2008年 09月
いや~困りましたな
【9月30日 AFP】米下院で金融安定化法案が否決され予想外の事態となった30日、東京株式市場の日経平均株価は483円75銭(4.12%)安の1万1259円86銭で引け、2005年6月9日以来、約3年4か月ぶりの最安値となった。
取引時間中、日経平均株価は一時、5%安まで下がった。前日、ニューヨーク(New York)市場のダウ工業株30種平均(Dow Jones Industrial Average)は、前週末比777.68ドル(6.98%)安で取引を終え、1日の下げ幅で史上最高を更新した。(c)AFP
みのもんたさんは、「額に汗して働くアメリカの納税者からすれば当然の決定だ、いままでさんざん儲けおておいていまさら税金で助けるなんてとんでもいない!つぶれるところはつぶれろ!」とおっしゃていましたが、その気持ちはわからないでもないが、世界経済が額に汗して働かない人々(あるいはおこぼれにあずかった人々)の需要にかなり依拠していたのと、私たちの年金や老後に備えたなけなしの貯金や株も、額に汗して働かない人々が運用してきたのとで、私たち額に汗して働いている人たちも冷や汗を書いてしまいます。
とはいえ際限なく膨らんだバーチャル経済がパンクするのは当然。信用創造といったって成長を前提に未来の利益を先食いしているだけなのだから。何があろうが、とりあえず私たちの社会は私たちが食っていけるもの以上の財を生み出しているのだから、死にゃしない。あわてることはありません。
食うために必要なもの以上の大量の財が生み出されている、ということはそれを買うか買わないか、つまり景気がいいか悪いかも気の持ちようにすぎません。だからあんまり気にしないのが一番です。
カテゴリー[ グローバルな世の中 ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2008年 09月 30日 18:25:27
キムタクも・・・
ジーンズを買おうと思ってジーンズショップへ。
あれこれ試着したがモデルチェンジしたばかりのリーバイス501が着心地もよく形もすっきりしている。でも前ボタンがめんどくさいしどうしようかな、と迷っていたら店員の「キムタクもはいていることですし」という一言でつい買ってしまった。
http://www.levi.jp/campaign/cm/
キムタクはボタンのうえ二つをはずす着こなしだが、自分がそれをやると単に「おじさんおなかがきつくてボタンがとまらなかったのね」と思われるのがおちだ。
カテゴリー[ 身の回りのこと ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2008年 09月 29日 20:38:56
イケアに見る日本社会の成熟3
イケアが日本に最初に本格進出したのは1981年である。それまでも北欧輸入家具専門店の手で細々と輸入されていたのだが、それは舶来の高級品という扱いだった。
1981年の進出時は船橋ららぽーとに海外とほぼ同じ(ということは現在のイケアと同じ)コンセプトの大型店を出店した。今と同じように店内はショールームで客は展示の現物ではなく梱包されたキットを買って持ち帰り、自分で組み立てた。デザインは北欧のモダンデザインが中心だったがこれも現在と変わりはない。
しかし5年後の1986年、イケアは撤退し、船橋ららぽーとの店舗はそのままACTUSが引き継いだ。
撤退したのは売り上げが期待通り上がらなかったからだが、なぜ日本で受け入れられなかったのだろうか。当時イケアを観察していた筆者はその理由を次のように考えた。
シンプルな北欧デザインは日本人好みだが、
