文化政策の問題

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金曜日は愛知県の大学をとんぼ返りして北千住の東京藝大キャンパスへ。

文化政策学会のプログラム委員会に出席。来年1月の学会に向けた準備である。
テーマを決めるにあたって筆者が提起したのが、文化政策のほとんどは芸術・文化を手段かしているのではないか、そしてそのような政策(芸術・文化を手段とする政策)にそもそも実現手段は適切なのか、ということだ。

私たちは芸術・文化の公共性を主張するあまり、そして資金を呼び込むために経済効果を主張するあまり、芸術・文化のための政策を見失っているのではないだろうか。
私たちは、芸術・文化の効用を一生懸命説いてきた。そして芸術家に対しては、たとえば「もっと地域社会と関わる」ことを要請してきた。

いまや「アウトリーチ」などが花盛りである。しかし、いささか薬が効きすぎたのではないか。
創造都市もいい、芸術家と子供の出会いもいい、アーツ・イン・コミュニティももちろんいい。
ジャパンクールで国威発揚も結構だ。
しかし芸術それ自体のための政策とは何だろうか?

話してみるとほとんどのメンバーが問題意識を共有していたのには、やはり、という感じだ。

カテゴリー[ 文化政策 ], コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2009年 05月 17日 17:40:30

コメント

文化、芸術、そして政策…

常識的には文化(culture)とは
人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果。衣食住をはじめ技術・学問・芸術・道徳・宗教・政治など生活形成の様式と内容とを含む。文明とほぼ同義に用いられることが多いが、西洋では人間の精神的生活にかかわるものを文化と呼び、技術的発展のニュアンスが強い文明と区別するといったところでしょう実に広範囲に及びます。

常識的には芸術(art) とは
一定の材料・技術・様式を駆使して、美的価値を創造・表現しようとする人間の活動およびその所産。造形芸術(彫刻・絵画・建築など)・表情芸術(舞踊・演劇など)・音響芸術(音楽)・言語芸術(詩・小説・戯曲など)、また時間芸術と空間芸術など、視点に応じて種々に分類されるといったところでしょう、価値ある芸術とは…。

文化も芸術も価値は政策によって決められる筈も無く、恣意的に価値付けられてもやがて色褪せるようですし…、政策を意図しなくても文化も芸術も存在してきましたし…

nebu @ 2009年 05月 19日 00:58:51

nebuさん、コメントありがとうございます。この問題は、1960年代にアメリカの経済学者ボウモルとボウエンがアメリカの芸術団体の財政を実証的に研究して「芸術団体は必然的に所得不足に陥る」ということを証明しました。

このことが芸術についての政策(アメリカなら主として民間、ヨーロッパや日本なら主として政府)のひとつの根拠になっています。

文化政策学会の議論はそのような理論と経緯を踏まえたものです。ご興味があれば、Baumol・Bowen著「舞台芸術・芸術と経済のジレンマ」芸団協出版部1994年をお読みください。お勧めです。

himori @ 2009年 05月 26日 12:26:54

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プロフィール
Ryuichi Himori
(男)
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団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事、(社)指定管理者協会理事長などいろいろ。公共経営・行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
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