2009年 02月

改革たたきの錯誤

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世の中改革たたき花盛りである。

日本の本当の問題は、多くの日本人が感じている通り、改革のやりすぎではなく改革の不十分・不徹底だ。

このことは別の記事で論じるとして、今日いちゃもんをつけたいのは、改革に対峙するに日本の伝統なるものを持ち出す人たちに対してである。

いわく武士道、いわく日本の美意識。

そんなものはない。幻想だ。古き良き共同体はその時代の人々の生きる知恵にすぎない(しかも場合によっては五人組として連帯責任を強要されたものだ)。皆が新島襄の言う武士道の道徳を持っていたわけではないし、庶民に至るまで葉隠れを読んでいたわけではない。日本の美意識もおそらく身の処し方、出処進退の美学を言おうとしているのだと思うが、それはごく一部のエリートのものだ。階層を超えた、日本人に普遍的な道徳は(宗教以外に)なかった。人々が豊かになったこの時代、これから新たに作らねばならない話である。
やっと衣食足りてこれから礼節の時代だ。みんなでルールやマナーを作ってお互い守ろうよ。

さて、自分自身から沸き起こってきた規制、自律ではなく、何かの道徳や思想によって、観念によって人々を律し、自由を制限しようとするのは、それが武士道だろうと日本の美意識だろうと共産主義と同じである。

結局それは支配・被支配の関係になる。道徳を言い立てる人は、自分が被支配の側に回るとは思っていないのだろう。だから鼻もちならない。下世話な言いかたをすれば、何さまだと思っているのか、ということだ。

誠に残念ながら、人間にはそれほどの徳は備わっていない。だから「一人が万人のために、万人が一人のために」という共産主義は成り立たないし武士道を持ってこようが日本の美意識に訴えようがそれで社会を統御するためには強制・強要がいる。そして強制する側に正当性を得られる可能性はないだろう。

だから最悪だがそれ以外のものよりましな民主主義と市場社会でやるしかない。人々の利己的な欲望を前提として、それをどう利用しながら制御して社会を持続可能とするかを(その都度)制度として考えるしかないのだろう。欲張りすぎたら自分が損をする、という制度だ。改革が行き過ぎだ、改革が足りない、というのは、どっちかに傾いたら直し、直しすぎたら戻す、という復元力を制度に組み込むことに過ぎない。社会の運営は綱渡りである。

もちろん、社会のリーダーを自任する人たちがノブレスオブリージュ(高貴なるものの義務)を自覚するのは結構なことである。しかしそれはあまねく庶民に至るまで強要するものではない。(とはいえ、豊かな国に住む私たちには、貧しい国の人たちを何とかする義務があると考えた方がいいと思うが)。

日本の集合的無意識が安倍元総理の「美しい国」に乗らなかったのは極めて健全であると思われる。

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登録日:2009年 02月 26日 23:26:20

論文執筆中

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指定管理者の評価についての論文を執筆中である。

題は「民間企業の指定管理者から見た指定管理者評価の現状と課題」(仮)

執筆のために民間企業が指定管理者となっている施設の責任者(指定管理者側)にインタビューに回っているが、なかなか面白い話が聞けている。

どのような評価制度にしたら民間企業はより前向きに一生懸命仕事をするか、どうしたら民間企業のよい面をもっと施設運営に生かすことができるか、発注者側の行政にとってヒントになる内容になるだろう。4月発売のある雑誌に載る予定だ。

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登録日:2009年 02月 25日 15:58:34

またまたダブルヘッダー

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日曜日はまたまたダブルヘッダー。

第一試合は芸大北千住キャンパス(写真)で文化政策学会の理事会。
ここは足立区が廃校になった小学校を改装して芸大に貸している。ただし敷地内の1棟は新築のビル。いずれにしろ大学側としては格安だ。

来年1月9日10日が文化政策学会研究大会なのでみなさん予定してください。

第二試合は池袋の豊島区舞台芸術交流センターあうるすぽっとで日本アートマネージメント学会関東部会の研究会。

二人の若い研究者による発表があった。
ひとつは「大阪万博と野外彫刻:千里野外彫刻展と国際鉄鋼彫刻シンポジウムを中心に」
もう一つは「アメリカの手漉き紙」
どちらも興味深い発表だった。

しかしこんなことしてていつ休めばいいのか?

