2008年 06月

指定管理者講演会

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金曜日は朝東京を発って午前中は愛知県岡崎市の大学で授業。午後は岐阜県北方町で開催された岐阜県公立文化施設協議会総会で講演。

タイトルは「指定管理者制度による文化ホール運営組織の経営改革」
内容は以下の通り。
1.はじめに
2.自己紹介
3.指定管理者制度の現状
4.指定管理者制度の本質
5.びわ湖ホール問題を通して指定管理者制度を考える
6.指定管理者制度を超えて
7.公立文化施設の存続のためには?
8.財団が生き延びるためには?
写真は当日使用したパワーポイントの一部。

当日の顔ぶれを見て、かなり脱線していろいろしゃべったので後で録音をもらいたいものだ。

以下は当日の感想である。

1.公文協メンバーの多様化

なぜ脱線したかというと、出席していた県公文協の顔ぶれが直営館、指定管理者の外郭団体、指定管理者の民間企業にわかれていて面白かったからである。ここの公文協の副会長も指定管理者の民間人の館長だった。今回の講演の質疑では民間企業の指定管理者からも質疑、意見があった。どうも今まではこの手の会合ではやや違和感を感じていたらしいが、筆者の話に触発されて発言しやすくなったようだ。

2.運営主体の多様化の影響

同質集団だった公文協に異質の企業が入ってきた。これは面白い。お互いの暗黙の前提が通用しないのだから。いままでは公立文化ホールにとって何がいいことかは暗黙のうちに共有されていたと思う。

例えば、民間企業の指定管理者には、公文協の暗黙の前提としてあった「高尚な芸術文化を地域に啓蒙する」という「上から目線」はない。
「施設を通して地域の文化振興を図る」というミッションを与えられた指定管理者にとっては、「高尚な芸術文化の啓蒙」はイコールではないはずだ。(しかも高尚と目されているのは18世紀19世紀の西洋の芸術だ)。少なくとも民間企業はそれまで公文協で刷り込まれていないので、「地域の文化振興」については「高尚な芸術文化の啓蒙」だけではないさまざまな方法を考える。
これ以外の暗黙の前提がたくさんあったと思うが、暗黙は通用しなくなったのだからひとつひとつ客観的に検証する必要があるだろう。

3.梅棹“水道方式”からの脱却

指定管理者制度以前の公立文化ホールは「幽体離脱」のようなものだった。全国公文協や地域創造で研修を受け、高尚な芸術文化を地方に普及することをミッションだと教えられた。ホールの担当者は口を開けば「うちの地域は遅れているので」と言っていた。文化に遅れているも進んでいるもないのに。だからホールは地域から遊離してしまった。それがびわ湖ホール問題の本質だ。公立文化施設の目指すものは地域それぞれ別のはずだ。
かつて梅棹忠夫は「全国どこでも蛇口をひねれば文化が出てくるように」と言い、その考えにもとづいて全国つづ浦々に公立文化施設ができた。その蛇口から出てくる文化が全国一律に「高尚な芸術文化」というのはそろそろ脱却しなければならない。

4.指定管理者の先にあるもの

ところで筆者は講演で「指定管理者の先にあるもの」という話をした。このまま財政が悪化すれば、指定管理者どころか施設の廃止もあり得る、ということだ。更地にして売却する動きも出てくるだろう。その時に文化ホールの存続について説得力ある主張ができるだろうか。「地域経済と芸術・文化のスパイラルな関係」における文化ホールの重要性を確立し、説得するのはホール所管部門の役割である。
指定管理者に丸投げしたからと言って、文化施設所管部門の政策上の責任が軽くなるわけではない。

5.直営館の問題

今回の講演で気になったのは、直営館はややのんびりしていた、ということだ。財政に危機感を持つ自治体の企画部門では当然これからも指定管理者制度の導入やあるいは場合によっては施設の廃止、売却、用途転換などが検討されるはずだ。のんびりしていると直営館に配属されている職員やその所管部門は蚊帳の外に置かれてしまう。全体の政策の中で文化ホールをどのように位置づけるかは、自らが身を削ることも含めて担当者も一緒に考えねばならないだろう。

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登録日:2008年 06月 29日 01:03:28

インターンシップ面接

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先週から今週と筆者が猛烈に忙しくブログの更新もままならないのは、担当するインターンシップ1の授業を履修している学生に対する面接で空き時間がすべて潰れているからである。

