UNDEFEATED
【12月8日 AFP】ボクシングWBC世界ウェルター級タイトルマッチ、王者フロイド・メイウェザー・ジュニア(Floyd Mayweather Jr.、米国)対挑戦者リッキー・ハットン(Ricky Hatton、英国)戦を現地8日に控えた7日、メイウェザー・ジュニアとハットンはMGMグランドガーデン・アリーナ(MGM Grand Garden Arena)で行われた公開計量に臨み、ハットンは145ポンド(約65.7キログラム)で通過し、一方のメイウェザー・ジュニアは規定重量の147ポンド(66.6キログラム)で通過した。(c)AFP
昨夜は、大半のスポーツ好きは浦和レッズの「サッカー」にチャンネルを回したのだろうか。忙しい上に風邪気味になってしまった(不覚!)私は、当然のごとく、WOWOWの「ボクシング」にチャンネルを合わせる。ラスベガスのMGMにおける、フロイド・メイウェザー(ミズーリ生まれの黒人)とリッキー・ハットン(マンチェスター生まれの白人)の世紀の一戦。メイウェザーは5月にわれらがデラホーヤを判定で下している5階級王者。しかもすべてがWBC。レフェリーは殿堂入りが噂されているジョー・コルテスさん。会場の観客席を見渡しても、ブラッド・ピット夫妻、デビッド・ベッカム、デンゼル・ワシントン、シルベスタ・スタローンとブルース・ウィリスのツーショット、タイガー・ウッズ・・と、大変賑やかである。10年前までの私だったら、会場には入れなくてもラスベガスを訪れてしまっていたことであろう。ボクサーとファイターがかみ合ったこの試合のすごさを説明してもほとんどの人は興味がないと思うのでやめるが、ただ、試合後に両者が抱き合って健闘をたたえ、インタビューのマイクは壮絶なKOで敗れたハットンにも向けられるラスベガスの流儀を、日本でも少しは真似た方がいいと思う。何度も書くが、カメダの試合はスポーツではないし、たとえスポーツであってもあまりにもつまらなすぎる。メディアの意見など一切参考にせず、その分野の「最高」と言われているものを自分の目で確かめなくてはならない。そして、この試合は間違いなく「最高」であった。解説のジョー小泉さんによると、1万6千人しか入れない会場にはイギリス本国から3万人近い人が訪れたそうである。アメリカ国歌が歌われているときにはブーイングの嵐という異常な雰囲気であった。会場の白人率は元チャンピオンだった人たちを除けば限りなく100パーセントに近かったのではないだろうか。いまや伝説となりつつある黒人チャンピオンに挑む戦闘的な白人挑戦者という構図が彼らを自然と興奮させるのかもしれない。しかも、ハットンの「フル・モンティ」や「リトル・ダンサー」に出てきそうなイギリス炭鉱労働者風の容貌は典型的な「庶民のイギリス人」を連想させる。「興奮」という感情はさまざまな理由によって引き起こされるだろう。国家や人種がからむ興奮もある。私はつねにアングロサクソンを応援しないのでメイウェザーを応援してもいいのであるが、そういう次元をあっさりと越えてしまった「最高」の一戦であった。
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登録日:2007年 12月 11日 03:05:16
送ってもらう日々
【10月8日 AFP】アルゼンチン生まれのキューバの革命家、エルネスト・チェ・ゲバラ(Ernesto Che Guevara)がボリビアのジャングルで殺害されてから40年目となる8日を前に、ハバナ(Havana)では著名な芸術家によるゲバラの肖像画の仕上げがおこなわれている。また、メキシコ市(Mexico city)でゲバラの関連品の展示会が行われ、ボリビアでは記念式典の準備が進んでいる。世界各国でゲバラの顔写真をプリントしたTシャツやグッズなど多彩な関連商品が販売され、今も残るゲバラの影響力の強さを示している。(c)AFP
相変わらず左目の調子がよくないのであるが、私がここに文章を書き込まないのはそれが理由ではなくて、ただ怠惰なせいなのであった。しかし、大半の人間はノルマがないとあえて動かないのではないだろうか。世の中がクリスマス気分というのも関係しているかもしれない。でも、たまに書かないと忘れられそうなので、少しだけ書き残しておこう。
まず、前回から今回のあいだに歌舞伎を2回見た。私が日本の文化や文学に意識的にコミットメントする理由は、異文化を西洋の語り口で語ってしまう(なぞってしまう)ことを怖れているからである。西洋人のタームとパラダイムを適当に並べ替えて一丁上がりの論文を書いてしまうことを怖れているからである。そういう面倒な感性を培うためには、なるべく西洋から離れ、なるべく現代から離れるしかない。
札幌の友人から『アフンルパル通信』を送ってもらった。今福龍太や管啓次郎の詩作を載せている贅沢でおしゃれな雑誌である。二人のファンは是非とも取り寄せることをお薦めする。
http://cart03.lolipop.jp/LA09260557/
その今福氏が写真展を開催しており、これまたおしゃれなパンフレットを送ってもらった。表紙のデザインと最後のクロノロジーがとくにすばらしい。詳細については以下を参照。私は最終日に伺う予定。
http://www.gallery-maki.com/2007/11/17/l-s_ryuta-v2/
ラテンアメリカ交流グループで話をしたときに知り合った三須田さんに誘われて、太田昌国さんの講演(ゲバラに関して)を聴きにオープンしたばかりのセルバンテス文化センターへ。終わってからも太田さんと一緒に杯を交わすことができた。三須田さんありがとう!
