カテゴリー [都市政策]
紅葉山庭園
以前の記事で紹介した静岡市の駿府公園の一角に、紅葉山庭園という和風庭園がある。
富士山をかたどった築山など駿河の名勝を織り込んだ見事な庭で、中に茶室もある。
今は梅が満開だが、桜、花菖蒲、紫陽花から秋の紅葉まで四季折々楽しめる。中心市街地に何が必要かといえばこのような場所である、というのが筆者の考えである。近代的なビルとともに織り成す景観に、都市の品格が現れているように思う。
なお、ここは市の施設で民間企業が指定管理者になっているが、よく手入れされていて、受付の人や庭の手入れをする職員も積極的かつ親切で感じがいい。
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登録日:2008年 02月 17日 23:14:35
イベントの町札幌
雪祭りでごったがえす札幌大通り公園。59回をむかえる雪祭りをはじめよさこいソーランやパシフィックミュージックフェスティバルが行われる札幌市はイベントの町だ。
雪祭りでも市内の様々な業者が手際よく裏方の仕事をこなしていて、イベント産業が確立している様子が見て取れる。集客力のあるイベントで地域経済の活性化を図る、というのは言うのは簡単だが、一朝一夕にできることではない。
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登録日:2008年 02月 09日 17:38:28
北の国から
いま札幌に来ている。雪祭りがはじまってどこのホテルも観光客でごった返しているが、筆者が泊まるこの札幌駅前のビジネスホテルも、ならんでいる客の大半は外国人観光客である。
南半球から来たとおぼしき白人もいるが、圧倒的に多いのは中国語をしゃべる人たちである。フロントとの英語のやりとりを聞いていると、香港人や台湾人が多そうだ。
国力のピークをすぎた日本では、過去の蓄積を生かして成長する国からの観光客を呼び込んで食っていかねばならない。日本のサービス産業の低生産性が問題になっているが、生産性を上げるためには海外から呼び込んで顧客の絶対数を増やす必要がある。
もうひとつ、私たちにとっては日常でも、海外からの顧客にとっては新鮮で価値があるコンテンツがたくさんあるはずだ。それを発見して自覚的に提供しなければならない。
そんなことを考えさせられる札幌の夜である。
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登録日:2008年 02月 09日 00:13:36
ニューヨークのオープンマイクはジャズの修行になるか?

今日は新年最初の出勤日。年末から年始にかけてニューヨークに出張して今年のジャズフェスティバルに出演するランディ・ブレッカーと打ち合わせをしてきた部下の報告を聞く。
話の中で面白かったのが、ニューヨークに大量にいる日本人女性ジャズボーカリスト志願者の話。だいたい20代後半くらいの女性で、お金をためてジャズの勉強にくる。
彼女たちのほとんどは、ニューヨークで音楽学校に通っているわけではない。それは専門学校だと半年で100万円くらいの学費がかかってしまうからだ。では何をしているのかというと、バイトしながら語学学校に通っている。
では音楽の勉強はどこでしているのか?ニューヨークのジャズクラブにはオープンマイクというのをやっているところがある。曜日や時間によって素人が申し込めば自由にマイクを使って歌ったり演奏したりできる。ステージにはピアノトリオがいて伴奏してくれる。いわゆるジャム・セッションだ。ここでお客さんの反応に鍛えられて度胸がついたり、バックのミュージシャンからアドバイスを受けることもある。個人レッスンをしているボーカルの先生が弟子を引き連れて繰り込むこともある。
写真のクレオパトラス・ニードルもそんな店。何しろミニマムチャージが10ドルと安いので腕試しの人たちで盛況だ。だから世界中から集まってくる(最近は圧倒的に日本人が多いが)。http://www.cleopatrasneedleny.com/
しかしこれで本当に実力がつき、プロになれるのかといえばそれは疑問だ。もちろんジャズクラブには大物ミュージシャンも来るし気が向けばジャム・セッションに参加することもあるので、そこで見初められることも無いとはいえない。が、音楽の世界は夜な夜なニューヨークの本場の雰囲気に浸っていれば実力がつくほど甘いものではない。
まあ彼女たちにとってはモラトリウムというか現代版花嫁修業ということなのだろう。ニューヨークでジャズボーカルの勉強をしてきたと言えば、ちょっと格好いいではないか。ダンスや演劇の勉強もそうだが、お金にゆとりのあるニッポンならではの風俗で、いいお客さんである(アジアの他の国の人たちは「自分探し」ではなく食うためにやっているので「好きなことを真剣にやる」というのとはまた違うガツガツ感がある)。
ここで世の親御さん方に申し上げたい。もし娘がニューヨークにジャズボーカルを勉強しに行きたい、と言い出したらなんと言うか?ちょっと長期で観光に行くついでにかじる、という程度ならYES(お互い観光と割り切る)。本格的に勉強してその道を究めたいという希望ならNO。その代わりダラス郊外のノーステキサス大学の音楽学部か、ボストンのバークリー音楽大学へ正規の留学をさせる(いずれも日本人は多いが)。
アメリカでは大学・大学院レベルのジャズ教育のメソッドが発達しており、体系的に学べる。もちろん才能の問題があるのでプロになれるのは一握りだが、将来のキャリアを考えた場合、少なくともいろいろつぶしが利くだけの幅広い知識と学位が身につく。それにニューヨークは遊ぶところが多すぎるが、少なくとも大学ではある程度隔離され、強制的に課題を与えられる。1000万円程度の学費は覚悟しなければならないが。
それにしても、パフォーミングアーツの修行や創造活動に世界中から人が集まるニューヨークはやはり創造都市の本家だ。それに比べれば、誰もこない(単に見せて稼ぎに来るだけの)東京は単なる田舎の消費都市なのか?それともパフォーミングアーツの代わりにOTAKUを惹きつける創造都市なのか?