この面接は学生のインターンシップ先企業を決めるためのもので、大学に枠のある企業については希望者の中からこの面接で選考する。そのほかに希望を聞いて企業を推薦したり、学生が独自に応募する企業についてアドバイスをする。

面接はお辞儀して名乗るところから本物の企業の面接と同じようなスタイルで進行する。学生に少しでも場慣れさせよう、ということでグループ面接の要領でひとりひとり志望動機や自己PRを言わせたりする。こんな学内の面接でも、学生はがちがちに緊張している。

4月から始まった授業の成果か、学生も少しは考えてくるようになってきた。この勢いでインターンシップもがんばり、シューカツにつなげてほしいものだ。

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登録日:2008年 06月 25日 20:14:38

「大阪維新プログラム」へのコメント

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文化政策学会の理事として、28日に大阪で開催される「文化・芸術・歴史と自治体文化政策」というシンポジウムに以下のような一文を寄せた。

このシンポジウムには橋下知事の文化・文化施設への冷遇?に危機感を持った文化施設・文化団体関係者が集まるらしい。

筆者は橋下知事は基本的にはよくやっていると思っている。文化を冷遇する代わるに道路を作るとか、文化予算を削って福祉に回すとかではなく、押し並べてすべて冷遇?する、というのだから筋が通っている。

しかしこの「大阪を圧倒的に特徴づける集中投資」の中身はいただけない。景観ライトアップだの大阪中がミュージアムだのというのは、目的と手段のピントがずれている。何がずれているかは以下の通り。

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「文化・芸術・歴史と自治体文化政策」に寄せて
~橋下知事の「大阪維新プログラム(案)」に欠けているもの

                                     
大阪維新プログラム(案)には、「大阪を輝かせる」と題して「大阪を圧倒的に特徴づける集中投資」という項目があります。
その内容は大きくわけると、
1.他都市を圧倒する景観等で人を引きつける大阪づくり
2.大阪経済の活性化・・・人と企業が集まる「儲かる産業都市を創造します」
の2点があげられています。

ここに決定的に欠けているのが「クリエイティビティ(創造性)」という視点です。

グローバル化が進む時代、先進資本主義国である日本は、付加価値の高い産業に特化せざるを得なくなっています。大阪府も例外ではありません。「儲かる」というのはそういうことです。リチャード・フロリダの著書を引くまでもなく、高い付加価値を生み出すのは人間の創造性です。フロリダの言う「創造的個人」が創造性を存分に発揮して高い付加価値を生み出し、産業をリードするのです。

それでは、「創造的個人」はどのような環境を好むのでしょうか。
例えばこの「大阪維新プログラム(案)」にあげられている「世界水準の創薬環境」や「最先端の医療の実現」を担う科学者、技術者、医師はどのような都市に魅力を感じるのでしょうか。

「創造的個人」は自らの創造性を高めるような刺激のある環境を好み、創造性を刺激する最大のものが多様な芸術・文化であることは、言うまでもありません。彼らが多様な芸術・文化に容易に、しかも深くアクセスできる環境を好むことは、世界の「創造都市」と言われる都市のあり様を見れば明らかです。

もちろん、彼らが享受する芸術・文化が全て他からの支援を必要とするということはありません。商業的に成り立つものもあるでしょうし、多数の愛好家の存在で成り立っているものもあるでしょう。しかし中には公的支出による支援を必要としている分野もあり、そのような分野も含めて多様性を確保しない限り、「創造的個人」にとって魅力的な都市にはならないのです。

確かに「圧倒的景観」で引きつけるのもいいでしょう。しかし大阪府の産業にとって本当に引きつける必要があるのは世界的なレベルのクリエイティブな人々です。その人々がここに住み、持続的に創造性を発揮できる環境が、このプランによって実現するでしょうか。

このプランは現代の高付加価値産業が必要としている創造性と「創造的個人」のことをほとんど理解していないと思わざるを得ません。このままでは橋下知事の目指す「人と企業が集まり儲かる都市」の実現は難しいのではないでしょうか。
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筆者は別に既存の文化施設や文化団体の既得権を守れと言っているのではない。また、芸術・文化の効用について安易に「外部性」を言うことはできないと思っている。経済波及効果は「創造性」「創造的個人」を通して発揮されるのであり、従ってそれを政策として選択するかどうかの問題である。橋下知事は「人と企業が集まる儲かる産業都市」と言っているので、それなら政策手段が違ってやしませんか?と指摘しているのだ。
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登録日:2008年 06月 24日 19:25:53

