都市の風格

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筆者はいまだに、地方都市において中心市街地活性化になぜ税金を投入しなければならないのか理解できない。

コンパクトシティの考え方には賛成だが、それと商業施設やオフィスの集積を進めることとはなんの関係もない。そもそもほんとうに集積が進むのなら、地価が上がって住めなくなるではないか。

首長や行政の担当者の話をよくよく聞いて見ると、どうも本音は「格好つけたい」ということのようだ。筆者の住む市は4月1日から政令指定都市になるが、人口80万人の町としては中心にろくなオフィスビルもなく、老舗のデパートも倒産したまま空き家になっていて、人もあまり集まってこないのが都会っぽくなくて格好悪いらしい。

高層オフィスビルやデパートがぎっしり建っている姿を想像しているようだが、それは極めて発展途上国的な貧しい発想だ。

市の中心市街地活性化計画には「誰もが市をイメージできる”都市の顔”として、魅力的な都心の存在は欠かせないものである」と書いてある(やっぱり格好つけか)。

もし本当に都市としての風格を整えたいのなら、中心市街地にビルや商業施設などではなく、大型の都市公園をつくるべきだろう。ニューヨークのセントラルパーク、ロンドンのハイドパークやセントジェームスパークなどのように。

中心市街地の真ん中にある広大な、よく手入れされた公園は豊かさの象徴だ。それは単に経済的な豊かさだけでなく、人間としての生活の豊かさ、文化の豊かさを表していて、まさに”都市の顔”にふさわしい施設ではないだろうか。

写真は静岡市の駿府城公園だ。広い公園の周りはお堀で、その外側を県庁などのオフィスが取り巻いている。筆者の住む町とほぼ同じ規模の政令指定都市なのだが、こちらの方が「老舗の風格」を感じるのは、この公園のような中心市街地のゆとりによるところが大きいように思われる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・

それにしても、行政の格好付けとは対極にあるのが、わが町に本社のある大企業の体質だ。連結売上高2兆8千億円を誇る自動車会社の本社は郊外にある工場の敷地に立つ5階建ての建物だ。
筆者の勤務する企業も社長がいるのは3階建ての建物の3階だ。ブランドが世界的に通っているために、弊社を訪れる外国人はそのあまりの粗末さに驚く。

このような企業にいくら行政が駅前に高層ビルを建てて本社を移ってください、といっても無理な話しだ。永遠にありえない。
そのような体質がわが町の性格を決めていると思うが、それがなにか?

カテゴリー[ 都市政策 ], コメント[9], トラックバック[0]
登録日:2007年 03月 15日 23:56:39

コメント

中心市街地のありようについては、桧森さんの持論にまったく異議なし!

中心市街地、多くは鉄道が開通したときの駅を中心に出来上がったのではないか。
東京や大阪などの大都会は鉄道駅がたくさんあるので、副都心というかたちで複数の中心市街地ができた。

しかし、行政が多額の資金を投入して誘導しないとできない中心市街地ってなんか変だ。市場を中心に賑わいの広場が自然発生的にできた人類数千年の文化歴史に対する冒涜だ。役人の思い上がり?権限と金をもたせると、凡人は自分のモニュメントを公費で作りたがるのではないだろうか。

わが町は、静岡と違って郊外に商業施設が拡散できる土地がたくさんあった。1日遊べる郊外型ショッピングモールがいくつもある。駐車場は無料。高級ブティックこそないが、ほとんどの商品はそこで間に合う。車社会なので高級衣料も必要ない。
大半の市民はこれでよしとしているのだから、強制徴収された税金で勝手なものをつくらないでほしいなあ。

macchan @ 2007年 03月 16日 21:50:37

ご無沙汰しております。

そもそも税金主導で、こんなまちにしていこう!という発想が、個人的には受け入れ難いですね。
税の機能は何なのか?そこを真剣に考える政治家って、あまりいないような気がし始めています。

handa @ 2007年 03月 17日 20:38:17

中心市街地の公園が都市の風格をつくる。
いいですねぇ♪

たしかに、静岡は歩いたり、自転車でのんびり走ったりするのに
ステキなまちですね。

4月から、公園管理事務所に異動になります。

驚いたことに、わがまちの公園管理事務所には、「企画」機能が
皆無のようで、このままだと、公園管理事務所丸ごと指定管理者
にできるんじゃないの?という気がしています。

小さな公園を指定管理者にするより、スケールメリットもあるん
じゃないかなぁ・・。

もちろん、僭越な公務員としては、部署に企画機能がなくったって、
何かが起きるような気がしてますが(^^;)