後藤和子先生は「文化と都市の公共政策」(有斐閣、2005)の中でエーベルトの論文を引用し「創造都市においては、人々がオーケストラというよりジャム・セッションのように振舞うインプロビゼーションの過程やジャム・セッションのようなネットワークが重要である」と述べている。期せずしてジャズの用語が使われているが、これに近いのはニューヨークか東京か・・・・・・
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登録日:2008年 01月 08日 00:45:45
「日本的創造都市論」批判その5

生活文化創造都市拡充プロジェクトCreative Japan 全国大会2007in 浜松に参加して(その5)
このシリーズはまだまだ続くのだが、ここで一度まとめてみよう。
筆者が「日本的創造都市論」として批判しているのは、それを多くの都市が政策として掲げている点にある。創造都市の概念はいい。しかしそれを政策として掲げた場合、実現する手段はあるのだろうか、というのが筆者の批判の根本である。
以下いままでの議論を振りかえってみたい。
1.創造都市を目指すためには、その姿を指標化する必用がある。そこで最初に各都市の文化力を指標化しようとした。しかしそのための文化基盤(文化施設数など)や人材などの指標化はうまくいかなかった(有意な差が見出せなかった)。
2.そこで創造産業力を比較しようとした。イギリスの創造産業の定義はデザイン、ファッション、娯楽、出版、放送などサービス産業が中心のため、創造都市を目指している都市が重点産業としている地場産業などを指標化した。それでも不十分だったので各都市のヒアリングなど訂正評価を付け加えた。
3.筆者から見ると、この議論はおかしい。まず第一に、「創造都市を目指す」ということと「創造都市である」ということが混同されている。「目指す」のなら創造産業の種類や蓄積はまだ不十分なはずだし、「である」というのなら創造産業が定着して付加価値の高い事業を行っているはずだ。前者の場合まだなっていないものを指標化しても意味はない(にわとりか玉子か)し、後者の場合、本当に自信をもって創造都市「である」と宣言できるところはないのではないか(創造産業としての存在が顕著な都市はない)。
4.この議論の根底には付加価値への無理解がある。繰り返すが付加価値とは売価―原材料費だ。創造都市には創造産業があり、創造産業は高付加価値である、とするならば、現代日本の創造産業は輸出型製造業ということになる。しかし創造都市を目指すとする各都市に、そのような産業が集積しているだろうか?
5.第二の問題だが、創造都市を担うのはリチャード・フロリダの言うクリエイティブ・クラスの人たちだという話があった。日本ではそのような人たちはどこにいるかと言えば(東京は別として)輸出型製造業に抱え込まれている。彼等は「市民の創造活動の自由な発揮」に携わる環境にあるのだろうか?
6.現状では彼等は郊外のテクノポリスなどに「隔離」され、都市の創造活動の担い手にはなりにくい。もし浜松市のように輸出型製造業が立地する都市が創造都市を目指すとするならば、郊外のテクノポリスや頭脳センター開発など創造都市の実現とは逆のことをやっていたことになる。
ここまでが今までのまとめである。
この後に続くのがお待ちかねの、輸出型製造業がないところで創造都市を目指すとすればどんな手段があるのか、ということである。
そのために次回は「プラダを着た悪魔」を手がかりに?考えてみたい。
(続く)
なお、写真は創造都市のお手本ボローニャである。実は創造都市実現の手段はあるか?という問いに答えてくれるのもボローニャである。この点も後述する。
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登録日:2007年 12月 26日 09:05:21
「日本的創造都市論」批判その4

生活文化創造都市拡充プロジェクトCreative Japan 全国大会2007in 浜松に参加して(その4)
6.蛇足ながら、創造都市とテクノポリスと中心市街地の関係は?