佐谷眞木人さんから、ご自身が寄稿されている最新刊の『国文学 解釈と鑑賞』を送ってもらう(人から送ってもらってばかり・・)。特集は「折口信夫と柳田国男」。柳田研究の最新の動向がわかる。いま書いている論文には柳田国男にも言及するつもりなので大変ありがたい(クリスマス)プレゼント。佐谷さんありがとう! 彼は慶應義塾大学国文科の2年先輩でもある。
大学の学生がマーズ・ヴォルタを貸してくれる。私の趣味がわかってるね。授業では、ヘレン・ミアーズ『アメリカの鏡・日本』などを使う。
サルガドの新しい写真集『AFRICA』がすばらしい。いま来日中。お会いできるかも。
研究についてはあえて書かないが、チカーノ関係の洋書は片っ端から購入。日系アメリカ人、黒人、ユダヤ人関係の和書は選んで購入、といった具合。
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登録日:2007年 12月 05日 02:16:48
異種格闘技戦
【10月11日 AFP】ボクシング、WBCフライ級タイトルマッチ12回戦。
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(c)AFP
私がメキシコを好きになったのは音楽でも文学でも料理を通してでもない。風土でもない。煙草をくゆらせながら「オアハカのあの独特な雰囲気にやられました・・」などとつぶやいても、それらはすべて「かっこつけ」のあとづけで、ただメキシカンボクサーが好きだったからである。「ボクシングをわからずしてはたしてメキシコを理解できるのだろうか?」。
10年前まではWBCとWBAのランキングはだいたい暗記していた。これまでタイとメキシコにだけなぜか突出して訪れているのはその両国がボクシング大国だからで、それ以外の理由は見あたらない。この10年のあいだ断続的にネット上に文章を書いてきたなかで(カフェクレオールやTLOや「はてな」やmixi)、「なぜチカーノにたどり着いたのか」はいつもボクシングとからめて説明してきた。私にとってボクシングは特別な存在なのである。
先日の「ラテンアメリカ交流グループ」でのお話しでの「祖母が日系アメリカ人だったからチカーノに近づけた」はやはり「あとづけ」で、もちろん、彼女がいなければこれだけたびたびロサンゼルスや国境地帯を訪れることはできなかっただろうが、第一の理由ではない。人はこうやって過去をその時の気分で都合のいいように捏造していくのである。
そもそも「体験した事実」や「人間の感情」は「言葉」に比べたら複雑すぎて、何を言ってもウソのように感じる。さらに、人は言葉に対して直接反応するので言葉を必要以上に過剰に使いがちである。言葉を覚えたての子どもが平気でシモネタを連発して大人を驚かせて喜ぶように。
だから、発言はその場の「空気」によっていかようにも変化し、逆に言えば、周囲を包む空気はその人の生き方さえ変える。空気がわからない者なら「負けたら切腹」と無責任に言うこともできるだろう。そして、彼は負けても切腹をしなかった代わりに、社会と自分との間に亀裂を作ってしまった。
高橋ジョージが国歌を斉唱し解説が佐藤修という学会員だらけのショーを私も見ることができた。正直、楽しませてもらった。「ヒールがいるとショーは盛り上がるなあ」と思った。もちろん、そのおもしろさはボクシングのおもしろさとは関係ない。内藤にはその覚悟があったと思うが、あれは通常のボクシングの試合ではない。亀田関係でこれまでボクシングの試合はなかったはずだ(ほとんど見ていない)。
内藤はボクシング以上の仕事をしなければならず、敵は亀田次男だけではなかった。金銭至上主義者らとの異種格闘技戦? ボクシングのおもしろさを微塵も理解しない者たちとの戦い。一方で、大衆は次から次へと関心を移してゆく。そのあとにボクシングは取り残される。もしかしたら、ボクシングが醸し出してきた熱狂も、じつは「昭和」が生んだ幻想だったのかもしれない。
今夜はアレクシス・アルゲリョのビデオでも見ることにしよう。
ニカラグア人だけど、まあいいか。
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登録日:2007年 10月 14日 03:28:15
