カテゴリー [中山間地域]

近場の中山間地域④竹炭

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くんまは天竜川の支流阿多古川沿いにある。そこからまた車がすれ違うのも困難な林道をたどって峠を越えると浜松市北区引佐町に出る。ここも2005年に浜松市と合併したところだ。

このあたりまで来るとだいぶ町に近く、山といっても里山だ。山あいの農家の庭先をちょっと入ると、うちの奥さんが参加している竹炭を焼くグループの炭焼き窯がある(写真)。時々集まって近くの竹林から刈ってきた竹を焼いて炭を作っている。炭を焼くかたわらバーベキューをしたりちょっとした畑をやったり、中高年が楽しんでいるらしい。この場所は近所の農家が提供してくれている。

地方都市は、町からちょっと離れると都会人が野遊びができる場所がいくらでもある。いままで紹介してきた「近場の中山間地域」はすべて政令指定都市の中にある。せっかく合併したのだから、町と山の交流を盛んにすることによって中山間地を活性化するこがいろいろ考えられるだろう。

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登録日:2008年 11月 18日 23:17:37

近場の中山間地域③蕎麦

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くんま水車の里・かあさんの店名物舞茸の天ぷらそば。

そばは細打ちと太打ちが選べるが、写真は太打ち。舞茸も地元くんま産だ。
かみごたえのある太打ちはしっかりそばの味がする。

往々にして田舎はそばがおいしくても汁がまずいことがあるが、ここはしっかりだしがきいていておいしい。洗練されている。相当研究したのではないかと思わせる。

小鉢のこんにゃくも自家製だがこれがまたおいしい。スーパーで売っているものとは別物で、こんにゃくとはこういうものだったのかと思わせる。帰りに売店で買って帰ったが、つくりたてで温かかった。

村興しで食材を扱う場合に大切なことは、客が(めずらしいと思うだけでなく)おいしいと思うかどうかだ、という単純な事実を考えさせられる。

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登録日:2008年 11月 18日 17:43:39

近場の中山間地域②くんま水車の里

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白倉峡から車のすれ違いにも苦労するような細い林道をたどり、峠を越えるとそこは浜松市天竜区熊(くんま)、有名な「道の駅くんま水車の里・かあさんの店」がある。名物の蕎麦や五平餅をはじめ、地元の食材や物産を売る店は、たくさんの観光客を集め、繁盛している。

過疎化の進行に危機感を持ったくんまのかあさんたちが20年前に始め、いまでは全国的に有名な村興しの事例になっている。運営するかあさんたちは2000年にNPO法人夢未来くんまを設立し、施設の運営にとどまらずさまざまな地域活動に取り組んでいる。

http://www8.ocn.ne.jp/~kunma/

過疎化はその後もじわじわと進み、中学校も小学校も廃校になり、子供たちは毎日スクールバスで天竜区中心部の学校に通っている。しかしかあさんたちのがんばりで、水車の里には多くのお客さんが来るようになり、売上は7000万円を超えるという。現金収入の少ない中山間地域で、かあさんたちの稼ぎは貴重だ。

かあさんたちのいつも変わらぬホスピタリティあふれる接客と、メニューや物産に施された創意工夫が、どこかへ抜ける街道に面しているわけでもない「どんづまり」のこの集落に、リピーターを引き寄せる。

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登録日:2008年 11月 18日 17:19:27

近場の中山間地域①白倉峡

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ここ白倉峡は遠州(静岡県西部)随一の紅葉の名所といわれている。

天竜美林とよぶ杉、ヒノキの人工林の中を流れる一筋の清流。この渓谷沿いの5kmほどだけもみじをはじめ広葉樹が植わり、赤や黄と緑のコントラストが鮮やかだ。このあたりの広葉樹は紅葉の名所をつくるために植えられたそうだ。

ここは浜松市中心部から車で一時間半、旧磐田郡龍山村だったが2005年に浜松市と合併し、現在は浜松市天竜区龍山町。政令市の中にある手近な中山間地域である。

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登録日:2008年 11月 15日 23:21:10

お祭り

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土、日は水窪祭り。

この時ばかりは町に下りた若い衆も戻ってきて友達と再会を楽しむ。どこにこんなに若い人がいたのかと思うほどのにぎわいだ。みんなそれほど遠くにいるわけではないので集まりやすいのだろう。

このお祭りの呼び物は50年ほど前から続いている仮装コンテストで、見物のために周辺の地域や浜松市中心部からも人が来るほど盛況だ。このときばかりは町のメインストリートも賑わうが、それでも10年前に比べれば人出は少なくなっているとのこと。

伝統芸能や観光行事ではなく、地域の人たちが自分たちで楽しみ町の活力を示すお祭りだけにいつまでも続いてほしいものだ。

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登録日:2008年 09月 16日 00:24:24

中山間地域

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昨日は浜松市北部にある旧水窪町に行った。

静岡県磐田郡水窪町は2005年に浜松市と合併し、2007年の政令指定都市移行に伴い浜松市天竜区水窪町になった。政令指定都市といっても中心部から75km、長野県と接し、かつては林業で栄え町には芸者置屋まであったが、今は過疎化が進む人口3000人の静かな山村である。

云った目的の一つは4年前に廃校となった旧水窪町立西浦小学校(写真)の活用を考えることである。天竜美林と言われる見事な杉やヒノキの森に囲まれた丘の上にあり、国指定重要無形民俗文化財西浦田楽が行われる西浦集落に隣接する。129年前に開講したこの小学校は廃校(正確には休校らしい)時には12人が学んでいたが、現在では地元のNPOが無償で管理している。耐震補強も施され、電気、ガス、水道もあり、携帯電話もインターネット(ADSL)もつながる。内部はきれいに保たれ、教室も廊下も木の床でいかにも山の学校らしい雰囲気である。

さて、中山間地がなぜ人口が減るかといえば稼ぎ場所がないからである。水窪町もかつて栄えた林業は見る影もなく、お茶の栽培も価格下落で厳しく、公共事業(土木建築)も減る一方だ。もちろん生活するだけなら都会ほど収入が必要なわけではないが、子供の教育などに必要な現金収入を得られる産業がないので、みんな山を下り町で働くようになる。人口を維持する稼ぎ場所がないのだから(もう少し町に近い地域では車で通勤しているが)人口が減っていくのはやむを得ない。

もし人口をある程度維持することが必要ならば、ここに住んでいても稼げる人を連れてくるほかない、というのが筆者の考えである。たとえばアーティストなどもろもろのクリエーターやプログラマーはここに住んで創作し、成果物を都会で売ることができる。どこにいても稼げるこのような人たちを連れてきて入れ替えるのである。情報通信インフラはあるし、車で1時間走れば第二東名のインターもある。

小学校の活用もこのへんにヒントがあるのだが、問題は今後インフラを維持する費用をどうするかである。この費用負担問題を考えたとき、中山間地に住む人を連れてくる政策が正解かどうかはわからない。

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登録日:2008年 09月 14日 23:45:24

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プロフィール
Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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