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登録日:2009年 02月 24日 23:00:10

犯人は誰だ

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推理小説では、犯人はその犯罪で一番得するやつと相場が決まっている。
それでは、かんぽの宿騒動で一番得するのは誰か?

かんぽの宿が事業譲渡で一括売却されると、おもしろくないのはゼネコン、デベロッパー、不動産屋だ。事業譲渡ということは、かんぽの宿の営業がそのまま続くということで、更地になって売却されるわけではないので彼らには一文にもならない。

もし一括事業譲渡の話が壊れると個々の売却になる。赤字の施設を個々に事業譲渡で売却しようとしても売れないだろうから(スケールメリットが出ないので)、結局は事業ではなく不動産としての売却になる。

そうなると待ってましたとばかりに出てくるのがゼネコン、デベロッパーだ。彼らはその中の優良物件(都市部の物件)に群がる一方、その他の物件は買いたたく。地方の物件は売れ残る。郵政会社は営業続けても赤字、ゼネコン不動産屋は従業員は引き受けないので解雇され、膨大な売れ残り不良資産が残る。そのつけは誰が払うのか。

こう考えると、総務大臣の後ろにいる「真犯人」が見えてくる。日本はどこまで行っても土建国家なのか?

そもそも郵政民営化というのは郵貯と簡保の膨大なお金を政官業の癒着の利権に使わせない、というのが趣旨だった。官は金を握り、天下り先を確保する。業者はそのお金で作られる無駄な箱ものを受注する。政治家はその間の口利きをしておこぼれにあずかる。それを可能にしていたひとつが郵貯、簡保のお金だった。簡保の宿の誘致と建設業者選定に政治家の口利きが無かったとは言わせない。民営化して民間企業が普通に貸し付けをすれば少なくともこれはできなくなる。

その郵政民営化に「私は反対だった」という人は、民営化されて困る人たちを代弁しているのだろう。

市民納税者の集合的無意識をなめるのもいい加減にしてもらいたい。

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登録日:2009年 02月 24日 00:37:21

まちづくり講演

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21日は本学で地元青年会議所、商工会の共催で講演会が行われた。
講師は本学の加藤寛学長と不肖筆者。

筆者の講演のテーマは「文化資源によるまちづくりのカタチ」
話は項目は以下の通りだが、中身はこんな感じ。

〇事業所得者と給与所得者の比率は2:8、給与所得者のうち女性が40%で女性だけでも事業所得者より多い。最大多数派の給与所得者の意見をどうまちづくりに取り込むか?

〇このまちの人口は2025年まで緩やかに上昇し、その後下降する。一方老齢人口は一本調子で増加し、2035年には30%が65歳以上。なお2020年の認知症発症率は8.9%なので、2020年にはこのまちに4000人の患者がいることになる。暗いが一方でチャンス。


〇このまちのまちづくりのコンセプトは?

ハワードのガーデンシティ(田園都市構想)を蘇らせる現代の自立型職住近接都市
緑豊かな環境の中で、子育てもし、退職し、高齢者になっても働きながら(社会の中で役割を果たしながら)豊かな生活を送ることができるまち
生活する場所の近くにそれぞれに応じて働く場所があるまち、若者、主婦、脱サラ、高齢者が起業するまち
生活に密着したスモールビジネス、コミュニティビジネスがぶくぶくとわいてくるまち
それが魅力となって人を引き付けるまち(交流人口、定住人口の増加)

ということでどうか?

〇これを実現するのが「文化資源によるまちづくり」

1.まちづくりとは何か
「まちづくり」の意味は人によってみんな違うので、原点に戻ると・・
(1)ゼロからまちをつくるとすれば?
(2)すでにできあがったまちでは?
(3)どんなまちにしたいのか?ビジョンとコンセンサスが大切だ!
(4)まちづくりの最初のステップ
原点に見るまちづくりの本質は?

