自民党が負けた理由

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写真はニュルンベルグ裁判におけるアルベルト・シュペーア

参議院議員選挙で自民党が負けた理由はとても簡単だ。

第一に、公共事業を減らされた地方の建設業者など従来の支持者が離反した。
第二に、都市部の給与所得者が、改革が後退していると感じた。
どちらかの支持を得ていればこんなに負けることはなかったのだが、どちらからも支持を得られなければ歴史的敗北も当然である。

加えて、どちらの層からも不人気なのが、戦後体制からの脱却、憲法改正、「美しい国」など国家主義的言動である。「普通の国」ならまだしも「美しい国」は戦前の国家主義を連想させ、何じゃそれは、ということになる。

思うに、安部総理のおじいさんの影響がまずかったのだろう。

ドイツ第三帝国の軍需大臣アルベルト・シュペーア(1905~1981)はヒトラーに寵愛された建築家であり、ドイツの敗色が濃くなる中で毎年武器弾薬の生産量を増やした辣腕家だった。
シュペーアは敗戦後ニュルンベルグ裁判で禁固20年の刑を宣告された。シュペーアは判決を受け入れ、自らを反省する陳述をして従容として刑に服した。そして獄中で有名な手記「第三帝国の神殿にて」を著した。

ひるがえって、大日本帝国で同じ地位にあったのが、太平洋戦争開戦時東条英機内閣の商工大臣にして後の国務大臣軍需省次官、岸信介である。敗戦後岸はA級戦犯容疑で逮捕・収監されたが、極東軍事裁判で不起訴となり、1948年に釈放された。1952年には公職追放も解除された。
その後1957年に第56代内閣総理大臣になった。

これは例えて言えば、ナチスの軍需大臣シュペーアが戦後ドイツの首相になったのと同じことで、自国の戦争責任を追及したドイツではあり得ない事態である。しかもシュペーアは反省したが岸が戦争責任について反省した、という話は聞かない。それどころか戦後いち早く再軍備・自主憲法制定など国家主義的な主張をしていた。

元国連事務総長でオーストリアの元大統領ワルトハイムは、親衛隊の下級将校だった過去がばれて大統領を辞任した。下級将校でも糾弾されるのに、日本では戦争指導者の一人が戦後堂々と復活しているのはどういうことだろうか。

ドイツ第三帝国でも大日本帝国でも、軍需大臣の責任は変わらないと思うのだが。

この岸信介が安部総理のおじいさんである。安部総理がおじいさんの思想と決別しないかぎり、選挙で票の減少は続くだろう。


*国家主義
国家を最も尊重する主義。国家による命令や国家秩序、あるいは国家の軍事的栄光を維持することを至上のものとし、他のすべての価値をそれに従属するものと考える。(現代政治学小事典、阿部斎・内田満・高柳先男編、有斐閣)

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登録日:2007年 08月 09日 00:02:52

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Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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