チカーノ詩礼賛
メキシコの伝統祭り「死者の日」、ハリウッドで一足先に祝われる - 米国
【ロサンゼルス/米国 30日 AFP】メキシコの伝統祭り「死者の日(Dia de los Muertos)」が28日、ハリウッド・フォーエバー墓地(Hollywood Forever Cemetery)で、地元のメキシコ系住民によって祝われた。家族、親戚、友人らが一堂に集まるこの日、人々は死者を迎え入れて、共に歌や踊りや食事を楽しむ。本国メキシコでは11月1日~2日が「死者の日」にあたり、全土が祝日となって各地で盛大なイベントが行われる。(c)AFP Gabriel BOUYS
越川・ロベルト・芳明さんの新刊『ギターを抱いた渡り鳥:チカーノ詩礼賛』(思潮社)は、またまた愛らしくも美しい装幀でひときわ目を引く(装画は前作と同様、沢田としきさん)。『トウガラシのちいさな旅』の続編という位置づけであることがわかる。しかし、どちらも凝ったタイトルだなあ。
装幀のあまりの美しさに気がつくとふらふらっとレジへ。そして、帰りの電車のなかでパラパラっと斜め読みをする。私の書いた「ボーダーを溶解するチカーノという生き方」(『現代詩手帖』)が参考文献に入っているのを見てびっくり。名古屋での学会の帰り道、越川さんが「あれはよかったね」とおっしゃってくれたことを思い出した。
しかしすでにあれから2年。あの文章から私はもうかなり遠くまで来てしまっている。基本的に私は「哲学」が好きなのだなあ、と思うようになった。最近バリバリ書いている論文も越川センセにお送りしようか。
家に着いてからもパラパラ。チカーノについて興味のある方は必読の文献であると確信した。みなさん是非買いましょう。英語がある程度読める人なら基本的な知識は入手可能であるにしても、こうやって基礎知識をまとめてもらった上に、こなれた日本語でチカーノ詩を訳していただくのはとてもありがたい。さすが著名な「翻訳家」である。
越川さんのような勤勉さは、チカーノを「研究」している人には欠けている場合が多く、そもそもチカーノの作家や大学教授が驚くほどの快楽主義者なので、こちらもそうなってしまうのであろう。この本の全編を彩るトラベローグやロードノヴェルを拝読しても「越川さんって真面目な人なんだなあ」と感心してしまう。
彼のようにちゃんと働いてちゃんとまとめてくれるような稀有な人材は、日本のチカーノ研究には必要なのだとあらためて感謝してしまった。この本を読んだ若者から、また新た人材が生まれる予感。『荒野のロマネスク』のパレーデスの章を読んでチカーノ研究を始めた私や、アルゲダスの章を読んでペルー研究へと進んだ後藤さんのように。
しかしもっとも印象的だったのは、米墨国境地帯を十分に楽しんでいる描写から、越川さんのあの笑顔がページから立ち上がってくることだった。そう「ボーダーランズは楽しい!」のである。私は20代前半の若者にこそこういう旅をしてもらいたいと思う。しかも、もっとハチャメチャに。もっとアウトローに。もっと暴力的でエロティックに。
その際に、最初から著者のようにオールマイティにやろうとするのではなく<自分の好きな入り口>から入るのがいい。「音楽(映画・詩・小説・庶民の生活・政治・経済・・)がわからないとチカーノはわからない」のようなことを私も何度か言われたことがあるが、そんな人の意見は気にしてはいけない。私を含めた大半の人間は、自分の趣味を正当化するために人に「見せかけの正論」を押しつけてしまうものだから。
さて、最後に。「どうして<女性>詩人ばかりにこだわるの?」というテレサの質問はもっともである。私自身は「性」にこだわることの窮屈さを少々感じてしまった。あるのはただ「いい作品」と「悪い作品」だけではないだろうか。性にこだわることによって性は解放されなくなってしまうものである。
ただ、ラティーナ(女)が好きだからラティーノ研究をしている人を私は何人も上げることができる。それは悪いことではない。悪いことではないどころか「正統派」であると申し上げてもいいくらいである。
今月の玉三郎(男)は粋で色っぽくてすばらしいです!