2.小平におけるまちづくり
「魅力」と「活気」の意味
(1)まちづくりを「人口」で考えてみる
(2)まちづくりを考える条件
(3)小平におけるまちづくりのコンセプト(仮説)

3.文化資源によるまちづくり
一般論としての文化資源によるまちづくり
(1)文化とは?文化資源とは?
(2)文化資源によるまちづくりの方法と事例
                
4.小平における文化資源の活かし方
まちづくりのための、文化資源によるスモールビジネス、コミュニティビジネスの起業
(1)地域の文化資源はいろいろ ~いろいろある小平の文化資源を発見しよう
(2)文化資源による起業、たとえば・・・

5.大学の活かし方
大学も地域の文化資源。起業に活かす道を考えよう
(1)大学、教員、学生の使い道
(2)大学のこれから

というような話を市長、議員さん、はじめ200人くらいの地域の人が聞いてくれたが、さて反応はどうか?

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登録日:2009年 02月 23日 14:17:38

本日のワイン

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いつも紙パックワインばかり飲んでいてもしょうがないので、今日はいただきもののワインを開けてみた。

「北海道余市町葡萄作りの匠北島秀樹」という名の赤ワイン。製造元は北海道ワイン株式会社。ツヴァイゲルト・レーベというオーストリア原産の赤ワイン用ブドウ品種の2007年ものである。

この品種は私の知識では、こくには欠けるが香りがいい、というもの。飲んでみるとまさにそのとおりだった。飲んだ時は一瞬ベリーAかと思ったが、それよりも軽く、口の中で香りが立ち、舌にほのかな甘さを感じる。なかなかの個性だ。

瓶には「昭和60年からブドウ栽培を始めた」と書いてあるが、国産ワインの進化を感じる1本である。

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登録日:2009年 02月 22日 00:19:49

富士山夜景

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別に富士山にこだわっているわけではないが、東京から神奈川、静岡あたりをうろうろしているとどうしても被写体になる。

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登録日:2009年 02月 17日 16:56:51

行政の解体と再生例会

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2月14日バレンタインデーは私が副代表を務める行政経営フォーラムの例会があった。
内容はこちらをご覧いただきたい。

http://www.pm-forum.org/

以下に今回の感想(少しアレンジして会員向けMLにも載せている)。

「自治体職員の集まりや行政学や公共政策の学会は
たくさんあるのですが、PMFJ(行政経営フォーラム)の特徴は「リアル」ということだと思います。

政治家によって(建前は)法律が制定されて制度が発足し、その運用のためにさまざまな規則や規程が決められます。そして行政は決められたことに沿って判断し、処理する。そして最近はその結果を「評価」します。

しかし現実は①決める時に拾い切れていないファクターがある②事態は時間の経過とともにどんどん変化している③突発的な事態もあることから、決めたことを決められた通りにやるのでは建前つまり仮想現実(バーチャルリアリティ)の世界になってしまいます。

みんながそのギャップに苦しみ、僭越なスーパー公務員が生まれたりしますが、普遍性はありません。

一方行政学者は、行政の建前を「一次資料」と称してそれをもとにあれこれ論じますが、仮想現実の上に仮想現実を重ねるだけのものにすぎません。

評価も、PDCAと称しながら、決められたことと結果のズレに対して決められたことの方を変えずにやり方を変えてやろうとするだけなので、やはり仮想現実をぐるぐる回るだけです。

他の会で公務員の事例発表を聞くことがありますが、多くは仮想現実の世界の話で、突っ込むとほんの少し本音が出る程度です。

PMFJは仮想現実ではなく「現場・現物・現実」の話をする場です。それがリアルということです。リアルと言っても愚痴として本音をこぼす場ではありません(それも少しはあるが)。「現場・現物・現実」からスタートして次を論じる場であり、新たなコンセプトを創り出し世に広める場だと思っています。

そんな例会を振り返った感想です。スピーカーの発言部分含めて私の感想です。

1.最初のゲストスピーカー大村未菜さんのお話で印象に残ったのは、指定管理者の評価の際、最初の提案書や仕様書に沿っているかだけを評価するのでなく、現場の創意工夫や新たに何を生み出したかを評価してほしい、ということです。最初の提案書は現場の実態を知らずに作ったものですし、指定期間中に状況も変化します。施設の目的に対する新たな工夫を見てほしい、というのは民間企業としては当然の考えだと思います。

例えば、としてこんな話をされました。「美術館の指定管理者になって調査をしてみたら、30代の入館者が少ないことがわかった。つまり子育て中の人がこれない。そこで子育て世代向けの企画をやって入館者を増やすことができた。これは仕様書にもなかった」

