2006年 03月
「アメリカ人になる」ということ
【ロサンゼルス/米国 27日 AFP】26日、ハリウッドフリーウェイ(Hollywood Freeway)に人々が集まり、不法入国者に対する恩赦と米国内への移民を大幅に制限する法案の取り下げを要求した。この法案は不法入国者すべてを摘発することを目的としており、米国内で働く人すべてに対し身分証明を義務付け、また米国とメキシコの国境沿いに壁を構築する内容も記載されている。写真は、法案に抗議する人々。(c)AFP/RICH SCHMITT
<HR4437(下院4437号議案)>
ロサンゼルスの大通りを埋めて行進している彼らが反対している「HR4437(下院4437号議案)」は、簡単に言うと「出入国管理」がさまざまな面において大幅に強化されるという内容を含んでいる。国外退去者の定義の拡大と、強制勾留措置の拡大、そして、市民権取得のための条件の制限などであり、くわえて、州や地方の警察に対して移民法に基づく法的な行使力の権限を付与し、移民局に対する法的な調査権限を強化させるとしている。さらに、メキシコとアメリカの国境のフェンス設置をより多くの場所で認めるという項目も含まれている。つまり、この議案は「これ以上は新たなメキシコ人(などの不法移民)を入国させず、いま不法に入国しているメキシコ人を国外退去させる」という強い意志に支えられていることがわかる。
<移民とアメリカの活力>
実際、東京の人口に匹敵する人々(約1100万人)が不法移民で、その半数がメキシコ系だと言われているアメリカにおいて、この問題はいつまでもうやむやにできるものではないだろう。しかも、「不法」というからには法律に違反しており、取り締まるべき対象であることは間違いない。しかし、アメリカという国家がかつての帝国主義的な政策のなかで、最後にメキシコからの広大な領土割譲によって成立したことを考えると、物事の可否はそう簡単に決めることもできない。先住民を暴力的に駆逐した北アメリカの土地に、おもにヨーロッパからの移民が少しずつ流入し「アメリカ人」へと推移してゆく過程そのものが、アメリカ国家が成立する過程であったからだ。すなわち、アメリカはつねに新たな移民を吸収しつつ変化し続けてきたのであって、「出入国管理」を必要以上に厳しくすることはアメリカから活力を奪うことになるのではないだろうか。
<そこはもともと誰の土地だったのか?>
メキシコアメリカ戦争(1846-48)は帝国主義国家アメリカの総仕上げとも言える戦争だった。そのため、メキシコ人は、この写真でプラカードを掲げているように「私たちが国境を越えたのではない。国境が私たちを越えたのだ」という意識をもち続けることによって、アメリカの南西部を「精神的な故郷」と位置づけようとしている。しかしまた「そこはもともと私たちの土地だった」という主張が無条件に認められるならば、フセインのクウェート侵攻も正当化されるどころか、世界中のほとんどの土地が終わりのない議論の俎上にあげられることになるだろう。パレスチナ問題も「もともとはここは誰の土地なのか?」という同じ問題を抱えており、島国である日本でさえも、領土問題は隣国との友好関係を築くうえにおいて頭の痛い問題となっている。だからといって、南北アメリカ大陸はネイティウ゛アメリカンのものだった、と言っても何も解決はしない。したがって「もともとはある時代において私たちの土地だった」ことがたとえ事実であったとしても、それが理由で「不法」に国境を越えたり占拠したりしてもいいという理由にはならない、ということになるだろう。
<「アメリカ人になる」こと>
ブッシュ大統領は「会話程度」にせよスペイン語を話す最初の大統領であり、それによってヒスパニックの共感を得て、多くの票を獲得してきた。22世紀には逆に「会話程度」にせよ英語もできるメキシコ系の大統領が選出されることになるだろう。ただ、たとえそうだとしても、「現在のアメリカにおいて」英語をまったく話せないことは、やはり問題があると私は考えている。「アメリカ人になる」という意志を持たずにアメリカに住むこと、つまり「不法に入国したうえで英語を話す意志もなく自らの文化を守り続けることにだけ関心を持ちながらアメリカに住むこと」は問題があるということだ。アメリカが新たな移民を抱え続ける特殊な国家であるとしても、アメリカとしての国家の主体の在処をどこに求めるかはますます重要な問題となってきている。
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登録日:2006年 03月 29日 17:38:37
勝利へのモチベーションを生み出すものは何か?