ブログネタ

忙しくてブログのネタをなかなか思いつかない。アイディアはあるけどどういう切り口で書くかが思いつかないし、思いついても書く暇がない。来月になれば一段落すると思うが、皆様お見捨てなきようにm(_ _)m

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登録日:2008年 06月 24日 00:32:27

シューカツの真実 その5

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さて、17世紀、18世紀のイギリスでは貿易船の水夫は航海ごとの契約だった。港に帰ってくると、水夫はもらった給料を酒場や売春宿で使い、なくなると次に乗り組む船を捜さねばならなかった。

もちろん見習水夫志願者も、自分が雇ってもらう船をどのように見つけたらいいかわからずに港をウロウロしていた。

そんな求職者の力になったのが「船員周旋業者(crimps)」と言われる人たちだ。港のパブやlodging-houseと呼ばれた安宿で、周旋業者は水夫の相談にのり、乗り込む船を見つけてやった。今のシューカツ用語でいえば「マッチング」ということだろうか。

ところがここに一つ落とし穴があった。周旋業者は水夫からは金を取らない。何のことはない斡旋した船の船主や船長から金をもらうのである。だから周旋業者は言葉巧みに「あの船は君にぴったりだ」「イジメもなく評判がいい」「船長の腕がよく、水夫にも儲けさせてくれる」などと吹き込んで水夫を乗り組ませた。出航してから話が違うと気づいても後の祭り、航海じゃなくて後悔先に立たずである。

待遇が悪く評判の悪い船や、航海の成功率が低い運の悪い船の船主や船長も、周旋業者に金を払って水夫を確保することができた。

なんだかこの話、現代のシューカツに似ている気がしないでもない。
さしずめ現代の船員周旋業者はここか↓
http://rikunabi2009.yahoo.co.jp/bin/NAVG21200.cgi
そういえばここも学生からは金を取らない。費用を負担しているのは・・・・

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登録日:2008年 06月 17日 17:40:46

シューカツの真実 その4

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以前このブログで「シューカツの真実」というのを書いていたのだが、その後大学に転職して、インターシップ論の授業を持たされてしまった。

3年生が夏休みに企業に実習に行く準備のための授業だが、なんだか18世紀イギリスの見習い水夫養成学校の先生(引退した元水夫)になった気分である。

ここ3回は外部から講師を呼んでビジネスマナーの研修。あいさつやおじぎ、電話の掛け方などを訓練する。規律正しくきびきび動いて、大きな声ではっきりあいさつしないとマストから振り落とされてしまう。なんとかこの夏までに見習水夫志願者らしく仕上げねばならない。

個性の発揮だ自分らしさだ世界に一つだけの花だと言っても結局はこれをやらねばならないのだから、小学校から高校までの個性尊重教育も罪つくりなものだ。

その一方で今の学生は驚くほど自己アピールが下手だ。自己紹介書の自己PR欄がほとんど埋まらない。何を書いていいのかわからない、という。

学生「アルバイトしかやってないので。アルバイトを通して一生懸命やることは学びました」

筆者「アルバイトを一生懸命やるのは誰でもやっている当たり前のことだからね。アルバイトで自分が学んだというだけでなく、何かアルバイト先に貢献したとかいうことはないの?」

学生「そういえば、総菜売場だったので自分で見せ方とか盛り付け、並べ方を工夫して売り上げが上がりました。でもこんなことでいいんですか?」

筆者「それがいいんだよ!企業は言われたことをただ一生懸命やるだけでなく、自分から進んで創意工夫する人材を求めているから。このエピソードを通して自分がそういう人間であることをアピールしなければ」

学生「はあ、そうなんですか?」

こうやってひとりひとりその学生のいいところを引き出して自己PRをさせなければならない。あまりずうずうしいのも困るが、自己肯定感の希薄な若者に、引退水夫も四苦八苦である。

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登録日:2008年 06月 17日 02:10:12

お金は銀行に預けるな!?

