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シューカツの真実 その3

(絵は南蛮屏風に描かれた17世紀初頭のキャラック船)
このシリーズはオチが思い浮かばないのでだらだらと続くのである。
6.水夫のシューカツで考えねばならなかったこと
(1)able seaman への道
当時の水夫の雇用契約は航海ごとの契約と年季奉公があった。航海ごとでは乗り込むときに支度金をもらい、到着したら残額をもらって解雇、水夫は新たに乗り込む船をみつける、船も次の出港の時に新たに水夫を募集する、というもの。年季奉公は3年程度の契約で、ほとんど無給の奴隷状態もあれば、読み書きや航海術を教える(船長の知り合いから預かった少年など)という契約もあるなど様々だった。
いずれにしろ終身雇用などではなく、船を下りたらすぐ次の船を見つける必用があった。そのために経験を積んでable seaman(一等水夫=経験が長いだけでなく能力が高い者)として認められ、引く手あまたで給料も高い、という水夫にならねばならなかった。
水夫=会社員という職業を選んだ現代の見習い水夫は、会社が実は貿易船であるとなれば、一度入った船に過剰適応するのではなく、どこの船でも通用するable seamanを目指さねばならない。自分がable seamanに成長できる船はどこか、という観点から考える必用がある。able seamanになれば下士官である掌帆長、専門職の船匠など、あるいは士官である航海士になる道が開けるのである(でも船主にはなれない)。
(2)どのように船を選んでいたか
昔の水夫は迷信深かったので、運のいい船、運の悪い船を気にした。帆船の運行は気象に影響され、人智には限界があったので無理もないが、実は経済を読むのも風を読むのと同じで人智に限界があるので、運がいい会社に越したことはない。それに、期待していなかった新商品が当ったなどの運の良さにも、何か理由が隠されているかもしれない。
そもそも企業戦略が当ったなどというのは学者や評論家の後付けの理屈であり、努力は必須だが成功は偶然の産物にすぎない。
次に船長の問題がある。船長にはただ残忍冷酷なだけの独裁者もいれば、水夫の健康にも気を配り、能力を最大限に発揮させることができる者もいた。航海術や交易に長けている者もいれば、家柄がいいだけの無能な者もいた。ひどい船長は港が近づくと何かと船員をいじめて船が着くと逃げ出すよう仕向ける者もいた。この場合船長は約束の給料の残りを払わずに済むのである。
現代の会社でも、たくさん雇って営業させ、客が一巡して売れなくなったらやめるように仕向ける会社もある。小売業では中年になると給料が上がらなくなり、辞めざるを得なくなる会社もある。
船の様子や雰囲気、水夫の様子や港の噂から乗るべき船を見極める必用がある。当然見掛け倒しのとんでもない船はたくさんあった。経験のない見習水夫には見極めるのは至難の技だったがそれは現代の会社選びも変らない。確かに東インド会社の船は比較的待遇がよく人気があったが、地味でも水夫の成長に役立つ船もあった。
また、貿易は人の裏をかく(誰もが同じ物を積んでくれば値が下がる)商売なので、人気のある行き先や積荷に惑わされてはならなかったのも、現代のシューカツと同じであった。
(続く)
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登録日:2008年 02月 25日 18:22:23
シューカツの真実 その2

5.船主=株主と船長=社長の関係
東インド会社は船主である株主によって成り立っている会社だ。もちろん会社の共通の事務をとる書記が少数雇われているし、個々の船主の家令や秘書も会社の仕事をしている。しかし、世界の情勢や商品の市況を読みながら、どの船長にどの船を任せ、どのような交易品を積み込んでどこへ向かわせるかを考える、つまり戦略を考えるのは船主たちの仕事だ。経験豊かな船長といえども、命じられたところへ行き、命じられた交易を行うだけだった。
