カテゴリー [常識の非常識]
付加価値とは何か

(フェースブックに載せたものをこちらにも転載します。)
地域の活性化や商店街の振興について議論すると、よく付加価値と言う言葉が使われるが、どうも意味を誤解している人が多い。そこで付加価値の意味を説明したい。
付加価値とは売値ー原材料費である。厳密にはエネルギー費なども入るが大まかには売値から原材料費を引いたものが付加価値額である。商業で言えば、売値ー仕入れ値と考えればいい。
そこで以下のように誤解を解いておきたい。
1.高価格=高付加価値とは限らない。
いくら高価格でも、原材料費が高ければ付加価値は低い。私は昔ヤマハで家具の商品企画をやっていて、価格は高いが高価な銘木をたっぷり使って原材料費が高く、付加価値の低い商品を作ったことがある。
2.低価格=低付加価値とは限らない。
高付加価値商品の代表格と言えば百円ライターである。売値は百円だがプラスチックや発火部分の材料費は数円程度だ。ユニクロや百円ショップも付加価値率は高い。大量発注・大量生産により原材料を桁違いに安く購入できるからだ。
3.高付加価値商品がもうかるとは限らない。
いくら売値が高く原材料費が安くても、作るのに手間がかかれば、つまり工数がかかれば付加価値の大部分は人件費に持って行かれ、もうからない。また、ブランド品のような高付加価値商品でも販売費(店舗や広告宣伝、イメージづくり)にお金がかかるようなら、やはりもうからない。確かに原材料に対する加工度を上げれば高付加価値化するのだが、それでもうかるとは限らない(写真は高価格、高付加価値ではあるものの、作るのに手間がかかりまったくもうからなかったヤマハの漆塗りの家具。確か川上元美氏のデザインだったと記憶している)。
4.付加価値は客が決める。
多くの人が誤解しているのがこれである。いくら高付加価値商品を作ったといばってみても売れなければ付加価値は実現しない。つまり付加価値は供給側ではなく消費者側が認めてはじめて発生するのである。供給側が高付加価値と言うのは僭越である。
日本のエレクトロニクスメーカーのガラパゴス化も、付加価値に対する誤解から生まれたように思える。円高による輸出価格高騰を、高機能=高付加価値で正当化しようとしても、世界の客がそんなものはいらん、と言えば付加価値は絵に描いた餅で終わる。
携帯電話の世界でいえば、五万円のシャープの端末よりも、それよりも二桁生産量の多いノキアが世界のマーケットで一万円で売っている端末の方が付加価値率は高い。お財布携帯もワンセグも赤外線もついていないにも関わらず、である。
だから、地域活性化のために地域産品の高付加価値化を目指すとか、商店街の活性化のために個々の店が高付加価値化を目指す、という場合、付加価値という言葉はなんとなくわかった気になってしまうので使わない方がいい。お客様に支持される商品を安く作れば、付加価値は後からついてくるものである。
(以前書いたこの記事もご覧ください。)http://www.actiblog.com/himori/50396
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登録日:2011年 12月 25日 14:21:09
プリウスのブレーキは欠陥ではない。
[転載記事位置]
では何が問題か?トヨタの設計思想、その中でもユーザーの捉え方の問題だと思う。
簡単に言えば、トヨタは、トヨタ車のユーザーは運転が下手な人だと考えて車を設計する
(ついでに言うと、BMWはBMW車のユーザーはあるていど運転の知識があり、車をコントロールできる人である、というのを前提に設計されている)。
今回の問題でいえば、プリウスのユーザーがみんな運転が下手で、滑りやすい路面でも普通にブレーキを踏んでしまう、あるいは車がちょっと滑り始めたら焦ってパニックブレーキを踏んでしまう、というような人ばかりだったら何の問題もなかったのだ。
