指定管理者制度の理論
以前ここで紹介した指定管理者制度の本の原稿も少しづつ進んでいるがなかなか完成しない。その言い訳は、書いている途中で日々新たな知見に接するからだ。
例えば、いま指定管理者制度の理論のところを書いている。
「 指定管理者制度は市場を唯一絶対の資源配分システムと考える新古典派経済学の考え方に基づいていると一般には思われているようだが、必ずしもそうではない。既に述べてきたように、指定管理者制度の背景にはニューパブリックマネージメント(NPM)の概念がある。そしてNPMの名付け親であるイギリスの行政学者クリストファー・フッドは、NPMのもととなるアイディアは、プリンシパル・エージェンシー理論などを含む制度派経済学と、マネジリアリズム(1980年代半ば以降の、情報化などを活用した企業の経営革新の動き)の「結婚」である、と言っている。」
という出だしで制度派経済学の理論とそのひとつプリンシパル・エージェンシー理論を簡単に解説し、指定管理者制度の実例を理論的に解明する、というように進んでいる。
ところが先日の審議会のあと同じ委員のTK大K助教授にこの話をしたら、指定管理者制度には取引コスト理論も大いに関係があるのではないかと指摘された。まったくそのとおりで、長くなるから触れずに済まそうと思ったがやはりそうはいかない。指定管理者制度のもとで各アクターは自分の取引コストの最小化を目指す。その結果どうなるかは書かないわけにはいかない。
さて、最近ある市の複合文化施設の指定管理者制度導入のアドバイザーをすることになり、昨日その下打ち合わせが行なわれた。業務水準書を策定するために、詳細な業務項目と、それにかかっている時間数を調査するという。業務量を把握したいからとのことだ。
ちょっと待った!
業務にかかる時間数が重要なのではない。その業務の目的と達成水準が重要なのだ。
例えば、閉館時に各部屋の点検施錠業務を行い、それに30分かかっているとしよう。でも点検施錠業務の目的は何だろう?各部屋を点検し、ごみがあれば拾い、忘れ物があれば回収し、乱れた机や椅子があればもとに戻し、電源を落として施錠する。つまり朝の開場時の状態に復帰させて施錠することが目的ではないのか?そうだとしたらその目的を達成すればよいのであって、30分という時間は問題ではない。目的が達成されれば時間は効率化できればすればよいのだ。方法は指定管理者の創意工夫にまかせる。だから点検施錠業務に30分かけなさい、という決め方は間違いなのだ。
実際に30分働いたかどうかチェックするには大変なコスト=モニタリングコストがかかる。事実上不可能だ。しかし目的を達成しているかどうかは、ときどき朝抜き打ちチェックをすればすぐできる。
これが「限定合理性」の基で「機会主義」を排し取引コストを最小化する「取引コスト理論的解決法」というものだ。
この市では、指定管理者が業務を適切に遂行しているかどうかをチェックするために、職員を常駐させる必要があるのではないか、という議論があるという。これでは何のために指定管理者にしたのかわからない。コストもかかるし、1~2人いたからといって常に見張っているわけにいかないのだから、チェックもしきれない。
そこで、指定管理者が自らPDCAサイクル(プラン・ドゥ・チェック・アクション)を回し、常に改善する、というセルフモニタリングをやらせる。そのために、まずいところをチェックしてけしからん、というのではなく、まずいところを自ら発見し改善したらほめる、というインセンティブを設計する必要がある。そして、指定管理者がセルフモニタリングでPDCAを回しているかをチェックするのが発注者の役割だ。
これが少ないコストで「モラルハザード」を防ぐ「プリンシパル・エージェンシー理論的解決法」というものだ。
このように、指定管理者制度というのは効用最大化を目指して限定合理的に行動する人間の「合理性」を設計することであって、決して「市場の見えざる手」にまかせっきりにするのでもなければ、規則でがんじがらめにするのでもない、ということは認識する必要がある。というのが筆者の考える指定管理者制度の理論だ。誰も言っていないことを書くのは大変だ。
カテゴリー[ 指定管理者制度 ], コメント[4], トラックバック[0]
登録日:2007年 01月 18日 14:06:59
コメント
興味ある内容です。御本の完成を楽しみにしています。
こうした指定管理者制度もそろそろ第二段階に移るとされます。
私は、市場化テストをはじめ、NPMの導入を、日本に導入することには反対しません。ただし、政治学では、指定管理者制度は、その導入をどの施設にするかよりも、誰が導入を決めるかが重要であるように思います。民主主義の実践に指定管理者制度を組み込むこともよいのではないでしょうか。
さらなる理論の精緻化をよろしくお願いします。
yoshi @ 2007年 01月 22日 00:01:07
Yoshiさん、制度派経済学は、人間はすべからく限定合理性の基で機会主義的行動を取るものであり、その結果よる資源配分の非効率を避けるために、いかにそのような行動を抑制する制度をつくるか、という議論です。早い話ガバナンスの問題ですね。だから民主主義の実践と整合的だと思います。ちょうどいまその部分を書き上げたところ。
himori @ 2007年 01月 23日 13:05:17
事象を理論付ける作業はたいへんですね、がんばってください。
でも、私見ですが、今全国で行われている指定管理者の導入は、
費用が安いか高いかの単純な入札ですから・・難しい理論なんてかけらもありません。
実際私の財団も職員20人いましたが、職員3人アルバイト40人の民間企業に
経費で負けて解散そして全員解雇になりまいた。指定管理者制度の中で生き残るには職員のリストラができるかできないかというのが結論のようです。
通りすがり @ 2007年 01月 26日 21:10:06
通りすがりさん、コメントありがとうございます。通りすがりなどとおしゃらずにこれからもいらしてください。
さて、事象の理論的解明はこれからの予測やよりよい制度設計に役に立つのでやっています。例えば、プリンシパル・エージェンシー理論にはアドバース・セレクション(逆選択)という理屈があります。委託費を安く設定しすぎると、能力のある企業・団体はこないで不良企業・団体ばかり集まる、ということです。能力のあるところは他にも仕事があるし魅力を感じない。残るのはろくに積算能力もないところ、ということです。これが実際に起こったのが愛知県の某市のホールで、それまで小屋付け業者だった企業が指定管理者になったが、利用料金を使い込み、清掃や警備業者への支払いもできず、公共料金も未納だったことが発覚して指定を辞退した。その会社は破産手続きに入ってしまった、という事例です。もっと高いお金を出していいところにやってもらえばよかったのに。
それから、指定管理者をきっかけに、今までお荷物になっていた外郭団体を整理しよう、という動きは全国の自治体にあります。その動きにいち早く対応して自己改革し、民間にたいする競争力を身につけて生き残った財団もあります。自治体としてはそれはそれで歓迎すべきことです。しかし、天下り自治体OBの理事連中に、そこまでの経営力のある人が何人いるでしょうか。今後も外郭団体の淘汰はどんどん進むと思います。それを危惧する市民・納税者からの声もほとんど上がってこないでしょう。あとは、退職労働者の権利をどのように確保するかですが、これもせめて民間のリストラ以下にならないように、ということだと思います。
himori @ 2007年 01月 27日 00:06:33
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