アーティストのお値段は市場で決まる?

毎年この時期になると送られてくる、ある大手のクラシック系音楽事務所の公演料一覧表(2008年度)を、しげしげと眺めている。

この公演料とは、コンサート主催者(公共ホール等)が公演を依頼する時の、1回公演の出演料だ。この時期に送られてくるのは、公共ホールの来年度予算策定のサイクルに合わせているためだ。つまり、公共ホールは次年度予算申請のために、今ごろから来年の自主事業の計画を考え始めるのである。

ちょっと中身を見てみよう。例えばピアニストの欄では・・・
A 女性  84万円
B 女性  31.5万円
C 女性  42万円
D 男性  84万円
E 男性 126万円
F 女性  63万円
G 女性  89.25万円
H 女性  42万円
I  女性 231万円
J 男性  73.5万円
K 女性  42万円
L 男性  73.5万円
それぞれのアーティストの欄には、この他に(指定調律経費別、一行2名)とか、(渡航を一部ご負担いただく場合がございます)などの条件が書いてある。中にはホールの客席数により金額が異なるアーティストもある。
また、「上記公演料のほかに、別途移動・宿泊のかかわる経費をご負担いただきます。」という注釈がついている。

多くのクラシック系音楽事務所の業態は、「アーティストの演奏事務代行」である。

芸能事務所やポピュラー系音楽事務所では、アーティストは事務所に「所属」して事務所から「派遣」される。出演料は事務所の「売上」となり、アーティストは「社員」として事務所から給料をもらう。よく吉本興業の芸人がネタにするシステムだ。

それに対して多くのクラシック音楽事務所では、アーティストは独立事業主であり、個々に事務所と契約を結ぶ。公演料はアーティストの売上であり、その中から演奏事務代行料を事務所に支払う。これが事務所の売上である。事務所はアーティストの代理として主催者と交渉し、条件を決め、契約を結ぶ。もちろんこれは概念であって、表面的には芸能事務所との違いはわかりにくい。

しかし、クラシック系アーティストの方が独立性が強いことは確かだ。芸能事務所にとってタレントは「商品」だが、クラシック系音楽事務所にとってはアーティストは「客」だ。よく主催者が音楽事務所に対して公演料を値切ることがあるが、それはアーティストに対して面と向かって値切っているのと同じだ。事務所は一定のパーセンテージで代行料をもらうだけだからだ。当然値切られたことはすぐアーティストに連絡が行くので、気をつけたほうがいい。また、アーティストは客商売なので、自分はにこにこしていて、いやなことは事務所に言わせる。何か注文をつけられたら、それは事務所が言っているのではなく、本人が言っていると思った方がいい。

さて、筆者に興味があるのは、この公演料の「差」はなぜ発生しているのか、ということだ。
なぜ、同じ年輩のAが84万円でEは42万円なのか。

端的に言えばそれは「市場」で決まっている。

この公演料を払う主催者は、コンサートを実施した場合に、いくらの入場料を設定できるか、そして何人の有料入場者数を見込めるかを考える。これは公共ホールであっても、公演にどこかの助成がついていても同じことだ。
入場料で全ての経費を賄うことはできないので、赤字になるが、赤字を税金や助成や協賛金で埋めるとしても、少ない方がいいのだから。

この公演料を払ってどれだけ赤字になるか。それを決めるのはチケット代を払ってきてくれる観客だ。客は正直だ。赤字を減らそうと高い入場料を設定すればこない。「Aさんならこの金額払っても聴きたいけど、Eさんはちょっと高いわね」となる。だから公演料はおのずと決まってくる。

それではこの公演料はアーティストの実力に見合っているのだろうか。客=市場はどの程度アーティストの実力を判断できるのだろうか。

筆者の仮説はこうだ。

人気(公演料のランク)=(アーティストの技量(芸術性を含む)+神話)×知名度

技量はアーティスト自身の問題だ。神話は○○コンクール優勝、という「権威」もあれば、フジコ・ヘミングのようにアーティスト自身の「物語」もある。知名度はマーケティングの問題だ。アーティストやマネージャー(音楽事務所)は、それぞれ自分が扱える変数を操作して、人気を最大化しようとする。

この変数を最大化するために、アーティストどうしには熾烈な競争がある。そして、回りが考えるよりもはるかに、アーティスト自身はこの競争の結果を知っている。84万円と42万円の差をアーティスト自身は(現段階では)納得している、ということだ。そして自分のできる努力でこの差をひっくり返そうとする。

しかし、この公演料一覧表に載っているアーティストは、膨大な数のプロのアーティスト志望者の中の、ほんの一握りの勝者だ。この大手音楽事務所にとって、このリストの最低価格以上の公演料が取れるアーティストでなければ、演奏事務代行を引き受けるメリットがないからだ。そしてこのリストに載っていないアーティストは、自分自身がなぜ載っていないのかを内心では良く知っている。技量も神話も足りないということが、本人はわかっている(取り巻きがわかっていないことが多い)。

アーティストの価値を市場で測ることができるのか?芸術を市場価値に還元できるのか?
いつの時代にも議論はある。絶対的な価値についてはわからないとこたえるしかない。しかし「多くの人が芸術だとみなすものが芸術だ」(ハンス・アビング著『金と芸術』)とするならば、それはある程度市場で測ることができるといえるだろう。

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登録日:2007年 05月 02日 10:55:56

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プロフィール
Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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