いえいえ、起こすんじゃないですよ。
起きるような予感が・・。

フラニー@僭越な公務員 @ 2007年 03月 19日 20:58:36

税金の機能はシビルミニマムと防災、安全、どうしても必要なインフラの整備・維持。ほかに何があるんでしょうね。(立法と司法も社会のインフラとして共通費ですが。)そう考えると、投資的経費が多いのがいいことだという価値観も疑問ですね。

himori @ 2007年 03月 19日 23:25:32

僭越な公務員のフラニーさん。あなたが行くところ何かが起こってしまいますね。もうどんどん起きてください。
いずれにしろ、どうしても都市の風格をかもし出すインフラを整備したいのなら、それは都市公園でしょう。ただし、ヨーロッパの都市を見ると、その町の経済的な絶頂期に整備しています。わが町ではそれはいつなんでしょうか。

himori @ 2007年 03月 19日 23:34:34

初めて書きます。中心市街地の活性化に関する考え方、私も桧森さんに同感です。むしろこのまちで重要視しなければならないのは、まちづくりの方向性をきちんと市民に示すことです。まず都市のめざすべき理念、構築する都市の構造や機能を簡単な図版で示すこと、これが行政のやるべき仕事です。
都市計画と商業政策が一体化していませんね。多分、永遠につくっては壊すということをやり続けていくんではないでしょうか?それが浜松文化なのかも知れませんね(苦笑)。フローばかりでは、風格などできるはずがありません、ストックが大切です。ものづくりは、つくっては壊す、つくっては壊すの繰り返しですが、社会資本整備を同じ遺伝子でやられては、税金を支払う市民としてはたまりませんね。
もうひとつ、中心街のありかたですが。
どうも、いつのまにか我々は都心に行けば行くほど高密度な建築群がひしめき合いスカイクレイパー(摩天楼)のような市街地が構成されることを、当然のように考えてきました(20世紀型経済学的発想)。
中世の時代以降、まちの中心には城、教会、市庁舎などが塔の形として存在していました。それがそこに住む市民の誇りでもあり、目印でもありました。しかし、そこには人々が集い、交流・交易するために広場が必ず存在していました。パークの語源は、城壁に囲まれたなかの駐屯地(外敵に備えて外部から招聘した兵士の滞在場所)と言われている。しかし、都市の形態は、きわめて小さなもので、今日のそれと比較するには無理がありますが、今日のような時代にあっては、都心にはあらゆる意味で空地(くうち)が存在することが極めて重要です。高度利用と空地の存在が都市の魅力をかたちづくってきました。
今日、ヨーロッパの小さな都市でも森や公園が存在し、そこではコンサートが開かれたりしています。これこそ世界標準の都市ではないかと思うのだが・・・・。
駅前のコンクリートの広場でコンサートを開催することは、本当の文化都市ではないはず。駅前広場は、人の動線を処理する広場であって、気のきいた木陰でもあったほうが市の第一印象を高めるはずです。
都心に大きな樹木(森のイメージ)と水辺を備えた空地(オープンスペース)があり、そこで様々なイベントが開催されるといった都市のありようこそ、これからの理想です。そうした場所は、永遠の開発予備地として担保しておけばいいし、使い方は市民が決めればいいことです。
20世紀までの、いわゆる近代都市計画の考え方は、すでに方向を変えていかなければならなくなっている。新川だって蓋をはずして水辺をオープンにしていくことを考えなければいけません。
安全・安心な都市はあたりまえで、きれいで立派な都市でも、「風格」のないまちは魅力がないことに、市民が気がつくべきです。

うなさか @ 2007年 03月 26日 02:50:31

うなさかさん
「安全・安心な都市はあたりまえで、きれいで立派な都市でも、「風格」のないまちは魅力がないことに、市民が気がつくべきです。」というのはまったく賛成です。
都市の風格は、中心にある誰でも利用できる緑の公園と、そこで行なわれる市民の様々な営みがかもし出すと思います。コンサートやジョギング、犬の散歩に大道芸。ハイドパークにあるスピーカーズコーナーなどはまさに都市の奥深い風格を表しています。

himori @ 2007年 03月 27日 00:10:18

戦争がもたらす都市破壊の例として、沖縄の市街地での公園・緑地の少なさに、かつて当地に暮らしたものとして心が痛む。沖縄戦では、一木一草ある限り闘いぬくという戦陣訓のおかげで、島のかたちが変わるほどに、樹木が根こそぎ焼き払われた。日本本土も米軍に占領された時代があるが、何といっても年数が違う。敗戦から27年間の沖縄での米軍統治時代は、軍隊にとって都合のよい市街地の設計となってしまった。

問題は日本復帰後も残った。返還された軍用地は、地主の複雑な利権がからみ、パッチワークのように細切れになり、跡地利用がうまくいかないらしい。那覇市の中心市街地にあるおもろ街がその典型例で、大型スーパーやファミリーレストラン、オフィスビルなどの商業施設や学校・寺社・マンションなどの住民居住地域が混在し、予め計画された公園や緑地が極端に少なく、まさに発展途上国型の市場価値優先の乱開発との批判もでている。この軍用地を米軍から返還させるために投入された税金は、もちろん日本国民の財布から出ている。

本土の観光客がつけ馬のごとく“癒し”を求めて南の島にやってくるのは道理だが、島に住む人々に、亜熱帯の強い日差しを避けて憩う“県民のオアシス”ともいうべき場所がないのは、何とも皮肉ではないか。

なび @ 2007年 04月 03日 22:13:33

なびさん、沖縄の都市の現状はおっしゃるとおりですね。わずかに首里城の周辺が整備されていますが。抜本的な都市計画が必要だと思います。沖縄振興には莫大な予算が投入されていますが、わけのわからないハコモノに化けているようです。

himori @ 2007年 04月 08日 12:52:08

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プロフィール
Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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