1.自分で持ち帰ったり組み立てたりすることになじめない。
配送や組み立てを頼むとけっこう高くつく(これは今も同じ)。
2.組み立ての精度が悪い。穴の位置がずれていたりする。
3.必ずしも安くない。安いことは安いが割安感はない。
4.造りは「一生もの」「お値打もの」ではない。
当時は、もっとマーケティングをしかっりやって日本市場に合った商品を投入したらどうかと思ったものだ。事実あとを引き継いだACTUSは同じ北欧のシンプルモダンのテーストながら商品のグレードを上げ、価格は多少高くてもいいものを提供する方針に切り替えている。
いくらヨーロッパアメリカで成功しているからといってコンセプトも商品もそのまま持ち込んで通用するわけがない。日本をなめているのか。バブル前夜の鼻息の荒いジャパンアズナンバーワンの日本のマーケッターの多くはそう思ったことだろう。筆者もそう思った。
そして20年後の再進出である。進出地があのバブルの象徴だった人工スキー場ザウスの跡地であり、20年前の進出地と至近距離の船橋だったことは象徴的だ。
基本的なコンセプトは20年前と変わっていない。店舗も商品も海外そのままである。
では何が変わったのか。
ひとつ言えることは、当時と比べて商品の精度はよくなった。20年前、イケアのほとんどは東欧の旧共産国で生産されていた。それが今では中国をはじめアジアに広がった。おそらくそのことと、商品の設計や生産技術も進歩したのだろう。もちろん日本製や外国製でも高級家具と比べれば劣るが、少なくとも組み立てようとして穴が合わない、というようなことはあまりなくなった。
しかし20年前との最大の違いは価格だ。圧倒的な低価格、まさに価格破壊だ。ともかく、世界ナンバーワンの圧倒的な生産量に裏打ちされた低価格、これをそのまま日本に持ち込んだ。この衝撃は実際に店に行って体感してもらうしかない。20年前は価格設定が中途半端だった。「舶来品」を引きずり、必ずしも低価格路線ではなかった。恐らく当時の日本側のパートナーの意向だろう。今回は価格もグローバルスタンダードだ。
山盛りになった99円のカラフルなマグカップ。499円のクッション。これくらいのものがこれくらいで買える、というのがグローバルスタンダードなのだ。日本人は今までその恩恵を充分受けていなかったのだ。
さて、これを日本人の消費者はどううけとめたか?再進出当初、業界では日本人は高品質志向なのでイケアのレベルは受け入れられないだろう、という見方があった。この予測はあっさりはずれた。この価格ならこれで充分、と日本人消費者も割り切ったのだ。それどころか、若い消費者は自分で運搬し組み立てることもいとわない。この割り切りが消費社会の成熟というものだ。
写真は田園調布駅とイケア港北を往復しているバスだが、大型観光バスを使い、荷物室には客が買った組み立て前の家具の梱包がぎっしり詰め込まれている(イケア行きのバスは新横浜のほかは田園調布からしか出ていない。そのことにも重要な意味がある)。
高機能で高品質で高価格の日本国内向けの「ガラパゴス携帯」や「ガラパゴス家電」。日本人は品質にうるさいからと言われているが、もしかしたらそれは単に供給者側の論理と思いこみにすぎなかったのではないだろうか。
もし日本人がグローバルスタンダードであるイケアの価格と品質を受け入れるなら、ガラパゴス商品は滅びる運命にあるだろう。日本のコンシューマー向けメーカーはどのようにして生き残ることができるだろうか?
筆者がメーカーにいた当時、イケアを知っていたにもかかわらず、家具の商品企画やマーケティング、あるいはビジネスモデルでここまで思い切ったプランを考え付かなかったのは事実だ。日本中がそうだったと言えばそうなのだが、これも団塊の世代の限界だったのだろうか?
