2006年 06月
アートで読み解くアメリカ社会:メキシコ系アメリカ人編
<米移民規制法案>不法移民は増加傾向 国境の町の風景 - 米国
【ボカ・チカ/米国 24日 AFP】ピュー・ヒスパニック・センター(Pew Hispanic Institute)の最新の報告書によると、米国の不法移民数は1千2百万人に増加、労働者20人に1人の割合となっている。
≫続きを読む…
(c)AFP/HECTOR MATA
早稲田大学エクステンションセンターの佐藤さんから講座の宣伝を依頼されたので、秋講座の紹介を下記に掲げておきます。講師陣は、チカーノ研究の成果を精力的に紹介されている方々なので、きっと楽しませてくれることでしょう。私も受講の申し込みをしました。
彼ら豪華講師陣に加えて、私がいま教えている大学の授業でゲストスピーカーとしてお呼びした、宮田信さん、管啓次郎さん、今福龍太さんらの視点も交えてチカーノ文化に迫っていけば、この国におけるチカーノ研究の全貌はかなり見えてくるはずです。
重要なことは、いままでの研究成果の蓄積をふまえたうえで、新たな潮流も視野に入れつつ、お互いに交流し合いながら、効率的に研究を進めていくことでしょう。
先日ゲストスピーカーとしてお呼びした宮田さんは、アメリカのチカーノ音楽関係の人脈はもちろんのこと、作家のルイス・ロドリゲス氏らとの親交も深く、チカーノ研究に関するきわめて重要な情報を教えていただくことができました。
もちろん、数々の著作のなかでチカーノについて多角的に言及されている管さんと今福さんの文章を読むことは必須です。彼らはこの20年間以上、チカーノ文化の最先端の動向を追いつつ、ただの紹介で終わらないレベルで文章化してきてくれました。
私は「現地に行けば」とか「語学ができれば」などのガイドブックレベルでチカーノを語ってほしくないと個人的には考えています。さらに、学問の世界で昇進のために書かれる論文によって消化されていくチカーノ世界を見るのは耐え難いです。
チカーノ世界はこれからどんどん日本に紹介されていくことでしょう。しかし、どのように紹介されるべきなのかについてもよくよく考えなければ、彼らを永遠に取り逃がすことになるかもしれません(私たちはこれまでどれだけの異文化と人物を取り逃がしてきたことか)。いまは大事な時期です。そのためにも、今回の講師陣の先生方にはとても期待しています。
https://www.waseda-extension.com/o2004s/detail/s370005.html
@ 2006年10月、早稲田大学エクステンションセンターにて「アートで読み解くアメリカ社会-メキシコ系アメリカ人編-」と題し、全5回の講義を行います。美術、文学、映画、音楽、歴史の5分野の専門家にオムニバス形式にて教鞭をとっていただきます。チカーノのたどった歴史的事実を踏まえ、「他者性」、「トランス・ナショナル」といったキーワードを軸に、彼らを取り巻く社会、生活ぶり、思いなどを知っていきます。いまや米国最大のマイノリティとなった中南米系移民の半数を占めるメキシコ系アメリカ人について知ることで、移民社会アメリカをより深く理解する機会をご提供します。チカーノ・アート、メキシコ本国、アメリカ社会など、様々な分野に興味がある方々にぜひ幅広くご受講いただきたい講座です。
日時:10月1日〜11月5日の日曜日全5回(10/8を除く)、13:00〜14:30
場所:早稲田大学西早稲田キャンパス
受講料:12,000円(初めての方は、別途入会金8,000円)
講義テーマ・担当講師
10/1 美術作品から読み解くメキシコ系アメリカ人の歴史と現実 加藤薫(神奈川大学教授)
10/15 メキシコ系アメリカ人(チカーノ)の音楽 竹村淳(音楽ジャーナリスト)
10/22 バリオ文学から見るメキシコ系アメリカ人 越川芳明(明治大学教授)
10/29 メキシコ系アメリカ人-過去・現在・未来- 齋藤修三(青山女子短期大学助教授)
11/5 映画から見るメキシコ系アメリカ人の眼差し 野谷文昭(早稲田大学教授)
<お申し込み>
お電話もしくはwebにて承っております。※先着順、定員40名
また、詳細記載のパンフレットもご用意しております。
早稲田大学エクステンションセンター 03-3208-2248
(受付時間:月〜土、9時半〜17時)
ホームページ:http://www.waseda.jp/extension/
コメント[0], トラックバック[670]
