桜+春の木漏れ日の2点セットの憂鬱

満開の桜を楽しむ市民 - 東京

【東京 29日 AFP】29日、東京都内は好天に恵まれ、花見を楽しむ多くの市民の姿が見られた。写真は同日、都内の川沿いの遊歩道で桜の下を散歩する家族連れ。(c)AFP/ Yoshikazu TSUNO

AFPBB News


桜の季節は、私も年間を通して最も好きな季節の一つだ。
大人になってからの桜の季節の記憶は、「満開の桜が咲いたと思ったら、豪雨や強風がきて、あっという間に散ってしまった」という感じがするのだが、子供の時はもっと、「春の柔らかな木漏れ日の下を、母に手を引かれて歩いた・・・」みたいな、桜を愉しめる期間がもっと長かったような気がする。
この違いは一体なんなのだろう。昨今の異常気象のせいなのだろうか、それとも、桜にまつわる私自身の記憶が、「良い記憶」として補正されているせいで、そのように記憶されているのだろうか。

去年も一昨年も、桜が咲いたら、「よし、近いうちに時間とって仕事忘れて花見をしよう」と意気込んだのだが、気が付いたら散っていた。そこで今年は逃すまいと思い、咲いて早々に繰り出してみた。3月最後の週末の夜の目黒川沿道・・・。いやー、ほんとうに良かった!
数年前まではさほどではなかったが、最近ではすっかり、目黒川沿いは、山の手の桜の名所として定着しつつあるようで、この日も沢山の人達が、夜桜見物に来ていた。胡弓を奏でる路上アーティストの周りを、仕事帰りのビジネスマンとか、付近に事務所がありそうな、ちょっとアーティスティックな人達が取り囲んだりしていて、もはやアミューズメントスペースと化していた。遊園地やディズニーランドのような、囲いの内と外とで、アミューズメントスペースが区分けされてないので、アーティフィシャルな感じが無くて凄く良かった。
所用を思い出したので一旦その場を去り、深夜にまた同じ場所に立ち寄ってみたのだが、その時は、もはや先程までの人の群れは無くひっそりとしていた。
確か渡辺淳一さんの小説に、「桜の木の下には人の死体が埋まっている・・・」といったようなことを用いた小説があるが、(元ネタは多分、梶井基次郎の短編小説だと思う)が、ひっそりとした夜空に浮かぶ桜を見ていると、こんなに綺麗に咲き誇るには、確かに人間の死体程の栄養分が必要なんだろう・・・、などという気もしてくるものだ。
今年の桜もアッという間だった。その直後に急激な気候低下と豪雨強風が、今年も起こった。水浸しの路面の上の、泥まみれの桜の花びらを見ながら、「もう少しぐらい、我々を愉しませてくれたっていいじゃん・・・」と思う。
花の命は短いとは、昔の人は本当に旨いことを言ったものだ。

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登録日:2007年 04月 06日 12:48:04

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プロフィール
小林浩隆
(男)
■肩書き:映像ディレクター
■プロフィール:早稲田大学卒業後、サラリーマンを経て映像ディレクターに。主な作品に、「初恋のふる里」、「夏の疼き」、「野村不動産PROUD」など。
■得意ジャンル:ワイドショー的社会論。
■一言:例えばライブドアに地検が入った当夜、パパエモンは地元派出所に駆け込み息子の安否を問いただしたそうです。愛ですよねえ。そういうのを取り上げます。
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