いずれにしろ、世の中は「こだわり消費」から「割り切り消費」へと(2極化ではなく)向かっているようだ。しかもイケアのように割り切りでも消費を楽しめるよう工夫しなければならない。日本企業も頭を切り替える必要がありそうだ。
http://jp.youtube.com/watch?v=P4zG4ARa6ro
カテゴリー[ グローバルな世の中 ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2008年 09月 29日 15:42:59
改革の方法

筆者は企業勤務時代に組織風土改革のプロジェクトリーダーを務めていたことがある。
その時筆者が重視したのは、目に見える変化を起こして社員に変化を実感してもらうことだった。誰にでも目に見える大胆な変化によって、「自分も変わっていいんだ」という思いを引き起こすことが大切なのだ。
4月に赴任した大学の新学長(やはり4月に就任)はこのことをよくご存じだ。
最近はニコニコ動画で学長メッセージを発信している。YOUTUBEと違い、ニコニコ動画は自由にコメントをつけられるために、大学のイメージとしてはリスクがあると思うが、マイナスコメントも含めてご自由にどうぞ、という姿勢そのものが強烈なメッセージだ。
動画は以下のブログから見ることができる。
http://blog.livedoor.jp/kaetsutv/
もうひとつ目に見える変化は夏休み中に行われた教室の改装だ。最新の前後3面ガラススクリーン(プロジェクターのスクリーンだが水性ペンで白番のように自由に書き込みができる)と3台のプロジェクターは学生のノートPCからも無線で写すことができる。瓢箪型の机と椅子はキャスターがついていて自由に組み合わせができる。教卓はなく、赤外線マイクを身につけた先生は教室内を動き回って授業を行う。とりあえずこんな教室が二つできたが、来年度はさらに増やすという。
筆者としてはこのような教室を見るといろいろ授業のアイディアが浮かんでくるが、夏休み明けにはじめて見た学生にとってもインパクトは大きかっただろう。
このような変化は学長のリーダーシップのもと30代の若手講師陣がのびのびと腕をふるって取り組んでいる。業者任せではなく、すべて教員のアイディアだ。
組織に変化を引き起こすというのはこういうことななのだ、ということを改めて思い出している。
カテゴリー[ 大学にて ], コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2008年 09月 25日 10:51:35
イケアの盛況に見る日本社会の成熟2
さて、イケアはなぜ20年前の進出に失敗したのかを考えるまえに、戦後の日本の家具の歴史を考えてみたい。
江戸時代から昭和30年代まで、日本の庶民はほとんど家具らしい家具は持っていなかった。庶民の家具はせいぜいちゃぶ台とみずやくらいだ。そもそもタンスがおけるような家に住んでいなかったし、タンスに入れる衣類もなかった。だから、婚礼タンスなどは極めて新しい習慣である。
そもそも和室というのはフレキシブルでちゃぶ台を片づけて布団を引けば食堂が寝室になる。置き家具で部屋の用途が規定される生活ではなかったのだ。
昭和30年代以降に家具を置ける家に住み、家具を買えるようになった日本人の間に誤解が生まれた。それは「家具は高価な物であり、一生ものであり、それゆえに造りが良くなければならない」という観念だ。確かに貧富の差が激しかった時代、金持ち、上流階級の持っている家具は凝った造りの工芸品だった。それを見ていたので自分たちが家具を買えるようになったとき、家具はそういうものだと思い込んだのだ。本来、自分たちが買うのは工芸品でなく実用品なのだが、誰も実用品の家具がどんなものか知らなかったのだ。
筆者が店頭で家具を販売していた30年前、桐でできたタンスの引き出しの片方を閉めると空気の圧力でもう片方の引き出しが飛び出す、というデモンストレーションをやって造りのよさをアピールしていた。こんな仕掛けは構造上簡単にできるのだが、客はそういうものを造りのよいものと思い込んでいた。また、デザインも高そうなものが喜ばれた。
さらに無垢の木に対する信仰も強かった。そもそも戦前から無垢の一枚板を使った家具などほとんどなかった。それに、反りやねじれが出るのを防ぐために無垢ではなく合板や寄せ木を芯材に使うことは技術の進歩だったのだが、客はそれを知らなかったしメーカー側もあえて客の誤解を解く努力はしなかった。
メーカーは「いかに無垢らしく見せるか」の技術開発を競った。客から「この木はなんですか?」と聞かれて「チークです」と答えるがそれは芯材の上に高級品なら厚さ0.5mm、中級品なら0.1mmの紙のようなチークの薄板(つき板という)が貼ってあるだけだ。安物ならチークの模様を印刷した紙を貼ってその上から塗装してある。ところで客からのクレームはつき板より印刷の方が少なかった。天然のつき板は木目がそろわなかったり色むらが出るが印刷にはそれがない。われわれが買える値段で天然のもので木目をそろえるなどできるはずがない。