<ワールド・ベースボール・クラシック>松坂 キューバを4回1失点に抑える力投
【サンディエゴ/米国 20日 AFP】野球の国別対抗戦、ワールド・ベースボール・クラシック(World Baseball Classic)決勝、日本vsキューバ。日本の先発・松坂大輔(Daisuke Matsuzaka)は、キューバ打線を相手に4回5安打1失点5奪三振に抑える力投でチームの勝利に貢献。試合は日本が10-6でキューバを破り、初代王者に輝いた。(c)AFP/Getty Images Donald Miralle
やはり今回もWBCに触れざるを得ないだろう。
<ベースボール/野球>
アメリカが生んだ「ベースボール」という複雑で風変わりなスポーツを通して、普段はニュースにも出てこないような遠く離れたラテンアメリカやカリブの国々と近づくことができたのはすばらしいことだった。アメリカ有利の組み合わせや審判の配置など大会運営に欠点は多々あるにしても、開催にこぎつけた人たちと感動を与えてくれた選手たちに感謝したい。このまま2回、3回と続けていってほしいものだ。サッカーが国際的なスポーツであることは認めるにせよ、私よりも上の世代の人たちはやはり「野球」に特別な想い入れがあるのではないだろうか。私自身も、子供のときは暗くなるまで公園で野球をし、家ではタイ・カッブやテッド・ウィリアムズなど往年の名選手の伝記を読んだりしたものだ。
<メキシコ/キューバ>
前回このブログを書いたときはまだ「疑惑」のアメリカ戦の敗北のあとで、それから日本チームはメキシコチームの奮闘のおかげで決勝戦に進出することができ、最高の舞台で最高の強敵であるキューバと戦うことができた。メキシコがアメリカを敵に回したときの、そして不正をちらつかせたときの年季が入った戦いぶりに感心し、キューバはアメリカが対戦相手だったならば必ずや勝利したことだろう、などと思いながら観戦した。メキシコ人やキューバ人は試合が終わるたびに日本チームに対してさまざまなメッセージを残してくれたが、私たちの多くはそれらの好意的な内容に驚き、外国人と接することの喜びを味わったはずだ。欧米や韓国や中国との交流からは得られないような昂揚感をラテンアメリカの人々はもたらしてくれたのだった。
<アメリカにナショナリズムは存在しない>
そして、アメリカに渡り黙々と自らの技の向上につとめてきたイチローにとって、ある種のナショナリズムがもたらしてくれた昂揚感は、彼の「何か」を刺激したはずだ。アメリカに渡ったイチローだからこそ、あれだけ興奮することができたのだと思う。その興奮が彼の技術を飛躍的に伸ばしてくれることだろう。イチローは韓国に負けたときに「最大の屈辱」と表現した。私にはその気持ちがよくわかる。また「日本の野球がこんなにすばらしいものだとわかってもらえたら嬉しい」という言葉に共感することもできる。アメリカでプレーしている者が「日本の野球」のすばらしさを伝えようとするところに、アメリカン・ベースボールのねじれが存在している。私は結局「アメリカにはナショナリズムは存在しない」のだと思う。アメリカには本来の意味でのナショナリズムはないのだ。
<さまざまナショナリズム>
私たちは便利な言葉をさまざまな国や場所に当てはめて理解しようとしてしまう。「ナショナリズム」も同じだ。キューバのナショナリズムと日本のナショナリズムは違い、そして、アメリカの考えているナショナリズムはまったく異なるものである。ボードリヤールは『アメリカ』で次のように書いている。「アメリカは一度として暴力に欠けたことも、出来事や人物や思想に欠けたこともない。しかしそうしたものはすべて歴史となっていない。オクタビオ・パスが、アメリカは歴史から逃れよう、歴史から免れたユートピアを構築しようとする意図のもとに作り出された、と主張し、またアメリカはそのことに部分的に成功したのであり、かつ今日もなおその意図に固執している、と主張しているのは正しい」。ボードリヤールはさらに続ける。「ヨーロッパはある種の封建制、帰属、ブルジョワジー、イデオロギー、そして革命を考え出した。これらのものはすべて、われわれにとっては意味のあるものであったが、じつは他のどこにおいても意味をもちはしなかった」。
これはナショナリズムにおいても当てはまる。アメリカには、国際試合を戦うだけのモチベーションを培ってくれるナショナリズムが欠けているのだ。彼らは何のために戦っているのだろう。
大会中にそれぞれの国へと戻っていった選手たちから取り残された「アメリカ代表」の選手たちとはいったい何者なのだろう?