現代の企業ではそれらの船主=株主の仕事はかなりの部分船長=社長(規模が大きければ、船団の長が社長で個々の船長は事業部長かもしれない)に任されているように見える。それでも会社は株主のものである。船長=社長の判断の正しさは株主に評価され、その評価は株式市場で表明される。結果が悪ければ解任されるのは当時の船長も現代の社長も変わりはない。
会社の本質は資本を出し合って事業(交易のための航海)を行い、資本を増やすことである。船(設備)と船長(社長)と水夫(社員)はそのための手段である。なお、16世紀には船主兼船長(船長が船の所有者)が多かったのだが、このようないわばオーナー企業は17世紀には激減した。交易が一攫千金の冒険ではなくなり、大きな資本を必要とする事業になったためである。これも現代の企業と似ている点である。
なお、当時は雇われて定期的に給料をもらおうと思っても、書記や秘書には教育のある少数のエリート(中流階級だが今よりはるかに人数が少ない)しかなれなかった。庶民は水夫くらいしか給料のいい仕事はなかった。水夫の給料は農場の労働者のおおよそ3倍だった。
エリートならざる現代の見習い水夫は、このような会社の本質をまず理解しなければならない。そして水夫には船主とは異なる水夫の道があるのである。
(続く)
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登録日:2008年 02月 23日 23:56:12
シューカツの真実 その1

(17世紀の海上交易の主力、オランダのガレオン船)
今の季節、シューカツが花盛りだ。大学生の就職活動をシューカツと表現するのは大学生当人及び父兄、大学の就職サポート部門、企業の人事部採用担当、そしてリクルートなど採用関連業者だ。それ以外の世の中とはまったく関係ないところで、あーでもない、こうでもないとぐるぐる回っているのがこの世界だ。
つまり、シューカツが世の中に影響を及ぼしているのではなく、世の中の変化がシューカツに影響を及ぼしているのだということを当事者は忘れがちになる。
企業の中で最も評価されていない部門のひとつが人事採用部門だ。彼らが採用し、送り込んでくる人材に対して「何でこんなに使えない奴を採ったんだ!」という非難が他部門から浴びせられる。
もちろんそれは人事採用部門の責任ばかりではない。しかし上記シューカツ関係者が企業の本質及びその変化を理解せず、間違った人材を養成しそれを採用している、という感は否めない(一方で人事採用部門以外の企業側が今の若い人のことを充分理解していない、というのも事実だが)。
シューカツの真実を理解するために、そもそも就職とは何か、という議論から始めよう。
1.就職とは何か
そもそも現在の日本では就職=会社への就社と理解されている。つまり学校を卒業して給与所得者という職業に就くことを意味している。職業には自営業者もあれば農業も漁業もある。専門職やフリー(個人事業者)としてやれる仕事もある。にも関わらず就職は数ある様々な職業に就くことではなく、会社などの組織に入って給与所得者になること、端的に言えば大学を出てサラリーマンになることを指している場合が多い。そのための活動がシューカツと呼ばれている。
現代ではこのこと自体を考え直さねばならない状況だが、もしこのように就職を考えるならば、シューカツの真実を知るためにはそもそも会社とは何か考えねばならない。
2.会社とは何か
世界初の株式会社は1602年に設立されたオランダ東インド会社である。その前から、会社の原型は貿易船の仕組みに見ることができる。つまり、今に至る会社の原点は、徒弟制度の手工業ではなく所有と経営が分離してリスクを分散する17世紀の貿易船であった。
当時、西洋と東洋の貿易は成功すれば莫大な利益を上げた。安く買った西洋の産品を船に積んで喜望峰を回り、インドやジャワ、日本で当地の産品(金、銀を含む)と交換し、無事にヨーロッパに持ち帰ることができれば大儲けが約束されていた。しかし航海には難破や海賊などのリスクがつきまとった。ハイリスクハイリターンの危険な事業だった。