さらに家具は一生ものであり、一生に何度も買うものではない大きな買い物だという観念があるので、家具店は配送や設置も最大限サービスした。筆者はある地方都市で婚礼で買ったお客に配送の時トラックから長持ち歌をスピーカーで流すようにリクエストされたことがある。
とにかく今から30年前、日本人が、家具とは造り(精度)がよく、無垢材をたっぷり使い、色むらもなく木目がそろっていて、買うときはいたれりつくせりのサービスを受けられるものだと思い込んでいるところへ、イケアが進出してきたのだ。
カテゴリー[ グローバルな世の中 ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2008年 09月 22日 13:45:16
イケアの盛況に見る日本社会の成熟
イケアはスエーデンを発祥の地とする世界最大の家具店である。世界36カ国に店舗があり、売上は2兆円を超える。業態は製造小売であり、自社でデザイン・設計した自社ブランドの商品を中国や東欧などの協力工場で作らせ、すべて自社の店舗で売る。ユニクロと同じ業態だが、こちらが元祖である。
巨大な店舗はショールームと倉庫、駐車場が一体となっていて、ショールームで選んだ商品を自分で倉庫で取り出し、レジに運んで支払いを済ませて車に載せる。ほとんどの家具は組み立て式であり、自分で組み立てる(もちろんお金を払えば配送や組み立てもやってくれる)。品揃えは家具にとどまらず、照明、ファブリック、食器、インテリア小物、調理器具などおよそ住まいに必要なものはほとんど揃う。価格はたとえばティーカップカップ99円、筆者が研究室で使っているスタンドが1680円など価格破壊的に安い。デザインはどれもシンプルな北欧モダンですっきりしている。この業態は日本を含め世界共通である(写真は第3京浜港北インター近くのIKEA港北店)。
イケアは1980年代初めに一度日本に進出したが1986年に撤退し、20年後の2006年に再進出し、今度は成功した。それはなぜか?
イケアの1度目の進出と撤退のころ、筆者は家具事業部で商品企画・マーケティング・海外生産を担当し、イケアの戦略をつぶさに見てきた。当時イケアの家具を生産していた海外の下請け工場も訪問し、ヨーロッパやアメリカの店舗も見た。それだけにイケアの再上陸と成功は感慨深いものがある。イケアを受け入れたこの20年間の日本社会の成熟を感じるのである。もちろんイケアの方も格段に進化したのだが。
なぜ20年後に日本社会はイケアを受け入れたか。実はこれが前回の記事で書いた日本家電の「ガラパゴス化」とも関係しているのだが、長くなるので一度切ることにする。
イケアについてはこちらをご覧ください。
http://www.ikea.com/jp/ja/
カテゴリー[ グローバルな世の中 ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2008年 09月 20日 20:55:03
いろいろ大変
【9月17日 AFP】図は、1月からの日経平均株価の推移を示したもの。(c)AFP
<ニュース解説画像一覧へ>
いろいろ大変ですな。投資家の皆さんにはまったくお気の毒です。
昨日の日経の「経済教室」欄で池尾和人慶大教授は今回の金融危機について「サヤ取り型金融ビジネスモデルは終焉、高収益追求の圧力で「不公正」な取引増殖、取引先に知恵を貸すべく知識・能力高めよ」と書いている。金融の機能として価値創造支援が重要になる、というのだ。
アダム・スミスも言っているように、なんだかんだと言っても新たな価値はものづくりからしか生まれてこない。ババをぐるぐる回すような取引からは何も生まれず、いつかは調整される。
もともと日本人はこつこつものを作ってさまざまな創意工夫を凝らすことが得意なのだから、それに専念していればいいのだ。
ただ、日本にとってもっと深刻な問題は、日本製品の「ガラパゴス化」だ。「ガラパゴス携帯」のように、日本市場で独自の進化を遂げたが世界の市場からは受け入れられない製品が増えつつある。いまや日本の誇るエレクトロニクス製品(最終商品)は高価格、過剰品質、過剰機能で急速に世界のシェアを失いつつある。
日本の消費者の嗜好と世界の消費者の嗜好が食い違ってきたために、日本市場でもまれ機能を高めた製品を世界の市場にもっていっても売れなくなっている。それどころか、日本企業が気付かないうちに、日本の消費者も変化(グローバル化)しつつある。
そのことは別の記事でレポートする。
カテゴリー[ グローバルな世の中 ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2008年 09月 19日 01:03:26
