今回は「指導力不足」の教員の話

学校教師3か月スト、市内で激しい抗争も - メキシコ

【オアハカ/メキシコ 21日 AFP】メキシコでは20日に学校の新学年度が始まったが、オアハカ(Oaxaca)の学校教師らは3か月前からストライキを行っており、同市の130万人の児童は授業を受けられずにいる。こうした中、ストライキを続ける教師らとそれに反発する人々の間で激しい抗争が起きている。写真は21日、教師らのストライキをめぐる抗争の際に炎上したバス。(c)AFP/Dario NOLASCO

AFPBB News


 自分の日々の生活を振り返ってみると、「非常に狭い世界」で生きているなぁと思うことがある。モノの見方、あるいは考え方が「非常に狭い視野」によってのみ構成されていることに気づくと、自分自身に対してガッカリするのである。

 そんな毎日の中で、このブログでは毎回AFP BBNewsの写真を引用するので、ブログをアップする際に「今回はどの写真にしようか」と探すことになる。その過程が今の自分には楽しみの一つであり、「TVでは報道されない初めて知るニュース」に出会うことが、「狭い狭い日常生活」を一瞬とはいえ忘れさせてくれる気分転換のツールになっている。(全く本文の内容とは関係ないのだが)

 おそらく、と一応仮定の元に話しを進めるが、私の見る限りにおいて「学校の先生」という職業に就いておられる方々の多くは、日常の私以上に非常に狭い世界・人間関係の中で仕事をしておられるようである。このような環境の下で「主体的に」スキルアップを意識し勉強していくことは、かなりの困難が伴うのではないかと推測する。日々の雑務に追われる毎日の中で「自分を振り返る」余裕すらない方も多いのではないだろうか。

 今回は「スキルアップ」を意識することなくベテランの域に達してしまった「指導力不足」の教員に関する記事を引用しながら、話しを進めていくことにする。ついつい惰性に流されそうになる自分への戒めも含めて。

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【「指導力不足」認定の教員、昨年度は506人(9月23日 読売新聞)】

 2005年度に「指導力不足」と認定された公立小中高校などの教員は506人で、前年度に続き500人を突破したことが22日、文部科学省のまとめでわかった。
 20年以上のキャリアを持つ教員が6割を占めており、ベテランの指導力不足が目立つ。また、認定後に依願退職した教員の数は103人と過去最多だった。教員免許の更新制の導入が議論される中、先生の指導力に問題のある実態が改めて浮き彫りになった。
 指導力不足の教員については、都道府県や政令市の教育委員会がそれぞれ独自の基準を設定し、第三者による判定委員会で認定している。文科省は00年度から毎年、その数などを集計している。
 05年度の指導力不足教員(506人)は、前年度比で60人減ったが依然として500人台で推移し、00年度の8倍弱に達する。男性が全体の72%を占めた。506人中、05年度に新たに認定された人は246人で、残りは前年度に引き続き認定された人だった。授業の手法に問題があったり、子供とコミュニケーションがとれなかったりする教員が目立った。
 最も多かった年代は40代(45%)で、50代(37%)がそれに続く。40歳以上の割合は8割以上にのぼった。ベテラン教員が指導力不足と認定される背景について、教育関係者は「かつてのような絶対的な権威が失われているのに、先生が昔と同じ感覚で子供と接しているため、うまく指導できなくなっている」と指摘する。
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9月22日の朝日新聞では、認定者の「より詳細な内訳」の記事が出ている。
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認定者の72%は男性。年代別では40代が45%と最も多く、50代の37%、30代の17%と続く。在職年数20年以上が59%と最も多く、続いて10~20年未満の35%。学校種別では小学校が50%、中学校が26%、高校が15%などとなっている。

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【本当に500人しかいないの?】
 
 私自身の経験で言うと、中2のときの社会の先生がひどかった。このとき新規採用で入ってきたので私よりおそらく10歳程度年上、つまり現在50歳前後(!)の先生だ。

社会の先生でありながら

有明海の位置がわからなかった 

のである。しかも当時の私は、北海道や東北に住んでいたわけではなく

福岡に住んでいた

のだ。校内暴力華やかな頃の福岡の公立中学、「ビーバップハイスクール」のモデルになった地域での話しである。「この先生ダメだろう」と感じ取った、ヒロシやトオルもどきの「怖い中学生」が、冷やかし半分で「有明海ってどこですか???」と聞いた結果が・・・。

ネタとして間違えたのか、素で間違えたのかは、誰だって感じ取ることが出来る。
この後1年間の社会の授業がどのような事になったのかは・・・皆さん想像してください。

    *     *     *

 考えてみれば、当時この先生が「教員になれた」ということは少なくとも「当時の採用レベルの下限」がこの程度だったということ。その先生たちが今も教員を続けておられるのかどうか、なんてことは当然知ることはできないのだが、現実にかつてこのような先生が居たという事実はある。