登録日:2006年 06月 26日 23:06:24
サッカーという文化
<06サッカーW杯>大会に華を添える美女サポーター - ドイツ
【ドイツ 20日 AFP】連日熱い戦いが繰り広げられている06サッカーW杯のスタンドでは、国旗をあしらった派手なコスチュームに身を包んだ各国の美女サポーターがスタンドから大会に華を添えている。(c)AFP
<サッカーを支配しているもの>
ベースボールと違ってサッカーは「リズム」が支配しているのではないだろうか。ジーコ監督ならそれを、あらかじめ規定されたフォーメーションではなく「状況判断」と呼ぶかもしれない。いずれにしても、ドリブルやパスやすべての局面において、身体の奥深くに宿っている「何か」がサッカーの試合を支配している、と私には思われる。そのリズムやとっさの状況判断は、少しくらいの修練やアドバイスでは身につくものではなく、長い期間をかけて蓄積された「文化」と深く関わっている。ピッチ上のパフォーマンスによって披露される各国の「文化」はスタンドで見ている者にも伝播し、見ている者もまた選手たちに独自のリズムを送り返す。そのような選手と観客のリズムの往還のなかで、プレイヤーとサポーターは同じ文化を共有するものとして一体感を増してゆく。サッカーがある種の熱狂を作り出してしまうのは、このうねるような共同性の創出と深く関わっている、と私は考えている。
<単調なリズムと単調なプレイ、そして政治>
比喩ではなくわかりやすい例で述べるならば、日本のサポーターが叩く太鼓のリズムはあまりにも単調で粗雑で、そのリズムこそが日本チームのプレイの単調さと粗雑さを表していると思わざるを得ない。ブラジル人ならばあのような太鼓の叩き方はしない。複雑なリズムが複雑なプレイを生むことを知らず、選手たちにはブラジル人並みのプレーを要求するというのは傲慢以外の何ものでもないだろう。敗戦の「戦犯」というものを作り出したいのならば、自分たち自身もその候補にあがっていることを自覚しなければならない。もちろん私は「サッカーが強ければいい」などというサッカー至上主義者ではもちろんなくて、政治的な安定と引き替えにまでしてサッカーが強くならなければならないとは考えない。W杯が「文化」とともに「政治」が露呈している場であることは、私たちの前からきれいにぬぐい去られている。スポーツが国威発揚の場であり政治闘争の場であることから目を背けつつ、サッカーだけは強くなるなどということはあり得ないだろう。
<新たなサッカー評論の必要性>
日本のFWに決定力が欠けているとか、ジーコ監督の采配に問題があるなどという些末な議論でカタルシスを得るのではなく、もっと広くて深いスパンを持ったサッカー評論が存在していないことにこそ私たちは不満を持つべきである。ブラジルの映画や文学や音楽と接したときに感じた違和感や高揚感を語るように、ブラジルのサッカーを語る方法論を身につけなければならない。「いったい彼らは何を代償にしてあのような魅惑的なサッカーを築き上げたのだろうか?」という問題意識。ジーコ監督の現役時代の驚異的なプレーを少しでも見たことがある人なら、「日本のFWに決定力が欠けている」とか「ジーコ監督の采配に問題がある」という居酒屋レベルの意見はまったく表面的だと思い知らされるだろう。彼ら並みの実力を兼ね備えたうえで初めて「決定力不足」や「采配のミス」を持ち出すべきなのであって、もう彼らと私たちとでは根本的に何かが違うのだ。それを私は「リズムという文化の違い」だと仮に述べた。
決勝トーナメントでの、さらに洗練された国々のプレーと「サッカー文化」を観戦しながら、またいろいろと考えてみよう。楽しみだ。
コメント[0], トラックバック[112]
登録日:2006年 06月 21日 13:36:53
岡本太郎の「明日の神話」
反政府組織のリーダーがテオティワカン遺跡で遊説 - メキシコ
【メキシコ市/メキシコ 26日 AFP】25日、メキシコ市(Mexico City)から50キロメートル離れたテオティワカン(Teotihuacan)遺跡の月のピラミッド(Pyramid of the Moon)前で、反政府組織「サパティスタ国民解放軍(EZLN)」の支持者らが、マルコス副司令官(Subcomandante Marcos)の遊説到着を歓迎する集会を行った。
≫続きを読む…
(c)AFP/Susana GONZALEZ
<岡本太郎復活>
