2008年 05月

ご近所づきあい

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筆者の勤務する大学は東京の超名門ゴルフクラブ、小金井カントリークラブに隣接している。大学のすぐ横は林を挟んで13番ホールで、たまにゴルフボールが飛んでくるくらいの近さだ。

今日は学長のお供で支配人を表敬訪問。落ち着いたデザインのクラブハウスの中から、よく手入れされたコースをパチリ。さすが名門の風格が漂っている。支配人の話によると会員数は450人。皇族をはじめ皆そうそうたるメンバーだそうだ。

いずれにしても緑がきれいで大学としてはありがたい借景である。

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登録日:2008年 05月 26日 16:30:26

バラは咲いたが・・・

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ば~らが咲いた~ば~らが咲いた~♪(byマイク真木)というわけで我が実家の庭もバラが真っ盛りのおり、先月から入院していた母親が明日退院してくるので何かと大変である。

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登録日:2008年 05月 25日 00:21:38

地域医療の崩壊と再生

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先日の行政学会で地域医療に関する分科会に出席した。

この分科会の議論を聞いて地域医療の崩壊についての筆者の疑問はある程度答えを得ることができた。

1.必ずしも新医師臨床研修制度が悪いわけではない。

地方の公立病院の深刻な医師不足は、平成16年から導入されたこの制度によって大学の医局から医師が派遣されなくなったことが一因だ。筆者は単純に間違った制度を導入したのだからもとへもどせばいいのではないか、と考えていたが、どうやらそれは間違いらしい。

制度が導入される前から医局制度は行き詰っていたというのだ。若い医師は古色蒼然とした「白い巨塔」には魅力を感じず、医学博士ではなく高度な専門医の資格を取ることを望んでいるが、それは従来の大学病院ではかなえられず、医局制度はむしろじゃまになっていたようだ。制度改正によってアメリカのテレビドラマERのような世界がやっと日本にも登場するので、これは不可逆的な動きだという。

この流れを逆手にとって、意欲的な地方の公立病院は若い医師にとって魅力的な、しかもより実践的な臨床の経験を積むことができる研修プログラムを用意して研修医を惹きつけることにより、医師不足が解消の方向に向かっている、という報告があった。

2.民度が低い地域から医者が逃げる。

地方によって医師不足に陥る地域とそうでない地域があり、必ずしも全国一律で地方医療が崩壊しているわけではない。その違いはどこから出てくるのか。例として経営破たんした夕張市立総合病院についての発表資料から一部抜粋する。

●社会的入院の多さ
・入院患者の9割近くが70歳以上の高齢者
・医療的処置よりは介護業務が多い
・医師が医療を行う場面は少なく、技術の向上は期待できない
・若い医師はこのような病院には集まりにくい
●患者の全てが被害者ではない
・市民の中には治療費を滞納してそのままという人も多かった
・滞納額は2億円を超えた
・救急車をタクシー代わりに使う人も多かった
・介護に疲れたからと言って、救急車を使って入院する人が多数いた
・無診察投薬が当たり前のように横行していた
・病院は、このような人達に対して毅然とした態度を取れなかった
(城西大学伊関準教授の資料より抜粋。なお伊関氏のブログをご覧ください。
http://iseki77.blog65.fc2.com/  )

本日20日のNHK生活ホットモーニングで紹介されたように、住民自身が立ち上がり、コンビニ診療をやめない限り地域医療は再生しないだろう。医師や行政にお任せでは何も解決しない。これは地域医療に限ったことではないが。

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登録日:2008年 05月 21日 00:12:59

開発援助について

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(この写真も国連ボランティア計画)

このブログを読んでいる筆者の友人から以下のような趣旨のメールをいただいた。

「ヨーロッパ的近代化が本当に人々を幸せにしたのか。
これだけ情報化がすすんだところで考えた方がいいんじゃないでしょうか。

アフリカの人はその村を出ないでも電気と水道、下水があれば、後は畑で採れる芋食べて、盲腸の手術ぐらいできる医療を受け入れて、人口があまり増えないような教育して、のんびり暮らしていける、そんなイメージの援助をしていけないものでしょうか」

