それにしても罪作りな「オンリーワン」教育

今年1月~3月期の非正社員は1700万人を超え、雇用者全体の34%を占めるようになった。昨日の記事にも書いたように、このような構造変化に対応して生きていけるようなキャリア教育が必要だ。

そこで、まさかいまどき学校教育で「ナンバーワンよりオンリーワン」などと言っているところはないと思うが、もしあるとすればとんでもない罪作りである。

一人ひとりの個性を極める「オンリーワン」は別にいいのだが、その「オンリーワン」が市場社会で価値があるかどうか横並びで評価されるという現実を合わせて教えなければならない。

たとえ世界でひとつだけの花であっても、市場で高い値のつく花もあればほとんど省みられない雑草もあるのが世の中の厳しい現実だ。

それをきちんと教えた上で、市場価値がどうあろうと、社会の片隅でひっそりと地味に、しかしなくてはならない地の塩になろう、一隅を照らす世の光になろうと教えなければならない。

そうでないと、肥大した自意識と現実のギャップが62万人のニートを生んでいる社会を変えることができない。「オンリーワン」でなく「分相応」に地の塩としての価値があることをちゃんと教えよう。もちろん「分相応」がもっと報われる社会を作るのは大人の責任だが。

というようなことを某市教育委員会の講演で先生相手に話そうと思っているのだが、どうだろうか。

用語解説↓

*地の塩・世の光は聖書のマタイによる福音書に出てくる言葉。

カテゴリー[ キャリア教育・生涯教育 ], コメント[4], トラックバック[0]
登録日:2007年 08月 22日 00:01:52

コメント

「分相応」「時宜に応じる」などの古来からの言葉は、われわれの先祖から受け継いだ重要な教訓であると強く感じています。
「分相応」は、私も同感です。私は、さらに「時宜に応じる」という鎌倉時代から用いられている言葉(以前にも引用しました)も、これに通じるところがあると思います。いうまでもなく、ケース・バイ・ケースという意味です。両者を会社社会におくならば、平社員のときはその職分を行い、管理職に就けばその職分を行うということになります。そのとき、そのときの立場を理解し、その役割を果たす。これこそが、「分相応」であり、「時宜に応じる」ことになるわけです。「ニート」「フリーター」がそうでないとは言いません。バブル崩壊のあおりを受けたことも間違いないはずです。
しかし、私の知る学生のなかには、「分不相応」なことを平気で考え、もしかしたらフリーターの道を突き進みそうな学生もいます。そのとき、本人のことを本気で考えるならば、本人に妥協の道を示してやるのも、年長者のとるべき態度かもしれません。このときに、厄介なのが、「オンリーワン」です。自分にしかできないことを探したいとか、やりたいことがまだみつからないという声をよく耳にします。自分には、「オンリーワン」があるはずと自問自答しているようです。大学生活で進みたい道をみつけたいならば、バイトや遊びをいろいろ試してみるべきです。なかには、さまざまな職業をみることもなく、バイトで自信をつけてしまっている学生もいます。他の仕事でも自分はできると…。しかし、「分」というものはあります。居酒屋で活躍できたからといって、事務職や営業職で必ずしも同様な能力を発揮できるとは限りません。「オンリーワン」は、ときに能力の過信につながり、「分」を逸脱し、謙虚さを若者から失わせることもあるようです。
宗教的になってしまいますが、人はどこかで迷う生き物です。自分はこれでよかったのかと常に自問自答する生き物だと思います。もっとも、「只管打座」という言葉のように、「只管(ひたすら)」わが道を突き進める方もおられます。しかし、どこかでは、悩み、苦しむのではないでしょうか?本当に現在の自分の姿が「オンリーワン」だったのか、そのときの選択は正しかったのか?人間が死ぬときにはじめてわかる答えなのかもしれません。
たとえば、自分にとって何が「オンリーワン」かを若年で決めることなどむずかしいことです。その答えが正しかったと納得する方もいれば、そうでない方もいるはずです。そればっかりは他者にはわからないことです。
また、「オンリーワン」であることによって、不利益を被ることもあるでしょう。その覚悟があってこその「オンリーワン」のはずです。その点では、檜森さんのご見解は見事に的を射ているような気がします。個性を強調するのは悪くはないです。ただし、芸術家とかではない、通常の人がそれをタテに世人の道をはずれた生活をするならば、まともな生活はほぼできません。私のようなあまりとりえのない一般人の場合、個性は、通常の生活・仕事をしていても、自ずと出てくるもののように感じます。「分相応」に生活し、「時宜に応じて」暮らしていく。その結果が、「オンリーワン」になる可能性はゼロなのでしょうか。私はそうは思いません。先人のいう言葉とは奥が深いものだと、今回の檜森さんのブログでつくづく考えさせられました。
ありがとうございました。

yoshi @ 2007年 08月 22日 07:02:58

yoshiさん、長文のコメントありがとうございます。日々若い学生さんと接しているからこそのご意見で、私もほんとにそう思います。私も定年に近くなってやっと「これは自分にしかできない仕事かな」と思うようなのが出てきましたが、普通の人はほとんどそんなもんだと思います。「分相応」「時宜に応じる」という先人の知恵に対して、オンリーワンはじゃまもの以外の何者でもありませんね。

himori @ 2007年 08月 23日 23:32:19

今日は、ありがとうございました。
講演を聴かせていただいた伊豆市在住のものです。興味深いお話だったので、ブログが気になって、早速おじゃましました。
普段感じていたもやもやがすっきりしたような気がします。オンリーワン、個性という言葉が、曲がって解釈され、何でもどんな子でも認め褒めようとする雰囲気が出てきている教育界です。わがままも忍耐力のなさも個性の一言でまとめられてしまいこともありますが、違うんだと確信できました。それは、同じ個性でも桧森さんのおしゃられるところの市場価値のない個性。オンリーワンを言い訳や開き直りに使っていてはいけないんですよね。
私たち普通の人間は、まず価値ある分相応を目指してがんばっていきたいと思います。
今日は、いいお話をありがとうございました。お疲れさまでした。

Yuming @ 2007年 08月 24日 19:54:54

Yumingさん、私のつたない講演を聴いていただいてのコメントありがとうございます。私の話がどのように受け止められるか心配していましたが、教育の世界でも私と同じように感じている方がいるとわかり、少し安心しました。
我慢強さや忍耐力が将来個性を発揮する上で不可欠なのだとぜひ子供たちにわかってもらいたいと思っています。価値ある分相応を目指してがんばりましょう。

himori @ 2007年 08月 27日 00:29:12

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プロフィール
Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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