2006年 11月
メモ
【ワシントンD.C./米国 17日 AFP】司法省は16日、ティフアナ(Tijuana)の悪名高き麻薬組織のリーダー、Francisco Javier Arellano-Felixの身柄を拘束したと公表した。
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(c)AFP/US DEPARTMENT OF JUSTICE
前回の大学の授業は東琢磨さんをお呼びした。ヒスパニックの三大集団のひとつ、プエルトリコ系のお話。新ネタとのこと。勉強になる。授業後、東さんに同行してもらい、表参道でファビアンナと待ち合わせ。それから、3人で近くの「プロモアルテ」(ギャラリー)まで向かい、解説のために来ていた加藤薫さんとお会いする。途中でボリビアの画家ママニ・ママニ氏のお父さんと少しおしゃべりし、最後はママニ氏ご本人と握手をしてお開き。近くの料理屋で東さん、ファビアンナと食事。ルイス・ロドリゲス氏と会っていた宮田信さんが途中で乱入。ディープな音楽の話を拝聴。濃い一日だった。
次の日は歌舞伎を見にいった。菊五郎の踊りはあまり好きではないので、その時間は外に出て一風堂でラーメンを食す。戻ってきたら出待ちの人でいっぱいだったので「なんだなんだ」と一緒に待っていると、中村芝翫さん、福助さんと出てきて興奮。しかし、他のおばさまたちは微動だにせず。さらには今日は出演予定のない橋之助さんと奥さんの三田寛子さんも登場(千秋楽だからだろう)。私はさらに興奮。しかしおばさま方、それでも微動だにせず。結局、みなさまのお目当ては仁左衛門さん。色男のポイントが知りたい。その後、席に着いてからは団十郎。歌舞伎は声だと再確認。
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登録日:2006年 11月 27日 21:54:25
XICANA
ラテン・グラミー賞5部門受賞のシャキーラ 世界ツアーも盛り上がる - グアテマラ
【グアテマラ・シティ/グアテマラ 6日 AFP】現在ワールド・ツアー「Oral Fixation Tour」を行っている人気ラテン・ポップ歌手のシャキーラ(Shakira)が4日、マテオ・フローレス・スタジアム(Mateo Flores Stadium)でコンサートを開催した。
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(c)AFP/Orlando SIERRA
<カルナリスモ>
母方の祖母が住んでいる長野県茅野市へ。
駅を降りると関東地方の寒さとは寒さの質がまるで違うことがわかる。その「質」のなかには「人が少なく、若者がいない」というビジュアル面も含まれるような気がする。
手前に見える紅葉と、遠くに見える八ヶ岳の冠雪が美しい。しかし、風景の美しさなどすぐに日常にとけ込んでしまうものであることを私は知っている。美しいとは、意外であるということだからだ。
駅にはいとこがびっくりするほどの薄着で迎えてくれた。祖母はもうかなり前から、自分の子供でさえもアイデンティファイすることができなくなっていて、もちろん私のことも認識できないでる。それでも私は何度も話しかけ、彼女にとっては「誰でもない人間」であろう人物になって、会話を楽しむ。最後はぎゅっと抱きしめて別れてきた。
しかし「誰であるか」などどうでもいいことだろう。チカーノが口にする「カルナリスモ」とは、血がつながっているという「信念」のなかにある。ただ抱きしめることこそがもっとも大事なのだ。
<オリジナリティ>
大学の授業の一日を学生たちの発表の日に当てる。「できればヒスパニックと絡めてもらいたいが、とにかく自分の好きなものについて話してくれ」と注文をつける。
アジカンとイサム・ノグチとトニ・モリスン。
ちなみに、大晦日は私もカウントダウンに行って、チャットモンチーとかメレンゲとか佐野元春とか見てきます。
映画『フリーダ』でイサムに触れないのはどういうことだろう。人種差別か。
黒人についてはチカーノとの関連のなかで次回話すつもり。ルイス・ロドリゲスに触れることになるだろう。
学生たちに論文のアドバイスをしながら、自分に対して同じことを言い聞かせたりしている。つまり、文学においてはとくに、「独自性」とは新奇なアイディアそのもののことではない。事柄と事柄の間のつながりを丁寧に追っていくなかで表に現れる、そのつながり方の自分の癖のことを言う。思想とは文体そのもののなかにあるのである。
<ルイス・ロドリゲス>
そのルイス・ロドリゲスに下北沢でお会いできた。