ほとんどのNGOの人たちは同じようなことを考えているだろう。貨幣経済に過度に巻き込まれずに、自然と一体化した素朴な村の暮らしを送ることが、そこにいる人々にとって一番幸せなのだ、と。ところが問題が二つある。

ひとつは、友人のいう最低限のインフラを確保し、維持するだけでもその地域の人々にとっては多額の現金を必要とし、そのための現金収入を得る手段が必要だ、ということだ。そのためにはたとえば簡易舗装の道路を村まで伸ばし、雨でぬかるんでも町まで農産物を出荷できるようにする、というような投資がいる。

また、本日付の日経新聞によれば、携帯電話の普及(もちろん個人でなく共有)により、農産物や水産物をどこの市場や漁港に持っていけば高く売れるかが瞬時にわかるようになり、あこぎな仲買に買いたたかれることが減って所得が向上したという。これを「人々による価格の発見」というそうだ。

このようにある程度は貨幣経済の世界での成功を求めざるを得ない。

ふたつめはもっと厄介なことだが、先進国からきたNGOは現地の村の人々に幸せな暮らしを説得できない。それはまさに友人の言う情報化がすすんだことによる。彼らは私たちがどんな暮らしを送っているか(表面的には)知っている。「あんたがたは物質的に豊かな生活をしているのに、なんでおれたちは我慢しなければならないんだ?」という問いになかなか説得力を持って答えられない。

この問題は私たち先進国の人間が「三丁目の夕日」の生活に戻らない限り解決しないだろう。個人的にはそれも悪くないと思うのだが。

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登録日:2008年 05月 18日 23:18:31

亀のひなたぼっこ

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木曜から土曜にかけて東京ー浜松ー岡崎ー浜松ー大阪ー東京といそがしく動き回った中で、ぽっと空いた時間に大阪の四天王寺へ。

四天王寺の池でのんびりと日向ぼっこする亀につい見とれてしまった。

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登録日:2008年 05月 18日 11:44:21

ある日の授業

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(写真は国連ボランティア計画より)

筆者の授業はこんな感じ。

「教科書のここ読んで」
「・・・外部支援者本位のやり方に陥るのを避け、コミュニティの住民のやり方を尊重し、持続可能な開発をめざすコミュニティに根ざした参加型開発は今日の開発援助では非常に重視されている。住民の組織化、協議、合意形成を図る地道な取り組みを通して、NGOが撤退しても生活改善を住民自身で進めていける力をつけるような援助のあり方が求められている。・・・」
「これってどういうこと?参加型開発ってなに?」
「あ~わかりません」
「君の家どこ?」
「え?安城ですけど」
「安城の都会?田舎?」
「田舎です。周りは田んぼばっかり」
「だったら、となり近所に、たくましくて生活力旺盛で学歴はないけど知恵のあるおばちゃんがたくさんいるだろう」
「いますいます」
「知識はないけど、どうしたらみんなで一緒に農作業をうまくやれるか、というような知恵はたくさんあるしたたかな田舎のおばちゃんたち。こういうおばちゃんたちは世界中どこの田舎にいってもいるんだよ」
「そうなんですか?」
「そうさ、タンザニアの山奥でもラオスの農村でも、どこに行ってもいる。で、そこへ、ハーバードやスタンフォードの大学院で開発援助学みたいなのをぎっしり頭に詰め込んだ青年が、NGOの看板と資金をもって山奥の村にやってきて、「皆さんを援助するためにやってきました。皆さんが豊かになる方法を教えます」と言ったら、おばちゃんたちはどう思う?」
「ばかにすると思います。自分たちのことを何にも知らないくせにって」
「そう、ばかにするだろうね。そしてしたたかだから言うこときくふりしてお金と資材をふんだくろうとするかも知れない。そうしたらせっかく来てもNGOが帰ったらもとの黙阿弥になってしまう」
「どうすればいいんですか?」
「大事なのはこのおばちゃんたちの知恵を借りることさ。「自分たちはお手伝いしたいけどどうすればいいでしょう?」と謙虚におばちゃんたちに聞く。おばちゃんたちもどうしたら自分たちが貧しさからぬけだせるか、内心わかっている。長年の生活で培った知恵があるからね。ないのはお金と具体的な知識だけだ。一緒に話し合って解決策を考え、おばちゃんたちが仲間をつくって始める。それをNGOが資金と知識でサポートする。村の誰に話したらうまく根回しできるか、どうしたら皆でいっしょにできるか、こういうことにはおばちゃんたちは知恵が働くからね。井戸端会議で情報通だし。外から来たNGOがいくら知識を振り回しても誰もついていかない。村の人たちがその気にならなければ開発なんてできない。その鍵を握っているのがおばちゃんたちだ。君の近所のおばちゃんたち見てもわかるだろう。これが参加型開発ということだ。わかった?」
「よくわかりました。ところでなぜおばちゃんじゃなきゃいけないんですか?男じゃだめなんですか?」
「男はだめだ。見栄っ張りだから。えらそうなこと言ってもちっとも動かない。あるいは夢ばかり見ている。その点おばちゃんたちは子供を抱えているから話が具体的で行動力もある。だから前にも話したようにグラミン銀行も男じゃなく女に貸す。97%が女への貸し付けだったよね。女のほうがまじめで返済もきちんとしているし。田舎のおっさんはちょっと金が入ったら酒飲むかギャンブルする。これも世界共通だ」
「なるほど」

