社葬~日本企業の伝統文化

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今日は弊社の元社長の葬儀の手伝いに駆り出された。
社葬ではないが、弊社とその後副会長を勤めたダイエーグループが総出で手伝っている。

21世紀になって日本企業の風土もずいぶん変わったが、このような葬儀では伝統文化が現れる。受付、誘導などそれぞれの係りにわかれ、厳粛にセレモニーが進行する。今日ばかりはOBの大先輩方もうやうやしく迎えられる。セレモニーをつつがなく進行させることに生きがいを感じている社員もいる。弊社をやめたのが27年前、その次のダイエーも今ではまったく違う会社になってしまったが、日本企業の伝統では、過去の経営者を忘れ去ることはないのだ。

元社長はビジネスマンとして数奇な運命をたどった。弊社の社長を3年勤めたが、オーナー的権力を振るった実力会長に解任された。会長の息子を社長にするため追い出されたと言われた。その後中内功オーナーに請われてダイエーに入り、子会社の再建などに辣腕を振るい、副会長まで勤めたが、最後は息子に後を継がせたい中内功に疎まれた。二人のオーナー経営者に抜擢され、捨てられた稀有な体験をした人だ。なお、弊社の社長だった時期に実兄がホンダ社長を勤めていた。

筆者の思い出と言えば、29歳のときに社長面談があり、何かのはずみでサラリーマン論になった。筆者が「どんなに会社に尽くしても、会社がそれに報いてくれることはない。会社に対してあれもしてくれない、これもしてくれないと不平不満を言っても、会社とはそういうものだ。会社に期待せず、ただひたすら仕事をするだけだ」と言ったら、「君の言うとおりだな」と遠い目をしたのを思い出す。その直後に解任されてしまったので、何か感じるものがあったのだろう。

日本企業史の一こま。昭和も遠くなりにけり、である。

カテゴリー[ 企業のこと ], コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2007年 04月 09日 23:26:43

コメント

上司に抜擢され、捨てられるという指摘は面白い。
社長抜擢はもちろん、部長や課長の登用にもあてはまると思う。
登用のパターンはいくつかに分けられるのではないか?

①上司が、自分の能力に欠けていると自覚している部分を補う意味で登用する

②上司が、自分にそっくりな能力の持ち主を後継者として登用する

③上司が、抜群の能力の持ち主と査定して周りも同意して登用する

どれも登用の理由として、合点がいく。特に組織として仕事をする場合には①がリーズナブルだろう。

しかし、悲劇が起こる場合に共通しているのは、登用した部下の能力に嫉妬した場合だ。息子にいずれ跡継ぎさせる前提の登用は、息子の地位や将来を危うくさせるということで、余計に「捨てられる」可能性が強いのではないか?

嫉妬は人間につきものとはいえ、社会性をもった企業内で人事に持ち込まれるのは、どうかなと考える。金銭の横領は明らかに罪になるが、人的な資源の横領?は闇に葬られる。

macchan @ 2007年 04月 11日 19:51:43

組織社会においては人はすべから”捨てられる”存在である、というのが故河島社長と私の共有した認識ではなかったかと今にして思っています。

himori @ 2007年 04月 17日 23:30:36

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Ryuichi Himori
(男)
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
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