エットーレ・ソットサスの訃報

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筆者は1980年から1988年まで家具の商品企画を担当していたので、自社のデザイン研究所だけでなく多くのプロダクトデザイナーと一緒に仕事をした。ちょうどアーティストに対するプロデューサーのような立場である。

マーケットリサーチをして、商品コンセプトを考え、デザイナーを起用し、試作から生産までの開発を管理しながら、プロモーションを企画し、市場導入を行う、という仕事である。

この時期に、ポストモダンのデザインが生まれ、世界中に広まり、模倣が生まれ、消費されて終焉していくプロセスをリアルタイムで体験した。

ポストモダンはプロダクトデザイナーだけでなく、グラフィックデザイナーやアートディレクターにも多くの影響を与えたが、これも筆者の制作したカタログなどで実際に体験したことである。

思想と表現の両方においてポストモダンのデザインを誰が生み出したのかといえば、それは昨年末に90歳で亡くなったエットーレ・ソットサスその人を置いて他にない。中心になってメンフィスというグループを作り、自主制作で数多くのデザインを発表し衝撃を与えたのはよく知られている。

写真はソットサスがデザインしメンフィスで発表した「カールトン」(1981)

筆者の見たところ、ポストモダンは次のような経過をたどった。
1.運動に共鳴し、ソットサスと共にポストモダンの推進力になるデザイナーが登場。
(日本人では倉俣、磯崎、梅田の3氏)
2.ポストモダンの思想と表現を自らのものとして消化し、自分の作品に融合・反映する人たちが登場。
3.これらの人たちの作品の外面(色や模様)を模倣した商品が大量に登場。
4.流行となり、飽きられて終焉。

しかしながら、デザインがモノを包む外側の意匠ではなく、モノそのものを根底から表現するものであることを思い出させた功績、そして当時のデザイナーの内にあったモダニズムの制約を打ち破った功績は大きい。

その意味ではソットサスの思想は現在のデザイン界に連綿と流れていると思うのである。

カテゴリー[ アート&デザイン ], コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2008年 01月 09日 17:10:45

コメント

http://www.operacity.jp/ag/exh88/
オペラシティーで14日で終わりだけど北欧モダン展やてるよ。明日行こうかな。
2001年に芸大美術館で開催された「デザインの風展」で印象に残った「妙 キャビネット(1986年) 川上元美作」が出展されてたよ。この仕事もしたわけね。

BDPマスター @ 2008年 01月 12日 14:04:17

BDPマスターさん、デザイン展見たいです。ハンス・ウェグナーの椅子なんかなつかしいね。川上元美さんとはいろいろ仕事しました。それもひとつですよ。今自宅マンションでつかっているダイニングセットも川上さんのデザインです。実は試作品です。

himori @ 2008年 01月 12日 17:50:50

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Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
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