構想(既に終了も含む) 霞ヶ関
頭脳立地法 国交省
テクノポリス法 経産省
新事業創出促進法 文科省
地域産業集積活性化法
知的クラスター創成事業
産業クラスター計画
他にもいくらでもあるが、とりあえず左側と右側を線で結んで正解できる人が何人いるだろうか?同じことを同じ場所でやっていながら、両方から金を引き出すために違う計画書を作ることに長けているのが、地方自治体の職員である。
それはともかくこれらの計画は、郊外の田んぼや山の中に工業団地を造成したり箱物を作ったりして失敗した。あるいは失敗しつつある。
創造都市を掲げてなおかつ「イノベーションを促進する事業環境の整備」(経産省)をやりたいのであれば、箱物も工業団地(といってもコンピューターとちょっとした設備があればいい工業)も中心市街地のど真ん中に作るべきだった。
もう一度創造都市の定義を見て見よう。
本シンポジウムにも参加している創造都市論の第一人者大阪市立大学の佐々木雅幸先生は次のように定義している。
「創造都市とは市民の創造活動の自由な発揮に基づいて、文化と産業における創造性に富み、同時に、脱大量生産の革新的で柔軟な都市経済システムを備え、グローバルな環境問題や、あるいはローカルな地域社会の課題に対して、創造的問題解決を行えるような『創造の場』に富んだ都市である」
今まで述べてきたように、とりあえず日本ではクリエイティブ・クラスの多数派は企業の技術者や研究者だ。せっかくその人たちが集まってきても、田んぼや山の中に隔離していては都市が「創造の場」にならない。隔離場所と自宅を車で往復するだけで終わってしまい、創造性を刺激する交流も「市民の創造活動の自由な発揮」も生まれない。
一方で中心市街地の活性化といいながら、一番クリエイティブな人たちを郊外のテクノポリスや頭脳センターに隔離する。その人たちが好む、都市ならではの高度なサービス産業も生まれない。これが地方都市が実際にやってきたことである。
今からでも遅くはないので、企業の研究所や開発センターは交通至便な中心市街地に誘致すべきだ。その人たちに車通勤をやめさせ、周りにおしゃれな飲み屋街を作る。その方が創造性が高まり、企業にもプラスになるはずだ。
シンポジウムの鼎談で、静岡文化芸術大学の川勝先生が「都市の最大のアクセサリーは若い人だ」とおしゃっていたが、名言だ。だから大学も街の中にあるべきだということだが、企業でも若い人がいるのが研究開発部門であり、街中にあれば街が活性化する。
筆者は以前このブログで紹介したB&Oの本社のような環境が望ましいと考えているが、一方で都市を何とかしたいのなら、中心市街地と新産業集積を結びつけるのもひとつの方法だ。
その理由は、次回に(延び延びになっている)創造産業について述べることでさらにおわかりいただけると思う。
(写真は鹿児島県霧島市の上野原テクノパーク。鹿児島頭脳センターはここから鹿児島市内に本社を移してしまった。)
(続く)
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登録日:2007年 12月 20日 00:55:57
「日本的創造都市論」批判 その3

写真はヤマハウィンドミディコントローラーWX7 1989年ニューヨーク近代美術館永久展示 デザイン:ヤマハ㈱デザイン研究所(浜松市)
生活文化創造都市拡充プロジェクトCreative Japan 全国大会2007in 浜松に参加して(その3)
5.クリエイティブ・クラスはどこにいる?
