2007年 12月 11日

社会人大学院ノススメ:入試編

(筆者の社会人大学院入学体験記の続き)

願書をもらってまずとりかかったのが、研究計画書の作成だ。

鷲田小弥太先生の本を頼りに、以下のような計画書を作った。

研究テーマ「住民自治による公立文化ホール運営の一考察~地域文化振興を契機とする市民自治形成の可能性の追求」
1.研究目的
2.研究の背景
3.研究計画の概要
4.志願理由及び修了後の進路
*参考文献リスト(15冊)
A4、3枚、約2000字の計画書だ。
(こうして見ると当時と今で関心はほとんど変っていない)

願書と一緒に郵送し、いよいよ試験の日を迎えた。大学を卒業して以来、試験というものはこれが初めてである。緊張の中、まずは小論文。始め、の合図に目の前の紙(A4一枚)をめくると、質問と氏名記入欄だけであとは白紙だ。質問は忘れてしまったが「○○について知るところを記せ」というような感じだったと思う。時間は60分。

さて、試験の準備に関して筆者が何をしたかというと、その年に話題になった政治・行政の事柄について、「現代用語の基礎知識」を買って調べただけだ。しかし案の定、その中の言葉が出たので、とりあえず意味はわかる。あとは乏しい知識を必死で膨らませるだけだ。
A4表をぎっしり書き、裏も半分くらいまで書いたところで周りを見回すと、皆さん表の半分くらいしか書いていないではないか。なんだ、と思って適当に切り上げ時間を余らせてしまった。

昼食後、いよいよ面接である。呼ばれて入って行くと二人の先生が座っていて、前に提出した研究計画書と先ほど書いた小論文のコピーが置いてある。

まず何を言われるかと思ったら「小論文を見て、文章を書き慣れていることがわかって安心した。大学院にもなってテニヲハから指導しなければならないのはかなわんから」現実にはそういうことが多いらしい。

あとは雑談になってしまった。というのも面接官の一人、当時の大学院長は筆者が大学の学部時代に習った先生だからである。28年振りの再開だった。筆者は大学時代はかなり悪い学生で目立っていたので、話していてすぐに思い出して懐かしがってくれた。そして、再び学びに来たことを(大学は違うが)とても喜んでくれた。

当時の思い出話や家族の話で盛り上がり、研究計画書を本当に本人が書いたかどうかを確認する質問が2、3あっただけで、(計画書はおもしろいと言ってくれた)面接はあっけなく終わってしまった。

4日後にはれて合格通知が送られてきた。面接の最後に「若い人たちの相談にいろいろ乗ってあげてほしい」といわれたので合格は確信していたが、それでもどきどきしながら待っていたのだ。

大学院でも若い人が多いなら合コンとかあるかな、などとわくわくしながら入学を待った。そして翌年4月、楽しい楽しい51歳の大学院生生活が始まった。

ただし合コンへの期待は完全に裏切られた。男女とも約半数は、筆者と同年輩か年上の社会人だったのである。

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登録日:2007年 12月 11日 12:22:36

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プロフィール
Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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