そこで、複数の金持ちが金を出し合って船を作り、有能な船長を雇って貿易船を仕立てた。一人が船主になるのではなく、大勢が金を出し合う。一方一人の金持ちは複数の船に金を出すことによって、ひとつが沈没しても他が無事に帰ってくれば儲かる、という形でリスクを分散した。船主は自分たちで交易品を積み込むだけでなく、荷主を募って交易品を載せた。これを有能な船長の才覚に託した。才覚とは嵐や海賊の危険を乗り越えて戻ってくる才覚と、預かった交易品を当地で高く売り、当地の価値ある産品を仕入れてくる才覚である。
おわかりのように、元手を出して船を仕立てる船主や交易品を仮託する荷主が現代の会社の株主であり、雇われた有能な船長が現代の経営者だ。もちろん、船長の中には、「海賊に襲われて積荷を奪われた」などと嘘を言って積荷を横流しする輩もいる。このようなモラルハザードが起こらないように誠実な船長を雇うのも船主の力量であり、なおかつそのような気を船長に起こさせないような手厚いインセンティブやばれたら縛り首の罰則が用意されていた。
以上が現代に至る会社というものの本質である。
3.貿易船のシューカツ
さて、船を託された船長は、まず有能な乗組員を集めなければならない。経験豊富な水夫をたくさん雇う事ができれば航海の安全度は高まる。しかし船主から見れば貿易による利益から船長や水夫の給料、食料や船の備品、修繕費などの経費を引いたものが純利益であるから、水夫の人数や給料などは少ない方がいい。
そこで、操船や戦闘などを担うベテラン水夫の他に、コック見習いや火薬の運搬など熟練を必要としない仕事のために11歳~12歳くらいの見習い水夫をたくさん雇った。これなら給料はただも同然だった。
当時の階級社会において、まったく財産を持たない食い詰め者が見習い水夫になり、遭難や戦闘で命を落とさずに掌帆長(水夫の頭)にでもなって小金をためて陸に上がれば、街道沿いのパブを買って飲み屋の親父に納まることができた。これは当時現金収入の道がほとんど無かった庶民にとって望外の出世だった。貿易船の儲けは水夫にも行き渡ったのだ。
従って見習い水夫の希望者は多かった。なんとかコネを頼って採用されようとしたり、今のシューカツと変わらない。船長も見習いとはいえ無能な者を乗り組ませると航海の安全にも関わるので慎重に選んだ。
とはいえ見習い水夫は貿易船のヒエラルキーの最下層であり、消耗品とみなされた。その中から這い上がって一人前の水夫になる者もわずかながらいた。そのような成長は船長にとってはラッキーなことであった。
現代のシューカツもたかだか見習い水夫に採用されるための活動である。それ以外に小作農や羊飼いなど他の職業に就く途もあることは当時も変わらない。
ところで貿易船の船長にはどうしたらなれたかといえば、どこかで読み書き算数を身に着ける機会が必要だった。当時の六分儀を使った天測航法には、数学の知識は不可欠だった。もちろん積荷の売買や契約は読み書きができなければどうしようもない。
圧倒的に文盲が多かった当時、読み書きができる人間は今の大卒よりはるかに少なかった。このような人は見習い水夫から出発しても出世は早く、経験を積めば掌帆長より上の職位である航海士になることができ、更に運と才覚があれば船長になった。
今で言えば幹部候補のエリート採用というところだろうか。読み書きは船に乗ってから覚えることもあったし、家に多少の経済的ゆとりがあれば、乗り込む前に近所の寺子屋(教会の塾)で教えられることもあった。
4.大学の矛盾(蛇足ながら、現代の)
それでは当時の大学とはどういうものだったかといえば、今まで述べてきた船主から見習い水夫に至る階層とはまったく関係がなかった。
大学とは、働かなくても済むだけの財産を持った家の子弟で学問が好きな人たちが通う別天地だった。貿易船の船主ですら働いているという意味では彼ら学生より下の階層だった。ましてや船長や見習い水夫の養成など想像の外だった。
学生も教員も世俗のことにはあくせくせず、純粋に学問に没頭できる人々の集まりが当時の大学だった。
この時代の大学のアカデミズムの伝統の痕跡を今に残しているにも関わらず、見習い水夫を養成して現代の貿易船である会社に送り込まねばならない、というのが現代の矛盾した大学の姿(日本だけではないが)である。つまりシューカツは本来の大学とは無縁のものだったのだ。それでもシューカツをやらねばならないとするならば、大学は過去のアカデミズムの伝統ときっぱり決別しなければならないのだろうか?