岡本太郎の壁画「明日の神話」が長い眠りから覚めて復活するそうだ。太郎はこの停滞しがちな日本に呼び戻される存在にふさわしい。太郎がいま開催中のワールドカップの日本代表の戦いぶりを見たらなんと言うだろう? それにしても、タイトルの「明日の神話」とはどういう意味なのだろうか。ほとんどの人は気にかけないのかもしれないが、私には太郎作品のタイトルがいつも気にかかる。私のような芸術の素人には「言葉」からしか切り崩していくきっかけがないからかもしれない。神話は過去からくるだけではなく未来からもやってくるものなのか。とにかく、この「明日の神話」は、太郎がメキシコでシケイロスに思いがけなく出会った直後に、シケイロスにぞっこんのオテル・デ・メヒコのオーナーであるマヌエル・スワレスから、新しく建設されるメインロビーに幅32メートルの壁画を描くよう依頼された作品である。太郎自身は、1970年の大阪万博でお披露目される予定の「太陽の塔」の構想を練り始めている、そんな時期だった。もっと端的に述べるならば、メキシコでの壁画作成に没頭している時期と「太陽の塔」の構想時期は交錯しているということであり、私たちはあの万博のシンボルをそのような視線を介入させることはないが、太郎の視線にはメキシコと「太陽の塔」は重なっていたということである。メキシコ的想像力の産物としての「太陽の塔」と位置づけてもいいだろう。
<シケイロスと太郎>
シケイロスはのちに来日した際にも太郎と時間をともにし、激しく議論を交わした。シケイロスにとっても太郎にとってもこれほど幸せなことはないだろう。海外の巨人を日本に迎えるべく人物がそれにふさわしくないという例には枚挙にいとまがないからである。この太平洋の両側を代表する壁画作家の巨人は、お互いに心の底からわかりあえていたようだ。美術館や博物館という枠のなかにこぢんまりと収まる「美術品」ではない、規格外の芸術作品をこの二人は終生追い求めていたという点で共通している。そもそも、自然界に「規格」などというものは存在しない。そして、芸術とはある個人の名の下に作られ、ある個人だけに名誉が帰せられるようなものではないという認識も同様である。壁画を作成するという行為は、たとえばシケイロスにとってはメキシコ人としての集団的行為なのであり、当然、芸術家でありながら政治はいつも近くにあった。太郎がパリでシュールレアリスムに接したように、シケイロスも(リベラも)パリに留学している。もしも、太郎がラテンアメリカに生まれていたならば、きっとシケイロスのように南米を股にかけて活動し、時には投獄されたりしたのではないだろうか。
<岡本太郎美術館>
結局、オテル・デ・メヒコは開業されることなく、太郎の「明日の神話」もメキシコで日の目を見ることはなかった。それどころか、30年以上行方しれずだったわけである。ところが、太郎が10年前に天国に召され、敏子さんが去年お亡くなりになったあと、「明日の神話」復活プロジェクトは急速に前進したようである。どのような力が働いたのかは私は知らない。この7月には私たちの目の前に姿を現すそうだ。
http://www.ntv.co.jp/asunoshinwa/
とはいえ、この「明日の神話」の原画はいくつか残されていて、岡本太郎美術館でも見ることができる。川崎市にある岡本太郎美術館を今福龍太氏と訪れたのはいつのことだろうか。その日、岡本敏子さんと小田急線向ヶ丘遊園駅で待ち合わせをしていた私たちは、少し早く目的地に着いたので北口の駅前にある喫茶店で時間をつぶしていたことを覚えている。しばらくして、私たちは駅の反対側に降りてしまったことがわかって、待ち合わせの時間からかなりたってからお会いすることができた。それから、車で送ってもらい、お金を払わないで入館し、敏子さんの説明を聞きながら作品を見て回り、その後、応接室のようなところで太郎がメキシコ時代に撮影した無数のモノクロ写真を見せていただいた。私がアルバムを手に持っていい感じに光が当たるようにして、今福氏がデジカメに収めるという行為を何十回か繰り返した。元気いっぱいの敏子さんはどの写真を見ても詳細な説明を加えてくれた。どうして何でも覚えているのだろう、と思った。ああいうときはきっと、岡本太郎の霊が敏子さんのすぐ近くにまで来ているのだろう、と思わざるを得なかった。録音しておけばよかったといまなら考えるが、まさかこんなに早く亡くなられるとは誰も予想できなかっただろう。太郎の写真家としての腕はルール無用の直感第一主義で、メキシコの大地や人々がむき出しのままそこにあった。縄文土器の撮影をプロに任すことができずに自分で撮ったときの話も伺った。わざと暗くして撮影したそうである。
