(仮称)城下町ホールのこと

今日、たまたま専門家と話していて、小田原市の(仮称)城下町ホールのことが話題になった。

彼いわく「選考委員の顔ぶれを見れば、ああいうプランが選ばれるのもわかるよね」

顔ぶれとは、

委員長     藤森照信(大学教授・建築家)
副委員長    市橋匠(小田原市助役)
委員       伊東豊雄(建築家)
          松村みち子(小田原市景観審議会委員)
          本杉省三(大学教授・劇場計画コンサルタント)
          坂本恵三(小田原市企画部長)

もちろん筆者は、建築家としての藤森氏、伊東氏はおおいに尊敬するし(特に、筆者の住む市にある藤森氏設計の秋野不矩美術館は好きな建築のひとつである)、本杉氏の実績にも敬意を払う。しかし、委員の中に、プロにしろアマチュアにしろ、リスクをとって公演を主催する人が誰も入っていないことが問題だ。

病院の建築コンペをするときに、審査員に医師が入っていない、ということがあり得るだろうか。おそらく現役の医師が入って自らが医療行為をするときの使い勝手の観点から審査するに違いない。

ならばなぜ、ホールの審査で、実際にそこを使って公演を主催(制作)する人が入っていないのだろうか。もし入っていれば、その人は実際に公演を行なう立場から審査するに違いない。公演の採算にとっても、ホールの使い勝手は死活問題だからだ。

そして結論としては、山本理顕氏のプランはおそらく選ばれなかっただろう。

審査委員の顔ぶれに問題があることは、以下の山本理顕氏のプランが選ばれた理由にも現れている。

◇選定理由(小田原市ホームページより)
○ホールが本来持っている晴れやかさ、非日常性を感じさせる魅力あふれる提案である。
○「小田原だからこそ、このメインホールを」という設計者の情熱が感じられる提案となっており、「都市の自由広場のようなホール」というコンセプトは、小田原のシンボルとして、今後の小田原市のまちづくりに大きな影響を与えると思われる。
○メインホールの使い方を設計者としてしっかりと捉え、具体的な使用イメージに基づく提案であり、ホール機能についての真摯な姿勢が感じられる。
○オープンロビーの機能、音響面、耐震性などが優れた提案であり、実績のある設計者による完成度の高い設計が期待できる。

一番の問題はこの3番目の理由だ。

ホールとは、そこに実演家が自分の世界を描く真ッサラなキャンパスだ。これは実演芸術家の共通認識だ。それなのに、「使い方を設計者としてしっかり捉え」「具体的な使用イメージ」に基づいて機能を提案していることが評価されている。実演家の「具体的な使用イメージ」は多様であり、それを実現できるのは、公演ごとに創られる舞台美術、大道具小道具、音響、照明である。建築家が提供する、建築に付随しているがゆえに限られた機能で実現できるものではない。「具体的な使用イメージ」は建築家の想像力をはるかに超えた多様性があるのだ。

これは、この城下町ホールについて発言している劇作家井上ひさし氏※はじめ多くの専門家が共通に指摘していることだ。ここがわからなっかったことが、審査委員の中に専門家がいなかったことを証明しているようだ。
・・・・・・・

※このブログを見た小田原市民の方から資料を送っていただいた。その中に、井上ひさし氏からの手紙があった。その一節「公演ごとに別宇宙を創造するという劇場の基本的性格から見て、これは「劇場」ではありません」とある。その通りだと思うしコンサートホールについても同じことが言える。

井上ひさし氏の手紙は次のような一文で結ばれていた。「世界のいい劇場はみんな、一見平凡な型をしています(そこに劇場の本質があります)。へんてこりんでいいのは演目(だしもの)だけです」

これが筆者の言いたかったことである。

カテゴリー[ 文化ホールについて ], コメント[5], トラックバック[0]
登録日:2007年 07月 05日 23:18:13

コメント

(仮称)城下町ホール整備事業について、たいへん的確なご指摘をありがたく存じます。小田原市民の一人として、この事業計画の当初から、精一杯の異議申立てをいたして参りましたが、如何にせん、首長も議員も公正な選挙で選ばれており、彼らの合法的「手続」にしたがって、「適正に」行政執行されて、藤森氏が言われるような「個人的で記念碑的な案」が出現してしまう、根源的には、地方自治組織の問題に行き当たってしまいます。
この事業に限りませんが、ハコモノと建築家の問題は、自治体組織(今回は小田原市と神奈川県)と建築家の双方の未成熟が、このような不幸を招いたように感じます。建築家、たとえアトリエ派であろうと、自治体の事業基本構想(素朴なもの?)に誠実に向き合う職能意識があれば、まともな「創造行為」は十分に可能なはずです。小田原のケースは、藤森、伊東、本杉の建築家3氏の、自治体の事業構想を無視した傲慢さが、200点を超えるエスキースコンペ案から山本案を選択するという無謀もたらしたものと考えます。
この無謀を強行する首長と議会を選んだ市民が、自らの町を壊していくことになるのでしょうか。建築家に、社会的職能としての責任を期待することは、無理なのでしょうか。小田原の悲劇は、これからもまだまださまざまな自治体で繰り返されていくのでしょうか。何ともやりきれない思いで、最終局面を迎えています。(突然に勝手な書き込みをさせていただきました)

松本茂 @ 2007年 07月 08日 20:03:10

私は、相手が誰であれ(行政・建築家・実演家)建築は4年運営は40年と言っております。運営の40年の意見や考え方を聞き入れない建築は??です。

神戸のM.S @ 2007年 07月 09日 15:53:44

>神戸のM.Sさん
4年と40年というのはおっしゃるとおりですね。そういう意味で建築家がすべてわかっている、ということはありえないのですが。

>松本茂さん
建築家には責任を負うための知識も知恵も不足していると思います。それを自覚して、M.Sさんのおっしゃるように謙虚に意見を聞いてくれればいいのですが、なかなかそうはならないようです。

himori @ 2007年 07月 13日 00:16:20

電気仕掛けのサーカス小屋造ろうとしておられるようですね
あれでもホールでしょうか?
曲線だらけお道具治せないし額縁たるプロセ二アムがないぞ
8時だよで有名だった小田原市民会館大事にしなさい
あほー目ラメ

舞台研究会より @ 2007年 12月 16日 10:02:03

舞台研究会よりさん、コメントありがとうございます。なるほど、電気仕掛けのサーカス小屋とは言いえて妙ですね。

himori @ 2007年 12月 17日 00:24:36

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Ryuichi Himori
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ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
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