(続く)
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登録日:2008年 02月 22日 00:53:07
本日の講評
先日は慶応大学SFCで大学生の発表の講評をしたが、今日は中学2年生の発表の講評である。
ここの中学生はキャリア教育の一環として、ユニバーサルデザインの勉強をして職業体験の中でもユニバーサルデザインのテーマを考えてきた。筆者が職業講話とマーケティングについて講義を行った学校だ。
11月からは生活用品、文具、施設・サービスというテーマに別れて少人数でグループを組み、「こんなものがあったらいいな」という商品コンセプトを考え、アンケート調査などリサーチを行い、その結果を具体的な商品イメージにしてプレゼンテーションする、という一連のプロセスをこなしてきた。
今日は6グループが全員の前で発表し、筆者が講評したあと各テーマごとに別れて全グループがポスターセッションのような発表を行った。
写真は生活用品の1グループで発表は「らくPAKKUN」。これは牛乳などの紙パックの口を簡単できれいにあける道具を考えたものだ。自分たちのアイディアをパネルにして持って行き、ショッピングセンターで主婦25人にアンケートを行った。
結果は自分たちが考えた仮説の通り、紙パックに対する主婦の最大の不満はあけにくい、ということだったが、自分たちの考えた商品を買うかどうか、ということになると、紙パックをあける頻度はそんなに多くないので買わない、という意見も多かった、というようなことをグラフを使って率直に説明していた。
今回の発表では後輩の1年生も参加していたが、このグループには1年生から「紙パックの大きさは様々ななのにひとつの道具で大丈夫なのか」という質問がでた。それに対して「大きさが違ってもあけぐちの大きさは同じなので大丈夫」と堂々と答えていた。
この生徒たちは、特別できがいいわけではないごく普通の子どもたちだ。それがこのようなあらかじめ答えが用意されていない問題に取り組み、自分たちの力で様々なことを発見するという経験は、将来必ず役に立つことだろう。
中学生のキャリア教育は、単に職業体験をしたりキャリアデザインを考えさせたりすることではなく、答えのない問題に取り組む方法を教え、実践させることなのだというかねてからの筆者の主張は正しいのではないか、と意を強くした本日の発表だった。
浜名中学校の皆さん、ありがとう。
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登録日:2008年 02月 07日 23:15:49
がんばれ!中学生職場体験

ここはある楽器メーカーの子会社で、ギターを作っている。普及品はほとんど海外の工場で生産しており、ここで作られているのは手作りの高級品である。ほとんどの工程が手仕事で、一品一品丁寧に作られている。社員は皆さんギターが大好きな人たちらしい。
さて、中学生は最初に会議室で工場全体の説明を聞き、それから工場見学。それが終わると数種類の作業を実際に体験する。写真は最初の作業、ギターのネックのマスキング。
塗装前のネックの、塗料がかかってはいけない部分にマスキングテープを貼る作業だ。社員のお兄さんは、ネックの両側0.5mmを残して手際よく貼っていく。溝の部分もカッターで押さえて隙間なく貼り、またたくまに出来上がり。手品のような早業だが、テープにたるみも気泡もなく、見事なできばえだ。
さあ、やってごらん、の声に中学生が恐る恐る挑戦。最初はこわごわでカッターでテープを切るのもおぼつかない。社員がテープの持ち方やカッターの刃の向きなどコツを伝授する。2本、3本とこなすうちに、だんだん上手になっていく。これなら中学生の貼ったネックをそのまま塗装に回しても大丈夫そうだ。
一心不乱に作業に取り組む中学生の真剣な顔。お母さんも先生も、こんな顔見たことないかも知れないね。