さすがに私がいままでお会いしてきたチカーノとは違い、ギャング出身者独特のノリがあり、私が「たち」の悪い冗談を言うと黙ったままだったりしてコワかった。しかし嫌いではない。彼の生き様を見ていると「チカーノとは学問の対象ではない」という側面があることがよくわかる。
彼がポエトリー・リーディングをする前の宮田さんによる「チカーノでもっとも有名な作家」という説明は間違っていないが、チカーノがこれほどまでに知られていない日本において「有名なチカーノ作家」は、あまり有効な形容詞の使い方ではない。
聞きたいことはたくさんあったのだが、時間の関係で引き上げる。アメリカで聞くことにしよう。ただ、フレデリック・ルイス・アルダマとの対話のなかで「アントン・チェーホフが好きだ」と語っているところがあって、その理由だけは聞いておけばよかったと少し後悔している。チェーホフからチカーノについて考えるなんてすばらしいではないか。
<ファビアーナ・ロドリゲス>
その会場ではじつに多くの知人にお会いすることができた。霜村由美子さんにも会えてよかった。なかでも斉藤修三さんに紹介していただいたファビアーナ・ロドリゲス(アーティスト)とは意気投合し、彼女の日本滞在期間中にまた会う約束をした。
「ラティーノ(ナ)でイヤな人に会ったことがない」とアルフレッド・アルテアーガに言ったとき「これからたくさん会うだろうから心配すんな」と返されたが、イヤな奴に会うのはまだ先のようだ。
彼女のサイトを訪れてみてください。
http://favianna.com/
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登録日:2006年 11月 20日 03:28:02
ボクセオ
【東京 13日 AFP】ボクシング、WBC世界バンタム級タイトルマッチ12回戦、長谷川穂積(Hozumi Hasegawa、日本)vsヘナロ・ガルシア(Genaro Garcia、メキシコ)。試合は王者の長谷川がガルシアから2度のダウンを奪い、判定3-0(114-110、114-109、114-109)で勝利し3度目の王座防衛に成功した。(c)AFP/Toru YAMANAKA
長谷川穂積のバンタム級タイトルマッチをテレビで見た。イーグル京和とのダブルタイトルマッチであったが、相手はどちらもメキシコ人であった。私がメキシコを好きになったきっかけはボクシングなので、いつかそのことについて書くつもりだ。
その文章はおそらく、本格的なラテン系ボクサーの嚆矢であり、チカーノムーヴメントの指導者でもあったロドルフォ・コーキー・ゴンサレスから始められることになるだろう。
政治的な活動を行う前の、20代のころにプロボクサーだった彼の戦績は、75戦して65勝、フェザー級の3位にランクされたこともあった。
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上智大学の松尾弌之先生(アメリカ研究の大家)にお会いする機会があった。佐藤清香さん、ありがとうございます。15年ぶりくらいになるだろう、四谷の厳かなキャンパスのなかへ。それにしても、私のような完全なる部外者をこころよく迎え入れてくれるところがオープンですばらしい、と思った。
研究室での10人足らずの集まりは、先生の優秀なお弟子さんたちとの交流会。車座になった中心に「アメリカ」をおいた話だからおもしろくないわけがない。堪能させていただきました。帰りは先生と二人で大船まで談笑。ドイツ人の奥さんにまつわるヒトラーの話が抜群におもしろかった。
しかし、研究者への意志のベクトルがこれだけ強い集まりに入ったのは久しぶりのことで、そういう意味では多少自分のなかで違和感はあったかもしれない。たとえば、ミュージシャンに会えば、ミュージシャン至上主義になるのは当たり前だし、政治家に会えば政治家至上主義、研究者に会えば研究者至上主義、となるわけである。
松尾先生は「モノを作っている者には研究者は勝てないんだよ」と何度かおっしゃっていたが、それはこれだけの業績を重ねてこられた方だから到達できる境地で、若い人たちにとっては「なんのこっちゃ」と感じたのではないだろうか。
子供のころ「あなたは何がやりたいの!」とか「自分の適性を見つけなさい!」などと言われるように、研究者は「何か」を見つけなければならない。研究対象を無理矢理にでも見つけなければならない。それを好きにならなければならない。しかも、二十歳そこそこで。それを見つけない限り、業績を残すことができないからだ。
