瀬島龍三氏の死とシベリアの闇

瀬島龍三氏が亡くなった。
1911年に生まれた氏は、帝国陸軍のエリートとして大本営参謀、関東軍参謀を歴任し、終戦時には関東軍を代表してソ連軍との停戦交渉にあたり、11年にわたってシベリアに抑留された。帰国後1958年に伊藤忠商事に入社して見る見る頭角を表し、副社長、会長を務めた。1981年から土光臨調の委員になり、国鉄、電電公社の民営化など行革に力を振るった。
気骨のある戦略家という評価の一方で、終戦時にソ連軍との交渉の際賠償のため日本兵を労働力として提供する密約を交わしたのではないか、といううわさがあった。
瀬島氏のことを考えると、筆者の父のことを書かないわけにはいかない。
1916年生まれの筆者の父は、東大を卒業後旧横浜正金銀行に入社したが、ほどなく応召され、終戦時は陸軍主計大尉として朝鮮北部にいてソ連軍の捕虜となった。シベリアに連れて行かれ、酷寒の中で過酷な労働を強いられた。多くの日本兵捕虜が斃れる中、奇跡的に生き延びて1948年に帰国した。
父はシベリア時代のことについて語ることはほとんどなかった。しかし一度だけ、当時の話しを聞いたことがある。
父は当時のインテリの常として、マルクスの著作を読んでいたらしい。もしかしたらマルクス主義にインテリらしいシンパシーを抱いていたのかもしれない。
シベリアの捕虜生活では、ソ連軍は捕虜のうち労働者、農民出身の兵卒の中から人民委員を選んだ。目的は捕虜の相互監視と、いずれ日本に帰したときに共産主義を広めることだったらしい。この人民委員たちはソ連軍におもねっていいところを見せるために、折に触れて「反動将校糾弾」と称して旧将校をつるし上げた。父も何回も糾弾の矢面にたった。マルクスを知っている父が、マルクスのマの字も知らない労働者農民出身の兵士から集会に引っ張り出され、反動分子だとののしられるのも皮肉な話だった。
帰国が決まり、シベリア鉄道でナホトカまで護送される間に、人民委員たちの糾弾はさらにエスカレートした。ソ連軍にいいところを見せ、自分たちだけでも帰国を確実なものにしたい、食料も多めに支給されたい、という思惑からだったのだろう。港で、まさに帰還船に乗り込む直前にも皆の前で糾弾された父は、取り残されることも覚悟したという。
しかし幸いにも父は船に乗り舞鶴の港にたどり着くことができた。
「その後、帰国した人民委員たちはどうなったの?共産主義の活動家になったの?」と質問した筆者に対して父は「そんなものになるものか。みんな田舎に帰って百姓に戻ったら、手のひらを返したように共産主義のきの字も言わなくなった」とはき捨てるように言った。
父はどんなに誘われても、決して戦友会やシベリア抑留者の会に行くことはなかった。
さて、そんな父からシベリアに関係の深い瀬島龍三氏の評価を詳しく聞いた記憶はない。しかし何かの拍子に「あのインチキ野郎」と漏らしたことはいまでも鮮明に耳に残っている。
そんな父も亡くなって今年で10年になる。
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登録日:2007年 09月 05日 23:29:18
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