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登録日:2006年 03月 22日 23:13:40
WBCとアメリカの没落
<ワールド・ベースボール・クラシック>メキシコ 日本に敗れて2連敗
【アナハイム/米国 14日 AFP】野球の国別対抗戦、ワールド・ベースボール・クラシック(World Baseball Classic)2次リーグ1組、日本vsメキシコ。メキシコの先発エステバン・ローアイザ(Esteban Loaiza)は、4回7安打4失点で大会初黒星を喫す。試合は日本が6-1でメキシコを降し、通算成績を1勝1敗として準決勝進出に望みを繋いだ。(c)AFP/Getty Images Jeff Gross
<WBCの地域的偏向性>
ラテンアメリカとアフリカの人々が参加しない冬季オリンピックの地域的偏向性を指摘しておいて、「ワールド・ベースボール・クラシック」(WBC)のさらなる地域的偏向ぶりを指摘しないのは片手落ちだと言われそうなので、触れておくことにしよう。熱戦が繰り広げられているWBCの2次リーグに進出した顔ぶれ(日本、韓国、アメリカ、メキシコ、プエルトリコ、キューバ、ドミニカ、ベネズエラ)を見ればわかるように、この催しに「ワールド」と銘打つのははっきり言って無理がある。地球上のごく限られた地域の人々によって競われている大会で、しかもアメリカの息のかかった地域だらけであることを考えると、拡大版「アメリカス<合衆国>」の国内リーグのおもむきさえある。
<アメリカのアメリカによる・・>
しかも、日本と韓国をのぞくチームの選手は、ほぼ全員がアメリカのメジャーリーグに所属し、韓国も6人がメジャーの選手が所属していることから、結局「アメリカのアメリカによるアメリカのためのWBC」とささやかれる揶揄もあながち的外れとは言えないだろう。加えて、2次リーグでアメリカはキューバやドミニカなどの強豪チームとは当たらないように対戦相手を組み、アメリカの試合はホームゲームで、さらに自国の審判を配置する。そうすることによって「勝たなければならないアメリカ」を演出するのである。アメリカはいかなる場であっても勝たなければならない。そのようなアメリカを中心とした強引な「正義」が、あの日本戦のときの「疑惑のタッチアップ」を生み、日本だけではなくアメリカの多くのファンをしらけさせてしまった、というよりも覚醒させてしまった。アメリカが建国以来掲げている単純で崇高な「原理」は、魑魅魍魎が跋扈する現実世界の混沌を越えて強引に有効性を保証されてきた、ということを。「疑惑のタッチアップ」はおそらく、アメリカが政治や経済の分野おいて行使しているだろう原理主義による「欺瞞」が、野球のプレーのなかで可視化されたものと捉えるべきだ。
<複数のアフィリエーションからの選択>
それでも私は、ふだんアメリカ国内でプレーしている選手たちがこのような機会にあらためて「帰属(アフィリエーション)」について思いを来たし確認しつつ、それぞれの起源の土地へと散っていったことに興味を引かれる。ピアザがイタリア系という理由でイタリアチームに入り、ドミニカ系のアレックス・ロドリゲスは帰属の選択の困難さから当初出場を辞退していた(結局、アメリカチームに入った)。A・ロッドのような複数の帰属先を持つ者が増えれば、帰属は自らが選びとる行為だと認識することが普通になるだろう。たとえば、もしも、ドミニカでたまたま生まれてメキシコに移住し、その後アメリカでメジャーの選手になった、片親がキューバ系のベネズエラ人がいたら、必ずやアイデンティティは複数形となり「帰属は時と場合によってその都度選択される行為」となるに違いない。
<アメリカの没落>