地方都市が創造都市という概念を導入して政策を立案し、地域経済や都市そのものを活性化しようとする。学者やコンサルタントがよってたかって手伝う。こういうことに水を差すのは無粋な気がしないでもない。しかし間違った事実の上に政策を考えても無駄を生じるだけなので、あえて指摘を続ける。
日本ではクリエイティブ・クラスの発見は難しい。なぜならば、終身雇用の大企業が高付加価値の製造業系創造産業である日本では、クリエイティブ・クラスの人たちは企業内に抱え込まれているからである(ゲイは少ないと思うが)。
例えば、浜松市は日本でも有数のプロダクト・デザイナーの集積地である。ニューヨーク近代美術館に永久展示されている世界のエポックメイキングな工業デザイン製品のうち、4点は日本の浜松で生み出された。こんな地域は日本のどこにもない。
しかし彼らは企業内デザイナーである。だからデザイン産業としては顕在化しない。この地域のスズキ、ヤマハ、ヤマハ発動機など大手企業はデザイン部門をこの地に置き、たくさんのデザイナーを雇用して世界的に優れたデザインの製品を生み出している。
このような企業内に抱え込まれたクリエイティブ・クラスの人たちに、どのように地域社会に役立ってもらうかは、日本の創造都市を考えるときのひとつの課題である。浜松市では企業のデザイン部門のひとたちが、企業の社会貢献の一環として大学で教えたり、地元の中学のキャリア教育の授業を支援している事例がある。
企業内クリエイティブ・クラスの人たちによる、このような人材育成などへの協力や、何よりもプライベートな時間に街中で様々な活動を起こしてもらうことは重要だ。そのために彼らをもっと引っ張り出す仕掛けが必要だろう。それが創造都市への近道のひとつだ。
事実、浜松市で様々なジャンルの音楽演奏人口が多いのは、プロはだしの楽器メーカーのデザイナー・技術者が演奏を楽しんでいるからである。
しかし大企業の製造業系創造産業がない都市はどうしたらよいのか?
そのためには、製造業系創造産業よりもさらに高付加価値の産業に目を向ける必要がある。それは何か?
(続く)
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登録日:2007年 12月 15日 00:58:39
「日本的創造都市論」批判 その2

生活文化創造都市拡充プロジェクトCreative Japan 全国大会2007in 浜松に参加して(その2)
3.高付加価値とは何か
付加価値とは売価-原材料費である。だから、どんなに高額な商品でも、原材料費の割合が高ければ高付加価値商品とは言わない。
それでは、現代の高付加価値商品とは何か。例えば半導体である。原材料のシリコンやガリウム砒素などはありふれた安い素材だ。それを加工して大量に生産する。大量に生産しても原材料費が高ければ(すなわち変動原価が大きければ)さしてもうからないが半導体の原材料費は安い。
しかも生産はほとんど自動化されているから量が増えても人件費は増えない。お金がかかるのは製造設備と研究開発費、設計費だ。しかしこれらの費用も固定費なので、大量に生産しても増えない。だから儲かる。
身近な商品で高付加価値の典型と言えば、100円ライターである。100円ライターの卸値は20円くらい、製造原価はおおよそ7円である。7円のうち原材料費(プラスチック、火打石、ガスなど)はせいぜい3円くらいだろう。付加価値は100円-3円=97円、付加価値率は97%ということになる。
これを繊維工業や木材・木製品製造業などの地場産業と比較してほしい。付加価値率が97%などという産業があるだろうか。原材料費1万円のものを33万円で売らねばならないのである。
100円ライターは極端だが、現代の日本の製造業において、リチャード・フロリダの言うクリエイティブ・クラスの人たちが何をしているかと言えば、安い原材料を加工して高く売るために、研究開発、設計、デザイン、生産技術開発、製造設備設計、原価低減(それこそ高付加価値化)などの仕事をしている。そのような人たちが働くエレクトロニクス、自動車、薬品などの産業が高付加価値製造業である。
4.現代日本の高付加価値製造業と創造都市
このような高付加価値製造業が存在し、クリエイティブ・クラスの人たちが働いている都市といえば、しいてあげればこの11市の中では横浜市と浜松市くらいだ。もし付加価値が高い産業があり、クリエイティブ・クラスのひとがたくさん住んでいるのが創造都市だとすれば、ここにあげられた11市の大半は当てはまらないし、これからも当てはまる可能性はないだろう。
通勤時間帯の名鉄本線や名鉄豊田線を見てほしい。名古屋市に住んでいる技術者・研究者・デザイナーなどのクリエイティブ・クラスの人たちが、豊田市や刈谷市などの高付加価値製造業のある周辺都市へ通勤している。
彼らは教育環境や文化的環境が整っている名古屋市に住んで、そのような環境がない周辺都市へ通勤する。だから下馬評にあがっていない名古屋市こそ創造都市ということになる。もっとも、日本で創造都市を考える場合は「グレーター名古屋」のような「創造都市圏」を想定する必要があるだろう。
いずれにしろこれは偶然の産物であって、どこでも名古屋市になれるわけではない。そこで次のような疑問が湧く。高付加価値製造業がなければ創造都市になれないのか?