このブログでも再三書いているように筆者は投資というものを毛嫌いしている。

もらった退職金などもたんすに入れるのと同じ感覚で普通預金に入れたままである。インフレにでもなれば別だが、これで別に損したとは思っていない。

金曜日にはこの状態にたまりかねた預け先の銀行からFP担当と称する行員がやってきた。それはそうだ。この銀行は給与振込みと諸々引き落としの窓口として使っているだけだ。これで普通預金だけでは銀行もあがったりだろう。

以前は住宅ローンもあったが、デフレになったので残額を一括返済してしまった。このときはものすごい抵抗にあった。「返す金があるならそれで投信を買えばローン金利と利回りの差で負担が減りますから」という。アホか!こんな経済原則に反する提案をしているから銀行は凋落するのだ。

さて、やってきた行員は筆者の普通預金のままにしているのは確信犯(金融機関に儲けさせるだけの投資はやらない)でやっていることであり、他に資産もあるので老後の心配はしていない、という説明に二の句が継げなくなってしまった。

結局変額年金保険のパンフレットだけおいて帰っていった。これは国内国外の株、債権のインデックス連動(を目指す)投信で運用され、一応最低保障がある。しかしなんで筆者が運用会社と保険会社と銀行の三社にさやを抜かれる商品を買わなければならないのか。特に保険は割高だ※2。まあ銀行もこんなものでも売って手数料を稼がないと儲からないのだろう。

それはともかく行員と話していて、最近読んだ勝間和代著『お金は銀行に預けるな~金融リテラシーの基本と実践』光文社新書を思い出した。この本で、「日本人の金融リテラシーが低くくリスクをとった投資をせずに銀行や郵貯に預けたままにしておくので、お金が非効率な政府部門に回り余分な道路やハコモノができる」というのはうなずける指摘である。

しかしだから投信を買えといわれても「金融市場は非常に公正な市場で、勉強すれば勉強した人にリターンが必ず返るしくみになっています」という意見には賛成しかねる。恣意的な制度運用やインサイダー情報、株価操作で動かされる市場のどこが公正なのか?

ただ、ジョージソロスもそうだが、金融の人は本家本元だけに資本主義の限界をよく知っている。本書でも資本主義を市場原理だけにまかせておくと国家間あるいは個人の貧富の差の拡大や環境破壊を引き起こすとを指摘している。

それに対応するのに本書は「金融には、政治と同じように社会を変えうる力がある」と主張する。果たして本当だろうか。確かに、「政府も資本主義も以前のように私たちを守ってくれなくなった」という本書の指摘は正しい。私たちが年金などについて受身のままでいては身を守ることはできないだろう、というのはその通りだ。

しかしだからと言って社会的責任投資(SRI)を引き合いに出して、私たちの投資が投票と同じように社会を変える力を持つ、と言い切るのはいかがなものだろうか。
投資をしないで「定期預金などにお金を預けっぱなしにしておくということは、選挙時に投票に行かないことと同じで資本主義に対する責任を放棄している」と本当に言えるのだろうか。
なんだかコストを隠す投信の売り文句と同じように聞こえてしまうのだが※1。

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登録日:2008年 06月 15日 02:33:46

優秀レポート

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筆者は大学で1年生を対象とする「現代企業と社会」という授業を担当している。
すでに8回行われた授業では会社とは何か、にはじまって財務や戦略、現代企業の変化に至るまで具体例を挙げながら一通り説明してきた。

そして先日レポート課題を出した。
タイトルは「株式会社オリエンタルランドは今後持続的に利益を増やすために何をすべか」  1200字 提出期限は1週間後。

授業では事前に株式会社オリエンタルランドすなわち東京ディズニーランドについて、基本データ、沿革、来場者数推移、損益計算書(10年間)、売り上げ原価内訳などを示し、解説している。レポートの目的は理解度を知るというよりはとにかく書かせる、ということである。