研究者はまあ、それでいいとしても、そんな「何か」を子供のころから見つける必要はあるのだろうか、といつも思う。もっとゆったりとした雰囲気のなかで、モノそのものに正対する必要があるのではないだろうか。モノを「見る」ためには文字を介してはいけないし、じっとしていなければならない。研究者とモノ作りは正反対だ、などと考えていた。
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「単位未習得問題」について前回触れたので「いじめ問題」についても少しだけ触れておこう(「最近、ヒスパニック以外の内容が多くなったね」とある人に言われたが、どうせどこか(「はてな」や「mixi」)で「日々の思い」を綴ることになるのだから、こうやって一所にまとめた方が私はラクなのである。悪しからず)。
私の基本的な考え方は「死ぬほどイヤな場所に行き続けて死なれるくらいなら、行かなくてもいいような社会的システムを確立しろ(「中学卒業検定」など)」「先生の給料を2倍にし(質を上げ)、さらに社会経験者を導入し(大学の先生まで含めて、サラリーマンをしたことがないものを私はあまり信用することができないでいる)、数年に一回は先生の評価を行え」である。
どうしてそこまでしてすべての者が学校に行かねばならないのか、私はいまだに理解できない。
私も、いじめられたわけではないが、学校へ行くのは本当にイヤだった。中学まではしょうがないので休み休み行ったが、さすがに高校になると、親の筆跡をまねて自分で欠席届を書いて吉祥寺の町をぶらぶらし、予備校生のときは堂々と行かずにお茶の水の町をぶらぶらし、大学のときも変わらず、結局、定期券を持つことはなかった。
ラグビーの早慶戦(「慶早戦」と慶応では言うらしいがATOKで変換できない・・。名前を先に書く方が偉いと言うことでもないだろうに)では、早稲田の友人と早稲田側の席に座った。大学院に入ってもほとんど出席せず、博士課程に入ってから、ある日渋谷を歩いていると「助手に応募したらどう?」という電話を教授からもらったのにもかかわらず、単位を取れずに話が流れたことがある。
そのくらい、教室の中で集団の一員になり、誰かの話を「拝聴する」のは嫌いだった。
自分自身が教壇になって、学生のたちの前で話すのは好きでも、誰かの話を教室の中でじっと聞いているのは、叫びたくなるほどに苦痛だ。だからといって、特段、人間関係に困っているということもなく、勉強がとくにできなかったわけでもなく、論文が書けないわけでもなかった。とにかく、集団のなかに入って行動するのがイヤなのである。
有事のときに国民が「総動員」されても、私は最初に逃げ出すような気がする。
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登録日:2006年 11月 15日 10:12:55
チカーノ・アート講座終了!
メキシコの伝統祭り「死者の日」、ハリウッドで一足先に祝われる - 米国
【ロサンゼルス/米国 30日 AFP】メキシコの伝統祭り「死者の日(Dia de los Muertos)」が28日、ハリウッド・フォーエバー墓地(Hollywood Forever Cemetery)で、地元のメキシコ系住民によって祝われた。家族、親戚、友人らが一堂に集まるこの日、人々は死者を迎え入れて、共に歌や踊りや食事を楽しむ。本国メキシコでは11月1日~2日が「死者の日」にあたり、全土が祝日となって各地で盛大なイベントが行われる。(c)AFP Gabriel BOUYS
<チカーノ講座終了>
早稲田エクステンションセンターでの「チカーノ・アート講座」は、早稲田大学教授、野谷文昭氏の授業で無事終了。5人の先生方をはじめ、この講座を成立させた佐藤さん、受講生のみなさん、お疲れさまでした。なかでも、佐藤さんにはとくにお世話になった。一番の収穫は佐藤さんとお知り合いになれたことかもしれない。
日本でもっとも早くからチカーノに着目していた野谷さんのお話はさすが年季が入っていて、大変に勉強になった。チカーノ研究の末席を汚している新参者である私のことを覚えていてくださるどころか「たくましくなり、いい感じになった!」と声をかけていただけるなど、望外の喜び。これからも勉強を続けていくエネルギーをもらったような気がする。コーヒーとサンドイッチ、ごちそうさまでした。
<無駄とはなにか>
それにしてもチカーノは人気がない。早稲田でのこの講座も、なかなか人が集まらずに苦労されたと佐藤さんからお聞きしたし、来週に迫ったケッツァル(チカーノのバンド)のライブもまだまだ席に余裕がある、と主催者の宮田さんから昨日電話をいただいた。しかし、人気がないとはどういうことか?