あるとき学長に「私、難しい言葉で説明できないんですがいいんでしょうか?」と聞いたら学長が「それでいいんです。学生の前で難しい言葉を並べるのは学者の自己満足です。やさしい言葉を使っておもしろくやればいいんです。一時間半笑わせていればいいんです」とおっしゃったので意を強くしている次第である。

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登録日:2008年 05月 14日 00:30:22

行政学も様変わり

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昨日は学会に出席のため吉祥寺にある成蹊大学に行った。
38年ぶりの再訪だがキャンパスの雰囲気は変わっておらず、とても懐かしかった。

さて学会とは日本行政学会である。2003年にはじめて出席してから5年がたつがこの5年でずいぶん変わったなと感じたのが最初のプログラム共通論題1「公共サービス論再考」を聞いた時である。

もはや誰も公共サービスを民間に委ねることの是非は議論していない。そして行政が「マネージメント(経営)」される対象だというのは当り前の概念になっている。そして議論の焦点は「行政による公共サービスの解体」後の行政の役割や「権力」のありかた、多様な公共サービス提供主体間のガバナンス(コントロールやレギュレーションによる公共性の担保や調整)に移っている。

以前誰かから社会科学というのは新しい現象をすぐには取り上げない。取り上げるのはそれが研究対象として「落ち着いて」からだ、という話を聞いたことがあるが、なるほどこういうことだったのか、と納得させられた。

センセーショナルではないが知的に刺激的な議論になるのはさすがアカデミズムだ。筆者もこれが本職になってしまったのでせいぜいがんばらなくては。

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登録日:2008年 05月 11日 00:19:01

ITすぐれもの

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ITの戦いでは敗色濃厚だが、これはなかなかのすぐれもの。

退職祝いの記念品にiPod-nanoをいただいたので、3月まで筆者が勤めていたヤマハのNX-A01を買ってつないで見た。

http://www.yamaha.co.jp/product/av/prd/speaker/nx-a01/index.html
今まで使っていたパソコン用の小さなスピーカーとはまったく別物の音質。今、モーツァルトのレクイエムを聴いているが、大きさからは信じられない大迫力である。