今日の大学の授業は「rage against the machine」を取り上げました!
来年早々来日します!!
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登録日:2007年 10月 06日 02:55:30
ポストモダンを越えて
【6月29日 AFP】「人類による土地開発で、もはや地球上には未開の地はほとんど残っていない」とする米自然保護団体Nature Conservancyの研究結果が、米科学雑誌「サイエンス(Science)」に発表された。
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(c)AFP
『文学界』(10月号)に掲載されていた田中和生の「ポストモダンを越えて:高橋源一郎氏に答える」を読んだ。私よりも10歳も若い田中氏が、2年前に出版した処女作『あの戦場を越えて』を、とてもおもしろく読んだ記憶があったからである(いま、本棚の奥から引っ張り出してみたら、やはり無数の傍線が引いてある)。
その本は、チカーノ文学の読解においても、とても参考になった。たとえば、作品の「舞台」と「固有名詞」を変えただけでエキゾチックな気分に浸っている人たちに対して「それは違うだろう!」と思っていた私を元気づけてくれたのである。
つまり、チカーノ文学とは、ローライダーやニューメキシコやホセが出てくればいいわけではなくて、むしろそのようなチカーノを表現する「記号」がなくても、チカーノ的な状況を浮き上がらせなければならない。エキゾチックに惑溺するだけではダメなのである。とはいえ、エキゾチックに感応する感性がなければ何も始まらないが。
さて、その著書でも「ポストモダン」と「高橋源一郎」はキーワードだった。高橋源一郎の小説を読んだことのなかった私は「この人は読まなければいけない作家なのか・・」と思い知らされたことをよく覚えている(が、いまだに読んでない)。
蛇足だがつけ加えておくと「若くして」という発想は私にはない。10代でピークを迎えるボクサーがいれば、30代で全盛期を迎えるボクサーがいるように、年齢を重ねて習熟する面と喪失する面が、ある。「書く」という行為においてもあると思う。
田中さんという人は「お若いのに」妙に器用な人で、(いやらしいくらいに)幅広く文献に目を通し(いやらしいくらいに)それらを咀嚼していることに驚嘆させられる。きっと読んだテクストは端から、頭のなかのきらびやかなマップに次々とバシッと布置されていくのだろう。
ただ、過剰に「器用」なところがあって、評論を読むというよりも「評論分野の芸術作品」を読んでいるような気分にさせられる。もちろんこれはほめ言葉で、内容よりも読むこと自体が楽しいなどという評論家はそれほど多くない(いや、ほとんどいない)。小説家なら「原りょう」みたいなものである
今回読ませてもらった文章も「あこがれの高橋源一郎」と戯れることができた喜びで、「論争」というよりも田中節全開の「器用さ」が前面に出ていて気持ちがよかった。これはもう一種の「芸」である。
ここまで書いてからちょっと気になったので、田中氏が『三田文学』の新人賞をとったときの選考座談会(荻野アンナ、室井光弘、巽孝之、武藤康史)を覗いてみた(これは押し入れの奥にあった)。いまから7年前の『三田文学』。ちなみに受賞作のタイトルは「欠落を生きる:江藤淳論」。
そこで荻野アンナがやはり彼の「器用さ」についてすでに述べていた。「この人は、自分のうまさをいかにして抑制していくかというところも今後の課題かなと思います・・スラッときまるはずの一行がまとまらずに苦しんで何十枚も書くというふうな苦しみ方を今後されると、さらに伸びていかれるだろうなと思います」。
もちろん、これだけ最初から完成度が高いものを読まされたら、このくらいのことしか言うことは残ってないんだろうけど。
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登録日:2007年 10月 05日 02:06:34
ミャンマーと暴力
ミャンマー反軍政デモで死亡の長井さん、 紛争地帯の取材に情熱
【9月28日 AFP】(9月30日写真追加)大規模な反軍事政権デモが続くミャンマーで27日に銃撃され死亡した日本人ジャーナリスト、長井健司(Kenji Nagai)さん(50)は、これまでにもイラクやアフガニスタンなど、世界各地の紛争地帯で取材に情熱を傾けてきた。
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(c)AFP