「疑惑のタッチアップ」もそうだが、もっと広い視野で捉えるならば、メジャーリーグのオールスターが日本のオールスターといい勝負をしていること自体がアメリカ人にとっては許せない事実だろう。こちらとしても、メジャーはもはや日本人が夢のように憧れるような場ではないことが気分として蔓延しつつある。アメリカという国家自体が早晩没落していく「帝国」であるにしても、こんなところから没落の影を見せつけられるとは思わなかった。では、私たちは帝国の没落をどのように迎えればいいのか。「衰退するアメリカを鼓舞し、プライドだけは高い彼らをいい気分で盛り上げつつ、徐々にソフトランディングさせる方法」を真面目に模索する時代がもうそこまで訪れているようだ。
アメリカ帝国の矛盾と欺瞞と崩壊は、このWBCでの各々の試合のなかにすでに見え隠れしているのである。
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登録日:2006年 03月 16日 02:01:35
ヒスパニック? ラティーノ?
【サンディエゴ/米国 2日 AFP】ピュー・ヒスパニック・センター(Pew Hispanic Center)によると、現在アメリカ合衆国に住むメキシコからの不法移民は630万人と推定され、毎年新たに48万5千人の不法移民が国境を越えているとされる。
≫続きを読む…
(c)AFP/HECTOR MATA
<ヒスパニックとラティーノ>
東京外国語大学教員の柳原孝敦さんがブログのなかで「ヒスパニック」と「ラティーノ」の名称について触れていたので、これをきっかけに私の考えを記しておくことにしよう。なぜタイトルに「ヒスパニック」という言葉を採用しているのか、どうして「ラティーノ」という用語を使用しなかったのか、についてである。
<チカーノと名称>
去年『現代詩手帖』(思潮社、5月号)にチカーノについて書かせていただいたときに、まず名称についての問題を取り上げることから私は始めた。集団の名称には「名づけるもの」と「名づけられるもの」のあいだのせめぎ合いが浮き彫りになっている場合が多く、看過することができない興味深い痕跡が残っているからである。その論文では、チカーノの名称に関連して「メキシコ系アメリカ人」「ラ・ラサ」「パチューコ」「チョロ」「ズート・スーター」「バト」などを例にあげたが、もちろんこれらがすべてを網羅しているわけではない。時代と場所と状況によって名称は多様に変化してゆき、現在もその変化の過程のなかにある。さらに重要なことは、同じ人物が国境線を越えることによって瞬間的に呼ばれ方が変わり、また、その人物のどこに焦点を当てるかによって呼ばれ方が変化することである。メキシコ人がメキシコ系アメリカ人になり、そして「白人」や「ユダヤ人」になることもできるわけだ。
<名称の多様性>
たとえば、日本では「アメリカ」を「アメリカ合衆国」の意味で使うけれども、ラテンアメリカで語る場合にはアラスカからパタゴニアまでを指す名称へと変化する。同じ対象に対して、語る人がどこに立っているかによって名称が変わる一つの例である。メキシコとアメリカのあいだを流れる川にはこれまでに78の名前がつけられたそうだ。現在でも、アメリカ側からはリオ・グランデと呼ばれ、メキシコ側からはリオ・ブラーボと呼ばれている。つまり、対象が変化せずとも名称は変わるのであり、話される言語が変われば名称も変わる。また、同じものを見ているにもかかわらず、立場によって意味づけも変わる。そして「川」のような地理的な対象物とは違い、人間のような対象の性質自体が変化する場合にはさらに状況は複雑になる。
「ポブラーノ」(メキシコのプエブラ州の住民)や「メヒカーノ」(メキシコ人)や「アバネーロ」(ハバナの住民)や「クバーノ」(キューバ人)はアメリカ国内へと移住するや、ラティーノやヒスパニックとまとめて呼ばれるようになる。混乱の原因はまずここにある。
<あらゆる名称は仮称に過ぎない>