メキシコと日本は「太郎を通してつながることができたのだ」とそれから私は考えるようになった。日本人はそのことを誇りに思うべきではないだろうか。
「私はやはりメキシコの精神を思わずにはいられない。この国の風土、人の心が、それだけの文化的誇りをもっているからに違いない。たしかにメキシコは政治・経済において、決して世界のトップを切る国ではない。工業化は遅れ、さまざまの矛盾をかかえている。貧しい。しかしいわゆる後進国であるにかかわらず、隣の大国アメリカよりも、文化的には自分たちの方が高いという自信をもっている」(岡本太郎「シケイロスと現代美術批判」)
コメント[0], トラックバック[738]
登録日:2006年 06月 16日 02:59:59
今いる大学と昔いた大学のことなど
<メキシコ大統領選挙>先住民に投票訴えるロペスオブラドール候補 - メキシコ
【オコシンゴ/メキシコ 10日 AFP】大統領選挙に出馬している左派革命民主党(Party of the Democratic Revolution、PRD)のアンドレス・ロペスオブラドール(Andres Lopez Obrador)候補は9日、チアパス(Chiapas)州オコシンゴ(Ocosingo)市で集会を行った。同候補は、メキシコの最貧地域のひとつ、チアパス州の先住民族の票を得ようと積極的に選挙活動を行っている。写真は9日、チアパス州の集会で、支持者から歓迎されるロペスオブラドール候補。(c)AFP/Luis ACOSTA
7月2日に実施されるメキシコの大統領選挙が迫ってきている。ここでも左派のオブラドールが勝つのだろうか。
キューバの天才ピアニスト、ゴンサロ・ルバルカバを聞きながら・・。
@私がいま大学で教えている学生さんたちも何人かここに訪れてくれているようなので、私が授業の最初の方で述べたことの一端を記しておこう。
<言語の問題と集団の呼称>
最初の授業に、英語とスペイン語とスパングリッシュが混在した文章(スタバンスが書いた人工的な言語による『ドン=キホーテ』)をまず読んでもらったのは、私たちが日々使用している「国家言語」とは何かについてあらためて考えてもらいたかったからだ。たとえば、『想像の共同体』からも推論できるように、国家言語でさえも人工言語と言えるし、あるいは国家言語とは「誰も使用することのない理想としての<イデア>」だとも言える。その一方で、イデアから大きく逸脱する者には首に「方言札」(もちろん象徴的な意味で)をぶら下げて可視化しなければならない。異質な人々を生み出すことによってしかイデアは延命させることができないからである。「方言札」をもらった人々は、その時点で「移民」の資格を十分に兼ね備えている。しかし、私たちは個々に無数のバリエーションでそれぞれが言葉を発していることもたしかで、その無数のバリエーションを国家言語のはざまに浮上させることによって、言葉はふたたび私たちの手元に引き寄せることができるだろう。そのことを、ヒスパニックの人々が使用する言語から考えていこうとしたわけである。
メキシコ系アメリカ人、チカーノ、ズート・スーターズ、パチューコ、バト、ラ・ラサ、あるいは、ヒスパニック、ラティーノ・・。集団の呼称が胚胎している問題は、日本に居住している私たちにはもっとも理解しにくい問題の一つである。たとえば「日本」という国名は誰かから押しつけられた名前なのだろうか? あるいは自ら努力して勝ちとった名前なのだろうか? そのどちらでもないとしたら、「日本」という国名は、空気のように存在する「気分」のようなものでしかないのだろうか。さらに、法律で規定された島国に居住している人々がいわゆる「日本人」で、その人たちはふつうは「日本語」を話していると暗黙に私たちは了解し、意識さえしないでいられる。このように、ヒスパニックの人たちが置かれている状況からほとんど対極にある私たちは、彼らの現実に接することによってじつは私たちも同種の問題を抱えていることを初めて知ることになるだろう。
どのような言葉を話すかという問題と同じように、どのような名称を集団に与えるかという問題にはきわめてアクチュアルな政治的レベルの問題が関わっているのである。
<文学あるいは音楽と映画>