さて、提出されたレポートのひとつを読んで驚いた。書いたのは今年入学した女子学生、中国からの留学生である。

彼女のレポートの要旨はこうだ(提出されたのは1200字ちょうど)。

「来場者を増やし、売り上げを伸ばして利益を増やすのは難しい。注目すべきは売り上げ原価だ。売り上げ原価の比例(比率の間違い)が85%と高いが、その成分(構成の方がいいかな)の中でもエンターテインメント・ショー製作費の売上原価がかなり高い。
オリエンタルランドはエンターテインメント・ショーの企画製作を自分でやっているが、投資の負担が大きいのではないだろうか。これをいくつかのほかの会社に経営と企画を任せる。価格やアイディアで競争させ、安くていいところを複数採用し経営権、企画権を任せ競争もさせる。もちろんディズニーランドの風格(意味はわかるが、ここは品質かな)にあったものでなければならない。そのために評判(評価の間違い)することが大切だ。
経営企画権を任せるのでその会社の営業利益の何%かを獲得する(ロイヤリティーのこと)。この収入はそこから売上原価を引かれない純利益であるからオリエンタルランドの利益の効果は大きいと思う」

もちろんこの案が実際に有効かどうかは別だが、極めて戦略的かつ経営者的な発想である。売上成長を見込めないとしたら、このような案が経営の王道と言えるだろう。今年入ったばかりの中国人留学生がこんなアイディアを書いたことに筆者は素直に驚いたのである。

今、政府・自治体は指定管理者だ市場化テストだと大騒ぎだが、この留学生の彼女くらい物事が分かっている人が何人いるか、いささかこころもとない気がしないでもない。

それにしてもグローバルな時代はいろんな人が日本に来るものだ。

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登録日:2008年 06月 10日 23:05:41

あまりにも酷い

亡くなった女子大生は東京藝大の音楽環境創造科の4年生で、アートマネージメントを志し、その方面で内定ももらっていたとのこと。ご冥福をお祈りします。

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登録日:2008年 06月 09日 18:54:57

多文化共生とは

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木曜日は授業のあと新幹線に飛び乗って県生涯学習審議会へ。

2008年2月29日のエントリーで書いたとおり、今年の審議会のテーマは多文化共生である。
これは早い話が県内に住む外国人労働者とどのように共生するか、ということだ。

今回も小学校教諭の委員や在日日系ブラジル人の委員から現場における興味深い報告があった。

ひとつは、小学校低学年に日本語もポルトガル語も不自由な子がいる、ということ。就学前にポルトガル語も十分発達しないうちに日本に来て、両親は日中働きに出て会話も少なく、日本語の習得も不十分なうちに小学校に上がる。そうなると生活用語としての日本語は自然に習得できても、学習用語としての日本語はほとんど習得できないうちに学年が進んでしまう。

ふたつめは、中学に上がって勉強についていけない子供がドロップアウトしてアルバイトなどで働く。単純労働しかできないのでそのうち飽きてブラジルに帰る。帰るとブラジルでは同学年の子が中学、高校、大学と進学して様々な職についている。日本から帰った子供は学力がなくてブラジルでも働き口がない。することがないので日本でためたお金を湯水のように使う(貨幣価値が違うので使いではある)。しかしやがてお金はなくなるのでまた日本に戻って単純労働で稼ぎ、ブラジルに戻る。このようにピンポンのように日本とブラジルを往復し、どちらの国でも中途半端な青年ができてしまっている。

ブラジル人の親は、中には教育熱心で日本の、あるいはブラジルの教育をきちんと受けさせたい、と考えている人もいるが、子供のことはブラジルに帰ればなんとかなるだろう、と甘く考えている人もいる。日本の公立学校を出稼ぎの間の安い託児所くらいにしか考えていない。

ブラジル人学校の経営者の委員からは、ブラジル人学校の学費は高いと言われているが、そういうブラジル人の家庭には新車があり、高価な家電製品であふれている、という指摘もあった。

日系ブラジル人が日本に働きににくるようになって20年、問題は指摘されるが状況は変わっていないとのことだ。

将来的には日本は外国人労働者を移民として受け入れ、多文化国家になっていかざるを得ないだろう、と筆者は考える。そのために、今からブラジル人子弟のキャリアパスをしっかりつくり、そのステップごとに必要な支援をしていく必要があるだろう。

幸か不幸か多文化共生先進県(つまりとにかくブラジル人労働者、ペルー人労働者がたくさんいる)である以上、この問題で外国人労働者子弟キャリア教育において日本のモデルになるべきだろう。というようなことを会議では発言したのだがはたしてどうなるか。子どもたちの将来のキャリア形成をみんなで考えるときにきている。

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登録日:2008年 06月 08日 01:45:02

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プロフィール
Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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