 また、現在40歳前後の方は「バブル真っ盛り」の頃に「大学卒業→就職」を経験している。このブログでも書いたかもしれないが、当時の私の周りでさえ「教育学部を卒業したのに教師にならずSEへ」という人が複数いた。それが全体的なことなのか局地的なことなのかは定かでないが、「教師に魅力を感じず教師にならなかった」人が一定の比率でいた可能性は高いのではないだろうか。

 その人たちが何を見て魅力を感じなくなったのか。

当時20代~30代の「バリバリの若手教師」、つまり一番話しやすい「すぐ上の世代」の人たちだったのではないだろうか。この人たちは・・・今50歳前後である。


【自分への戒めとして】

 今回このネタを選んだのは、別に「だから学校の先生はダメなんだ」と声高に主張するためではない。最近「更なるスキルアップ」を忘れつつある自分への戒めとしてである。

私は塾講師になるにあたって、2つのことを気に留めてきた。


1つ目は「塾業界の常識は世間の非常識

今でこそ塾は「企業」として認知されつつあるが、10年ほど前は

「お勤めは?」
「塾です」
「塾?(アクセント注意:眉間にシワを寄せて読むこと)」

ということが多かった。始業時間が午後からということもあって「自由人」が多かったことが原因であろう。「塾」に対する世間のイメージは冷たいものであった。塾勤務は居心地がよく、つい油断するとドップリとつかってしまう。だんだん世間の目を意識しなくなるのだ。私は慣れてくるにつれて、自分の言動や立ち振る舞いと「世間の常識」との乖離を意識するようになった。出勤時(午後12時頃)の電車の中で「スーツに競馬新聞」という先輩の姿を見ては「こうはならないぞ」と思ったものである。幸い私には「自称日本一平均的な主婦」の妻がおり、よく「塾での日常」を話してはチェックしてもらっていた。

2つ目は「難しいことを噛み砕いて易しく教える

今でこそ学校と塾との連携が進んでいるが、私がペーペーの頃は学校と塾との間には「ベルリンの壁」があった。お互いに「学校なんて」「塾なんて」と言い合っていた時代である。
私は「学校との対比」として、数学を教える際に常に気をつけていた。「難しく感じるはずの事柄を、自分の言葉に翻訳して、わかりやすく伝える」こと、若手時代にこれを意識していたことは、現在にも大いに役立っている。

ちなみに、自分が高校時代に習っていた「教科書を常に見つめて、教科書と会話し、たまに黒板と会話する」数学の先生を反面教師とし、これと180°反対の授業を心がけたものである。

       *    *     *

 今にして思うと、自分は「アンテナ」を立てて世の中の情報を「受信」しようとしていた部類かな、と思う。この意識があったからこそ今でもこの世界で生きていけるのかも、とも思う。
私の先輩たちの多くは、この「アンテナ」を持っていなかったように見えた。世の中の流れや変化に敏感でなかった人たちは、この10年の間に表舞台から姿を消している。個人だけではなく、変化を捕らえきれずにその使命を終えてしまった塾だって数多くある。

 ピンとこない人もいらっしゃるかもしれない。今から10年前は「携帯電話」ではなく「ポケベル」だった。この10年の世の中の変化というのは、単なる「進化」だけではなく子供たちのライフスタイルそのものを変えてしまった部分がある。子供たちの変化に対応して自分の立位置を微妙に変えることができたかどうか。できなかった人はこの業界から去ったのではないだろうか。今の子供は10年前とは「別人種」と思ったほうがよい部分も多いからだ。

 今でこそ塾は「企業」になり、その「社員」は個人の「アンテナ」を手入れしなくても「マニュアル通りに動く」ことでこの世界で生きていける。情報は「与えられるモノ」になりつつあるのだ。ところが10年前の塾講師(私より年上)でこの「アンテナ」を持たない者は・・・。入ってくる情報が古ければ、ましてや0であれば、マニュアルなど無い時代である。現在生き残っていることは・・・奇跡かもしれない。

       *   *   *

 それに対して教員はどうなのか。おそらく「アンテナ」が錆びていたのだろうと推測する。
「錆びていた」とした理由は、最初は「アンテナ」の手入れをしていただろうと思うからだ。少なくとも同世代の塾講師よりは職業意識に燃え、日々「やる気」に満ちていたのではないだろうか。ところが日々の雑務に追われる中で「アンテナ」の手入れを怠り、錆びてしまったために、子供の変化に対応できなくなったということではないだろうか。


 私はこれからの10年で「この先生たち」と同じ年代に到達する。日々の生活の中で「アンテナ」の手入れを怠りつつあることは事実である。これは自分にとって最も「恐ろしいこと」であったはずだ。「受信情報の精度が落ちる」ということは、すなわち「お役御免」になることである。どれだけ経験を積んでも年齢を重ねても、「更なるスキルアップ」を目指すことを忘れたら自分は必要とされなくなる。

この記事を読んで思ったこと、

「一歩間違えたら、同じことになるぞ、オレ」

10年後に笑って読み返すことができるだろうか。

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登録日:2006年 09月 28日 15:26:59

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