という流れのなかで、まずは食いつきのいい映画や音楽の話から始めたのはいいものの、なかなか文学に戻れないでいる。理由は、それらの音楽や映画がとてつもなくおもしろいと言うことと、ヒスパニック文学の多くがいまだに日本語に翻訳されていないということがあげられるだろう。それでも音楽や映像はヒスパニックの人たちにとって、文学よりもよりはるかに身近に感じることのできるメディアであることもたしかである。『夜になる前に』や『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』を見れば、以前ここに書いたように、日本やメキシコだけがアメリカを「鏡」としているだけでなく、キューバにとっても(いやキューバにとってこそ!)アメリカは自己を彫琢するための鏡であったことがよくわかる。ニューヨリカンのポエトリーリーディング映画『ピニェロ』やチカーノバンド「rage against the machine」も含めて、このあたりについてはまた次回以降。
<中部大学つながり>
『アメリカのヒスパニック=ラティーノ社会を知るための55章』を著した牛島万さんにお会いすることができた。私はずっと彼が書いてきた米墨戦争に関する論文を追い続けていて、その流れでアメリカス学会というところにも入会して小冊子を送ってもらったほどだ。というのも、文学部を卒業したときは日本の近現代文学について卒業論文を提出したのだが、法学部政治学科を卒業するときは米墨戦争について執筆したからだった。どのような形であれ、論文で一度取り上げた対象にはお金と時間が許す限り追うようにしていて、たとえば最近も、田中貴子氏の新刊『鏡花と怪異』を躊躇することなく購入した(泉鏡花に関する論文を書いたことがある)。米墨戦争について書いたときは、戦争の舞台となった国境地帯のメキシコ湾側を車を借りてあちこち見て回ったことを思い出す。ヌエセス川を探し出したり、本屋で資料を買いまくったりした。牛島さんには今回ありがたいことに最新作の抜き刷りをいただいた。この戦争に関する研究史を総括したすばらしいもので、感激した。『アメリカのヒスパニック=ラティーノ社会を知るための55章』が、どの本でもそうであるように多少の瑕疵があるとしても、私はこういう本が出された意義は大きいと思う。みなさん、是非手に取ってみてください。お話のなかで教えてもらったのだが、私が中部大学にいたときに教えを受けていた米墨戦争の研究者である山岸義夫先生(5年前に亡くなられたとのこと)は彼の師匠であり、牛島さんは最後のお弟子さんにあたるそうだ。人間のつながりはおもしろいものである。その場では庄司啓一さんにもお会いすることができた。私はすっかり忘れていたのだが、チカーノのアイデンティティに関する修士論文を河内信幸先生とのつながりでお送りしたことを教えてくれた。当時、用意されていた(残念ながら私の手元に届くことはなかった)コメントも十年ぶりにわざわざ送っていただいた。ありがとうございます!
河内先生は修士論文の審査のときに立ち会っていただき、前述の山岸先生は私が大学院に入るときに面接していただいたのだった。
コメント[0], トラックバック[154]
登録日:2006年 06月 13日 09:40:38
フアネス〜ドミニカ棄民
チャリティー・ライブ「コロンビア・シン・ミナス」 ロサンゼルスで開催 - 米国
【ロサンゼルス/米国 24日 AFP】ユニバーサル・シティー(Universal City)のギブソン・アンフィシアター(Gibson Amphitheatre)で24日、コロンビア反地雷チャリティー・コンサートの「コロンビア・シン・ミナス(Colombia Sin Minas)」が開催され、多くのラテン系ミュージシャンが参加した。
≫続きを読む…
(c)AFP/Getty Images David Livingston
<フアネス>
コロンビアからアメリカ音楽市場を席巻しつつあるフアネスの日本版デビュー作『愛と情熱の絆』を聴いた。リッキー・マーティン(プエルトリコ)やシャキーラ(コロンビア)のように、世界市場に合わせてこれから英語で歌うつもりはないそうである。たしかに、スペイン語だけでアメリカ国内にシェアを拡大していくだけのキャッチーさは、アルバムの端々から十分に聴き取ることができた。ただ、かつてツェッペリンやメタリカやブラック・サバスをリスペクトしていたわりには、音がシンプルで驚かされた。もっと驚いたのは、プロデューサーがカフェ・タクーバやモロトフ(どちらも映画『天国の口、終わりの楽園。』で使われているメキシコの人気ロックバンド)を手がけたり、『ブロークバック・マウンテン』でオスカーを受賞した人だということである。フアネス自身は「ラテンアメリカの人々が言葉がわからなくてもプレスリーやビートルズを楽しんでいるように、僕の音楽も楽しんでもらえると思う」という趣旨の言葉を述べているが、大方の日本人は言葉の意味を聴き取ることもなしに洋楽を楽しんでいるので妙に納得してしまった。