つまり、滑りやすい路面でも気にせず、あるいは焦ってがんっとブレーキを踏みこめば、ABSが働いて自動的にポンピング(ブレーキを踏んだり緩めたりを細かく繰り返す)を行い、車輪がロック(車輪が止まった状態で滑って行く)せずに停止する。つまり操作を車(のコンピューター)に任せるのである。
ところが、世の中はそんな運転の下手な人ばかりではない。滑りそうな路面ではまず軽くブレーキを踏み、車輪がどれくらいでロックするかを確かめながらぎりぎりのところで自分でポンピングをする。ABSに任せるにしてもいきなりブレーキを踏みこんだりはしない。これは筆者などは体にしみ込んでいる操作だが、雪国の人はみんな自然と身についているだろう。
問題は、プリウスには(プリウスだけでなく世の中のハイブリッド車や電気自動車にはすべて)回生ブレーキというものがついていることだ。モーターを電気を通さずに回して逆に電気を発生させる。発生した電気はバッテリーに蓄える。当然電気を通さずにモーターを回せば抵抗があるからそれをブレーキに使う。油圧ブレーキで発生するエネルギーは熱になって逃げてしまうが、モーターが空回転する回生ブレーキが発生するエネルギーは電気として回収できる。これがハイブリッド車の燃費に貢献している。
プリウスでは、ブレーキを踏むと最初に回生ブレーキが働き、スピードが落ちてくると油圧ブレーキが働いて止まる。だが、回生ブレーキは効かせたり緩めたりという微妙な制御ができない。だからABSは油圧ブレーキで行う。車輪がロックすると回生ブレーキから油圧ブレーキに切り替わり、ABSが自動的にポンピングをして車は停止する。
さて、筆者がプリウスを雪道で運転していて、前方に車が止まっているのを発見して自分も止まろうとしたらどうなるか。まず軽く(ロックしない程度に)ブレーキを踏む。ということは回生ブレーキが働くということだ。それから慎重にブレーキを踏みこんで行く。ある程度まで踏むと一瞬車輪がロックし、ABSが効き始める(ABSがなければこの時点から自分の足でポンピング操作をする)。
トヨタによれば、回生ブレーキからABSで油圧ブレーキに切り替わるのに0.46秒のタイムラグがあるという。筆者のようなベテランドライバーはこのタイムラグを、自分のブレーキ操作に車が従わないという違和感として感じるだろう。これを抜けと感じるかも知れない。実際には回生ブレーキが効いているので制動距離が大きく延びるということはないのだが、自分の意思よりは長く感じるだろう。
今回のリコールでソフトを変更し、タイムラグを0.4秒に短縮するとのこと。これでベテランドライバーにとっての違和感は多少減るだろうが、油圧ブレーキが効く範囲を広くした分燃費は悪くなる。どっちみちブレーキを強く踏んでしまうユーザーにとってはABSがすぐ効き始めるので関係ない。
滑りやすい状況でも無造作にブレーキを踏んでしまう運転の下手なユーザーが大部分だろうという前提のもとに、回生ブレーキの効く範囲を広げて燃費を良くしよう、というトヨタの設計思想が敗北したのが今回の問題である。
では、どうすればよかったのか。メーカーの商品企画としてはなかなか奥が深い問題だ。
もしトヨタが、自社のユーザーをBMWのようにそこそこ車の運転の知識がある人と捉えていたら、燃費よりもブレーキの自然なフィーリングを重視していただろう(その場合はブレーキペダルを踏んだらすぐ油圧ブレーキが効き始める)。でも事実としてはトヨタ車のユーザーで車の乗り味を楽しむような人は少数派だろう。と、思っていたらプリウスのユーザーは今までのトヨタ車のユーザーとは違っていた、ということかもしれない。
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登録日:2010年 02月 10日 20:03:09
デフレか企業戦略か?