早大探検部出身の高野秀行さんによる『ミャンマーの柳生一族』を読んだ。同じく探検部出身の船戸与一御大との爆笑紀行。おもしろい上にとんでもなく勉強になるところがすごい。スー・チーさんの国内での立場なども含めて、ミャンマー情報を知りたい人には最適だと思う。高野氏曰く。「私はミャンマーに二年に一回くらいの割合で行っているが、最後に合法入国したのは1994年、それ以降はすべて非合法である」。こういう人の書く本がつまらないわけがない。しかし、それを可能にしているのはミャンマーがいまなお「江戸時代」だからなのであった。だから「柳生一族」が登場するのである。江戸時代でなければ不法入国は難しい。
この本のなかでとくにおもしろかったのは「政治的には鎖国しているミャンマーの国民は社交的で、外国人とも余裕綽々と会話する能力を持っている」という箇所。しかも、彼らは無償の親切を笑顔で提供してくれるそうである。『逝きし世の面影』の「善意の代価を受けとらぬのは、当時の庶民の倫理だった」と同じである。しかも、外国人に対して臆するところがないというところもよく似ている。やはり、ミャンマーは江戸時代なのであった。さらに「読書大国」で「一人当たりの年間読書量は世界一の可能性すらある」というところも江戸時代である。
自分も米墨国境を舞台に「こういう遊び心のある文章が書きたい!」と思ってしまった。私にもっと才能と金と時間と勇気と愛と下心があれば・・・(かなりのものが欠如してるなあ)。しかし、アメリカとメキシコは江戸時代を生きてはいないから不法入国は難しい。米墨国境を南から北に強行突破して(北から南はあっけないくらい素通り)「黒人」のボーダーパトロールにすごい顔でつかまった私が言うのだから間違いない(その後、恥ずかしながら菊の御紋のパスポートをそそくさと提示)。近代国家で「不法入国」は至難の業なのである。
その江戸時代のミャンマー。棒をもった兵隊が民衆を追い立てるテレビの映像を見ながら「国家は暴力装置である(最近の知識人のクリシェ)とはこういうことか」と変に納得してしまった。官憲による痛みをもって「国家の暴力」を知るわけであるなあ。もはや身をもって国家の暴力を知る機会など日本では滅多にない。国内では、相撲部屋や私立高校が暴力装置で、メディアは横綱や首相をいじめることもできる最大の暴力装置。言うまでもなく、これらの陰湿な「暴力」(「かわいがり」や「いじめ」という名の暴力)がミャンマーの「暴力」よりもお上品であるとはけっして言えない。相撲部屋や学校はミニ国家で、そこはある意味、ミャンマーよりも無秩序な暴力が横行している。国家の暴力がいかに横暴であると言っても、親方やいじめっ子の気ままな独裁ぶりにはかなうまい。そして、メディアは「お金」にしか興味がないので、お金が動きそうなところへしか取材に行かず、お金で解決する(儲かる)ならば不祥事もあえて表沙汰にしない。さらには、農閑期のように金になる話題がない季節には、自ら話題を作りだして売り上げを伸ばす。
問題は私たち国民の関心次第であることがわかる。もっとも重要なのは、権力と国家を監視すること。だが「国家の基盤となっているのは、暴力を背景にして他者を服従させながら富を徴収するという運動」(萱野稔人『国家とは何か』)であるからには、国家とはいわゆる国民国家のことではない。「暴力装置」を駆動させる「運動」それ自体を指す。私たちは執拗に、国家暴力の出先機関も監視しなければならない。話がどんどん大きくなってしまったが、ミャンマーの剥き出しの暴力を目の当たりにして「軍事政権をどうにかしろ」レベルの感想しか持たないのでは、亡くなった長井健司さんも浮かばれないだろう。いつでも言えるのは、絶対的に優れている国家体制など存在しないのだから、私たちはつねに暴力を監視する必要がある、ということだ。
私の周りにいる若者の外国への関心が薄れていくのを日々感じるなかで、高度な教養と驚異的な行動力をバランスよく兼ね備えていた長井さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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登録日:2007年 10月 02日 00:34:11
bajalta california
<米移民規制法案>米大統領、警備強化案への支持要求 - メキシコ
【ティフアナ/メキシコ 21日 AFP】ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)米大統領は5月15日に公表した移民改革法案への支持を求めているが、保守派議員からは懸念の声が上がっている。同大統領は自身の支持基盤である保守派内の不平分子に対し、国境警備を強化する意志を示そうとしている。写真はバハカリフォルニア(Baja California)州ティフアナ(Tijuana)で1月24日、米国との分離壁の近くで翻るメキシコ国旗。(c)AFP/Omar TORRES