私たちはなんだかんだ言いつつ、教育機関で強制的に詰め込まれたものを元にして教養を培っているのではないか。そして、普通に教育を受けてきた者が手にすることのできない知識のひとつがチカーノなのではないだろうか。自らの意志で進んで新しい情報へと乗り込んでいくような勇敢な知の開拓者など、どんな時代でもごく少数派だ。自分の意志とは関係のないところで無理矢理教えられた情報を手がかりとして、私たちはさらに向こう側にあるフロンティアを目指していく。自分のなかから生まれた関心という考えは安易に過ぎる。
卑近な例をあげるならば、大学入試に関係のある科目だけを勉強した者と、関係のない科目も履修させられた者にはたしかに不公平があるかもしれないが、そんな「不公平」など些末なことである、と私の世代は思っているはずだ。「最小の努力で最大の効果を上げようとする」その「努力」や「効果」自体が矮小化された概念だろう、と私などは思うのである。
塾や予備校業界に長く身をおいている者としてひとこと言わせてもらえば「無駄な勉強はなるべくしたくない」という風潮が加速度的に増しているような気がする。昔からそういう面はあったとしても、たとえば「生涯賃金のいい会社に勤めるためにはどの大学のどの学部に行けばいいのか」について滔々と語る生徒を見ていると、なんだか暗澹たる気持ちになる。無駄とはいったいなんだろう? それは本当に無駄なのか。
私自身は、最終的には「無駄」になった理系の科目を2科目とったことをムダとは思っていないし、世界史と日本史を勉強しながら、試験では簡単そうに見えた「地理」で受験したりした。そんな話(試験場で問題を見てからどの科目を受けるか決める、など)は私の周りではごろごろしていた。現役のときに京大の理系の学部を受けて、一浪して法学部に行ったSくんの話をいま思い出した。彼は「受験科目のほぼすべてを勉強した」と笑いながら言っていた。だが、そこから「無駄」という発想は出てこなかったと思う。
おそらく、大学の授業などで、現代の風潮に逆らいながら「無駄」なチカーノに関する講座が設置されない限り、チカーノを知る術を彼らはもたないのだろう。あるいは、研究者ならば「チカーノなど研究しても職に就けない」と考えた時点で、研究対象から外すのだろう。チカーノが金になると思えば、小賢しい者たちが研究者として参入してくるのだろう。やれやれ。
<チカーノ文学>
そういう者たちが「ナショナル・ヒストリーに抗して」などと口では言いながら、アメリカにおける最大の反ナショナル文学の伝統に目を向けないのは、いかにその発想が大学教育のなかで歪曲されたものであり、保身的で功利的であるかの証だ。
最後に、ついでなので、少しだけチカーノ文学について書き残しておくことにしよう。
アメリカ文学史に組み込まれることのないチカーノ文学の伝統のなかに「自伝」がある。いわゆる日本的な「私小説」ではなく、自らの人生を旅になぞらえた「自伝」である。その川の流れのような旅のなかに、自分以外のさまざまな人々が合流したり、また離れていったりする。したがって、その川の流れこそがコミュニティとなる。それをたとえば「個人史」と呼んでもいい。確固としたマジョリティの共同体に自らのアイデンティティを投影することができない人々の表現手段としての個人史である。そして、ナショナル・ヒストリーの対極としての個人史は、国家を相対化するための抵抗の手段となる。
国境線が引かれる以前の土地に生きた人々はそのようなコミュニティのあり方を形成し、個人史としての文学は共同体の歴史と同じであった。その伝統は引き継がれ、ホセ・アントニオ・ビジャレアルの『ポチョ』(1959年)やエルネスト・ガラルサの『バリオ・ボーイ』(1971年)などを生んだ。その他、思いつくままに上げてみるならば、ルイス・アルベルト・ウレア、メアリー・ヘレン・ポンセ、ゲイリー・ソト、ルイス・J・ロドリゲス、ジミー・サンティアゴ=バカ、リチャード・ロドリゲス、ナッシュ・カンデラリーア、アルトゥーロ・イスラス、アルフレッド・ベア、サンドラ・シスネロスなどもその流れのなかに位置する人々である。おっと、大事なオスカール・セタ・アコスタを忘れていた。まだまだいるだろう。しかし、言うまでもなく、アングロよりも古い歴史をもつ彼らの文学は、アメリカ文学史のなかに記されることはないのである。
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『デトロイト・メタル・シティ』の第2巻は、鬼刃(木林くん)が登場する最後の二つを読むだけでも買う価値は十分にある。
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登録日:2006年 11月 08日 10:10:19
How Latino/a are you?