世の中デフレらしい。
デフレとは物価が継続的に下落する経済現象だ。
原因は単純に言えば供給が需要を上回っているからで、価格下落によって需要が増えるか、供給が削減されるか、政府支出などで需給ギャップを埋めれば解消する。
ところがデフレが長引くと企業の収入が減り、その結果賃金が減ったり失業者が増えたりして消費者の購買力が低下し、価格が下落しても需要が増えなくなる。そうするとますます物価が下落し、企業の収益を圧迫する。これがデフレスパイラルである。
これはマクロの話だ。
ではミクロではどうか。低価格路線は企業が取る戦略のひとつだ。
写真は東京MKのタクシー。車種はなんとレクサスLS600hLという日本の最高級車だ。ことわっておくがハイヤーではなくタクシーである。そして初乗り運賃は710円でなく660円である。最高級車を使って660円とはどういうことだろうか。
タクシーの場合、収益を決定するのは実車率(実車走行距離÷総走行距離)である。そのために高級車を使い、サービスを良くして指名(予約や無線)を狙う。しかしそれをさらに確実にするのが低価格だ。高級車でサービスがよく、その上安い!これで実車率が上がれば十分採算はとれる。しかもGPSで近くにいるタクシーの運転手と携帯で直接話すサービスなど様々な新サービスを開発している(付加的な新サービスに対しては相応の対価がかかるが)。
これはデフレでも何でもない。なぜなら低価格でも企業の収益は向上し、賃金や雇用を増やすことができるからだ。ユニクロなどもみなこの路線だ。低価格で高品質高サービスだから需要が増え、収益が向上する。
日本のメーカーは高コストによる競争力の低下に対して高付加価値路線と称して高機能高価格路線をとった。しかしMKやユニクロの例を見るとそれは間違いだったのだ。高機能でも低価格でなくてはいけなかったのだ。それで需要を喚起して数量を伸ばし、収益を上げる。昔の商人のいう「損して得取れ」である。デフレに流されて何の工夫もなく価格だけだらだら下げても浮かび上がることはできない。
アメリカからアジアに消費市場の中心が移っていく時代、日本のメーカーも低価格に正面から取り組まねばならない。
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登録日:2010年 01月 19日 00:42:45
目くらまし!?
【8月8日 AFP】警視庁は8日、覚せい剤取締法違反(所持)容疑で女優の酒井法子(Noriko Sakai)容疑者(38)を逮捕した。NHKや共同通信(Kyodo News)などが伝えた。
酒井容疑者は同日、都内の警視庁の施設に出頭した。同容疑者は、夫が覚せい剤所持容疑で現行犯逮捕された後、行方が分からなくなっていた。(c)AFP
押尾が逮捕されたりのりピーが出頭したり、そんなことはどうでもいいのである。
しかし、もしかしたら、今の時期庶民がタレントのスキャンダルに興味を持って政治や選挙に対する興味を失ったら、得すると思う人がいても不思議ではない。これが政治家のスキャンダルなら逆効果だが、芸能人ならウエルカム。大騒ぎになってみんな選挙のことなんか忘れてくれないかな?
となると、これからさらに芸能人が摘発されるかもしれない。もし今までお目こぼしにあづかっていた人がいるとしたらお気の毒である。エイベックスもサンミュージックも業界を代表する大手だ。つまり聖域はなくなった。次はジャニーズ事務所か?
もしこの推測が本当なら、庶民もなめられたものだが、これはこれ、あれはあれ。誰も8月30日の投票日のことは忘れてませんよ!
(もちろんこれは根拠のない推測です。しかしそんな見方もある、というのを表明しておくことも意味があるかもしれません)
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登録日:2009年 08月 08日 23:58:52
野生の王国東京編
実は東京は野生の王国である。
写真は東京都大田区の筆者の実家の庭の塀を白昼堂々と走り抜けるハクビシン。
近くに巣があるらしく時々現れる。
庭は実家の飼い猫ごろんたの縄張りのはずだが、ハクビシンの通過のときは大人しい。
ヨーロッパ征服を目指す強大なオスマントルコ軍がコンスタンティノープルの城壁の下を行進していくのを、なすすべもなく見守るビザンティン皇帝というところか。
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登録日:2009年 07月 28日 18:16:56
田園調布のテキヤ
この浅間神社のお祭りのときは田園調布一帯に屋台がでる。田園調布駅東口の坂道は歩行者天国になり、地元の商店街が屋台を出しているが、田園調布1丁目のお稲荷さんの前の通りは伝統的にご覧のようなテキヤさんの屋台がでる。
高級住宅地のイメージにはそぐわないが、これもジモティーの年中行事である。
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登録日:2009年 06月 20日 00:01:37
東京ローカル
筆者の出身は東京都大田区田園調布である。筆者の家がこの地に居を構えて80年になる。
この地域は住宅地としてそれくらいの年数を経ている。
そこで、当然ながら地域コミュニティが形成されている。
この地域は広範囲にわたり多摩川沿いの古墳の上にある浅間神社の氏子だ。
この時期行われる神社の祭礼には、地域の町会および商店会がこぞって参加する。
このお祭りの時は、古い住宅地で住民が高齢化しているはずなのに、どこにいたのかと思うほど子供たちとその若い親たちが集まってくる。
近年、このお祭りはますます盛んになっているように見える。例えば、田園調布東口商店会では最近この時だけ使える割引商品券を売り出して人気を集めている。
東京に住んでいる人はみな都会の孤独を楽しんでいる人たちだというのは誤解である。
古くから、地域に根付いた生活の営みがあり、近所づきあいがあり、連帯(というほどではないが、一応どこの誰かわかっている)がある。
写真は田園調布1丁目の東半分をカバーする町内会の神輿。
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登録日:2009年 06月 14日 23:48:53
この顔にもううんざりですか?

