小泉神話の集合的無意識第3弾
ユングによると、集合的無意識が意識化されることはない。それはせいぜい民族の神話やおとぎ話の中に表現されているという(だから小泉神話なのね)。
しかし、投票やアンケートなど大部分の人がただ直感で○をつけているだけの行為には集合的無意識が現われるかも知れない。もちろん理由を言葉として意識して投票する人もいるのだろうが、ほとんどは「えいやっ」の世界だ。
「えいやっ」で自民党を勝たせた無意識とはどのような意識だろうか。
本論の後半で解明を試みるが、まずは選挙の実態第3弾である。
2005年9月12日
「私は選挙にしろ中心市街地にしろ、人々個人個人が現場でどのように考えどう行動したか、を丹念に集めて並べた上で俯瞰して見ないと、本当のところはわからない、と思っています。だから自分自身の見聞きしたことを事例として大切にしています。ある種の参与観察ですね。
さて、選挙の第3弾は例の刺客選挙区です。郵政民営化に反対した現職Ki候補は無所属で立候補し、刺客Ka候補を送られました。地元ではKi候補はS自動車の全面支援を受けており安泰だといわれていました。
事実、S社のワンマン会長は激を飛ばし、いつもの企業ぐるみ選挙が行われました。企業ぐるみ選挙とは、社員の選対への出向、下請け企業・取引先企業の後援会活動参加、それらの人々による投票依頼の活動(DM配布や電話など)などです。S社は締め付けが厳しく、どの会社で名簿を何人集めたとか、何件電話したとかポスティングで何件回った、というのがチェックされます。
ところがご承知のようにKi候補は落選してしまいました。売上1兆5千億、従業員13、670人の地元企業が応援したのに、です。
ところで、S会長はとなりの選挙区では民主党の現職を応援し、ここでも企業ぐるみ選挙が行われました。しかしここも落選してしまいました。もはやこの地域で企業が誰かを当選させる、ということは難しくなっている、というのが実感です。選挙事務所では、あの会社がバックについている、とかあの団体はこんどはあっちについたらしい、というような会話が盛んに交わされていますが、そんなことが当落にほとんど関係しない時代になりつつある、ということです。
S会長はこの選挙区で民主党候補を応援し、となりの選挙区で前自民党候補を応援し、いったい政権交代したいのかしたくないのか、どこの政策に賛成なのかさっぱりわかりません。選挙が地元有力者の「道楽」であった時代に生きているようです。これにこりて「道楽」は卒業するのではないかと言われています。
今回の選挙の評価はいろいろあると思いますが、少なくとも、選挙に関係する組織の思惑を凌駕する票が動いた(特に自民党候補者に)ということは評価できるのではないでしょうか。(自民候補にとっては「ほめごろし」のようなものですね。)」
このように組織を凌駕する票を動かす集合的無意識はどのように形成されたのだろうか。恐らくは、長年いじめられてきた(と思っている)源泉徴収される給与所得者の納税者意識がそのひとつだろう。既得権者はうまく立ち回った。弱者は声高に権利を主張した。しかし物言わぬ納税者の心のうちには集団的無意識が形成された、というのが筆者の仮説だ。
・・・・・・
・・・・・・
このような意識が本当に存在するかどうかを実験する方法がひとつある。それは、例えば民主党が次の参院選挙で、政・官・財・官公労農協医師会その他既得権団体の利害を全て否定する、小泉改革よりも更に過激な改革を打ち出してみるのだ。
本日11月29日の日経から拾い出すだけでも、「税の補足率是正・納税者番号導入」「年金の官民格差是正」「道路財源の一般財源化」「公開での国の事業仕分け」など既得権者の抵抗が強いものがある。それをすぐやると主張する。
このような主張に小沢党首ではシンボルとして不適当なので、いかにもしがらみのなさそうな清新でコミュニケーション能力の高い人物に代えて強いメッセージを送る。小泉を真似して自民党を丸ごと守旧派として攻撃する。たぶん成功するはずだ。
しかしこの実験は民主党にはできないだろう。支持者という物言う既得権者から離れる勇気はありそうもないので。
しかし格差社会の到来・中流の没落が言われている現在、このままでは非常にまずいことになる気がするのは筆者だけだろうか。何しろ1930年代、国家社会主義ドイツ労働者党の最大の支持者は、民主的なワイマール共和国に絶望した中流階級だったのだから。
集合的無意識は次はどこへ向かうのだろうか・・・・
カテゴリー[ 政治について ], コメント[6], トラックバック[0]
登録日:2006年 11月 29日 14:25:56
コメント
少し、国政から離れた議論をさせて頂きたいと存じます。
今回の地方統一選などを考えると、国政と違い、地方選挙では、二つの問題があると思われます。投票率と当選得票数です。まず、投票率に関しては、地域によって異なりますが、私の住んでいる地域の議会議員選挙の投票率は、約20%です。そして、最低当選得票数は3,000ぐらい必要になると思われます。
これらをかんがみると、浮動票が多いので、桧森さんのご指摘の「集合的無意識」によって、地方政治は充分に変わる可能性を秘めています。しかし、依然として、いわゆる団体代表、あるいは、団体の支持を取り付けるならば、基礎的自治体などの議会議員選挙では、当選はほぼ間違いないでしょう。約7割から8割の有権者は、選挙に行かないのですから…。少なくとも、私の地元では、上述のような実態があります。これが、国政や首長選になると話が変わるというのも現実です。
地方議会がいかに地域を変えることができるかが問われます。要は、「集合的無意識」といえども、影響力のないところには、投票しないのはいうまでもありません。影響力がなければ、「集合的無意識」そのものが「眠れる?獅子」であり、「無関心層」であることも否定できません。
地方議会の選良の方々が議員立法をはじめ、すぐれた影響力があるところを、有権者にみせなければ、地方議会議員選挙はますますしらけたものになるのではないでしょうか。