権力の源泉
人口3000人の町のお祭りだが、ここにきちんと現われるのがこの地域を選挙区とする片山さつき衆議院議員。いわずとしれた小泉チルドレンの刺客議員である。
東大出、財務省のエリート官僚出身ながら法被をきて会場を歩き回り、だれかれとなく握手して笑顔をふりまき名刺を配る。高校生や家族づれと気軽に記念写真に収まり、支持者と称する人たちにちゃんと名前を言って声をかける。
少なくとも彼女はこれが自分の権力の源泉だということをよく知っている。竹中平蔵さんも言っているが、民間の学者や経済人が政治家をあれこれ批判しても、このようなプロセスを経てきた議員の自信は揺るぐことはない。権力を獲得し維持するために腰が座っている。
問題は彼女に政治家として何をやってもらうかということだ。権力の源泉である水窪町の人たちが望んでいるのは稼ぎの元である公共事業を持ってくることだろう。一方で小泉改革の申し子としては構造改革、財政再建だ。
選挙区の人々に付託された権力が何のために、誰のために行使されるのか。日本の民主主義を考える上で実に興味深い問題である。
カテゴリー[ 政治について ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2008年 09月 16日 00:54:49
お祭り
土、日は水窪祭り。
この時ばかりは町に下りた若い衆も戻ってきて友達と再会を楽しむ。どこにこんなに若い人がいたのかと思うほどのにぎわいだ。みんなそれほど遠くにいるわけではないので集まりやすいのだろう。
このお祭りの呼び物は50年ほど前から続いている仮装コンテストで、見物のために周辺の地域や浜松市中心部からも人が来るほど盛況だ。このときばかりは町のメインストリートも賑わうが、それでも10年前に比べれば人出は少なくなっているとのこと。
伝統芸能や観光行事ではなく、地域の人たちが自分たちで楽しみ町の活力を示すお祭りだけにいつまでも続いてほしいものだ。
カテゴリー[ 中山間地域 ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2008年 09月 16日 00:24:24
中山間地域
昨日は浜松市北部にある旧水窪町に行った。
静岡県磐田郡水窪町は2005年に浜松市と合併し、2007年の政令指定都市移行に伴い浜松市天竜区水窪町になった。政令指定都市といっても中心部から75km、長野県と接し、かつては林業で栄え町には芸者置屋まであったが、今は過疎化が進む人口3000人の静かな山村である。
云った目的の一つは4年前に廃校となった旧水窪町立西浦小学校(写真)の活用を考えることである。天竜美林と言われる見事な杉やヒノキの森に囲まれた丘の上にあり、国指定重要無形民俗文化財西浦田楽が行われる西浦集落に隣接する。129年前に開講したこの小学校は廃校(正確には休校らしい)時には12人が学んでいたが、現在では地元のNPOが無償で管理している。耐震補強も施され、電気、ガス、水道もあり、携帯電話もインターネット(ADSL)もつながる。内部はきれいに保たれ、教室も廊下も木の床でいかにも山の学校らしい雰囲気である。
さて、中山間地がなぜ人口が減るかといえば稼ぎ場所がないからである。水窪町もかつて栄えた林業は見る影もなく、お茶の栽培も価格下落で厳しく、公共事業(土木建築)も減る一方だ。もちろん生活するだけなら都会ほど収入が必要なわけではないが、子供の教育などに必要な現金収入を得られる産業がないので、みんな山を下り町で働くようになる。人口を維持する稼ぎ場所がないのだから(もう少し町に近い地域では車で通勤しているが)人口が減っていくのはやむを得ない。
もし人口をある程度維持することが必要ならば、ここに住んでいても稼げる人を連れてくるほかない、というのが筆者の考えである。たとえばアーティストなどもろもろのクリエーターやプログラマーはここに住んで創作し、成果物を都会で売ることができる。どこにいても稼げるこのような人たちを連れてきて入れ替えるのである。情報通信インフラはあるし、車で1時間走れば第二東名のインターもある。
小学校の活用もこのへんにヒントがあるのだが、問題は今後インフラを維持する費用をどうするかである。この費用負担問題を考えたとき、中山間地に住む人を連れてくる政策が正解かどうかはわからない。
カテゴリー[ 中山間地域 ], コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2008年 09月 14日 23:45:24
- プロフィール
- Ryuichi Himori
- (男)
- ryuichi.himori@gmail.com
- 団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
- 最近のエントリー
- [12/04] これも見納め?