カリフォルニアをバハを含めて一つの固有の意味空間と捉えようとする試みが荒唐無稽なものとして受けとられるとしたら、それは私たちの思考を規定している「国家原理」のせいである。境界線によって分断して把握できる近代的な風景があるように、それ以外の方法論を通して見えてくる現実もまた存在すると考えることは楽観的に過ぎるだろうか。国境線のはざまに広がる不可視のボーダーランズの住人であるチカーノの目を通して、近代社会が取りこぼしてしまった現実を見ようとすること、そこにこそ彼らに寄り添う意義があると私は考えている。
ここであらためて確認すべきは、ボーダーランズは「境界線」のはざまにあるのであって、必ずしも地理上の「国境地帯」にあるわけではないということである。したがって、ボーダーランズは私たちの傍らにも横たわっている可能性がある。国民国家を成立させてきたメディアの発達やその使い方が時代とともに変化し、それによって国家もまた変容し、ボーダーランズは国境地帯の縛りをふたたび離れるだろう。また、国民国家の成立に際して「文学」の果たしてきた役割について強調されてきたように、国民国家の束縛を解き放つ際にも文学の役割は小さくないはずである。カリフォルニアのチカーノが残してきた文学が私たちを引きつけてやまない魅力もそこにある。共有する風景と文学、共生する風土と文化。文学が私たちの目の前のスクリーンに映し出す光景は、幻想のアストランさえもリアルなものとして手元に引き寄せる潜勢力を秘めているのである。
かつてカリフォルニアをシマと幻視した時代が長く続いたことがある。それを科学技術の未発達が生んだ単なる誤解であるとして顧みないのは、近代的な思考方法の過信である。中世から大航海時代にかけて形成された、ユートピアをシマに託す心性は新大陸にも投影され、そうしてコロンブスはシマに到達し、コルテスはカリフォルニアをシマと捉えたのである。当初「カリフォルニア」という名称は十六世紀の中頃にバハの尖端の地名につけられた。カリフォルニアは半島の南端から始まりやがて北上したのである。そして、1701年に、イエズス会の神父であるエウセビオ・キノによって作成された地図で、バハは初めて半島として描かれた。しかし、その後も長いあいだ、カリフォルニアはシマとして人びとに受けとめられ「夢」を与えてきた。200年以上にわたって、カリフォルニアは固有の意味空間としてのシマだったのである 。
したがって、風景や認識を共有しつつ、国家を相対化して共同性を構築するという行為は、けっしてチカーノに特有のものではないことがわかる。国民国家の時代を経て、チカーノは、ふたたびカリフォルニアを群島のなかのシマへと解放することができるだろうか。
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登録日:2007年 09月 25日 22:43:21
ひっぱたきたい
<08米大統領選挙>「白人男性以外にも投票」が大多数、世論調査
【7月8日】米国の有権者の大多数は大統領選でアフリカ系アメリカ人や女性の候補者に投票する用意がある。
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(c)AFP
今月発売の『SIGHT』で高橋源一郎が「<丸山真男>をひっぱたきたい:31歳フリーター。希望は、戦争。」(『論座』1月号)の「赤城智弘」について書いていたので、遅ればせながら読んでみた。
5分で読み終わるものの、突っ込みどころが満載で目眩がする。このようなカルイ文章が天下の『論座』に採用され、しかも、それ以降も話題になってしまうことの方に驚かされる。筆者の言いたいことは「戦争は悲惨でも何でもなく、むしろチャンス」で「一部の弱者だけが屈辱を味わう平和」を打破するためには「戦争」しかない、らしい。丸山真男云々は、どうでもいい。
「両親とはソリが合わない」と書きつつ「親元に寄生して」いるような筆者から「私を戦争に向かわせないでほしい」とすごまれても苦笑してしまう。現実感がまるで伝わってこない。この文章を読みながら私は、お金がなくて女性を無計画に殺しておいて、死刑になりたくないので自首した名古屋の事件を思い出してしまった。
つまり、悪いのはすべて社会の方で、その状況を改善するために「ちまちま」した努力など面倒くさく、というかシアワセをものごとの過程におくことができず、さらに悪いことに、お金があるかないか(職があるかないか)がシアワセの唯一の基準で、そこから畢竟、人生一発逆転の発想しか生まれ得ず、しかし悲しいことに(頭が悪いので)その方法論は非現実的かつ幼児的、なところが同じだと思ったのである。
