビルだ。この学校は景気がよいのか名古屋と新宿で同時にビルを建てている。

筆者が心配するのは23年後のことだ。23年後にもこのビルは立っているだろう。しかし中身はどうなっているだろうか。

なぜなら、23年後の2030年、名古屋市の15歳~19歳人口は67,293人、これは2005年の105,592人の63.7%だからである。余計なお世話かもしれないが、それだけ対象年齢人口が減っても、この専門学校はビルを維持するだけの学生数を確保できるだろうか。

高齢化は、経済が元気かどうかには関係なく、どの地域でも確実に進む。2030年筆者は81歳だが、名古屋市の80歳~84歳人口は105,085人、2005年の49,518人の212%である。

もちろん、したたかな専門学校としては、「80歳からの自己啓発講座」のたぐいを用意して学生確保に努めるだろう。それにしてもこれからの20年に進むすさまじいばかりの高齢化ショックに社会も企業も対応しなければならないことは間違いない。

データを基に考えると、世間で一般に言われている事・イメージとは異なる姿が見えることが多い。そして、未来予測はたいていはずれるが、将来推計人口だけははずれない。

お正月は、日本社会保障・人口問題研究所の将来推計人口データベースの中の市区町村別将来推計人口で、皆さんの地域の将来の姿をじっくり眺めてみてはいかがだろうか。
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Mainmenu.asp

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登録日:2007年 12月 30日 20:46:15

「日本的創造都市論」批判その5

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生活文化創造都市拡充プロジェクトCreative Japan 全国大会2007in 浜松に参加して(その5)

このシリーズはまだまだ続くのだが、ここで一度まとめてみよう。

筆者が「日本的創造都市論」として批判しているのは、それを多くの都市が政策として掲げている点にある。創造都市の概念はいい。しかしそれを政策として掲げた場合、実現する手段はあるのだろうか、というのが筆者の批判の根本である。

以下いままでの議論を振りかえってみたい。

1.創造都市を目指すためには、その姿を指標化する必用がある。そこで最初に各都市の文化力を指標化しようとした。しかしそのための文化基盤(文化施設数など)や人材などの指標化はうまくいかなかった(有意な差が見出せなかった)。

2.そこで創造産業力を比較しようとした。イギリスの創造産業の定義はデザイン、ファッション、娯楽、出版、放送などサービス産業が中心のため、創造都市を目指している都市が重点産業としている地場産業などを指標化した。それでも不十分だったので各都市のヒアリングなど訂正評価を付け加えた。

3.筆者から見ると、この議論はおかしい。まず第一に、「創造都市を目指す」ということと「創造都市である」ということが混同されている。「目指す」のなら創造産業の種類や蓄積はまだ不十分なはずだし、「である」というのなら創造産業が定着して付加価値の高い事業を行っているはずだ。前者の場合まだなっていないものを指標化しても意味はない(にわとりか玉子か)し、後者の場合、本当に自信をもって創造都市「である」と宣言できるところはないのではないか(創造産業としての存在が顕著な都市はない)。

4.この議論の根底には付加価値への無理解がある。繰り返すが付加価値とは売価―原材料費だ。創造都市には創造産業があり、創造産業は高付加価値である、とするならば、現代日本の創造産業は輸出型製造業ということになる。しかし創造都市を目指すとする各都市に、そのような産業が集積しているだろうか?

5.第二の問題だが、創造都市を担うのはリチャード・フロリダの言うクリエイティブ・クラスの人たちだという話があった。日本ではそのような人たちはどこにいるかと言えば(東京は別として)輸出型製造業に抱え込まれている。彼等は「市民の創造活動の自由な発揮」に携わる環境にあるのだろうか?

6.現状では彼等は郊外のテクノポリスなどに「隔離」され、都市の創造活動の担い手にはなりにくい。もし浜松市のように輸出型製造業が立地する都市が創造都市を目指すとするならば、郊外のテクノポリスや頭脳センター開発など創造都市の実現とは逆のことをやっていたことになる。

ここまでが今までのまとめである。

この後に続くのがお待ちかねの、輸出型製造業がないところで創造都市を目指すとすればどんな手段があるのか、ということである。

そのために次回は「プラダを着た悪魔」を手がかりに?考えてみたい。
(続く)