これは自宅なのでもうひとつ買ってみどり丸さんご指摘のように研究室にも置こうと思っている。

iPodはおもしろいというかなんというか、モーツアルトが途中なのにいきなりサンタナになった。どうしてだろう。実はまだiPodというものをよく把握していない。

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登録日:2008年 05月 08日 00:49:29

「井上ひさしさんと小田原のまちづくりを語ろう」

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4月30日は「井上ひさしさんと小田原のまちづくりを語ろう」実行委員会主催のシンポジウムにパネラーとして参加した。

実行委員会は城下町ホールの見直しを求めている市民有志を中心に、小田原市の文化やまちづくりに強い関心を抱く人々で構成されている。

当日のプログラムは以下のとおり。

第一部  「文化をはぐくみ、楽しむ「場」をめぐって
主催者あいさつ
「文化・芸術によるまちづくりとホールの役割」・・・桧森隆一
「演じるものからみた使いやすいホールについて」・・・橋本英治(劇団前進座監督・演出家)
中村靖さんの独唱   ピアノ伴奏 柴田かんな

第二部
井上ひさしさんのお話
パネルディスカッション
パネラー 井上ひさし、桧森隆一、橋本英治
コーディネーター 宮島真希子(神奈川新聞)

橋本さんがかなり具体的に城下町ホールの計画の欠陥を解説されるので、筆者はその前提として、パワーポイントを使って次のような話をした。

1.自己紹介
2.科学技術と音楽のスパイラルな発展
3.経済と文化・芸術のスパイラルな関係
(地域経済にとっての地域文化・芸術は投資)
4.公共ホールの役割
5.そんな役割を果たす良いホールとは?
6.残念ながら良くないホールの例
城下町ホールはどうでしょうか?

話の中で谷川俊太郎さんの「アリオスに寄せて」という詩を引用した。

アリオスに寄せて
                 谷川俊太郎

からっぽはすばらしい

なんでも  いれることができるから

でもいつまでも  ためておかない

またからっぽにして  ハコはまつ

あたらしいもの  たのしいもの

ハコはいきて  こきゅうしている


ハコのなかで  ひとはうたう

ハコのなかで  ひとはかたる

ハコのなかで  ひとはおどる
  
ハコのなかは  そととはちがう

わくわくどくどきはらはらさせる

ハコはいきて  こきゅうしている

              「ハコのうた」
(いわき芸術文化交流館アリオス広報紙 vol9 より引用)

公共ホールとは何か、についてはこの詩に尽きているように思う。
はたして城下町ホールはこのようなホールになるだろうか?

さて、井上ひさしさんのお話はボローニャの例を引きながら文化・芸術とまちづくりについて語りながら、引き比べて小田原での物事の決まり方や城下町ホールの現在のプランをユーモアたっぷりにちくりと批判する味わいの深いものだった。

後半のパネルディスカッションは、今まで公共ホールの設計や計画に諸々の疑問を抱いていた3人が、城下町ホールの設計を見てついに堪忍袋の緒が切れて、小田原に縁もゆかりもないのに駆け付けた、という感じがよく出ていた。

井上ひさしさんの話によると、小田原市長は「一度決まったことに反対するのはアカだ」と言ったそうだが、一部では市場原理主義者と思われている筆者までアカ呼ばわりは誠に光栄である。

厳しい財政状況の中、貴重な財源を最大限効果的に使って本当にいいホールを建て、小田原の文化・芸術やまちづくりを振興させたい。そのために、あのホール設計はないだろう、というのが当日の集まった皆さんのコンセンサスだったのではないか、というのが参加した感想である。

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登録日:2008年 05月 07日 00:56:08

記録更新

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前にも書いたが、筆者は42年間毎シーズン欠かさずスキーに行っている。

今年も転職騒動などで記録が途切れそうになったが、ようやくスキーに行く
ことができた。これで43年間連続である。

場所は昨シーズンと同じチャオ御岳スキーリゾート。50歳以上のシニア一日券が2000円というのがうれしい。

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登録日:2008年 05月 04日 22:52:00

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プロフィール
Ryuichi Himori
(男)
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団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事、(社)指定管理者協会理事長などいろいろ。公共経営・行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixi Twitter facebookもやってます。)
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