日頃は新聞記事に対してかなり辛口の見方をしているのだが、先日の日経新聞朝刊のコラム「大機小機」にはめずらしくいいことが書いてあった。
「小泉改革は誤りだったのか」と題して次のような論旨を展開している。
「最近の国会論戦では与野党を問わず、小泉純一郎氏の首相時代の構造改革が誤りで、郵政民営化も見直すべきだという意見が出てくる。」として「果たしてそうだろうか」と疑問を投げかけたあと、「過去の高成長の時代に生まれた様々な既得権が船腹やカジにこびりつき、日本丸の方向をゆがめ、速度を落としている。」と続ける。
経済活動の国際化や少子高齢化が進む中で「戦後の先進国を目指していた時期に成立した制度や慣行が維持できなくなったからこそ、様々な改革が必要になった点が(小泉構造改革の誤り論では)忘れらている」とした上で、メガバンク数行分に匹敵する巨大国営銀行である郵貯・簡保が際限なく集めた資金を原資に「無駄な国営事業が拡大し続ければ、そのつけは国民の将来負担増となる」と警告する。
そして最後に「歴代政権が放置してきた様々な問題に、初めて蛮勇を振るったのが、日本の政治家の常識を超えた小泉元首相であった。その国民的な人気を芸能人と同じ次元での「小泉劇場」と冷やかしていたのでは、日本の改革を求めて小泉首相を支持した多くの国民を侮ることになる。「反構造改革」さえ唱えていれば選挙に勝てると誤解している与野党の政治家に、選挙で鉄ついを下せないものだろうか。」と結ぶ。
まったく同感である。
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登録日:2009年 03月 11日 23:39:49
ラーメンおいしい?
前の記事とは一転変わって・・・
皆さん、ラーメンってそんなにおいしいですか?
テレビのグルメ番組で様々なラーメン店が紹介され、人気店には行列ができている。
人の趣味にケチをつける気はないが、あれは列にならぶほどおいしいものだろうか?おやじが客に怒ったり、食べ方を強要されたり。筆者が時々行く有名店も席に座るのもお店の指示に従わねばならない。
スープに凝ると称して鶏がらから豚骨や昆布や鰹節、野菜などあれこれ混ぜ合わせる。
中華料理とラーメンが異なる料理だということはわかる。だがしかし、スープに麺が浮かんでいる料理ということで比較した場合、結局のところだしをあれこれいじりまわしたラーメンよりも、中華料理の基本を身につけたプロの料理人が工夫したヌードルスープの方がおいしいと感じるのは筆者だけだろうか。
写真は大学の近くの同心居という中華料理店の「豚肉しめじ塩麺」。軽く衣をつけて揚げたしめじと豚のひき肉にたっぷりの白ネギにやや太めの麺。スープは澄んだ白湯塩スープである。素材の味を引き出したくせのない味でいわゆるラーメンとは一線を画している。
ちなみにこれはこの店のランチメニューで麺にライス、ザーサイ、海老春巻き半分で819円である。へたなラーメン専門店よりお値打ちだ。
確かに、飲んだ後屋台で食べる締めのラーメンは何物にも代えがたい。しかしそれがあれこれ能書きを言うような、マスコミが囃して行列ができるような価値がある料理かどうかに疑問を呈するのは私だけだろうか?