なお、写真は創造都市のお手本ボローニャである。実は創造都市実現の手段はあるか?という問いに答えてくれるのもボローニャである。この点も後述する。

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登録日:2007年 12月 26日 09:05:21

メリー・クリスマス

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クリスマス・イブをいかがおすごしでしょうか。

皆様に言葉のクリスマスプレゼントを贈ります。

「クリスマスの1日目に
君のために喜びを祈ろう。
あふれふばかりの喜びと
心うるおす笑い声を。
笑い声は病をいやし
喜びはたましいを高く舞あげる。」

ブライアン・モーガン「クリスマスの祈り」より

このブログをお読みになっているすべての皆様に、良いことがありますように。

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登録日:2007年 12月 24日 18:12:51

おやじ会員募集中

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静岡駅南口にある、ちょっとおしゃれでお酒も肴もおいしい居酒屋さんのカウンターにこんな案内が。

おやじ会員募集中

おやじ会員入会資格
その1 自分だけのこだわりを持っている方。
その2 時代の風を敏感に感じ取っている方。
その3 誇りを持って仕事をして稼いでいる方。
その4 自分が頑固になったと自覚した方。
その5 最近ミョーに目覚めの早い方。
その6 羞恥心が少し薄らいだ方。
その7 やさしくて怖い奥様を持っている方。
入会資格を3つ以上クリアでご入会いただけます。
自称おやじの女性の方もOKです。

入会すると漬物盛り合わせサービスとか店長お勧めのお酒一杯無料とかいろいろ特典があるらしいが、筆者はすべてクリアしているような気がする。

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登録日:2007年 12月 22日 01:24:47

「日本的創造都市論」批判その4

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生活文化創造都市拡充プロジェクトCreative Japan 全国大会2007in 浜松に参加して(その4)

6.蛇足ながら、創造都市とテクノポリスと中心市街地の関係は?

構想(既に終了も含む)           霞ヶ関
頭脳立地法                  国交省
テクノポリス法                 経産省
新事業創出促進法              文科省
地域産業集積活性化法
知的クラスター創成事業
産業クラスター計画

他にもいくらでもあるが、とりあえず左側と右側を線で結んで正解できる人が何人いるだろうか?同じことを同じ場所でやっていながら、両方から金を引き出すために違う計画書を作ることに長けているのが、地方自治体の職員である。

それはともかくこれらの計画は、郊外の田んぼや山の中に工業団地を造成したり箱物を作ったりして失敗した。あるいは失敗しつつある。

創造都市を掲げてなおかつ「イノベーションを促進する事業環境の整備」(経産省)をやりたいのであれば、箱物も工業団地(といってもコンピューターとちょっとした設備があればいい工業)も中心市街地のど真ん中に作るべきだった。

もう一度創造都市の定義を見て見よう。

本シンポジウムにも参加している創造都市論の第一人者大阪市立大学の佐々木雅幸先生は次のように定義している。

「創造都市とは市民の創造活動の自由な発揮に基づいて、文化と産業における創造性に富み、同時に、脱大量生産の革新的で柔軟な都市経済システムを備え、グローバルな環境問題や、あるいはローカルな地域社会の課題に対して、創造的問題解決を行えるような『創造の場』に富んだ都市である」

今まで述べてきたように、とりあえず日本ではクリエイティブ・クラスの多数派は企業の技術者や研究者だ。せっかくその人たちが集まってきても、田んぼや山の中に隔離していては都市が「創造の場」にならない。隔離場所と自宅を車で往復するだけで終わってしまい、創造性を刺激する交流も「市民の創造活動の自由な発揮」も生まれない。

一方で中心市街地の活性化といいながら、一番クリエイティブな人たちを郊外のテクノポリスや頭脳センターに隔離する。その人たちが好む、都市ならではの高度なサービス産業も生まれない。これが地方都市が実際にやってきたことである。

今からでも遅くはないので、企業の研究所や開発センターは交通至便な中心市街地に誘致すべきだ。その人たちに車通勤をやめさせ、周りにおしゃれな飲み屋街を作る。その方が創造性が高まり、企業にもプラスになるはずだ。

シンポジウムの鼎談で、静岡文化芸術大学の川勝先生が「都市の最大のアクセサリーは若い人だ」とおしゃっていたが、名言だ。だから大学も街の中にあるべきだということだが、企業でも若い人がいるのが研究開発部門であり、街中にあれば街が活性化する。

筆者は以前このブログで紹介したB&Oの本社のような環境が望ましいと考えているが、一方で都市を何とかしたいのなら、中心市街地と新産業集積を結びつけるのもひとつの方法だ。

その理由は、次回に(延び延びになっている)創造産業について述べることでさらにおわかりいただけると思う。

(写真は鹿児島県霧島市の上野原テクノパーク。鹿児島頭脳センターはここから鹿児島市内に本社を移してしまった。)