中学生の職場体験受け入れにはかなり手間がかかるはずだが、この会社では、中学生が目を輝かせて自分たちの仕事に感心したり質問したりするので、日ごろ地味な作業を黙々とこなしている社員のモチベーションが上がるのでかえってありがたい、とのことだ。
将来直接この仕事に就かなくても、中学生にとって貴重な体験になればと思う。
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登録日:2007年 10月 03日 22:35:46
中学生の感想
昨日も前回と同じ中学校にこんどはマーケティングの話をしに行った。
その際、前回の講話の感想文集をいただいた。
中学生144人分の、一人約200~400字の感想文は、先生がまったく手を入れていない生のものなので、読んでいておもしろい。
「仕事するには1番学歴が大事だと思っていましたが、本当は続けることが大事とわかって、少しびっくりしたけど確かになー、と思いました」
「人が働くのはお金持ちになるためと思っていましたが、普通の生活をするためと知り、すごいと思いました。やっぱり仕事をしないでぐーたらしていると普通の生活もできなくなるので、仕事は大切だなと思いました」
「残念なことに中卒で働く人の離職率がとても高かったので、自分はもっと真剣に考えて選ばなければと感じました」
「自分の好きという気持ちだけでは仕事に成り立たない、”人が喜べば自分もうれしい”ということも大切だと学びました。まさにその通りだと思います。仕事というのはとても厳しいと思います。競争があったり、努力、工夫をしなければいけないなど。私も少し考えてみたいと思いました」
そのほかにも多様な感想があり、中には「後半は寝ていたのでよくわかりませんでした」というのもあったが、総じて働く目的は普通の生活を送るため、ということは伝わったようだ。
また最低賃金682円、月の生活費35万円という話はかなりインパクトがあったようで、少し薬が効きすぎたか、と思わないでもない。いずれにしろ、中学生の率直な感想はとても参考になる。
こんな感想を抱いて来月は職業体験に行くことになっているが、ぜひがんばってもらいたいものだ。
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登録日:2007年 09月 28日 02:00:54
キャリア教育に「自分探しの旅」はご法度
今日はこれから職業体験に行く144人の中学二年生に講話をした。筆者がなぜこのような話をしたかというと、ある県の「家庭で進めるキャリア教育~中学校生徒・保護者用」という資料を見たからである。そこにはこのような表現が踊っている。
「生きること、学ぶこと、働くことの大切さを学ぶのがキャリア教育です。自分探しの旅。「夢」や「生き方」「人生」「進路」について、ともに語り合いたい・・・・」
これは違うだろう、ということで次のような話をした。(少し長いが、パワーポイントのテキストより紹介する。)
テーマ:職業体験の前に考えて欲しいこと
1.人はなぜ働くのか?
「夢」「人生」「生き方」などいろいろ言われているが、本当は・・・・
「普通の生活」をするための費用を賄うため。
では、「普通の生活」をするためにはいくらかかるのだろうか?
その前に、「普通の生活」をするためには女子も働く必要がある。「専業主婦」は死語。
(普通の人の家計。父、母、小学生二人の四人家族、手取り月収35万円の家計支出モデルの紹介)
2.いくら稼げるのだろうか?
682という数字は何か?
この県の最低賃金(円/時給)
(任天堂のWIIを買うのに36時間半働かねばならない。)
1日約17時間×30日間働くと35万円
普通の生活をするためには、稼ぎが増えていかなければならない。
働きつづければ(修行を続ければ)、腕が上がって能率がよくなり、稼ぎが増える。でも・・・
この県の中卒の就職後3年の離職率は74.8%
3年でやめればまた682円からやり直し。
いくらからスタートするの?
