キャリア教育に「自分探しの旅」はご法度
今日はこれから職業体験に行く144人の中学二年生に講話をした。筆者がなぜこのような話をしたかというと、ある県の「家庭で進めるキャリア教育~中学校生徒・保護者用」という資料を見たからである。そこにはこのような表現が踊っている。
「生きること、学ぶこと、働くことの大切さを学ぶのがキャリア教育です。自分探しの旅。「夢」や「生き方」「人生」「進路」について、ともに語り合いたい・・・・」
これは違うだろう、ということで次のような話をした。(少し長いが、パワーポイントのテキストより紹介する。)
テーマ:職業体験の前に考えて欲しいこと
1.人はなぜ働くのか?
「夢」「人生」「生き方」などいろいろ言われているが、本当は・・・・
「普通の生活」をするための費用を賄うため。
では、「普通の生活」をするためにはいくらかかるのだろうか?
その前に、「普通の生活」をするためには女子も働く必要がある。「専業主婦」は死語。
(普通の人の家計。父、母、小学生二人の四人家族、手取り月収35万円の家計支出モデルの紹介)
2.いくら稼げるのだろうか?
682という数字は何か?
この県の最低賃金(円/時給)
(任天堂のWIIを買うのに36時間半働かねばならない。)
1日約17時間×30日間働くと35万円
普通の生活をするためには、稼ぎが増えていかなければならない。
働きつづければ(修行を続ければ)、腕が上がって能率がよくなり、稼ぎが増える。でも・・・
この県の中卒の就職後3年の離職率は74.8%
3年でやめればまた682円からやり直し。
いくらからスタートするの?
中卒 約12万(最低賃金)
高卒 15.4万
大卒 19.6万
やめなければほとんどハンディはない。
中卒で「普通の生活」の事例
(学校の近くにある中華レストランのオーナーシェフの事例紹介。中卒で修行に入り、陳建民に師事。41歳で自分の店を持つ。今では市内に2店舗。中華一筋の人生)
3.職業とは何か?その本質は?
職業とは生計のために主にする仕事。
職業は、人を喜ばせ、楽しませ、人が求めること、人のためになることをすることで成り立つ。
自分が「好き」というだけでは職業にならない。
人を楽しませ、喜ばせればお金はあとからついてくる。だから職業になる。
趣味は自分のため。職業は人のため。
人に喜んでもらえたら、自分もうれしい。だからおもしろい。
(中学生が興味を持った職業について、趣味の考え方と職業の考え方の違いを紹介)
4.職業についてのもうひとつの視点=競争について
どれだけ上手に、たくさんの人を喜ばせたか、について競争がある。
たくさんの人を喜ばせた人にお金もたくさん=市場での価値。
「普通の生活」をするためでも、少しは競争しなければならない。
そのために、より人に喜ばれ楽しませるための努力、工夫が必要。
5.職業体験でつかんでほしいこと。質問して見よう。
1.誰を楽しませたり喜ばせたりしていますか?(お客は誰ですか?)
2.人を楽しませ、喜ばせるために、何をしていますか?どんな努力、工夫をしていますか?
3.誰と競争していますか?ライバルは誰ですか?どんな競争をしていますか?
4.体験先の人たちはどんなことの喜びを感じていますか?仕事をやっていて楽しいことは何ですか?
(途中略)
おわりに
「世界にひとつだけの花」は市場に持っていって売れる花と売れない花がある。
一人ひとり違いに人間として優劣はないが、市場での価値は平等ではないのが現実。
自分なりの個性、あるいは市場価値のある個性は長い時間かけてできる。中学生にまだ個性がないのは当たり前。(天才は別)
だから、まず「普通の生活」ができるようになることを目指す。個性はそのあと。
自分らしく生きるのは「普通の生活」ができるようになってから。まどわされずにがんばろう。
終わったあと先生からこんな感想があった。
「自分たちはつい建前で生徒たちの夢を目いっぱい膨らませるようなことを言っている。それと社会に出たときの現実とのギャップが挫折する子を産んでいるのかもしれない。もっと社会の厳しさを教えなければならないのだろうか」
私の答えは、
「そうですね。でもこれは別に厳しさではなく普通のことです。普通の事実を普通のこととして教えればいいのです」
カテゴリー[ キャリア教育・生涯教育 ], コメント[4], トラックバック[0]
登録日:2007年 09月 12日 20:37:02
コメント
興味深く読ませていただきました。
働くということ、社会の中で自分の生活を維持していくということを、飾らずありのままに伝えている、重みのある講和ですね。
個人的には、巷にあふれる「自分探し」という言葉に、しばらく前から疑問を抱いていました。「自分探し」という言葉には、どことなく「この世界のどこかにあるであろう完璧な自分を探す、発見する」というようなニュアンスが含まれている気がして、そこに違和感を覚えるからです。
私は、「自分」というものは探すものではなく、「こういう自分になりたい」と自ら考えて、自分自身の力で一つ一つ、その実現に向けて、積み重ねていくもの、創り上げていくものなのではないか、と思っています。
桧森さんの講和は、きっと、多感な中学二年生の生徒たちにとって刺激になっただけなく、子供たちを取り巻く大人たちに新たな視点を提示した、という意味で、とても有意義なものだったと思います。(なーんて、だいぶ年が下なのに、こんなコメントめいたこと書いてスミマセン。。)
ななみ @ 2007年 09月 15日 06:21:56
社会の厳しさを教え…
↑
そういうのは「教える」というより、「知らしめる」というものではないでしょうか。
現実への橋渡しをスムーズにするのが教師の最大の役目ではないのか、と以前から感じています。
handa @ 2007年 09月 17日 20:59:24
ななみさん、コメントありがとうございます。
自分探しについては私もまったく同意見です。中学生の感想はあとでもらうことになっていますが、あまり期待していません。先生方からは、いいお話で刺激になりました、という感想をいただいたのでよしとしています。
年齢など関係なくこれからもどんどんコメントをお願いします。
himori @ 2007年 09月 17日 23:27:03
handaさん、コメントありがとうございます。
私は先生の言う厳しさに違和感を覚えています。競争があったり、差をつけられたり、4人家族が35万円で食うために携帯が1台しか買えなかったり、というのは厳しいのではなく当たり前の、普通のことです。ことさら厳しいわけではないのに、先生方は子供のうちから厳しいことを言うのはかわいそうだと避けて通っているのです。そして「普通の生活」をできるかどうかは生徒自身の選択によります。それぞれの生徒がどのようなルートで「普通の生活」に到達するかをアドバイスするのも先生の役割だと思います。
himori @ 2007年 09月 17日 23:39:06
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