(続く)

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登録日:2007年 12月 20日 00:55:57

年末のアートマネージメント

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年末は会社のカレンダーを持ってあいさつ回り、という人がうろうろしているが、筆者も58歳にしてこれをやっている。

どこを回っているかというと、毎年6月に開催するジャズフェスティバルのプログラムに広告を載せてくれる協賛企業だ。全部で約120社を二人で手分けして回る。

持って行くのは、カレンダーの他に来年のジャズフェスの簡単な企画書と出演者のCD。
広告のお願いに回るのは3月だが、こういうものは1年に1回ではだめだ。常に相手とつながっている感覚を維持することが大切だ。また、この時期に回れば転勤など相手の状況もわかる。アポなしなので会えないことも多いが、名刺とグッズを置いてくることに意味がある。

アートマネージメントも営業努力が大切な世界ということだ。

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登録日:2007年 12月 18日 00:53:35

ちょっと息抜きベルギービール

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堅い話が続いているので、ちょっと息抜きにベルギービールの話題。
ここではワインや日本酒のことを書いている筆者は、ビールも嫌いではない。

しかし日本のビールは一部地ビールをのぞいてラガー(製法)ばかりで面白くない。
K社、A社、S社、Su社どれを飲んでも似たり寄ったり。

その点ベルギーには120の醸造所があり製法も様々な800種類の銘柄を製造しているとのこと(ウィキィによれば)。つまりヨーロッパはどこもそうだが、国中地ビールしかない状態だ。

写真はホワイトビール(大麦に、小麦または小麦麦芽を加える)のヒュ-ガルテン。BRADIPOの「今週のビール」800円。初めて飲んだがとても美味しかったのでお勧めしたい。

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登録日:2007年 12月 17日 11:59:25

「日本的創造都市論」批判 その3

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写真はヤマハウィンドミディコントローラーWX7 1989年ニューヨーク近代美術館永久展示 デザイン:ヤマハ㈱デザイン研究所(浜松市)

生活文化創造都市拡充プロジェクトCreative Japan 全国大会2007in 浜松に参加して(その3)


5.クリエイティブ・クラスはどこにいる?

地方都市が創造都市という概念を導入して政策を立案し、地域経済や都市そのものを活性化しようとする。学者やコンサルタントがよってたかって手伝う。こういうことに水を差すのは無粋な気がしないでもない。しかし間違った事実の上に政策を考えても無駄を生じるだけなので、あえて指摘を続ける。

日本ではクリエイティブ・クラスの発見は難しい。なぜならば、終身雇用の大企業が高付加価値の製造業系創造産業である日本では、クリエイティブ・クラスの人たちは企業内に抱え込まれているからである(ゲイは少ないと思うが)。

例えば、浜松市は日本でも有数のプロダクト・デザイナーの集積地である。ニューヨーク近代美術館に永久展示されている世界のエポックメイキングな工業デザイン製品のうち、4点は日本の浜松で生み出された。こんな地域は日本のどこにもない。

しかし彼らは企業内デザイナーである。だからデザイン産業としては顕在化しない。この地域のスズキ、ヤマハ、ヤマハ発動機など大手企業はデザイン部門をこの地に置き、たくさんのデザイナーを雇用して世界的に優れたデザインの製品を生み出している。

このような企業内に抱え込まれたクリエイティブ・クラスの人たちに、どのように地域社会に役立ってもらうかは、日本の創造都市を考えるときのひとつの課題である。浜松市では企業のデザイン部門のひとたちが、企業の社会貢献の一環として大学で教えたり、地元の中学のキャリア教育の授業を支援している事例がある。

企業内クリエイティブ・クラスの人たちによる、このような人材育成などへの協力や、何よりもプライベートな時間に街中で様々な活動を起こしてもらうことは重要だ。そのために彼らをもっと引っ張り出す仕掛けが必要だろう。それが創造都市への近道のひとつだ。

事実、浜松市で様々なジャンルの音楽演奏人口が多いのは、プロはだしの楽器メーカーのデザイナー・技術者が演奏を楽しんでいるからである。

しかし大企業の製造業系創造産業がない都市はどうしたらよいのか?
そのためには、製造業系創造産業よりもさらに高付加価値の産業に目を向ける必要がある。それは何か?

(続く)

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登録日:2007年 12月 15日 00:58:39

何のための税金か?