すでに亡くなっている丸山真男を引き合いに出して、安全な場所から「ひっぱたきたい」などと小さな声で吠えるのではなく、「調子のいいこと言ってんじゃねえ!」と姜尚中あたりを実際にひっぱたきに行けばいいのに。それと「死」に対する想像力のなさと考察の欠如に愕然としたことも付け加えておく。
それに比べると(比べるのも申し訳ないが)小林敏明「憂鬱な国:三島由紀夫『文化防衛論』を再読する」(『新潮』5月号)は読み応えがあった。三島の「死」について書かれたもっとも精緻な文章の一つである。保存版。
ある文芸誌で、村上春樹の海外のメディアでの発言をもとに評論を書いている人がいたが、三島の場合はどうなのだろう? 「You Tube」で三島がとても流暢な英語で「武士道」について語っているのを聞きながらそう思った。
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登録日:2007年 09月 02日 13:10:41
文学テーマパーク
【8月21日 AFP】ハリケーン「ディーン(Dean)」は21日、カテゴリー5の勢力を維持したままメキシコのユカタン半島(Yucatan peninsula)東部に上陸した。全米ハリケーンセンター(US National Hurricane Center)が同日、発表した。
「ディーン」は現地時間の午前3時30分ごろ、メキシコのChetumalの東北東約65キロに位置するCosta MayaまたはMajahual付近のユカタン半島東岸に上陸したという。(c)AFP
何回か前に「下北沢のあのごちゃごちゃとした街並みが好きではない」と勢いに任せて書いたことが気になっていて(「なぜ自分はそう思うのだろう」という疑問)、下北沢についても語られている東浩紀と仲俣暁生の対談「工学化する都市・生・文化」(『新潮』6月号)を引っ張り出して読んでみた。
東による下北沢の解釈に対してはほとんど異論がなく、ごちゃごちゃしていた頭の中がかなりすっきりした。「頭のいい人は違うなあ」と感謝したくらいである(詳細が気になる方は本文にあたってください)。私が20年以上親しんできた中央線から自然と離れ、なぜか生理的に下北沢を怖れ、シネコンもTSUTAYAもスタバもそろっているいまの街に落ち着いている理由も納得できた。東があるとき西荻窪に降り立って「身体が「何だ、これは!」と拒否した」と述べているが、私の下北沢と同じことだと思う。
彼は中央線文化や下北沢を「文学テーマパーク」「文化的蛸壺」と表現する。とてもわかりやすい。こうして東による明晰な解釈に感謝すると同時に、私が仲俣という人の書く文章を生理的に受けつけない理由もわかったような気がした。葛飾で生まれて船橋で育った「東京の東側」の人間がいま下北沢に住んでいるという事実が象徴的であるが、きっと彼は理が勝ちすぎているのだと思う。
下北沢を「ノスタルジー」で語るのはいいとしても、ノスタルジーのなかに住めるというのは並大抵のことではない。一般的な印象からすると意外なことだが、東の方がより「身体」や「現実」に寄り添って考えているように見える。もちろん、身体や現実に寄り添わない思想など、単なる知の戯れに過ぎないのだが。
東が対談の最後の方で「仲俣さんと僕の考えはずれていると思います」とはっきりと言わざるを得なかったのも、どこかで聞いたような仲俣の表層的な意見に苛立ってのことだろう。「社会全体にとって見れば、下北沢や中央線沿線がどんなに変わろうと、別にどうでもいいわけでしょう」と言い放つ理由が私にはよくわかる。「下北沢を守るために召喚されるであろう「ノスタルジーの権利」なるものは、資本主義の荒波のなかで出てきた泡みたいなもの」もそうである。
最後の方で語られている「文学」についての意見も大変参考になる。私は日常的に高校生や大学生と言葉を交わすことが多いが、彼らはとにかくよく小説を読んでいて感心させられる。ただ、彼らに「先生からすると小説じゃないかもしれないけど・・」と留保をつけさせてしまうような世の中の風潮に私は疑問を感じる。その点について、東は次のように述べる。全面的に同意。
「文芸誌はある限定された趣味を反映した雑誌でしかない。いいとか悪いとか以前に、それはもう疑い得ない事実なわけです。その中にライトノベルが入ったり入らなかったりっていうのは、ある特定の雑誌や、その雑誌を中心としたコミュニティにとっては大事かもしれないけど、そのほかの小説を読んでいる人たちにとっては、まったく関係がない。そして、もしいま「文学」について語ろうとしたら、その広大な空間について語るしかないんです」。
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登録日:2007年 09月 01日 03:15:42
kokomo