それにしても「ラティーノ」などと呼ばれるようになったのはいつ頃からなのだろうか? 長くヒスパニックやスパニッシュアメリカンと呼ばれていた時代があり、イベロアメリカーノと呼ばれた時期もある。それよりも前の時代にはただ「スペイン人」と呼ばれていた。スペイン語を話すという理由だけで、キューバ人もプエルトリコ人もそう呼ばれたのである。とすると、やがて「ラティーノ」もまた新しい名称にとって代わられると考えるのが自然だろう。このブログでも「ヒスパニック」という総称が引き起こす現実との齟齬について何度か触れてきた。つまり、白人のヒスパニックと黒人のヒスパニックが同じようにヒスパニックと呼ばれ、しかも白人や黒人自体も多様なものを内に含んでいることがヒスパニックを複雑なものにしているのである。イタリア人とドイツ人とフランス人とスペイン人を統一した名称で呼ぶことが不可能なように、メキシコ人とキューバ人とプエルトリコ人をまとめて呼ぶことはもともと不可能なのである。「アメリカ」は、ラテンアメリカを出自とする人々をまとめて扱いたいがために彼らを総称できるような言葉を作り上げ当てはめようとするが、そんなことは無理な話だ。名称が急速に推移している現実に追いつけるはずもない。
マンハッタンの日刊紙『エル・ディアリオ/ラ・プレンサ』は自らを「ヒスパニックのチャンピオン」と呼び、扇情的な記事が売り物の全国紙『インパクト』はサブ・タイトルに「ザ・ラテン・ニュース」(「ラティーノ」ではない)とつけている。
<全世界をカバーするヒスパニック>
スペインやインディオの出自もさかのぼれば、ヒスパニックは地球上の広大な地域をカバーすることになるだろう。もしかしたら地球上の大半を覆ってしまうかもしれない。それらすべてを巻き込むができれば、などと私は勝手に壮大なことを考えている。したがって、アメリカ国内における総称など私にはどれも仮称にしか思えないが、「ヒスパニック」という言葉がいまでももっとも多くの要素を取り入れることができ(キャッチオール!)、論争を巻き起こすにふさわしい言葉だと考えているので、この言葉を採用しているわけである。
まあ、べつに「ラティーノ」でもいいんだけど・・。言葉自体に語らせようとしないことが重要だと思う。
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登録日:2006年 03月 08日 20:55:14
すべての道は「ブラウン」へと通ず
ジョージア州リソニアのニュー・バース・ミッショナリー・バプテスト教会で7日、米公民権運動の代表的指導者、故マーティン・ルーサー・キング(Martin Luther King )牧師の妻、コレッタ・スコット・キング(Coretta Scott King)さんの葬儀が取り持たれた。歴代4人の米大統領をはじめ多くの弔問客が参列し、葬儀はしめやかに行われた。写真は、弔辞を述べる娘のバーニス・キング(Bernice King)師。(c)AFP/Jason REED
<公民権運動>
1960年代にマーティン・ルーサー・キングによって導かれた黒人の公民権運動と呼応するようにして、メキシコ系アメリカ人による公民権運動であるチカーノ・ムーヴメントが展開された。これによりメキシコ系アメリカ人は「チカーノ」という言葉を作り出し、そのなかに多様なアイデンティティを集約させつつ、さまざまな現実的な権利を獲得するための流れを作ることができたのである。当時いっせいに現れた、セサール・チャベス、レイエス・ロペス・ティヘリーナ、ロドルフォ・コーキー・ゴンサレス、ホセ・アンヘル・グティエレスら各々の指導者によって残された恩恵を受けながら、その後チカーノは、芸術や文化や政治や言語など多くの分野においてさらなる運動を進めることができたのだった。つまりキング牧師の、死に到るまでの献身的な活動を抜きにしては、チカーノ運動を語ることはできないとさえ言えるだろう。キング牧師の非暴力運動の精神や方法論は、たとえば、セサール・チャベスの精神と方法論へと大きく流れ込んだことは言うまでもなく、チカーノのブラウンベレーがブラックベレーの影響を受けていることにいたるまで、黒人の公民権運動とチカーノ運動は密接に結びついていた。