次にその疑問に答えたい。
(続く)
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登録日:2007年 12月 14日 00:42:17
「日本的創造都市論」批判 その1
生活文化創造都市拡充プロジェクトCreative Japan 全国大会2007in 浜松に参加して(その1)
0.創造都市をめぐる空疎な議論
今日は表記のシンポジウムを聞きに行った。筆者は創造都市の概念を否定するものではないが、日本において創造都市をめぐる議論はどうも空疎なものに感じていた。創造都市というものがあるのはわかるが、どうしたらそうなるのかが一向に示されてこなかったからである。今日のシンポジウムでも同じような感想を持ったのでその点を少し論じたい。
1.生活文化創造都市指標化の試み
創造都市と言っても何がそうなのか、ということはわかりにくい。そこでシンポジウムを主催する財団法人日本ファッション協会はその指標化に取り組んだ。いくつかの指標によって創造都市の姿を示すことができれば、そこへの道筋が考えやすくなるのではないか、という発想であろう。
平成18年度は文化力を指標化しようと試みたとのこと。それは
1.文化基盤力(文化施設数や国宝の数など)
2.文化人材力(アーティスト・デザイナーの数、関連する学校数など)
3.市民活動力(NPOの数など)
4.文化多様力(外国人数など)
の4つの指標化である。しかしこれは各都市間の有意な差を示せなかったようである(それは当然だ。筆者なりに考察したその理由は後述する)。
そこで平成19年度は、創造産業力というものを指標化しようと考えたとのことで、今回札幌、桐生、八王子、横浜、金沢、松本、浜松、奈良、倉敷、熊本、沖縄の11市について指標化調査の結果が発表された。
2.創造産業力の指標化とは
創造産業とは英国の定義は「建築、アート、アンティーク、民芸、デザイン、デザイナーズ・ファッション、映画・ビデオ、インタラクティブな娯楽ソフト、音楽、パフォーミング・アート、出版、コンピューターソフトとサービス、放送(テレビ・ラジオ)の13領域である。
しかしこの分類はサービス産業中心のため、今回の調査では「創造都市、ファッションタウン、文化都市を標榜している都市が重点産業分野と捉える産業分野を抽出し、わが国の創造産業とした」(シンポジウム配布資料より)
そしてその分野として
1.製造業系創造産業(繊維工業、衣服・その他繊維製品製造業、木材・木製品製造業(家具を除く)、家具・装備品製造業、出版・印刷・同関連産業、なめし革・同製品・毛皮製造業、窯業・土石製品製造業、金属製品製造業、精密機械器具製造業、その他の製造業
2.創造的消費産業(織物・衣服・身の回り品小売業、以下略)
3.サービス業系創造産業(その他生活関連サービス業、娯楽業、映画・ビデオ制作業、放送業、情報サービス・調査業、広告業、学術研究機関、政治経済文化団体)
をあげている。
英国の定義を適用すれば、日本では東京一極集中であり、この11都市の中では横浜市以外比較可能なまともな数字はでてこないことは容易に想像できる(事実、配布資料によれば上記サービス業系創造産業の従業者数は横浜市がだんとつである)。
だから上記のような製造業系創造産業と称して地場産業をいれたのだろうが、筆者に言わせれば、よくもこれだけ低付加価値の衰退産業を並べたものである。
この調査は創造性によって高まる付加価値とは何かをまったく誤解しているとしか思えない。その理由を次に述べる。
(続く)
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登録日:2007年 12月 13日 22:23:36
日本平定
733年に秋田城が築かれ、802年には坂上田村麻呂の第三次遠征が行われた。
それから約1200年、日本は完全に平定された、と思ったのは秋田駅前のスターバックスの窓から外の風景を見た時である。
ここが八王子だと言っても、船橋だと言っても、浜松だと言っても、豊田だと言っても、区別はつかないだろう。
さらに不思議なのは、店内で方言が聞こえないことだ。イントネーションすら方言を感じさせない。隣に座った標準語でしゃべる高校生カップル(早稲田大学を受験するらしいが)の会話の内容は、原宿ラフォーレにあるブティックのことのようだ。
秋田県は豊かな県で鎖国してもやっていけるといわれているらしい。しかしアイデンティティの根幹である言語と文化を失ったら自立はおぼつかない。地方分権、地方の自立の時代といわれているが、こんな状態ではとうてい無理だ。
この状態は秋田県だけに限ったことではない。地方は平定されたままでいいのか?
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登録日:2007年 11月 11日 23:50:20
- プロフィール
- Ryuichi Himori
- (男)
- 団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教員に転職しました。その他行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事、県生涯学習審議会委員、県NPOパートナーシップ会議委員などを務めています。行政への企業経営手法の導入や、文化政策、地域政策、NPO論などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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