今後の地方議会議員の活動に期待するとともに、エールを送り、地方から国政を変える力が育つことを期待します。地方議会も、「民主主義の学校」の一つであることは、疑いのないところです。ぜひ、優秀で意欲がある地方の議会議員の誕生を願ってやみません。それとともに、地域住民が能力のある人材を選ぶことも重要です。議員だけが悪いのではなく、それを選んでいる住民にも責任があることを認識すべきです。このことは、地方議員の選出だけでなく、国会議員のそれにもいえることです。自分の票に責任があることを自覚する。当たり前のことですが、この当たり前のことを、小泉旋風は教えてくれたのかもしれないと思う最近です。
yoshi @ 2006年 11月 30日 06:18:27
yoshiさん、いいご指摘ありがとうございます。
私は「集合的無意識」は信用していません。なにしろいじめられて形成されたものだから。
投票は無意識ではなく、考え抜いて意識して行なう政治の意思決定への参加のはずです。少なくともyoshiさんの区の20%は選択の良し悪しは別として参加しています。残りの80%の人も、地域に関心を持ち、様々な社会活動に参加し、その一環として投票もするようになるといいと思います。既存の団体だけでなくNPOや様々な団体ができて人々が参加し、そこで考えたことを元に意識して投票すれば、地域は変わります。
おっしゃるように地方議会は民主主義の学校です。まず地方議会から無意識でなく意識された投票で埋め尽くし、その上で国政も意識された投票(つまり人々が何らかの形で政治的意思決定プロセスに参加している延長線上の投票)になれば、国家社会主義ドイツ労働者党のこともあまり心配しなくてよくなると思います。
そのためには地方議会の機能も変わらなければなりませんが、そのことはローカルマニュフェスト大会に参加したレポートのエントリーとして後ほど書きます。
himori @ 2006年 11月 30日 09:19:12
桧森さんの第3弾に共感。集合的無意識の例え話を読んで、「見えざる手」「天網恢恢疎にして漏らさず」という言葉を思い出した。前者は古典経済学者が、後者は中国の古典が出典なのだが、共通項は「神の手」「神の声」、言い換えれば「神=大衆の欲望、意見、感覚」が長い眼で見て世論の潮流となり、歴史をも動かすということではないか。政治の世界でも同様だろう。
特に最近は大衆がほぼリアルタイムに情報を共有し、意見を交換することが可能になった。少し前までは世論の潮流が力を持つまでに10~100年単位の時間が必要だったが、これからは最長で数年だろう。
少し前までの世論アンケートは莫大な時間と経費が必要とされ、サンプル数に制約があったが、今やごく短時間で1桁2桁上回る世論が集まり、集計される。素早く世論が把握される一方、この結果にも世論はまた左右される。しかし有史以来、大衆は馬鹿では終らない。絶大な権力や金の力をもってしても、大衆をリードし続けることは不可能なのだ。先のアメリカ上下院選挙結果を見ても明らかだし、不要だと感じている市民のもとでは、国県市が100億円を超える負担をしても中心市街地は活性化できない。
macchan @ 2006年 11月 30日 14:27:52
macchanさん、コメントありがとうございます。
確かにITの時代に世論の形成も早くなっているかも知れませんね。またその形もかなりはっきり把握できます。それを無視する感度の悪い政治家は手痛いしっぺ返しを食らうと思いますが、筆者の在住する市の市長はだいじょうぶかな?
おっしゃるように、市民が誰も必要だと思っていない中心市街地活性化に100億は金をドブに捨てることになるのは明らかでしょうし、必要性を市民に啓蒙できるという考えは傲慢ですね。世論が集合的無意識から出来ているとすれば、それを誘導できるなどと思わないほうがいいと思います。
himori @ 2006年 12月 01日 08:33:39
集合的無意識層が、なぜ国政選挙で投票するのに、地方選挙ではなかなか投票しないのか?…
一言で言うと、何も期待していないからではないのか?…
議会を変えます!政治を変えます!といっても、そもそも最初から期待していない以上、「だから何?」で終わってしまう…
議会そのものより、当該議員のありようを、もっと知らしめることがポイントなのかもしれません。立ち位置というか、生き様というか…
しかし、それは集合的無意識層を意識したものであってはダメでしょう。最初から見抜かれます。意味がないと…
とどのつまり、どうすれば当選できるか?ではなく、今何をしたいのか?をはっきりさせ、それをやっていれば結果が出て、その結果次第で悪い結果であっても、本人として納得が出来るかなと考える今日、このごろ…。
選挙って、
①過去の実績
②将来のビジョンを示すことが出来るか?
の2つだと思いますけど、どちらかというと、②を重視した議員があまりいないような気がしますね。
半田 @ 2006年 12月 04日 10:00:22
半田さん
集合的無意識が地方選挙に投票に行かないのは、マスメディアに報道されないからだと思います。スキャンダルで辞任した後の知事選は報道されるために投票率が上がりますが県議選や市議選は報道されないので劇場型にもならず、興味がわかないのです。
議員個人のありようをしらしめることも重要ですが、選挙そのものがもっとイベントとして面白くならないものでしょうか。ローカルマニュフェストは面白くするひとつのツールだと思いますが。
himori @ 2006年 12月 05日 23:56:24
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- 団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
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