<黒人vs.白人>
そのキング牧師の妻であり、自ら公民権運動の活動家であったコレッタ・スコット・キングさんが亡くなった。公民権運動の引き金になったローサ・パークさんの死から4ヶ月後のことであった。キング元夫人の葬儀には、ブッシュ大統領とともに、クリントン、カーター、ブッシュ元大統領が参列した。白人が握っている利権と偏見に対する戦いを挑んだキング牧師が亡くなり40年になろうとしているが、いまだに黒人の大統領は現れずに権力は白人が握っているということになるだろう。少しでも黒人の血が入っていれば黒人と認定しつつ彼らを一つの集団と捉えることによって、白人自身は雑多な集団でありながらもを自らを白人として認識し、暗黙の優位を主張してきたのではなかったか。もちろん、アイルランド系とイタリア系とドイツ系を同じ地平で語ることなどできない。黒人も同じことだ。ハル・ベリーとウーピー・ゴールドバーグは同じように「黒人」なのだろうか。
<クレオールまたはブラウン>
公民権運動の時代に黒人とチカーノが近いところにいたように、21世紀になって「ヒスパニックの数が黒人の数を抜いてアメリカ最大のマイノリティになる」というニュースが流れ、ふたたび黒人とチカーノ(およびヒスパニック)は並べて報道されることになった。「黒人vs.白人」から「黒人vs.ヒスパニックvs.白人」という構図になるのだろうか。私はそうなるとは思わない。ヒスパニックの多様性は黒人や白人の比ではないからだ。そもそも、ヒスパニックは人種のカテゴリーによって区分けされた集団ではない。そのなかには、白人もいれば黒人もおり、ネイティブ・アメリカンもアジア系もいる。ヒスパニックは多くがクレオールであり、クレオールであることはリチャード・ロドリゲスの言葉を借りれば「ブラウン」であるということだ。白人と黒人もブラウンへと向かう道しか残されていない。ヒスパニックとあらためて出会うことによって、黒人も白人もじつはブラウンへの途上にあることを知らされる。純血とは何かをあらためて問われることになるだろう。
<それでも・・>
しかし、混血が純血を駆逐するとしても、純血自体が幻想であるとしても、国家が想像の共同体であるようにして、純血は人々の思いを誘うように規定する。純血は魔力を有している。征服した者の血と征服された者の血の混血という図式化のなかで、メスティソはアイデンティティの揺らぎを経験するのである。そこでもう一度、論理的な飛躍を必要とすることになる。「征服した者と征服された者」の混血という発想自体がヨーロッパ起源のものであるということだ。インディオはけっして征服された者なのではなく、ヨーロッパ人を長いあいだ待ち焦がれ、そして受け入れたのだという発想への転換である。そうリチャード・ロドリゲスは述べている。よりよい未来を作るために私たちは、過去を作り直さなければならない。現実の混血のあり方においても論理的な戦略においても、私たちが「ヒスパニック」を先導者として捉える必要性がいよいよ増している。
メキシコ人は自らのなかで何かを越える。しかし、私たち自身も、メキシコ人のように越境することができるはずなのだ。
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登録日:2006年 03月 01日 21:14:19
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