2.藤岡喜美子さんの話で印象残ったのは、「NPOが公共サービスを担うというのは当たり前の話で、それをちゃんとやるためには行政が変わらなければならない。だから行政経営改革のコンサルタントをやっている」という話です。それを保守的な政治・行政の風土の中でしたたかに実践している姿にみなさん感銘を受けたのではないでしょうか。あと、「10万20万の助成はNPOの自立性を損なうのでやめてほしい」という話は本当にそのとおりだと思う。

ゲストスピーカーをお二人とも女性にしたのは、いまどき公共サービスの最前線で活躍しているのは女性が多いからです。理由はわかりませんが、女性は建前というかバーチャルリアリティに惑わされることが少ないようです。

4.桧森・上山・後・馬場のパネルは、馬場さんがちゃんと準備をしていじめられ役?をはたしてくれたので充実した内容になりました。上山さんの言う行政と財政の分離、行政の中身としての官僚制・議会制民主主義の終わりの始まり論は新鮮な視点を提供してくれました。後さんの言う行政の執行について行政しかできないことはほとんどない、という話と中学校区規模の近隣政府の話も、それに対する馬場さんの反論とセットで多くの示唆を与えてくれました。この辺詳しくはそのうち会員に公表させる議事録をご覧ください。

5.それぞれの分科会も、PMFJの会員の多様性がいかんなく発揮されて、本音の議論ができていたようです」

行政経営フォーラムはこんな感じの議論をメーリングリストと例会の組み合わせで展開しているので、興味のある方はぜひ入会をご検討ください。

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登録日:2009年 02月 17日 16:41:50

ダブルヘッダー第二試合

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さて、ダブルヘッダー第二試合は県庁所在地へ移動して県NPOパートナーシップ会議。

県はこれまで「NPOの活動支援」のために県内3か所の市民活動センターの運営をはじめ様々な施策を実施してきたが、その内容について協議・助言するのがこの会議の役割で県内のNPO、企業、学識経験者、市職員などがメンバーである。

私はもう4年ほど関わってきたが来年度からこのような方式の会議はやらない、ということなので今回が最後である。

今回の会議では県と市の役割分担のところで議論百出した。しかし私としては民間の中間支援組織が育っていないので県・市の支援センターがその役割を果たす、という考え方そのものに疑問を持たざるを得ない。

そもそもNPOとして仕事をしているわけではない行政にNPOの支援ができると考えるのがおかしい。なぜなら、支援というのは指導・助言をしなければならないからだ。それを行政がやるのは僭越である。しいて可能性をあげれば、県・市のセンターの指定管理者となっているNPO(その一つが先日講演した東部パレット)が力量を高めて自立した中間支援NPOへ発展していくことだろう。

いずれにしろ、先日の講演で協働についてふれたこととも関係するが、行政の市民活動推進部門と市民活動団体との関係は、NPO法10年の経過とともに、なかなか微妙になりつつある。

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登録日:2009年 02月 16日 00:22:52

ダブルヘッダー第一試合

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13日の金曜日は審議会のダブルヘッダー。
第一試合は市の文化ビジョン委員会。
最終案がほぼまとまった。

ビジョンには文化を創造し発展させていく主体となるのは(行政ではなく)市民であることが明記されている。当り前のことだが行政作成の文書ではなかなかこうはならい事が多い。

また、地域の文化が人々の創造性を育み、それが産業や芸術を発展させ、新たな文化として定着するという文化の持続的循環の重要性が記されている。これはかねてよりの私の主張に沿うものだ。ここに行政が文化に関わる意義があると思われる。

ビジョンの目標としては創造都市、文化の多様性が活力になる都市などが掲げられているが、行政にできることはハード・ソフトのインフラの整備くらいだ。あとは企業、大学、NPOなど民間セクターおよび市民個人がこの内容に触発され、様々な動きが起こってくればよい。

あと私は①平成21年度に向けた具体的施策と予算との連動、②行政の他部門がどれくらいビジョンを理解して連携してくれるか、③シティプロモーションへの活用の3点を指摘した。

なお、3月14日に文化振興ビジョンについてのシンポジウムが行われ、私がパネルディスカッションの進行を務めることになっている。

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登録日:2009年 02月 15日 23:48:16

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Ryuichi Himori
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団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事、(社)指定管理者協会理事長などいろいろ。公共経営・行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
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