高度経済成長を担ったのは誰か?

一昨日は元社長の本葬だった。

故人の実兄の元ホンダ社長やダイエー中内功未亡人、故人と同世代のスズキ自動車会長、ダイエー、ヤマハ、ヤマハ発動機の元・現経営者など人数は多くはないがゆかりの人々が集まって見送った。

77歳で亡くなった故人と同年輩の元役員諸氏を見ていて思ったのは、やはり日本の高度経済成長を担ったのは団塊の世代ではなくこの世代、60代後半から80歳くらいの人々だ、ということだ。

団塊の世代がこれらの会社に入社して海外に赴任したとき、現地には既に事務所があり、現地社員がいて、販売網もあった。しかし先輩方が昭和30年代前半に海外に行った時には何もなかった。当時駐在員を置いていたのは戦前から伝統のある銀行、商社、鉄鋼会社、船会社くらいで、メーカーは影も形もなかった。先輩方が海外に行き始めたのは、それまで商社に頼っていた海外販売を、自前の販売網に切り替え始めた時期だ。

お金をトランクに詰めて飛行機を降り、事務所を探し、電話を引き、事務員を雇い、販売先を開拓した、という話をよく聞かされたものだ。

上記の企業の製品は、今でこそ高品質の日本製品の代名詞だが、昭和30年代前半、 MADE IN JAPAN は「安かろう悪かろう」の代名詞だった。先輩方の努力で昭和30年代中ごろから昭和40年代前半にかけて、日本製品は大幅に販売を伸ばし、海外の市場に浸透していった。
団塊の世代が大学を卒業してこれらの企業に入社し始めた昭和45年(1970年)には、レールは既に引かれていた。団塊の世代は先輩方が引いたレールの上を走ってきたにすぎない。兵隊として走り回り、量は増やしたかもしれないが、高度経済成長の仕組みや構造を作り出したわけではない。だから担ったとは言えないのである。

グローバル化、金融ビッグバン、IT革命によって新たな市場を開拓しているのは、団塊の世代より下の世代だ。それでは団塊の世代はこのまま新たな市場を開拓せずに終わってしまうのだろうか。

葬式に集まった先輩諸氏の老後の様子を見ると、会社を去った後の人生は必ずしも満足のいくものではなかったのではないか、という気がする。年金も退職金も充分で金銭的にはゆとりがあるが、会社人間だった自分をもてあましている様子が垣間見える。

団塊の世代は、先輩方のような金銭的にゆとりある老後は期待できない。しかし、先輩方のような会社人間の抜け殻ではなく、自らの豊かで充実した第二の人生を紡ぎだす、という新規開拓に取り組むことができる。多様化した社会に初めて登場する熟年だからだ。それに、先輩方ほど会社人間に徹していたわけでもない。

これから初めて、人の引いたレールの上を走るのではなく、自らレールを引く、という大仕事が団塊の世代に待っていると思うのである。
・・・・・・・・

新しいレールを引く、という面では団塊世代の女性の方が先行しているかもしれないが、男のほうは別のレールを引かなくてはならないだろう(後をついてこられてはたまらない、と思っているだろうから)。

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登録日:2007年 04月 12日 00:09:28

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Ryuichi Himori
(男)
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
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