シューカツの真実 その3

画像

(絵は南蛮屏風に描かれた17世紀初頭のキャラック船)

このシリーズはオチが思い浮かばないのでだらだらと続くのである。

6.水夫のシューカツで考えねばならなかったこと

(1)able seaman への道

当時の水夫の雇用契約は航海ごとの契約と年季奉公があった。航海ごとでは乗り込むときに支度金をもらい、到着したら残額をもらって解雇、水夫は新たに乗り込む船をみつける、船も次の出港の時に新たに水夫を募集する、というもの。年季奉公は3年程度の契約で、ほとんど無給の奴隷状態もあれば、読み書きや航海術を教える(船長の知り合いから預かった少年など)という契約もあるなど様々だった。

いずれにしろ終身雇用などではなく、船を下りたらすぐ次の船を見つける必用があった。そのために経験を積んでable seaman(一等水夫=経験が長いだけでなく能力が高い者)として認められ、引く手あまたで給料も高い、という水夫にならねばならなかった。

水夫=会社員という職業を選んだ現代の見習い水夫は、会社が実は貿易船であるとなれば、一度入った船に過剰適応するのではなく、どこの船でも通用するable seamanを目指さねばならない。自分がable seamanに成長できる船はどこか、という観点から考える必用がある。able seamanになれば下士官である掌帆長、専門職の船匠など、あるいは士官である航海士になる道が開けるのである(でも船主にはなれない)。 

(2)どのように船を選んでいたか

昔の水夫は迷信深かったので、運のいい船、運の悪い船を気にした。帆船の運行は気象に影響され、人智には限界があったので無理もないが、実は経済を読むのも風を読むのと同じで人智に限界があるので、運がいい会社に越したことはない。それに、期待していなかった新商品が当ったなどの運の良さにも、何か理由が隠されているかもしれない。
そもそも企業戦略が当ったなどというのは学者や評論家の後付けの理屈であり、努力は必須だが成功は偶然の産物にすぎない。

次に船長の問題がある。船長にはただ残忍冷酷なだけの独裁者もいれば、水夫の健康にも気を配り、能力を最大限に発揮させることができる者もいた。航海術や交易に長けている者もいれば、家柄がいいだけの無能な者もいた。ひどい船長は港が近づくと何かと船員をいじめて船が着くと逃げ出すよう仕向ける者もいた。この場合船長は約束の給料の残りを払わずに済むのである。

現代の会社でも、たくさん雇って営業させ、客が一巡して売れなくなったらやめるように仕向ける会社もある。小売業では中年になると給料が上がらなくなり、辞めざるを得なくなる会社もある。

船の様子や雰囲気、水夫の様子や港の噂から乗るべき船を見極める必用がある。当然見掛け倒しのとんでもない船はたくさんあった。経験のない見習水夫には見極めるのは至難の技だったがそれは現代の会社選びも変らない。確かに東インド会社の船は比較的待遇がよく人気があったが、地味でも水夫の成長に役立つ船もあった。

また、貿易は人の裏をかく(誰もが同じ物を積んでくれば値が下がる)商売なので、人気のある行き先や積荷に惑わされてはならなかったのも、現代のシューカツと同じであった。

(続く)

カテゴリー[ キャリア教育・生涯教育 ], コメント[6], トラックバック[0]
登録日:2008年 02月 25日 18:22:23

コメント

初めてのコメント失礼します。

夏から徐々に始まる就職活動を控えている学生です。
就職活動が東インド会社や当時の水夫の状況と類似しているというのは面白いですね。とても参考になりました。僕も出来るだけ人気大手への就職などのシューカツの波にさらわれずに、きちんと自らが成長できるような企業を選びたいと思います。

Jack @ 2008年 02月 26日 05:35:42

「乗るべき船を見極める必用がある。当然見掛け倒しのとんでもない船はたくさんあった。経験のない見習水夫には見極めるのは至難の技だったがそれは現代の会社選びも変らない。」
 これは、見極めを誤ったとわかったら、早めに乗り換えたほうがいいという意味になるのでしょうか。
 実は真剣に読ませていただいております。

honey @ 2008年 02月 27日 01:44:00

どういう「オチ」で締めくくられるのか、楽しみですね。落語に造詣が深いHimorinですから、先にオチがあっての展開と思いますがーーーところで、昨晩友人の通夜があって献杯の席で何の拍子か、日本ではあまた商船学校があるのに、今や世界の船で活躍する日本人船長航海士は1000人に満たないというのです。最も歴史が長い人気のシュウカツ先だったのに、この体たらくとは!家族のありようが激変したこのところの時代の流れには合わなくなった、というのが無責任な会話の真面目なオチでした。Himorinのブログを真面目に?読んでいたので、お陰で会話に役立ちましたよ。

Macchan @ 2008年 02月 27日 14:10:46

jackさん、コメントありがとうございます。
シューカツはとてもエネルギーもかかりますし、一生懸命やらねばなりませんが、それが人生の全てを決めるわけではないし、大学時代にしかできないこともありますので、そのへんバランスをとって取り組むことが大切ですね。がんばってください。何か質問があればコメント欄でいつでもどうぞ。

himori @ 2008年 02月 28日 15:34:24

honeyさん、若い人の場合は石の上にも3年、ということばがありますように、単にがまんが足りないだけなのかどうか見極めるのに3年くらいはかかるでしょう。私は最初に入った会社に3年半で見切りをつけました。理由は将来的に給料水準が他社と比較して上がる見込みがなく、子育てには厳しいと思ったからです。honeyさんの場合は経験豊富なので見極めがついたら遠慮することはないでしょう。
ただし新しいところへ行くときには、前のところを否定せずに、あくまでも前向きな理由で、としたほうがいいでしょう。

himori @ 2008年 02月 28日 15:41:53

macchanさん、オチは少しづつ形になりつつありますのでいずれ披露します。当時のオランダやイギリスでも、船員はたいくつでまずしい日常から脱出しするほとんど唯一の手段で、広く世界に羽ばたいて一攫千金をねらう夢を持つことができました。
今は普通の人がいくらでも海外に行ける時代ですから、長期間家族と別れて厳しい自然と対峙する仕事が不人気になるのも無理がないと思います。

himori @ 2008年 02月 28日 15:48:29

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プロフィール
Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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