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登録日:2009年 03月 03日 23:05:00
何をいまさら

ここへきて、「本当は私は反対だった」という話が多い。中には「転向」した、という人もいる。
下の記事の写真の真ん中に座っている中谷巌氏はその著書「資本主義はなぜ自壊したのか」(集英社インターナショナル、2008.12)で次のように書いている。
「今にして振り返れば、当時の私はグローバル資本主義や市場至上主義の価値をあまりにもナイーブに信じていた。そして、日本の既得権益の構造、政官財の癒着構造を徹底的に壊し、日本経済を欧米流の「グローバルスタンダード」に合わせることこそが、日本経済を活性化する処方箋さと信じて疑わなかった」(中谷、同書21P)
ところが中谷巌氏は次のように「転向」する。
「これまでアメリカ系金融資本は、まさに「この世の春」を謳歌してきた。その巨大な影響力を持ちいることで、アメリカの金融資本はグローバルに規制緩和を推進し、国境を超えた資金移動を自由化し、ITを駆使して精緻な金融商品を次々と生み出して、巨利を得てきた」
「フランケンシュタインのモンスターさながら、「グローバル資本主義」という怪物はその創造主である人類そのものを滅ぼしかねないほどに暴走してしまったのだー現今の経済危機にとどまらず、地球環境破壊、有害食品のグローバルな流通や世界的所得格差の拡大などの現実を目の当たりにするにつけ、筆者にはそのような感慨が浮かんで仕方がない」(中谷、同書19P)
いまさら何を言っているのか、という気がする。資本主義の暴走は今に始まったことではない。
中谷氏のいうグローバル資本主義(中谷氏が別の言葉でいうところのアメリカ型金融資本主義)の本質については、すでに1917年にレーニンがその著「帝国主義論」の中で次のように述べている。
「金融資本の時代がやってきた。どこの国でも「アメリカ風の流儀」が文字どおりあらゆる大都市を席巻している」(レーニン、「帝国主義論」、角田安正訳、光文社古典新訳文庫2006.10、113p)
レーニンは帝国主義について次のように説明する。
「帝国主義(金融資本が支配的となった体制)は、資本主義が最高度に発達した段階である。そして右に挙げた分化(注:金融資本と産業資本の分化)の度合いがはなはだしくなる段階である。金融資本がそのほかのあらゆる形態の資本より優勢になるということは、取りも直さず、不労所得を満喫している人種や金融寡占制を取り仕切っている連中が、支配的な立場に立つということである。また、金融の「実力」を蓄えた一部の国が優位に立ち、そのほかのすべての国が風下に立つということである」(レーニン、同書118p)
「資本主義が資本主義である限りにおいて、過剰資本は、その国の一般大衆の生活向上に振り向けられることはない。というのも、そのようなことをすれば、資本家の利益が減少するからである。過剰資本は、利益を拡大する方向に振り向けられる。それは、後進国に対する資本輸出を通じておこなわれる。これらの後進国では通常、利益率が高い。なぜなら、資本が少なく、土地が値ごろで、賃金が低く、原材料価格が安いからである」「一方資本輸出を余儀なくする要因もある。一部の国では、資本主義が「過度の成熟」に達し、そのため(農業が発達を遂げておらず、また一般大衆が貧困にあえいでいるだけに)資本にとって「利回りの良い」運用先が不足する」(レーニン、同書125p)
これらのことはレーニンがこの本を書いた1917年に既に起こっていたことであり、現代も起こっていることである。中谷氏は知らなかったのかも知れないが、資本主義とはそういうものであることは、レーニン以来連綿と続いている常識だ。
にもかかわらず、他にいい方法がないので今まで続いているのである。
その上で、「日本の既得権益の構造、政官財の癒着構造を徹底的に壊」すことは(その既得権益や癒着構造も資本主義の負の副産物として発生しているので)、資本主義のつぎはぎ、かなわぬまでも制御しようという試みに必要なことだと私は主張しているのである。
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登録日:2009年 03月 03日 02:20:57
- プロフィール
- Ryuichi Himori
- (男)
- 詳細プロフィールはこちら
- 団塊世代の会社員から、定年を1年半後にひかえ、大学教授に転職しました。肩書きは日本文化政策学会理事、市民フォーラム21・NPOセンター常務理事、(社)指定管理者協会理事長などいろいろ。公共経営・行政経営(NPM)、文化政策、アートマネージメント、NPO論などを研究しています。
というような立場を離れて、勝手なことを書かせていただきます。
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