カテゴリー [多文化共生]

多文化共生ってなんじゃいな

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SHIBAさんからの多文化共生というカテゴリーを、というリクエストにお応えして新たに設けたのでこの機会に問題の本質を考えてみた。

「多文化共生」とはそもそもどのような問題なのかということは、一般にはほとんどしられていない。行政の内部で飛び交っている言葉にすぎない。そこで、そもそもこれは何なのかということを振り返って見よう。

この問題はそもそも1990年に出入国管理及び難民認定法が改正されたことに端を発している。

日本は移民を受け入れていない。外国人が日本に住み、就労しようとするには厳しい制限がある。外交、公用、教授、投資・経営、企業内転勤、興業など全部で16の在留資格があり、資格が認められてもその資格の範囲の仕事しかできない。

しかし上記16以外に以下の四つの在留資格があり、この資格なら就労は自由だ。
1. 永住者・・・在日韓国・朝鮮人
2. 日本人の配偶者
3. 永住者の配偶者
4. 定住者・・・インドシナ難民、条約難民、日系3世、外国人配偶者の実子など

1990年の改正で日系3世に就労自由の定住者の資格が与えられた。バブル当時、日本は人手不足に見舞われていた。特に3k職場(きつい・汚い・危険)の中小製造業は深刻だった。このため経済界からは外国人単純労働者の受け入れを望む声が相次いだ。一方で受け入れることによる日本人雇用の圧迫や社会不安への危惧も根強いものがあった。おそらく法改正はその妥協の産物だったのだろう。

その結果1991年には12万人のブラジル人、3万人のペルー人が定住資格を得た。2007年にはその数はブラジル人32万人、ペルー人6万人に達した。この人たちが、日本全国に均等に散らばって住む分にはそれほどの問題ではなかったかもしれない。しかし就労目的で来日した彼らは、群馬県、静岡県、愛知県など仕事のある地域に定住した。これらの地域では、文化の異なる人々のコロニー(集積)を抱え込むことになった。

つまり、就労を目的として特定の地域に集積・定住し生活を営む文化の異なる人々とどのように共生するか、これが多文化共生の問題の本質である。

今後少子化・高齢化が進み労働人口が減少する日本ではこの問題を避けて通ることはもはやできない。インドネシア人介護職やフィリピン人看護師など、深刻な人手不足を抱える職場で外国人就労の門戸が徐々に開かれつつある。若年失業者によるトルコ人移民排撃など文化摩擦による暴力が絶えないドイツの轍を踏むことは許されない。

多文化共生は私たちが想像する以上に差し迫った問題であり、今から解決の道を探り手だてを講じなければならないのだ。

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登録日:2008年 10月 31日 23:28:08

多文化共生とは

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木曜日は授業のあと新幹線に飛び乗って県生涯学習審議会へ。

2008年2月29日のエントリーで書いたとおり、今年の審議会のテーマは多文化共生である。
これは早い話が県内に住む外国人労働者とどのように共生するか、ということだ。

今回も小学校教諭の委員や在日日系ブラジル人の委員から現場における興味深い報告があった。

ひとつは、小学校低学年に日本語もポルトガル語も不自由な子がいる、ということ。就学前にポルトガル語も十分発達しないうちに日本に来て、両親は日中働きに出て会話も少なく、日本語の習得も不十分なうちに小学校に上がる。そうなると生活用語としての日本語は自然に習得できても、学習用語としての日本語はほとんど習得できないうちに学年が進んでしまう。

ふたつめは、中学に上がって勉強についていけない子供がドロップアウトしてアルバイトなどで働く。単純労働しかできないのでそのうち飽きてブラジルに帰る。帰るとブラジルでは同学年の子が中学、高校、大学と進学して様々な職についている。日本から帰った子供は学力がなくてブラジルでも働き口がない。することがないので日本でためたお金を湯水のように使う(貨幣価値が違うので使いではある)。しかしやがてお金はなくなるのでまた日本に戻って単純労働で稼ぎ、ブラジルに戻る。このようにピンポンのように日本とブラジルを往復し、どちらの国でも中途半端な青年ができてしまっている。

ブラジル人の親は、中には教育熱心で日本の、あるいはブラジルの教育をきちんと受けさせたい、と考えている人もいるが、子供のことはブラジルに帰ればなんとかなるだろう、と甘く考えている人もいる。日本の公立学校を出稼ぎの間の安い託児所くらいにしか考えていない。

ブラジル人学校の経営者の委員からは、ブラジル人学校の学費は高いと言われているが、そういうブラジル人の家庭には新車があり、高価な家電製品であふれている、という指摘もあった。

日系ブラジル人が日本に働きににくるようになって20年、問題は指摘されるが状況は変わっていないとのことだ。

将来的には日本は外国人労働者を移民として受け入れ、多文化国家になっていかざるを得ないだろう、と筆者は考える。そのために、今からブラジル人子弟のキャリアパスをしっかりつくり、そのステップごとに必要な支援をしていく必要があるだろう。

幸か不幸か多文化共生先進県(つまりとにかくブラジル人労働者、ペルー人労働者がたくさんいる)である以上、この問題で外国人労働者子弟キャリア教育において日本のモデルになるべきだろう。というようなことを会議では発言したのだがはたしてどうなるか。子どもたちの将来のキャリア形成をみんなで考えるときにきている。

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登録日:2008年 06月 08日 01:45:02

多文化共生

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平成20年度の県の生涯学習審議会がはじまった。

今年のテーマは「多文化共生」。委員には在日ブラジル人や外国人生徒のいる公立学校の現場の先生、企業や労働組合の代表も加わっている。

1988年に12807人だった県内の外国人登録者数は2006年には97992人になった。そのうちブラジル人は359人が51250人になった。

県内の公立小、中学校に通う外国人生徒は4002人、そのうちブラジル人は2619人である。また日本語が不自由な生徒数は2646人である。この中には、日本国籍を持ちながら日本語が不自由な生徒も含まれる。

外国人は日本の義務教育を受ける義務は無い。しかしある委員の発表資料として配られたデータによれば、当初は短期滞在のつもりで来たブラジル人が滞日後は19.1%の人が永住を希望し、日本に長く滞在しその後帰国を希望する39.6%を合わせると約6割が定住志向である。

このような状況を踏まえ、審議会に依頼された審議内容は、
1.外国人の社会的自立に向けた望ましい学習環境について
2.外国人の学習環境整備に向けた支援体制の在り方について
の2点である。

27日の第一回会合では、それぞれの委員から現状や抱えている問題が報告された。
終了後副会長のK先生と一杯飲みながら話したのだが、状況は深刻だがやるべきことははっきりしているだけに、審議会としての結論(県への施策提言)はクリアに出るのではないか、という点で一致した。

簡単に言えば、現場で困っていることについて、一元的な相談体制を作ることである。現場の先生方の涙ぐましい努力はよくわかるが、孤軍奮闘にならないようなサポート体制が必要である。

ただし、審議会ではブラジル本国における貧富の差による教育格差や、日本との学習レベルの違いも指摘された。問題の根が深いことは事実だ。

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登録日:2008年 02月 29日 00:42:22

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プロフィール
Ryuichi Himori
(男)
ryuichi.himori@gmail.com
団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、行政経営フォーラム副代表、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事などいろいろ。行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論、都市政策などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
(なお、mixiもやってます。)
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