中卒 約12万(最低賃金)
高卒 15.4万
大卒 19.6万
やめなければほとんどハンディはない。
中卒で「普通の生活」の事例
(学校の近くにある中華レストランのオーナーシェフの事例紹介。中卒で修行に入り、陳建民に師事。41歳で自分の店を持つ。今では市内に2店舗。中華一筋の人生)
3.職業とは何か?その本質は?
職業とは生計のために主にする仕事。
職業は、人を喜ばせ、楽しませ、人が求めること、人のためになることをすることで成り立つ。
自分が「好き」というだけでは職業にならない。
人を楽しませ、喜ばせればお金はあとからついてくる。だから職業になる。
趣味は自分のため。職業は人のため。
人に喜んでもらえたら、自分もうれしい。だからおもしろい。
(中学生が興味を持った職業について、趣味の考え方と職業の考え方の違いを紹介)
4.職業についてのもうひとつの視点=競争について
どれだけ上手に、たくさんの人を喜ばせたか、について競争がある。
たくさんの人を喜ばせた人にお金もたくさん=市場での価値。
「普通の生活」をするためでも、少しは競争しなければならない。
そのために、より人に喜ばれ楽しませるための努力、工夫が必要。
5.職業体験でつかんでほしいこと。質問して見よう。
1.誰を楽しませたり喜ばせたりしていますか?(お客は誰ですか?)
2.人を楽しませ、喜ばせるために、何をしていますか?どんな努力、工夫をしていますか?
3.誰と競争していますか?ライバルは誰ですか?どんな競争をしていますか?
4.体験先の人たちはどんなことの喜びを感じていますか?仕事をやっていて楽しいことは何ですか?
(途中略)
おわりに
「世界にひとつだけの花」は市場に持っていって売れる花と売れない花がある。
一人ひとり違いに人間として優劣はないが、市場での価値は平等ではないのが現実。
自分なりの個性、あるいは市場価値のある個性は長い時間かけてできる。中学生にまだ個性がないのは当たり前。(天才は別)
だから、まず「普通の生活」ができるようになることを目指す。個性はそのあと。
自分らしく生きるのは「普通の生活」ができるようになってから。まどわされずにがんばろう。
終わったあと先生からこんな感想があった。
「自分たちはつい建前で生徒たちの夢を目いっぱい膨らませるようなことを言っている。それと社会に出たときの現実とのギャップが挫折する子を産んでいるのかもしれない。もっと社会の厳しさを教えなければならないのだろうか」
私の答えは、
「そうですね。でもこれは別に厳しさではなく普通のことです。普通の事実を普通のこととして教えればいいのです」
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登録日:2007年 09月 12日 20:37:02
それにしても罪作りな「オンリーワン」教育
今年1月~3月期の非正社員は1700万人を超え、雇用者全体の34%を占めるようになった。昨日の記事にも書いたように、このような構造変化に対応して生きていけるようなキャリア教育が必要だ。
そこで、まさかいまどき学校教育で「ナンバーワンよりオンリーワン」などと言っているところはないと思うが、もしあるとすればとんでもない罪作りである。
一人ひとりの個性を極める「オンリーワン」は別にいいのだが、その「オンリーワン」が市場社会で価値があるかどうか横並びで評価されるという現実を合わせて教えなければならない。
たとえ世界でひとつだけの花であっても、市場で高い値のつく花もあればほとんど省みられない雑草もあるのが世の中の厳しい現実だ。
それをきちんと教えた上で、市場価値がどうあろうと、社会の片隅でひっそりと地味に、しかしなくてはならない地の塩になろう、一隅を照らす世の光になろうと教えなければならない。
そうでないと、肥大した自意識と現実のギャップが62万人のニートを生んでいる社会を変えることができない。「オンリーワン」でなく「分相応」に地の塩としての価値があることをちゃんと教えよう。もちろん「分相応」がもっと報われる社会を作るのは大人の責任だが。
というようなことを某市教育委員会の講演で先生相手に話そうと思っているのだが、どうだろうか。
用語解説↓
... 続きを読む
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登録日:2007年 08月 22日 00:01:52
中学1年生に何話す?