- [12/02] 日本文化政策学会
- [12/02] 今年の紅葉
- [11/30] 日本アートマネージメント学会
- [11/29] 指定管理者協議会発足
- [11/24] 2兆円の使い道
- [11/23] ミスリードの可能性
- [11/21] ついでにもう一枚
- [11/20] 新カテゴリー登場
- [11/20] 定点観測
- 最近のコメント
- [12/02] 日本アートマネージメント学会 BDPマスター
- [12/02] 今年の紅葉 nebu
- [11/26] 2兆円の使い道 himori
- [11/26] 2兆円の使い道 BDPマスター
- [11/24] 新カテゴリー登場 himori
- [11/24] アートマネージメント講座「プロデューサーのお仕事」 himori
- [11/21] アートマネージメント講座「プロデューサーのお仕事」 桜
- [11/21] 新カテゴリー登場 桜
- [11/20] 近場の中山間地域④竹炭 himori
- [11/19] 近場の中山間地域④竹炭 nebu
- 最近のトラックバック
- カテゴリー
- 本日の1枚 [3]
- 多文化共生 [3]
- 中山間地域 [6]
- 指定管理者制度 [18]
- 大学にて [20]
- ITな世の中 [5]
- アート&デザイン [4]
- お知らせ [3]
- 文化ホールについて [10]
- 身の回りのこと [34]
- 都市政策 [22]
- アートマネージメント [28]
- 政治について [39]
- グローバルな世の中 [21]
- 今日のお仕事 [41]
- 趣味 [38]
- NPOについて [12]
- 行政経営 [21]
- 企業のこと [20]
- 文化政策 [14]
- 自分の勉強 [7]
- キャリア教育・生涯教育 [30]
- 文化を考える [6]
- これを見た [14]
- 団塊世代 [35]
- 戦争と平和 [5]
- このブログのこと [13]
- 月別アーカイブ
- 2008年 12月 [3]
- 2008年 11月 [20]
- 2008年 10月 [14]
- 2008年 09月 [15]
- 2008年 08月 [15]
- 2008年 07月 [14]
- 2008年 06月 [14]
- 2008年 05月 [10]
- 2008年 04月 [13]
- 2008年 03月 [18]
- 2008年 02月 [19]
- 2008年 01月 [19]
- 2007年 12月 [22]
- 2007年 11月 [25]
- 2007年 10月 [18]
- 2007年 09月 [17]
- 2007年 08月 [15]
- 2007年 07月 [18]
- 2007年 06月 [14]
- 2007年 05月 [20]
- 2007年 04月 [12]
- 2007年 03月 [16]
- 2007年 02月 [16]
- 2007年 01月 [18]
- 2006年 12月 [16]
- 2006年 11月 [16]
- 2006年 10月 [16]
- 2006年 09月 [23]
- 2006年 08月 [19]
- お気に入りリンク
- 検索