【エルパソ/テキサス州 18日 AFP】メキシコ側国境の都市シウダフアレス(Ciudad Juarez)で女性が殺される事件が相次いで起こり、これまでに数百人が犠牲になっているが、事件は現在、未解決のままである。3月に行われたメキシコ法務省の調査では、シウダフアレス市は1人当たりの暴力件数が最も多い都市であるとされている。写真は15日、テキサス(Texas)州の国境の町エルパソ(El Paso)で、シウダフアレス市で起きた女性殺害事件を伝える巨大な壁の絵と、その前を通り過ぎる女性。(c)AFP/HECTOR MATA
いままでの海外への行き先を考えてみると、アメリカ西海岸が3割、東海岸が3割、メキシコから南が2割、東南アジアが2割といったところだろうか。東海岸から入ってエルパソまでたどり着いたり、あるいは逆に西海岸からはほとんどの場合エルパソまで車で行くので、これは「訪れた地域」というよりも最初に飛行機でどこに入るかの割合である。いずれにしても、アメリカ国内ではほとんどの場合、車に乗ることになる。誰かと一緒の場合もあるし、一人の場合も多い。そういうときに、日本では聞かないラジオの声に耳を傾ける。FM雑誌を買い「エアチェック」をしていた時代ももはや昔語りになってしまった時代に、アメリカとラジオは私のなかではとても近い。「アメリカにいる」という感覚と「車内からの風景」や「ラジオの響き」は密接に結びつき、訪れた場所とその時に流行っていた音楽は私の記憶のなかで一緒くたになる。マイアミから車で訪れたキーウエストと、ビーチボーイズの「ココモ」(1988年!)は私の記憶の貯蔵庫ではいまでも同じ場所に居座っている。しかし、ラジオで流されるのはもちろん音楽だけではない。さまざまな出自を抱えたさまざまな考えをもった人間の言葉も、電波を通して不特定多数の人びとに届けられる。その言葉は誰によって語られているのか。そんなことはほとんど誰も意識しない。いまの日本にいるとなかなか気づかないが、ラジオはかつてプロパガンダの最大のツールとして利用されてきた。視覚からの情報がない分、視聴者は洗脳を受けやすい。しかも、テレビに比べてもはるかに雑多で大量の言説が、軽い気持ちで(つまり本音で)日夜放たれている。しかし、大半のマスメディアは支配層によって牛耳られているから、ラジオが自然と(意図的に?)まといがちな負の影響力を、メキシコ系アメリカ人は監視の対象とせざるを得ない。耳を疑うような人種差別的な言説が横行していることを彼らは弾劾し、それらがヘイトクライムの温床となっていることに警鐘を鳴らす。現実に、黒人たちが大量にリンチされた時代と同じように、メキシコ系アメリカ人はいまでもいわれなき殺害の対象となっている。残虐にそして大量に殺され、さらにはその数は急速に増している。それらの実態をラジオが報じることはほとんどない(ヘイトクライムを助長しているのだから当たり前だが)。一方で、洗脳を受けやすい若者たちは相対化の作業をすることもなく、大した理由もないのにメキシコ系の人びとを嫌悪し続ける。インディアンへの嫌悪感を醸成した「いにしえの精神構造」とじつは何も変わってはいない。要職についたメキシコ系の人びとが殺人の予告を受けた例はいとまがなく、いまではアントニオ・ビリャライゴーサもその対象となっている。たとえば「KABC 790-AM」はこのメキシコ系の市長を口さがなく罵倒し、少しの敬意を表することもなくネガティブキャンペーンを展開している。いうまでもなく、市長だけではなく、その他のメキシコ系の有名人から一般市民までもが「嫌悪するべき対象」として日々人びとにすり込まれている。これらの放送局によるネガティブイメージのたれ流しは、今年、市民権を持つメキシコ系女性への病院の診察拒否という形となって事件となった。彼女はメキシコ系であることから不法移民であると病院側から勝手に捉えられ、何の処置も施されることなく出血多量で亡くなった。メディアが誰の手の中にあり、どのような思惑で使用されて人びとの無意識を形成しているのかを、今まで以上に注視しなければならない。そう考えさせる事件であった。私たちは得てして、何のチェックもされずに垂れ流されている(じつは巧妙に操作されている)情報をもとに意見や感情を形成している。どのような情報であろうともつねに相対化し、できるだけ現実そのものの近くにいようと努力しなければ、自然と「強いもの」に巻き込まれてしまう。そのことに対してさらに意識的になる必要があるだろう。
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登録日:2007年 08月 24日 13:00:48
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