と直前まで悩みつつ中学校へ。
ここは山から町まで人口減少地域の4つの中学校が合併してできた学校だ。一番遠い地域からはスクールバスで通う。とはいえ校長先生によれば、ほとんどの家庭は町にある会社や工場に通う給与生活者だという。
武道場に三角座りした144人の一年生に対して、校長先生の講話の後で30分ほど話したのは概ねこんな内容(実際には自分の具体的体験を織り交ぜている)。
1.仕事ってなんだろう
自分の仕事の紹介。
山葉寅楠や本田宗一郎(当地出身)はなぜ仕事をしたのか?
仕事とは人を楽しませ、喜ばせ、人の役に立つこと。
2.お金は本当に大切か?
お金は目的ではない。あとからついてくる。
大切なのはそれが人のためになった証だから。
3.会社に入るか一人でやるか。
いろいろな仕事を一人でやるか分担するか、本質は同じこと。
それぞれにいいところ悪いところがある。自分には何が向いている?
これから職場体験で見てきて欲しいこと。
4.世界に目を向けよう
世界は広い。いろいろある。でも仕事の本質は皆同じ。
世界から日本へ、日本から世界へ開かれている。
よかったかどうかわからないが、とりあえず代表で最後にお礼を言ってくれた子は自分なりに大事なところをメモしてくれていた。先生方からは大変わかりやすかった、という感想をいただいた。
キャリア教育という名前はおおげさで、中学生にキャリアを考えさせたり、仕事の意義を教えたり、というのを頭で考えるとどうなのか?と思うが、要は学校以外の場所で子ども達が仕事をしている大人の姿をほとんど見る機会がない現状では、学校という場で先生ではない誰かがその代わりをしなければならない、という単純なことだ。
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登録日:2007年 06月 05日 17:44:19
今年度もキャリア教育
今週は県のキャリア教育の手引き編集会議で講演した。
テーマは「キャリア教育が求められる社会的背景ー企業の現場から」。
筆者が話した内容は「企業が求める人材を供給せよ」という単純な話ではなく、「経済と雇用の構造変化の中で、子供たちの幸せな未来のためには、いままでの学校教育だけでは対応できない」ということ。つまり、「いい学校=いい会社=幸せな生活」という幻想が崩壊しているなかで、子供たちが生き抜くために必要なリテラシーを身に着けるためには、企業、NPO,、地域社会の協力が必要だ。そして個が自立し、自ら判断できる子供を育てることが大切だ、という話をした。
参加した先生方からは、受験校で目先の大学進学率が重視される中で、キャリア教育が理解されない悩みや、父親がキティちゃんサンダルを履いて学校に来るような地域の学校で、社会に出て困らない最低限の礼儀だけでも何とか身につけさせようと奮闘する姿など、現場の話を聞くことができた。
キャリア教育は、豊かな時代に、生徒が勉強の目的を見出すための教育であり、大人になったらいやおうなく取り組まなければならない「答えのない問題に取り組む」方法を身につける教育でもある。
さて、今日は「地域自律・民間活用型キャリア教育プロジェクト」コンソーシアムの今年度第一回の会合があった。今月からまた中学校でのプログラムが始まる。今年度はどんな個性豊かな中学生に出会えるか楽しみである。
6月5日には早速ある中学で1年生144人を相手に「働く意義を考える」という話をしなければならない。うまく伝えられればいいが・・・
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登録日:2007年 06月 01日 23:31:48
- プロフィール
- Ryuichi Himori
- (男)
- 団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教員に転職しました。その他行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事、県生涯学習審議会委員、県NPOパートナーシップ会議委員などを務めています。行政への企業経営手法の導入や、文化政策、地域政策、NPO論などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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