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私たちが何のために税金を払っているかといえば、それはお互いに助け合うためである。

役人はたまたまその事務を代行しているに過ぎない。政治家は私たちの代表として、私たちの意向に沿って税金で誰をどう助けるかを決める。それ以上でもそれ以下でもない。これが民主主義社会の原理だ。

C型肝炎訴訟では、法的に国に責任があるとかないとかという議論になっている。
国とは誰か?それは私であり国民だ。私たちの事務を代行している役人には責任があるかも知れないが、国=私にとっては責任があるかどうかなど関係ない。

お互いに出し合ったお金=税金の中から、困っている人を助けるかどうかを決めるのは私たちである。責任と言うなら、それが私たちの責任だ。だから政治家は、自分の選挙区で、有権者=納税者・国民に、C型肝炎の患者を全員助けるべきかどうか聞いてみるとよい。

その結果に従って、事務代行の役人に指示する(政治決断などとおおげさなものではない)のが私たちがたまたま選んだ代表者の役割だ。役割はしっかり果たしてもらいたい。

困っているときはお互いさまだ。自分は今税金で救済される必要はないが、いつか自分も困ることもあるかもしれない。情けは人のためならずだ。自分がいざとういうとき、事務代行屋などが難癖をつけて助けてくれないとなると、つまり助け合いの仕組みが機能しないのなら、誰が税金を払うか、ということになる。

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登録日:2007年 12月 14日 18:26:36

「日本的創造都市論」批判 その2

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生活文化創造都市拡充プロジェクトCreative Japan 全国大会2007in 浜松に参加して(その2)

3.高付加価値とは何か

付加価値とは売価-原材料費である。だから、どんなに高額な商品でも、原材料費の割合が高ければ高付加価値商品とは言わない。

それでは、現代の高付加価値商品とは何か。例えば半導体である。原材料のシリコンやガリウム砒素などはありふれた安い素材だ。それを加工して大量に生産する。大量に生産しても原材料費が高ければ(すなわち変動原価が大きければ)さしてもうからないが半導体の原材料費は安い。
しかも生産はほとんど自動化されているから量が増えても人件費は増えない。お金がかかるのは製造設備と研究開発費、設計費だ。しかしこれらの費用も固定費なので、大量に生産しても増えない。だから儲かる。

身近な商品で高付加価値の典型と言えば、100円ライターである。100円ライターの卸値は20円くらい、製造原価はおおよそ7円である。7円のうち原材料費(プラスチック、火打石、ガスなど)はせいぜい3円くらいだろう。付加価値は100円-3円=97円、付加価値率は97%ということになる。

これを繊維工業や木材・木製品製造業などの地場産業と比較してほしい。付加価値率が97%などという産業があるだろうか。原材料費1万円のものを33万円で売らねばならないのである。

100円ライターは極端だが、現代の日本の製造業において、リチャード・フロリダの言うクリエイティブ・クラスの人たちが何をしているかと言えば、安い原材料を加工して高く売るために、研究開発、設計、デザイン、生産技術開発、製造設備設計、原価低減(それこそ高付加価値化)などの仕事をしている。そのような人たちが働くエレクトロニクス、自動車、薬品などの産業が高付加価値製造業である。

4.現代日本の高付加価値製造業と創造都市

このような高付加価値製造業が存在し、クリエイティブ・クラスの人たちが働いている都市といえば、しいてあげればこの11市の中では横浜市と浜松市くらいだ。もし付加価値が高い産業があり、クリエイティブ・クラスのひとがたくさん住んでいるのが創造都市だとすれば、ここにあげられた11市の大半は当てはまらないし、これからも当てはまる可能性はないだろう。

通勤時間帯の名鉄本線や名鉄豊田線を見てほしい。名古屋市に住んでいる技術者・研究者・デザイナーなどのクリエイティブ・クラスの人たちが、豊田市や刈谷市などの高付加価値製造業のある周辺都市へ通勤している。

彼らは教育環境や文化的環境が整っている名古屋市に住んで、そのような環境がない周辺都市へ通勤する。だから下馬評にあがっていない名古屋市こそ創造都市ということになる。もっとも、日本で創造都市を考える場合は「グレーター名古屋」のような「創造都市圏」を想定する必要があるだろう。

いずれにしろこれは偶然の産物であって、どこでも名古屋市になれるわけではない。そこで次のような疑問が湧く。高付加価値製造業がなければ創造都市になれないのか?

次にその疑問に答えたい。

(続く)

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登録日:2007年 12月 14日 00:42:17

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プロフィール
Ryuichi Himori
(男)
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教員に転職しました。その他行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事、県生涯学習審議会委員、県NPOパートナーシップ会議委員などを務めています。行政への企業経営手法の導入や、文化政策、地域政策、NPO論などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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