都会になりたければ

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今日の夜の仕事は、ジャズピアニスト国府弘子さんの楽屋に行って挨拶するだけなので楽勝である。あとはコンサートを楽しめばよいだけ。たまにはこんな役得もなければやっていられない。

会場は、弊社が本社所在地のある市の中心市街地で今年立て替えた小売店舗の中にあるホール。120席ほどのこじんまりしたホールだが、おしゃれな内装で音響がよく、客席とステージが近くてジャズのソロピアノにはぴったりである。弊社の最高のピアノが最高の状態で用意されている。

客はピアノを習っている小学生から、着飾ったカップルや中年夫婦、マニアックなジャズファンの老人までバラエティに富んでいて、音楽好きの多い土地柄ならではである。
最初の曲は、このピアノに恋をした、という国府さんが、ピアノの鳴りをあたかもパイプオルガンのように使って弾いたアメイジンググレイス。あとは会場からリクエストを募って赤とんぼ、トルコ行進曲、イマジン、テイクファイブをその場の即興アレンジで弾くなど相変わらず達者なエンターテナー振りで、久しぶりにライブコンサートの楽しさを堪能した。

さて問題はここからだ。
コンサートが終わり、その余韻に浸るために一人で静かに2~3杯軽く飲んで帰ろうと思ったのだが、そんな店がないのだ。
最初に行ったプロントは9時15分なのに閉店。次に行った駅の中の東京グリル(ビアホール)もオーダーストップ。駅の近くの今風立ち飲み屋もなぜか臨時休業。12月15日の金曜日の夜にみんな商売する気はないのか。

やっているのはチェーンの居酒屋に地元の小料理屋。みんなグループで行くことを想定している店ばかりだ。ワインバーなどもあるのだが、どこも集団客ばかりでうるさく、一人あるいは少人数で静かに飲む雰囲気ではない。

もしこの町が都会になりたいのなら、巨大クリスマスツリーなど立てていないで、「個」の居場所を作るべきである。「個」がお互いに少し意識しながら居心地よく過ごせる場所。一人でだまっていてもいいし、お互い話してもいい。沈黙しながらも場を共有している雰囲気。もしかしたらまた会うかもしれないし、もしかしたら二度と会うことがないかも知れない人々。
集団主義は田舎の特徴だ。田舎の人は群れたがる。都会とは、一人になれるところである。
・・・・・・・・・・

それが自由というものだ。それがないから若い人が東京に行ってしまう。中心市街地の本当の問題がそこにある。以前のエントリーで「みなさんなぜ東京に行くの?」と問いかけたが、原因はおそらくこれだろう。

カテゴリー[ 今日のお仕事 ], コメント[5], トラックバック[0]
登録日:2006年 12月 15日 22:31:27

コメント

 団塊世代が定年退職後に生まれ育った郷里に戻ることを期待して、各地の自治体がさまざまな優遇策を模索している。何度も指摘しているが、団塊世代とはオヤジばかりではない。オヤジの田舎回帰につきあわされる妻や子どもたちは、“NO”といっている…らしい。

 何が問題か? まさしく、田舎の集団主義であり、何ごとも右へならえの事大主義である。“変わり者”が住みにくい、“ひとり者”がぶりょうをかこつ場所もない。宮台真司ふうにいえば、田子作は群れたがる、となる。

 とはいえ、ネットの掲示板に匿名の書き込みをして盛り上がる若き2チャンネラーたちも、五十歩百歩か…。

なび @ 2006年 12月 16日 19:02:29

「集団主義は田舎の特徴だ。田舎の人は群れたがる。都会とは、一人になれるところである」というお言葉に同感です。私は、東京に住んでいますが、まさしく、その通りだと思います。
ただし、心配なのは、最近の東京の治安です。つまり、都会の安全・安心です。これまでは、東京で一人で歩いていても、不安に思うことは、あまりなかったように感じます(私が危険だったのかも…)。しかし、ここ数年で、様相が変わってきたような気がします。
「ヤバイ」と感じるような危険なところに行かないというのも、自己責任です。安全な場所、危険な場所など、どこにいるのかを選ぶ選択権も、都会にはあるのかもしれません。
極論では、どのようなことをするにも、自らの責任を自覚し、行動することができる。そのための選択肢が多様であるのが、都会なのかもしれません。田舎では、選択肢があまりにも少ないように感じます(かつて田舎にいた経験から)。
今回も、示唆に富むお言葉、有難うございました。

yoshi @ 2006年 12月 17日 05:48:23

なびさん、yoshiさん
いま、地域コミュニティの再生が盛んに言われていますが、それは旧来の集団主義の復活ではないはずです。田舎の寄り合いで、男たちが酒盛りをしている横で女たちがかいがいしく働いているようなのを復活してもしょうがありません。個が自立していて、しかもお互いに対等の立場で協力しあうようなコミュニティを創っていかないとyoshiさんの心配される治安も回復しないかもしれませんね。
2チャンネルは最近高齢化しているようですが、人格の一部がばらばらに付和雷同しているだけで、毒にも薬にもならないと思います。

himori @ 2006年 12月 18日 22:52:50

大都会は生活パターンの選択肢がかなり多いというのは、延べ27年間の在住経験者として実感があります。しかし一生活者としての行動には時間的金銭的に限りがあり、大都会どころか現在住んでいる地方都市でさえ経験できるのはごく一部である、というのも正直な実感です。

昔と違って自らの意思と行動力がしっかりしていれば、生活拠点としてどちらを選ぶかの自由度が高くなっています。どちらに生活拠点を置いても、その拠点に欠けている思われる要素を求めて、全国どころか世界中自由に往き来ができるのも素晴らしいと思います。

しかし、いいとこどりでいつもふらふらしていては、最も年月がかかる生活拠点地域でのある程度濃い人間関係作りは、どちらに拠点を置いたとしても難しいのではないでしょうか。

人類は何十万年も家族や親戚とコミュニティーに囲まれて、役割分担しながら助け合って生きてきました。孤独を楽しむ個人主義文化はまだ日が浅く、満足感を増すための試行錯誤は当分続くと覚悟しておいたほうがいいのではないかと思います。

macchan @ 2006年 12月 20日 20:27:48

macchanさん
コミュニティの助け合いと個人主義のほどよいバランスというのはないもんでしょうか。イギリスでは、隣近所の適度なお付き合いやおせっかい、コミュニティでの役割分担などがありながら、同時に個を尊重する風土もありました。コミュニティの役割分担も積極的な自主性、自発性が大切にされていたような気がします。

himori @ 2006年 12月 20日 22:45:06

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プロフィール
Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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