<ドミニカ棄民>
国家はボーダーを維持し人々を巧みに出し入れすることによって、国内の政治的統一や経済的成長などを達成しようとしてきた。国内の最適な状態および国家体制自体を保つために国境線は恣意的に利用されてきたのである。その意味において、不法越境者という異分子は国家にとって最大の厄介者となるだろうし、また国外へと放擲されたものは国家体制そのものにとっての厄介者となるだろう。逆に、追い出された彼らにとっては「居場所」を永遠に失う可能性のなかで生活することを意味し、国家によって張り巡らされた国際社会とは異なる次元(世界)で生活することを強いられることになるのである。
彼らがそのような生活のなかで獲得するであろう、国家原理からは逸脱する視点を好意的に解釈するならば、たとえばチカーノ文学や数々の亡命者文学は、近代国民国家が抱えている「矛盾」や歪曲しつつ狭めてきた思想を解き放つことに役立つかもしれない。そう考えるならば、彼らから学び取ることも少なからずあることに気づく。国家原理に毒された私たちが思いもつかない視点を提示してくれることによって、社会を相対化する契機を必ずや私たちに与えてくれるに違いない。しかし、ものごとはそれほど楽観的に推移しているわけではないことも私は知っている。越境者を手放しに理想化するほど私はお人好しではない。
今回のドミニカ移民に対する東京地裁の判決に接して、生まれ落ちた国家の外に出るということがいかに人生に大きな影響を与えるかについてあらためて考えさせられた。「棄民」というすでに死語のような言葉を持ち出したうえで原告の一人は「祖国とは何なのか?」と厳しく問いかけた。国家という得体の知れない存在が自らを延命させるためにいつでも国民を犠牲にすることを私は思い知らされ、「祖国」という言葉をノスタルジーだけで使用することのナイーブさに気をつけるべきだとも思った。
戦後の大陸からの引き揚げ者の影響による国家規模の口減らしが中南米への移民政策だったことはすでに明らかになっている。第一回芥川賞を受賞した石川達三の『蒼氓』から、近年の垣根涼介の『ワイルド・ソウル』まで、私たちには彼らを知るための材料はいくつかそろっている。とくに、垣根の『ワイルド・ソウル』は良質のエンターテインメントでありながらブラジル移民の悲惨さをあますところなく伝えておりお勧めだ。ボーダーレス時代などといわれている時代にもう一度「移民」と向き合う必要性があるのではないだろうか。
ここで、ドミニカからハイチを挟んだ隣国キューバでの、1980年のマリエル港からの「脱出」者たち(マリエリート)も、国家(カストロ)から追い出された典型的な人々であったことを記しておかなければならないだろう。レイナルド・アレーナスの『夜になるまえに』を通してその様子の一端を知ることができる。国家による国民の出し入れという面からは、第二次世界大戦中の米墨間の「ブラセロ協定」およびその後の数々の移民法もその具体例である。「移民法」とは出し入れのための調整弁に過ぎない。
コメント[0], トラックバック[154]
登録日:2006年 06月 08日 11:22:50
- 月別アーカイブ
- 2007年 12月 [2]
- 2007年 10月 [4]
- 2007年 09月 [3]
- 2007年 08月 [4]
- 2007年 07月 [6]
- 2007年 06月 [4]
- 2007年 05月 [4]
- 2007年 04月 [4]
- 2007年 03月 [4]
- 2007年 02月 [4]
- 2007年 01月 [4]
- 2006年 12月 [5]
- 2006年 11月 [5]
- 2006年 10月 [6]
- 2006年 09月 [4]
- 2006年 08月 [5]
- 2006年 07月 [5]
- 2006年 06月 [5]
- 2006年 05月 [5]
- 2006年 04月 [4]
- 2006年 03月 [5]
- 2006年 02月 [4]