【アマティトラン・バレー/メキシコ 13日 AFP】ユネスコ(UNESCO)は12日、ハリスコ(Jalisco)州アマティトラン・バレー(Amatitlan Valley)にあるメキシカン・アガベ(Mexican Agave)農場3万4658ヘクタールの景観を世界遺産に指定した。同農場では、テキーラ・ウェバー(Tequilana Weber)品種で、メキシカン・テキーラを抽出するテキラリュウゼツラン(blue agave)を栽培している。写真は、世界遺産に指定されたメキシカン・アガベ農場の風景。(c)AFP/Ivan GARCIA
<You know you are truly Latino/a...>
01 If you have ever been hit by a chancla.
02 If you grew up scared by something called "El Cucui".
03 If others tell you to stop screaming when you are really just talking.
04 If you light a candle to the Virgin Mary on the night of the Lotto drawing.
05 If you use your lips to point something out.
06 If you constantly refer to cereal as " con fleys".
07 If your mother yells at the top of her lungs to call you for dinner, even if you're in a one-bedroom apartment.
08 If you can dance merengue, cumbia, or salsa without music.
09 If you use "manteca" instead of olive oil and can't figure out why your butt is getting bigger.
10 If you call your sneakers "tenis".
11 If you have at least thirty cousins, not including loco Julio working at Don Pipo's.
12 If you can't imagine anyone not liking spicy food.
13 If you are in a five- passenger car with seven people in it and a person shouting " subanse, todavia caben".
14 If whenever you feel under the weather, you compulsively dab some " vapor rub" all over your chest and inside your nostrils.
15 Your mom packs your " lonchera" every day, even though you've just turned thirty- two.
16 If you have your country's flag hanging over your rearview mirror.
17 If you just don't get tired of the so-called " sopitas".
18 If you have a bottle of Tapatio in your purse.
19 If your favorite heroes were " El Chapulin Colorado", or " Cantinflas".
20 If you don't need any explanation for more than three items.
<テキーラ>
「たばこと塩の博物館」の特別展「ビバ・テキーラ! メキシコの伝統と文化」へ。予想していたよりは、はるかに充実した内容だった。500円のパンフレットもお買い得。しかも、今日はなぜか入場料がタダだった(もともと安いけど)。テキーラについていままで私にいい加減な説明をしてきたバーテンダーたちは見にいった方がいい。
http://www.jti.co.jp/Culture/museum/tokubetu/eventOct06/index.html
〜〜〜〜〜〜〜〜
<歌舞伎>
その後、新橋演舞場へ。「義経千本桜」を見るのは何回目だろう。菊之助の親父さんのどたばたした演技を見て以来だろうか。で、海老蔵の狐が今日の最大の見所。ちょっとかっこよすぎる狐ではあったが、エンターテイナーの面目躍如。十分に楽しめた。同じ演目を違う役者で見る楽しみも堪能した。噂のサトエリも見にきていたらしいが、発見することはできなかった。しかし、彼女に見せるのが狐でいいのか・・。不安。
<DEEN>
私のいとこ(山根公路)がリーダー(キーボード)をやっているので、応援してやってください。アルバムも出たし、ツアーにも出るし。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000H5TZYU/sr=8-1/qid=1162573880/ref=sr_1_1/503-4930567-9624761?ie=UTF8&s=music
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登録日:2006年 11月 04日 02:04:20
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